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第3話 マイのはじまり
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AVに出てみたい──そう思ったのは、あの人を見てからだった。
〇〇メグミ。
名前も顔も、声も体も、全部スマホのディスプレイ越しにしか知らない。だけど、あのときのあの映像は、ずっと脳裏に残ってる。
あの子の本気が、眩しかった。
それから……──つまらない生活。つまらない仕事。つまらない彼氏……。どこかに行きたかった。それだけだった。
***
「よ、よろしくお願いします……!」
震える声でそう言ってから、どれだけ時間が経っただろう。
名前は「〇〇マイ」に決まった。マイの名前は、昔好きだったアイドルから取った。
AVプロダクションは、メグミさんと同じ〈Core Labマネジメント〉を選んだ。のんびりした空気とイケイケドンドンな雰囲気が同居する、不思議な事務所だった。
「うちはまず、ちゃんと育てるってことを重視しててね。そのうえで、モデルのライフスタイルに合わせて、業界の核になってこうって社風。なんだかんだ中堅だし、安定感はあるから、すぐにドーンと売れなくても、ちゃんと食っていけるように仕事は回せるよ」
プロダクションの担当はおじいちゃんみたいな人で、終始穏やかで、何を言っても肯定してくれた。仕事の話というよりは雑談みたいな空気だった。
けれど、プロフィールのバストサイズと写真を見たときの顔だけは、プロの目つきをしていた。
「胸、ここで見せてもらえる?」
いきなりのことに面食らったが、その目はあまりにも真剣だった。無言の圧に押されるまま、私はブラウスを脱ぎ、ブラジャーを外していた。
担当のおじいちゃんは、おっぱいをじっくり見たあと、ノートパソコンのキーボードを叩いた。
「これはイケるよ。グラビアだけじゃもったいない。ヌードでこそ輝く。演技の方は……まぁやってみないとわからないけど」
担当の力強い言葉に、背中を押された気がした。でも、「やってみないと」という言葉は、少しだけ怖かった。
***
初撮影の日。
都内のマンションスタジオ。普通の2LDKのような場所。白い壁。薄いカーテン。窓の外には電柱と電線が見える。
(……AVの撮影現場って、もっとヤバい場所だと思ってたけど、結構普通なんだなぁ)
私はマネージャーさんの後ろに隠れながら、しげしげと部屋の中を覗いた。
ちょうど前の撮影が終わったらしく、スタッフは忙しく動き回っていた。
「あ、ムライさん。撮影終わったんで引き上げますね」
ドアの向こうから聞こえたのは、明るくもなく、無愛想でもない、柔らかい声だった。
「お疲れ様。あ、そうだ。今度、新しくうちの事務所に入った新人のマイさん。よろしくね」
マネージャーに促され、私は目の前の女の人に挨拶した。
「はじめまして。……あの、〇〇マイって言います」
「〇〇メグミです。よろしくお願いします」
名前を聞いたとき、私は目と耳を疑った。
パーカーに、ジーンズに、リュック。長い黒髪を軽めに縛った、すっぴんみたいな顔の女の人は、いつかスマホで見たAV女優のメグミさんだった。
(えっ、ほんとにあの人?)
