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第9話 さよならメグちゃん
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たくさん飲んで、たくさん話して、たくさん笑い合った。
何時になったのか、時計の針がもうどうでもよくなったころ、私たちは布団に入った。
また、どこかで夜風が吹く。灯りを落とした薄闇の部屋に、虫の音が聞こえてくる。
「……メグちゃん、起きてる?」
「……起きてる」
薄暗闇の中で、視線が合う。
「さっき、元カレの話、したじゃん」
「うん……」
「地元に帰るんだけど、また会ったらどうしようかな? 連絡先は消してるし、東京出てきてからは会ってないんだけどさ」
今、元カレが何をしてどこで暮らしているかは知らない。でもたぶん、元カレは私がAV女優になったことを知っている。何となく、そんな気がしている。
メグちゃんは無言だった。チラッとみた横顔は、天井を見上げたまま、ぼんやりとしている。
「私のAV見てて、しかもそれで抜いたら、何かヤダなぁ」
「……見てるだけで済んでるなら、まだマシじゃない?」
小さな声で答えてくれたメグちゃんは、どこか苦しそうだった。
「それにさ、地元に戻ると、家族とも距離が近くなって、それもなんか気まずいんだよねぇ」
「家族と仲悪いの?」
「よくわかんない。AV始めてからは連絡取ってないし。メグちゃんは?」
「……私もよくわかんない。たまに連絡は来るけど、あんまり話しはしないし……」
「……なんかさ、家族の話するのって、初めてだね?」
メグちゃんはまた無言になった。それ以上、言葉はなかった。
少しの静けさが流れたあと、布団の中で、私たちはごろごろしながら向き合っていた。
「メグちゃん、元気でね」
ぼんやりとした空気の中で、私はぽつりと呟いた。
その瞬間、メグちゃんが布団からバッと這い出し、私の胸に顔を埋めた。
「……マイちゃんもね」
メグちゃんは泣いていた。溢れる涙が、私の胸元を濡らした。私はそれを受け止め、メグちゃんの身体をさすった。
「よしよし……」
メグちゃんを胸に抱きながら、昔を思い出す。
出会ってから仲良くなって、最初のころは、私の方がよく泣いていた。
カナちゃんがいなくなってから、メグちゃんは私の家に泊まりに来るたび、泣いていた。あのときは、私も一緒に泣いた。
AVを辞めることを伝えたとき、メグちゃんは一瞬、愕然としてた。すぐにいつもの笑顔に戻って、「わかったよ」って言ったけど、視線の奥に沈む落ち込みは隠せてなかった。
「……メグちゃん、よく食べて、よく寝て、自分の身体を大事にしてね」
こうして泣きじゃくるメグちゃんを受け止めているとき、私はあたたかい気持ちになれた。単なる事務所の先輩後輩ではなく、ちゃんと友達なんだと実感することができた。
そして、きっかけになった人が、ずっと助けてくれた人が、こうして自分を頼ってくれることは、本当に嬉しくて幸せなことだと思った。
息を詰まらせながらしゃくり上げるメグちゃんの小さな身体は、ずっと震えていた。
「そういえばさ、メグちゃんが前に書いてたレズものの脚本、どうだった?」
「……よかったって言われたよ。……何で?」
「あれ、ふたりでやってみたかったね」
「……ちょっと、何それ……! 今さら……!」
私の身体を抱きしめるメグちゃんの力が、また強くなった気がした。くしゃくしゃの横顔からは、またたくさんの涙が溢れ出した。
静かな涙だけが頬を伝った。私たちはふたり揃って、しばらく黙って泣き続けた。
***
旅行が終わってしばらく経ったあと、私は荷物をまとめ、東京の部屋をあとにした。
あの人は仕事で来られなかった。だけど、スマホにはメッセージが届いていた。
『マイちゃん、今までありがとう。新生活、ちゃんと働いて、ご飯たくさん食べて、笑顔でね。これからもずっと友達だよ。それじゃ、元気でね』
駅のホームで、私はスマホの画面をじっと見つめた。
