圏ガク!!

はなッぱち

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新学期!!

思考停止

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「城井はおれの目の前で死んだんだ」

 吐き捨てるように言いながら、オッサンは煙草を引っ張り出し、乱暴に一本くわえる。そして、鼻先まで火が上がるライターで豪快に先っぽを燃やし、物凄い量の煙を吐き出した。

「あの子は悪くない。あの子に罪はない」

 遠くを見ながら、他人の言葉のようにオッサンは呟く。そして、懐から一冊の汚れた手帳を取り出し、無造作に投げて寄越した。

「それが城井の最後の言葉だ。はっ、ご丁寧に手帳にも書き残してな」

 黒い手帳をパラパラと捲ると、紙がよれている所があり、自然とそのページが開かれた。そこには、確かに鬼気迫る筆跡で何かが書かれていたが、オレには判読出来なかった。

「言っとくが、罪滅ぼしでも、同情でもねぇからな。勝家を手駒に出来りゃあ、色々と楽が出来そうだからだ」

 煙草のフィルターを齧りながら言っても説得力がない。まあ、この人の下でこき使われるって相当ヤバそうだけど、オレはそれもいいかと少し笑ってしまった。

 もう一度、手元に目をやる。よれたページから先は白紙だが、それより前のページには、かなり癖のある読みづらい文字がびっしり書き込んであった。

「それはお前に預ける。おれが回収出来た城井の唯一の所持品だ。勝家に渡すかどうかは、お前が決めろ」

 手帳を閉じ顔を上げると、オッサンは気のせいか申し訳なさそうな表情をしていた。

「おれが話した事を全部、勝家に伝えてもいい…………あーそうだよ! おれには分からんのだ。どうしてやるのが一番なのか検討もつかん」

 頭を軽く掻きむしった後、オッサンはオレに頭を下げて「だから」と続けた。

「お前が勝家を支えてやってくれ」

 クソ無責任な事を言いやがるオッサンを一瞥して、オレは立ち上がり手帳をポケットにねじ込んだ。

 そして独房を出る前に一度だけ振り返り、頭頂部を見せたまま煙を吐き出し続けているオッサンに言ってやる。

「あんたに言われるまでもねぇよ。先輩はオレが支える。他の誰にも譲らない」

 問題を丸投げしてきやがった事に関しては腹も立ったが、それ以上に思う所があって、オレはオッサンが顔を上げるのを待った。喧嘩を売るような勢いに、オッサンは皮肉っぽい表情を浮かべて頭を上げる。

「そりゃ頼もしい限りだ」

「オッサン」

「あぁん? なんだよ」

 物凄い勢いで煙草を灰に変えるオッサンに、今度はオレが頭を下げた。戸惑うような息遣いが聞こえたが、気にせずにオレは言いたい事を言う。

「先輩に会わせてくれて、ありがとうございました」

 この人が先輩を圏ガクに送ってくれなければ、オレは先輩に会えなかった。だから、それだけはオレが礼を言わなければいけないと思ったのだ。

 先輩を見捨てず、何も分からない時から信じようとしてくれた事もだが、それはオレが言うべき言葉ではない。

「オッサン掴まえて恋のキューピッド呼ばわりするたぁ、いい性格してんな、お前」

 鬼のような厳ついオッサンが『恋のキューピッド』なんて面白い単語を出すので、つい吹き出してしまった。

 締まらねぇなあと思いつつ、もう少し煙草を吸ってから戻ると言うオッサンと別れ、オレは地上へ戻った。もちろん、分厚く重い扉はオッサンに開けて貰ったのだが、外に出ると同時に昼休み終了のチャイムが聞こえてしまった。

「うわ、初サボりだ」

 圏ガクでのサボりはイコールで懲罰対象となる為、どんな猛者でも授業開始時には教室に戻る。一度サボった者は予鈴の時点で自分の席に戻る習慣が擦り込まれるという、教師によるリンチもとい懲罰を思うと憂鬱になるが、今は震える体に活を入れ慎重に辺りを覗いながら、校舎へと戻った。