いくら地味系の女優とはいえ、AV女優のイメージは、強くて、エロくて、主役オーラがあって……。もっとギラギラしているかと思っていた。でも実際の彼女は、スマホで見た印象通り、すごく普通の女の子に見えた。
「今日は初めての撮影?」
「はい……。デビュー作です……」
「あ、そうなんだ……。緊張すると思うけど、無理しないで頑張ってね」
言葉は短かったが、目が優しかった。見つめられた瞬間、私はなぜだかわからないけど、ちょっとだけ泣きそうになってしまった。
入れ替わりで、メグミさんはスタッフのひとりひとりに挨拶をして帰っていった。
普通の女の子に見えたけど、よくよく見ると雰囲気は明らかに違っていた。みんな、軽口を叩きながらも、どこか一線を引いた敬意を持っていた。メグミさん自身も、丁寧に笑いながら、それをちゃんと受け取っているように見えた。
最初はなぜか身近に思えたけど、その存在はやっぱり遠かった。
でも……。
(私には、メグミさんにはない武器があるから)
あの人は地味で、目立たない。でも私は違う──台本では『胸もボディも期待大。むっちりおっぱいのゆるかわ系女優』というキャラクターが設定されている。
(私には、このおっぱいがある)
だから私は、すぐにでも追いつけると思った。
***
デビュー作『スタートアップ ~みんなのAV女優~』の撮影が始まる。
企画単体女優として、それなりに期待されてのスタート──だけど、現実は全く優しくなかった。
台本はちゃんと読んできた。それなのに……。
インタビュー。自分の名前が出てこない。
初脱ぎ。ブラジャーのホックがうまく外せない。
初絡み。相手の男優の目を見る余裕なんて、どこにもない。
キスをすると、息が苦しくなる。舌先を絡めた瞬間、思わずむせてしまう。
おっぱいを揉まれ、乳首をつままれる。でも、揉まれてる感触があるだけで、なんだかよくわからない。
膣内をいじられても、濡れる音がするだけ。クリトリスを擦られても、ちょっとくすぐったいだけ。
身体は動くのに、頭が止まってる。頭が働いてるのに、身体が反応しない。
動き方がわからない。喘ぎ方がわからない。そもそも、カメラの場所がわからない。
「カット! ……マイちゃん、もう1回、いける?」
監督は怒らなかった。男優さんもスタッフも、みんな優しかった。
私は必死にエッチをした。できてるのかどうなのか、よくわからなかった。気づいたら撮影は終わっていた。
終わったあと、みんな口々に「デビュー作なんてこんなもんだよ」とか、「編集でどうとでもなるから」と言ってくれた。
でも……。その優しさが、何よりきつかった。
(何も……、何もできなかった……)
『胸もボディも期待大。むっちりおっぱいのゆるかわ系女優』というキャッチコピーが虚しかった。武器だと思っていたおっぱいも、全然うまく使えなかった。
メグミさんのAVを見たとき、私にも何かできるような気がしてた。でもそれは、ただの勘違いだったのかもしれない。
スタジオの隅っこ。カーテンの影。誰にも見られないようにしゃがみこんで、私は初めて、人前で声を殺して泣いた。
(……わかんないよ。こんなの……)
スタートアップ……。今日が、「マイのはじまり」だったはずなのに……。
プライベートでセックスはしてきた。でも今日、私は、そのまねごとすらできなかった。
〇〇メグミ。
名前も顔も、声も体も、全部スマホのディスプレイ越しにしか知らない。だけど、あのときのあの映像は、ずっと脳裏に残ってる。
あの子の本気が、眩しかった。
それから……──つまらない生活。つまらない仕事。つまらない彼氏……。どこかに行きたかった。それだけだった。
***
「よ、よろしくお願いします……!」
震える声でそう言ってから、どれだけ時間が経っただろう。
名前は「〇〇マイ」に決まった。マイの名前は、昔好きだったアイドルから取った。
AVプロダクションは、メグミさんと同じ〈Core Labマネジメント〉を選んだ。のんびりした空気とイケイケドンドンな雰囲気が同居する、不思議な事務所だった。
「うちはまず、ちゃんと育てるってことを重視しててね。そのうえで、モデルのライフスタイルに合わせて、業界の核になってこうって社風。なんだかんだ中堅だし、安定感はあるから、すぐにドーンと売れなくても、ちゃんと食っていけるように仕事は回せるよ」
プロダクションの担当はおじいちゃんみたいな人で、終始穏やかで、何を言っても肯定してくれた。仕事の話というよりは雑談みたいな空気だった。
けれど、プロフィールのバストサイズと写真を見たときの顔だけは、プロの目つきをしていた。
「胸、ここで見せてもらえる?」
いきなりのことに面食らったが、その目はあまりにも真剣だった。無言の圧に押されるまま、私はブラウスを脱ぎ、ブラジャーを外していた。
担当のおじいちゃんは、おっぱいをじっくり見たあと、ノートパソコンのキーボードを叩いた。
「これはイケるよ。グラビアだけじゃもったいない。ヌードでこそ輝く。演技の方は……まぁやってみないとわからないけど」
担当の力強い言葉に、背中を押された気がした。でも、「やってみないと」という言葉は、少しだけ怖かった。
***
初撮影の日。
都内のマンションスタジオ。普通の2LDKのような場所。白い壁。薄いカーテン。窓の外には電柱と電線が見える。
(……AVの撮影現場って、もっとヤバい場所だと思ってたけど、結構普通なんだなぁ)
私はマネージャーさんの後ろに隠れながら、しげしげと部屋の中を覗いた。
ちょうど前の撮影が終わったらしく、スタッフは忙しく動き回っていた。
「あ、ムライさん。撮影終わったんで引き上げますね」
ドアの向こうから聞こえたのは、明るくもなく、無愛想でもない、柔らかい声だった。
「お疲れ様。あ、そうだ。今度、新しくうちの事務所に入った新人のマイさん。よろしくね」
マネージャーに促され、私は目の前の女の人に挨拶した。
「はじめまして。……あの、〇〇マイって言います」
「〇〇メグミです。よろしくお願いします」
名前を聞いたとき、私は目と耳を疑った。
パーカーに、ジーンズに、リュック。長い黒髪を軽めに縛った、すっぴんみたいな顔の女の人は、いつかスマホで見たAV女優のメグミさんだった。
(えっ、ほんとにあの人?)
