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第7話 まねごとの限界
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私は、いつの間にか26歳になっていた。
3年目。AVの仕事は、いろんな人に助けられながら、なんとか回ってる。事務所の人たち、マネージャーさん、現場の撮影スタッフさんたち。みんないい人たちだし、優しい。
同じ事務所の先輩で、親友のメグちゃんとの関係も良好。仕事でもプライベートでも支えてもらってる。
ただ、最近は……距離を感じることが多くなった。
(メグちゃんはすごいんだよなぁ)
1年前。26歳になったメグちゃんは、ついにメーカーとの専属契約を結んだ。期間は半年。本数は6本。本人は運がよかっただけとか、まだまだマイナー女優だって謙遜してたけど、みんなは「ちゃんと評価されて選ばれたんだ」って言ってた。〈Core Lab〉の事務所としてはふたり目の専属契約女優となったため、そのときは事務所総出でお祝いをした。
半年後、メーカーとの専属契約は期間満了を迎えた。契約延長はなく、メグちゃんはまた企画単体に戻った。
けれど、メグちゃんの勢いは止まらなかった。
今度は、女優としてのキャリアハイなんて言われるくらいの作品に主演した。
メグちゃんのキャリア最高傑作は、本人も企画立ち上げから参加して、監督や男優さんも相当気合いを入れて作ったものらしかった。
発売後のレビューはどれも面白すぎた。
『エロに貪欲過ぎる連中が採算度外視で作った怪作』
『抜けて、笑えて、泣ける! これはAVという名の人生だ!』
『みんな薬でもキメてるのかってくらい覚悟の決まった本気のエロス』
どのレビューも長文で、めちゃくちゃしっかり考察されていた。それを読みながら、私とメグちゃんは爆笑していた。
メグちゃんの笑顔は眩しかった。普段は地味で目立たないようにしてるけど、今のメグちゃんは、最高に輝いてるAV女優だった。
(メグちゃんはすごいんだけど……でも……)
友達が評価されてることは素直に嬉しかったけど、どんどんハードになっていくスケジュールを見ると、ちょっとだけ心配になる。
カナちゃんの引退、そして専属契約後から、一緒に遊ぶ頻度は目に見えて減った。私の家に泊まるときも、疲れていることが多く、すごい勢いで寝てしまう。
でも、そんな私の心配をよそに、メグちゃんはAV女優以外の仕事にも挑戦し始めていた。
ある日、スタジオの控え室で、メグちゃんがノートパソコンを開いていた。
カタカタとキーボードを叩く音。ディスプレイには、文字が羅列されている。
「それ、何書いてるの?」
気になった私が聞くと、メグちゃんは少しだけ画面を隠すようにして、恥ずかしそうに笑った。
「台本。っていうか、妄想ノートかな」
「え、作品用?」
「うん。企画案出してみたら、通っちゃった。だから、ちゃんとした形にしなきゃなーって」
画面には、「AV女優がAV女優に惹かれるまでの3日間」みたいなタイトルがあった。ジャンルはレズものらしい。
ちょっとだけ読んでみた。細かい感情の動き、ベッドに入る前の間合い、まばたきの回数まで書かれていた。
私は、とても真似できないって思った。
「すごいねメグちゃん。こういうの書くの、好きなの?」
「うん。まあ、それなりに……。没頭するとね、作れたりするのかな」
「すごい、すごいよ! 私、こういうの考えたりするの絶対無理だもん。メグちゃん、将来AVの監督とかになれるんじゃない?」
「事務所の人にも同じこと言われた。制作側とかどう? って。……うん、満更でもないかも」
私の言葉に、メグちゃんは目尻を下げた。恥ずかしそうだったけど、嬉しそうだった。
「……ただ、本当はね」
メグちゃんはノートパソコンの画面を閉じた。そして、少しだけ目を伏せて、言った。
「本当は、自分で演じたい。自分の身体でやりたいんだ」
メグちゃんが、一瞬だけ、きゅっと拳を握る。
言葉には、AV女優として本気で生きてきたメグちゃんが持つ、覚悟と強さがあった。どこか遠くを見つめる眼差しは、ちょっとだけ怖かった。
いつも優しく笑うメグちゃんの中には、どうしても譲れない何かがあるのだと思った。私は、ただ黙って頷くことしかできなかった。
(やっぱりすごいんだよなぁ……)
でも、その「すごい」に、私は近づける気がしなかった。
私にとってメグちゃんは、先輩のAV女優で、親友だった。けれどその存在は、身近なようでやっぱり遠かった。
***
その日の撮影は、恋人同士の同棲セックスをテーマにした、ドキュメンタリータッチの企画ものだった。
いつもよりもナチュラルなメイクをして、普通の女の子みたいな衣装に着替えて、スタッフの笑顔に合わせて、私は現場に立った。
「リラックスして、いつもみたいにね」
男優さんに言われ、カメラの前で見つめ合ったとき、ふと、私は気づいた。
(いつも、ってなんだろう?)