 何をどうしたらいいのかなんて、オッサンに偉そうな事を言ったくせに、今のオレは全く分かっていない。でも、今はとにかく先輩の無事を確かめたかった。

 校舎に忍び込み、授業などには使用しない部屋が並ぶ、無人の教室棟一階廊下を文字通り這って進む。大袈裟に思うかもしれないが、授業中に教室以外の場所で見つかったら即アウトだ。廊下の隅を小さくなりながら進み、目的の部屋の前に辿り着き、そっと扉に耳を押し当てる。

「……何も……聞こえない、な」

 いつの間にか(柏木から逃げている時かオッサンに連行されていた時か分からないが)耳からイヤホンは落ちてしまったらしく、部屋の中の音は全く聞こえない。もう移動してしまったのだろうかと、可能な限り強く扉に耳を押しつけた時、唐突に部屋の中から扉が開かれ、オレは中へ半分転がり込んでしまう。

「首尾はどうだ」

 生徒会に魔改装された部屋の中から聞こえたのは、聞き覚えのある尊大な声。例えそいつのおかげで先輩が守られているとは言え、当然のように全てを見下す態度が滲み出る声につい反発心が芽生える。だいたい首尾って何の話だ。

「あの刑事から何を聞いたのか、それを全て会長にご報告しなさい」

 扉を開けたのだろう、近くに立っていた柏木がオレをせっついた。ああ、そうだよな、オレに仕掛けた盗聴器の類いは全部オッサンが便所に流したから、お前らは聞けなかったんだよな……。

「ッて、ふざけんなッ! よくも下らねぇモン仕掛けてくれたな柏木!」

「今は授業中ですよ、お静かに。言いたい事があるなら、先に部屋の中へ入りなさい」

 シンと静まり返った廊下に木霊する自分の声は心臓に悪い。指示に従い、オレは柏木を睨みながら、部屋の中へと踏み込んだ。

 教室の扉を取っ払い、勝手に取り付けたらしい立派な扉が静かに閉じるのを見届け、オレは室内に用意された一際豪華なソファーで優雅に座る変態と対峙する。盗聴器の指示を出したであろう男に文句の一つも言ってやるつもりだったが、一瞬目を離した隙に柏木が動き、オッサンから受け取った城井老人の手帳を奪われてしまった。

 取り戻そうと柏木に飛び付いたが、埃でも払うような感覚で、強烈な一撃をみぞおちに打たれオレはその場に蹲る。

「やはり、あの男は持っていないか」

 パラパラと紙の捲れる音が聞こえていたが、すぐに手帳はテーブルに落とされた。

「柏木、始末しておけ」

 会長の言葉に戦慄してオレはテーブルに突進する。頭や肩がぶつかり、机の上にあったらしいカップが床に落ち派手な音を立てた。

「こっ、れは、だいじ……なモンだ。てめぇらが、気安く、さわんな」

 視界に入った黒い手帳の上に覆い被さる。柏木だろう、容赦ない手つきで髪を掴み、手帳からオレを引き剥がそうとしてくるが、とにかく守らなければと体を固くした。すると、頭を襲っていた痛みが急になくなった。

「夷川、お前はそれをどうするつもりだ?」

 手帳の無事を手で触れて確認していると、頭上から冷酷な声が降ってくる。

「あんたこそ、どういうつもりだ。これは先輩のじいちゃんの……形見なんだぞ」

 奪われないよう、体を丸くして手帳を抱え込みながら、始末という言葉の意味を尋ねると、会長は鼻で笑いやがった。

「知れたこと、誰の目にも触れないよう処分する」

 淡々と答えた後、皮肉に満ちた表情を浮かべ会長は言う。

「形見などと笑わせる……あの刑事から生ぬるい認識を改める材料は貰わなかったのか?」

 会長は柏木から受け取った紙束をオレの目の前に投げつけた。オッサンから教えて貰った事をオレに白状させる為の誘導尋問かと思ったが、オレが必死で抱え込んでいるモノと同じモノがそこにはあった。手帳最後のページ、オレには読めない最後の言葉が。