いくら地味系の女優とはいえ、AV女優のイメージは、強くて、エロくて、主役オーラがあって……。もっとギラギラしているかと思っていた。でも実際の彼女は、スマホで見た印象通り、すごく普通の女の子に見えた。
「今日は初めての撮影?」
「はい……。デビュー作です……」
「あ、そうなんだ……。緊張すると思うけど、無理しないで頑張ってね」
言葉は短かったが、目が優しかった。見つめられた瞬間、私はなぜだかわからないけど、ちょっとだけ泣きそうになってしまった。
入れ替わりで、メグミさんはスタッフのひとりひとりに挨拶をして帰っていった。
普通の女の子に見えたけど、よくよく見ると雰囲気は明らかに違っていた。みんな、軽口を叩きながらも、どこか一線を引いた敬意を持っていた。メグミさん自身も、丁寧に笑いながら、それをちゃんと受け取っているように見えた。
最初はなぜか身近に思えたけど、その存在はやっぱり遠かった。
でも……。
(私には、メグミさんにはない武器があるから)
あの人は地味で、目立たない。でも私は違う──台本では『胸もボディも期待大。むっちりおっぱいのゆるかわ系女優』というキャラクターが設定されている。
(私には、このおっぱいがある)
だから私は、すぐにでも追いつけると思った。
***
デビュー作『スタートアップ ~みんなのAV女優~』の撮影が始まる。
企画単体女優として、それなりに期待されてのスタート──だけど、現実は全く優しくなかった。
台本はちゃんと読んできた。それなのに……。
インタビュー。自分の名前が出てこない。
初脱ぎ。ブラジャーのホックがうまく外せない。
初絡み。相手の男優の目を見る余裕なんて、どこにもない。
キスをすると、息が苦しくなる。舌先を絡めた瞬間、思わずむせてしまう。
おっぱいを揉まれ、乳首をつままれる。でも、揉まれてる感触があるだけで、なんだかよくわからない。
膣内をいじられても、濡れる音がするだけ。クリトリスを擦られても、ちょっとくすぐったいだけ。
身体は動くのに、頭が止まってる。頭が働いてるのに、身体が反応しない。
動き方がわからない。喘ぎ方がわからない。そもそも、カメラの場所がわからない。
「カット! ……マイちゃん、もう1回、いける?」
監督は怒らなかった。男優さんもスタッフも、みんな優しかった。
私は必死にエッチをした。できてるのかどうなのか、よくわからなかった。気づいたら撮影は終わっていた。
終わったあと、みんな口々に「デビュー作なんてこんなもんだよ」とか、「編集でどうとでもなるから」と言ってくれた。
でも……。その優しさが、何よりきつかった。
(何も……、何もできなかった……)
『胸もボディも期待大。むっちりおっぱいのゆるかわ系女優』というキャッチコピーが虚しかった。武器だと思っていたおっぱいも、全然うまく使えなかった。
メグミさんのAVを見たとき、私にも何かできるような気がしてた。でもそれは、ただの勘違いだったのかもしれない。
スタジオの隅っこ。カーテンの影。誰にも見られないようにしゃがみこんで、私は初めて、人前で声を殺して泣いた。
(……わかんないよ。こんなの……)
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