キスをして、舌を絡める。ちゅぷちゅぷと、唾液と空気が混ざる音がいやらしい。
でも、エッチの演技を始めても、どこかセリフがぎこちない。
ブラを外し、胸を張って、おっぱいをカメラに近づける。男優さんに乳首を舐められる。チュッチュッて吸われるたび、乳首が固くなる。
でも、触れられたときの表情に自信が持てない。
男優さんに全身を舐められる。キスから始まり、上から下へ。乳首から下乳、おへそ、おしり、そして……。
アンダーヘアをさわさわしながら、男優さんが「おまんこ見せて」と言う。
でも私は、ベッドの上に寝転がったまま、股を開けなかった。なぜだか、自分がどう見られているかがわからず、固まってしまった。
「カット」
監督さんが撮影を止める。
「……マイちゃん、今日、調子よくない感じ?」
「あ、あはは。なんかすいません……。ちゃんとできてないですか……?」
私の言葉に、監督さんはちょっと首を傾げていた。
少し休憩したあと、撮影を再開した──でも、私はやっぱりエッチができなかった。
「……カット。マイちゃん、ごめん。ちょっと、違う子に差し替えるかも」
監督さんの言葉に、世界が一瞬、無音になった。
監督さんは苦笑いしてた。男優さんは優しい言葉をかけてくれた。でも私は、笑えなかった。
「あ、はい……。わかりました……」
そう答えながら、私は楽屋に戻った。
結局、その日の撮影は中止になった。
メイクを落とす指は震えていた。ただ、鏡の中の自分は、ぜんぜん驚いていない顔をしていた。
(そっか……。もう、いいのかもしれない)
──まねごとだった。全部。
誰かのふりをして、誰かのように見られたくて、まねしてみたけれど。私の中には、最初から「見せたい何か」がなかったのかもしれない。
誰かの「まねごと」で始めた、AV女優・〇〇マイの人生。でも、気づいたら、もう「まねる」ことさえできなくなっていた。
メグちゃんや、この業界のトップやベテランは、みんな本気でやっている。
ゆったりしていて、のんびりしていて、ふんわりとした空気感は確かに持ち味だけど、私はそこで止まってしまった。私は、その先に行けなかった。
(限界なのかなぁ)
私はスマホを取り出した。
送るかどうかか迷った。でも昔、プロダクションに応募のメールを送ったときと同じように、文字をタップする指先は止まらなかった。
売れっ子になりたい気持ちはあった。
評価されたい、残したい、届きたい──どこかの、誰かに。
でも、「まねごと」をしてるだけでは、無理だった。
私はマネージャーさんにメッセージを送った。
『引退、考えてます』
3年目。AVの仕事は、いろんな人に助けられながら、なんとか回ってる。事務所の人たち、マネージャーさん、現場の撮影スタッフさんたち。みんないい人たちだし、優しい。
同じ事務所の先輩で、親友のメグちゃんとの関係も良好。仕事でもプライベートでも支えてもらってる。
ただ、最近は……距離を感じることが多くなった。
(メグちゃんはすごいんだよなぁ)
1年前。26歳になったメグちゃんは、ついにメーカーとの専属契約を結んだ。期間は半年。本数は6本。本人は運がよかっただけとか、まだまだマイナー女優だって謙遜してたけど、みんなは「ちゃんと評価されて選ばれたんだ」って言ってた。〈Core Lab〉の事務所としてはふたり目の専属契約女優となったため、そのときは事務所総出でお祝いをした。
半年後、メーカーとの専属契約は期間満了を迎えた。契約延長はなく、メグちゃんはまた企画単体に戻った。
けれど、メグちゃんの勢いは止まらなかった。
今度は、女優としてのキャリアハイなんて言われるくらいの作品に主演した。
メグちゃんのキャリア最高傑作は、本人も企画立ち上げから参加して、監督や男優さんも相当気合いを入れて作ったものらしかった。
発売後のレビューはどれも面白すぎた。
『エロに貪欲過ぎる連中が採算度外視で作った怪作』
『抜けて、笑えて、泣ける! これはAVという名の人生だ!』
『みんな薬でもキメてるのかってくらい覚悟の決まった本気のエロス』
どのレビューも長文で、めちゃくちゃしっかり考察されていた。それを読みながら、私とメグちゃんは爆笑していた。
メグちゃんの笑顔は眩しかった。普段は地味で目立たないようにしてるけど、今のメグちゃんは、最高に輝いてるAV女優だった。
(メグちゃんはすごいんだけど……でも……)
友達が評価されてることは素直に嬉しかったけど、どんどんハードになっていくスケジュールを見ると、ちょっとだけ心配になる。
カナちゃんの引退、そして専属契約後から、一緒に遊ぶ頻度は目に見えて減った。私の家に泊まるときも、疲れていることが多く、すごい勢いで寝てしまう。
でも、そんな私の心配をよそに、メグちゃんはAV女優以外の仕事にも挑戦し始めていた。
ある日、スタジオの控え室で、メグちゃんがノートパソコンを開いていた。
カタカタとキーボードを叩く音。ディスプレイには、文字が羅列されている。