「金城はお前が考えているより脆い」

 投げられた紙束に手を伸ばす。手帳の全てのページをコピーしたものには、赤いペンで注釈が書き込まれており、読みづらい文字を解読してあるようだ。なんとか読み解こうと、少しでも内容を拾おうとしたが無理だった。オレの頭はとっくにキャパオーバーで使い物にならない。

「お前が知った事実は、救いにはならない。逆だ……金城を壊す」

 会長の言葉は妙にリアリティがあって、オレは不安から顔を上げた。今の先輩の姿から、その結果は容易く想像出来てしまうのだ。

「笹倉の事は詫びよう。金城の背中を押してしまったのは私だ……そのせいで非常に厄介な事態になっている。お前の力を借りたい」

 返事はせず、黙って会長の言葉に耳を傾ける。

「金城は笹倉の件を持ち出し、ずっと主張し続けた。もちろん、お前の事は何一つ話さずに、だ。霧夜も笹倉の言葉を信じてはいまい。だが奴は金城に好意的だ。お前はまず、霧夜に事のあらましを伝えろ」

 それは元からそのつもりだと伝えると、会長は頷きもせず次へと移った。

「恐らく金城を刑事に引き渡すような事にはならないだろう。問題はここからだ。夷川、何を使ってもいい。必要だと思うモノなら全て揃えよう。お前には金城の決断を覆して欲しい」

 先輩の決断とは具体的になんだと問えば、自分の将来を閉ざしてしまう事だと会長は即答した。

「金城の未練がある内に誑し込め」

 さすが柏木の親分だな。真顔で言いやがったぞ、こいつ。

「丁度いい、今は自室での謹慎中だ。思う存分やるといい」

 本気で言っているのか疑わしいが、目を見て間違いなく本気だと理解した。張り詰めていたモノが途端に萎む。

「ヤルだけで解決したら、誰も苦労しねぇよ」

「自信がないとは情けない……しかし心配はいらん。ないならば作ればいいだけの事。今から特訓してやろう。柏木、今すぐ準備をしろ」

 上ずった返事をして、即行で服を脱ぎだした柏木を前に、呆れたオレは「待て」と抗議する代わりにバンと机を叩いた。

「仕方のない奴だ。そこまで自分に自信が持てないならば、我々も同行して場を盛り上げてやろう」

「それでは、ついに会長の念願が叶うのですね。ようやく、金城先輩と裸の付き合いが……おめでとうございます」

 勝手に話を進める変態と、涙ながら拍手を送る子分。さっきまでの緊張感はどこへ行ったんだ。

 取り戻した手帳を握り、すっかりヤル気の二人に、気遣いは不要だと言い渡す。スワッピングだったか? そういう事で先輩の悩みが解消するなら、いくらでも我慢するが、絶対にそうはならない。手帳を見つめながら、どうするべきか悩んでみるが、何が正しいのか全く分からなかった。

 オッサンから聞いた城井老人の事。先輩はじいちゃんを自分の手で殺したと思っている。けれど、城井老人は先輩を庇う為に自殺している。この事実は、先輩を救ってくれるだろうか。

 会長に言われるまでもなく、こんなもん救いになんてならない。今まで、それが及ぼす影響を分かった上で、伝えずにいた事実をオレはどう扱えばいいんだ。

「夷川、その手帳を渡してはくれないか?」

 柏木に命令して強引に奪うではなく、変態を脱ぎ捨てた会長は、真剣な顔でこちらへ手を差し出してくる。

「お前が何も考えず、当たって砕けろの精神で金城にぶつかった場合、砕け散るのは間違いなく金城の方だ。私はそれを阻止したい」

 会長の言葉で手帳が重くなったように感じた。この人は本当に先輩の事だけを考えて動いているんだなと、妙に実感してしまい、会長に託してしまってもいいような気さえした。

「ごめん……これは渡せない」

 けれど、会長の手に渡れば、城井老人のやった事は『なかった事』になってしまう。オレは……例えそれが先輩の致命傷になろうと、城井老人の気持ちを『なかった事』にはしたくなかった。