スマホをバッグにしまうと、私はもう一度、東京の街を振り返った。
電車のドアが閉まり、景色は静かに遠ざかっていった。
何時になったのか、時計の針がもうどうでもよくなったころ、私たちは布団に入った。
また、どこかで夜風が吹く。灯りを落とした薄闇の部屋に、虫の音が聞こえてくる。
「……メグちゃん、起きてる?」
「……起きてる」
薄暗闇の中で、視線が合う。
「さっき、元カレの話、したじゃん」
「うん……」
「地元に帰るんだけど、また会ったらどうしようかな? 連絡先は消してるし、東京出てきてからは会ってないんだけどさ」
今、元カレが何をしてどこで暮らしているかは知らない。でもたぶん、元カレは私がAV女優になったことを知っている。何となく、そんな気がしている。
メグちゃんは無言だった。チラッとみた横顔は、天井を見上げたまま、ぼんやりとしている。
「私のAV見てて、しかもそれで抜いたら、何かヤダなぁ」
「……見てるだけで済んでるなら、まだマシじゃない?」
小さな声で答えてくれたメグちゃんは、どこか苦しそうだった。
「それにさ、地元に戻ると、家族とも距離が近くなって、それもなんか気まずいんだよねぇ」
「家族と仲悪いの?」
「よくわかんない。AV始めてからは連絡取ってないし。メグちゃんは?」
「……私もよくわかんない。たまに連絡は来るけど、あんまり話しはしないし……」
「……なんかさ、家族の話するのって、初めてだね?」
メグちゃんはまた無言になった。それ以上、言葉はなかった。
少しの静けさが流れたあと、布団の中で、私たちはごろごろしながら向き合っていた。
「メグちゃん、元気でね」
ぼんやりとした空気の中で、私はぽつりと呟いた。
その瞬間、メグちゃんが布団からバッと這い出し、私の胸に顔を埋めた。
「……マイちゃんもね」
メグちゃんは泣いていた。溢れる涙が、私の胸元を濡らした。私はそれを受け止め、メグちゃんの身体をさすった。
「よしよし……」
メグちゃんを胸に抱きながら、昔を思い出す。
出会ってから仲良くなって、最初のころは、私の方がよく泣いていた。
カナちゃんがいなくなってから、メグちゃんは私の家に泊まりに来るたび、泣いていた。あのときは、私も一緒に泣いた。
AVを辞めることを伝えたとき、メグちゃんは一瞬、愕然としてた。すぐにいつもの笑顔に戻って、「わかったよ」って言ったけど、視線の奥に沈む落ち込みは隠せてなかった。
「……メグちゃん、よく食べて、よく寝て、自分の身体を大事にしてね」
こうして泣きじゃくるメグちゃんを受け止めているとき、私はあたたかい気持ちになれた。単なる事務所の先輩後輩ではなく、ちゃんと友達なんだと実感することができた。
そして、きっかけになった人が、ずっと助けてくれた人が、こうして自分を頼ってくれることは、本当に嬉しくて幸せなことだと思った。
息を詰まらせながらしゃくり上げるメグちゃんの小さな身体は、ずっと震えていた。
「そういえばさ、メグちゃんが前に書いてたレズものの脚本、どうだった?」
「……よかったって言われたよ。……何で?」
「あれ、ふたりでやってみたかったね」
「……ちょっと、何それ……! 今さら……!」
私の身体を抱きしめるメグちゃんの力が、また強くなった気がした。くしゃくしゃの横顔からは、またたくさんの涙が溢れ出した。
静かな涙だけが頬を伝った。私たちはふたり揃って、しばらく黙って泣き続けた。
***
旅行が終わってしばらく経ったあと、私は荷物をまとめ、東京の部屋をあとにした。
あの人は仕事で来られなかった。だけど、スマホにはメッセージが届いていた。
『マイちゃん、今までありがとう。新生活、ちゃんと働いて、ご飯たくさん食べて、笑顔でね。これからもずっと友達だよ。それじゃ、元気でね』
駅のホームで、私はスマホの画面をじっと見つめた。
スマホをバッグにしまうと、私はもう一度、東京の街を振り返った。
電車のドアが閉まり、景色は静かに遠ざかっていった。
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