「それ、何書いてるの?」
気になった私が聞くと、メグちゃんは少しだけ画面を隠すようにして、恥ずかしそうに笑った。
「台本。っていうか、妄想ノートかな」
「え、作品用?」
「うん。企画案出してみたら、通っちゃった。だから、ちゃんとした形にしなきゃなーって」
画面には、「AV女優がAV女優に惹かれるまでの3日間」みたいなタイトルがあった。ジャンルはレズものらしい。
ちょっとだけ読んでみた。細かい感情の動き、ベッドに入る前の間合い、まばたきの回数まで書かれていた。
私は、とても真似できないって思った。
「すごいねメグちゃん。こういうの書くの、好きなの?」
「うん。まあ、それなりに……。没頭するとね、作れたりするのかな」
「すごい、すごいよ! 私、こういうの考えたりするの絶対無理だもん。メグちゃん、将来AVの監督とかになれるんじゃない?」
「事務所の人にも同じこと言われた。制作側とかどう? って。……うん、満更でもないかも」
私の言葉に、メグちゃんは目尻を下げた。恥ずかしそうだったけど、嬉しそうだった。
「……ただ、本当はね」
メグちゃんはノートパソコンの画面を閉じた。そして、少しだけ目を伏せて、言った。
「本当は、自分で演じたい。自分の身体でやりたいんだ」
メグちゃんが、一瞬だけ、きゅっと拳を握る。
言葉には、AV女優として本気で生きてきたメグちゃんが持つ、覚悟と強さがあった。どこか遠くを見つめる眼差しは、ちょっとだけ怖かった。
いつも優しく笑うメグちゃんの中には、どうしても譲れない何かがあるのだと思った。私は、ただ黙って頷くことしかできなかった。
(やっぱりすごいんだよなぁ……)
でも、その「すごい」に、私は近づける気がしなかった。
私にとってメグちゃんは、先輩のAV女優で、親友だった。けれどその存在は、身近なようでやっぱり遠かった。
***
その日の撮影は、恋人同士の同棲セックスをテーマにした、ドキュメンタリータッチの企画ものだった。
いつもよりもナチュラルなメイクをして、普通の女の子みたいな衣装に着替えて、スタッフの笑顔に合わせて、私は現場に立った。
「リラックスして、いつもみたいにね」
男優さんに言われ、カメラの前で見つめ合ったとき、ふと、私は気づいた。
(いつも、ってなんだろう?)
キスをして、舌を絡める。ちゅぷちゅぷと、唾液と空気が混ざる音がいやらしい。
でも、エッチの演技を始めても、どこかセリフがぎこちない。
ブラを外し、胸を張って、おっぱいをカメラに近づける。男優さんに乳首を舐められる。チュッチュッて吸われるたび、乳首が固くなる。
でも、触れられたときの表情に自信が持てない。
男優さんに全身を舐められる。キスから始まり、上から下へ。乳首から下乳、おへそ、おしり、そして……。
アンダーヘアをさわさわしながら、男優さんが「おまんこ見せて」と言う。
でも私は、ベッドの上に寝転がったまま、股を開けなかった。なぜだか、自分がどう見られているかがわからず、固まってしまった。
「カット」
監督さんが撮影を止める。
「……マイちゃん、今日、調子よくない感じ?」
「あ、あはは。なんかすいません……。ちゃんとできてないですか……?」
私の言葉に、監督さんはちょっと首を傾げていた。
少し休憩したあと、撮影を再開した──でも、私はやっぱりエッチができなかった。
「……カット。マイちゃん、ごめん。ちょっと、違う子に差し替えるかも」
監督さんの言葉に、世界が一瞬、無音になった。
監督さんは苦笑いしてた。男優さんは優しい言葉をかけてくれた。でも私は、笑えなかった。
「あ、はい……。わかりました……」
そう答えながら、私は楽屋に戻った。
結局、その日の撮影は中止になった。
メイクを落とす指は震えていた。ただ、鏡の中の自分は、ぜんぜん驚いていない顔をしていた。
(そっか……。もう、いいのかもしれない)
──まねごとだった。全部。
誰かのふりをして、誰かのように見られたくて、まねしてみたけれど。私の中には、最初から「見せたい何か」がなかったのかもしれない。
誰かの「まねごと」で始めた、AV女優・〇〇マイの人生。でも、気づいたら、もう「まねる」ことさえできなくなっていた。
メグちゃんや、この業界のトップやベテランは、みんな本気でやっている。
ゆったりしていて、のんびりしていて、ふんわりとした空気感は確かに持ち味だけど、私はそこで止まってしまった。私は、その先に行けなかった。
(限界なのかなぁ)
私はスマホを取り出した。
送るかどうかか迷った。でも昔、プロダクションに応募のメールを送ったときと同じように、文字をタップする指先は止まらなかった。
売れっ子になりたい気持ちはあった。
評価されたい、残したい、届きたい──どこかの、誰かに。
でも、「まねごと」をしてるだけでは、無理だった。
私はマネージャーさんにメッセージを送った。
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