「フン、まあいいだろう。しかし管理はさせてもらう。仮にお前が手帳を紛失でもしたら、目も当てられんからな」

 会長は生徒会で手帳を預かると申し出た。渡せないと言っているのに意味ないだろと返せば、実に真っ当な指摘を寄越しやがった。

「自室に鍵すら付いていないお前が、どうやって管理すると言うのだ」

「は、肌身離さず持ってればいいだろ」

「風呂の時はどうする気だ」

「だ、誰かに預かって貰う」

「誰に渡す気だ。好奇心を微塵も見せず、淡々と手帳を守ってくれるような奴の当てでもあるのか?」

 条件に当て嵌まる奴が全く浮かばず、すぐに反論出来なくなった。

「無断で処分はしないと誓おう。お前が必要だと思う時に、いつでも取り出せるよう計らう。だから、手帳はここに置いて行け」

 この会長が牛耳る生徒会なら、金庫の一つや二つ隠し持っていそうだが、オレは先輩を第一に考える会長を信用出来なかったので、申し出を断固拒否した。

 すると意外にも会長は「絶対に手放すなよ」と念を押すだけで、柏木を使って手帳を奪取する事はなかったが、オレの前に一枚のカードキーを差し出して来た。見覚えのあるそれは、新館の最上階、会長と先輩の部屋の鍵だ。

「お前は今から、金城に会いに行くのだろう。ならば、これを使うといい。柏木が渡した物を持ち歩いているならば必要ないが、持ち歩く理由もない、持っていないだろう。ならば、遠慮なく、これを持って行くといい」

 ここに寄ったのも先輩に会う為だ。畳みかけるような言い方は少し引っ掛かるが、無駄に歩き回るというリスクを負わずに済むのはありがたい。

「私の言った事を忘れるな」

 差し出されたカードに手を伸ばすと、会長は無防備だったオレの腕を強く握り、強引に自分の方へ引き寄せた。

「くれぐれも不用意な発言は慎め……忠告を心に刻んで金城に会え。分かったな」

 近すぎる距離で会長に目を覗き込まれる。迷いのない目をオレは見続けられなかった。「分かった」と短く答えて、とにかく視線を逸らせた。オレの中にある迷いを見透かされた気がして、逃げるように部屋を出た。

「とにかく、先輩に会おう。グダグダ悩むのは、それからだ」

 迷いを迷いのまま抱え、真っ直ぐに新館へ向かう。人目を避ける為に必死こいて移動していると、さっきまであった憂鬱が小さくなった。先輩に会えばなんとかなる! そう能天気に思えるくらいに、だ。

 けれど、その能天気は新館に到着すると同時にどこかへ行ってしまった。エレベーターで最上階に到着し、一歩フロアに踏み込んで、嫌と言うほど自覚する。

 オレはどうしたらいいのか分からず、全力でパニックに陥っていた。

 キーがあるんだから、先輩が謹慎させられている部屋の扉も開くだろう。オレが本気を出せば、すぐにでも先輩に会える。でも、オレは先輩に会って、どうしたらいいのか分からなかった。

 オレの言葉が先輩を壊す。会長の忠告が頭の中をあっと言う間に占領し、その場にへたり込んでしまう。

「……せんぱい、オレどうしたら、いいんだよ」

 オッサンから聞いた話が忠告の隙間を縫うように溢れ、オレは破裂しそうな頭を抱えて蹲った。

 悩んでいるなんて上等な状態じゃない。オレは身動きが取れず、ただ思考停止していた。蹲ったまま、自分の呼吸だけを聞いて、動かなくなった頭を抱え、時間だけが過ぎていく。

 全てを投げ出して、この場で眠ってしまえたら楽だろうが、頭はぼんやりしているのに、まるで吊されているかのように意識は宙に浮いたままで、眠りに落ちる事すら出来なかった。
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