圏ガク!!

はなッぱち

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新学期!!

泥船

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 何分経ったのか、何時間経ったのか、まるで分からない中、突然腰に強い衝撃を受けて、オレはゆっくり上半身を持ち上げた。

「邪魔」

 すると、今度は背中にドンと何かがぶつかってきた。長時間、変な体勢でいたせいか、体の動きが鈍く、背中を襲う痛みに反応出来ず、何度も何かをぶつけられる。

「いつまで道を塞いでるつもり? 食事が冷めるだろ。早くどけ」

 なんとか振り返ると、そこには生徒会が(と言うか会長が)好きそうな豪奢な給仕用の台車を押す性悪メイドが、害虫でも見るような目でこちらを見下ろしていた。

「食事って、先輩のか?」

「そうだよ。昼食も召し上がってないから、早くお届けしたいんだけど?」

 もう夕食の時間なのかと聞けば、何言ってんだと言いたげな、人を小馬鹿にした表情で、懐中時計を取り出し見せてくれた。

 時刻は夕食には遅い、午後八時を回った所だった。どうやらオレは六時間近く、廊下に蹲っていたらしい。その事実に心底呆れて、それが顔に出たのだろう。何かを誤解したメイドは不機嫌そうに、先輩の食事時間はいつも遅いのだと教えてくれた。

「悪い、暫く動けそうにない」

「はぁ?」

 素直に状況を説明すると、メイドはオレの腕を掴んでズルズルと移動させ、律儀にも側にあったソファーへ座らせてくれた。

「で、どうしたいの。金城先輩に会いに来たんだろ。これ、お前が持って行く?」

 台車の上には、盛りつけは部屋でするのだろう、空の食器と小さな鍋が置かれていた。鍋の蓋を開けて中身を見せてくれた時、ふわっと漂ったシチューの良い匂いに、先輩と同じく昼抜きだったオレの腹が返事するみたいに鳴く。

「お前の分はないから」

 メイドは腹の音を聞くや、鍋の蓋を即座に閉じた。気恥ずかしくなり「いらねぇし」と強がりを言ってみるが、それを咎めるように腹が鳴りやがるので、恥ずかしさは倍以上になってしまった。

「それで結局どうしたいんだよ、お前は」

 ヅラの長い髪を軽く後ろへ払いながら、メイドは再度問いかけてくる。

「……せ、先輩の飯は、あんたが持って行ってくれ」

「鍵は持ってるんでしょ。なんで、会いに行かないわけ?」

 メイドは溜め息交じりにド直球の質問を重ねた。自分の不甲斐なさに思わず泣きそうになる。でも、こんな奴の前では泣けない。唇を噛みしめ、込み上げてくる涙や感情を押し止める。

「先輩に会うのが恐いんだ。何を話したらいいのか分かんないし……でも、先輩の事が心配でここを動けない……だから、部屋へは行けない」

 支離滅裂、頭が回っていないのは今も同じで、メイドに鼻で笑い飛ばされるだろうと、言った直後に身構えた。けれど、メイドは「ふーん」と相槌を打つだけで、その表情もオレが予想したモノとは違った。

「会うのが恐いなら、手紙でも書けば?」

 意外すぎる言葉に「え?」と間の抜けた声を漏らすと、即座にメイドの表情は嫌悪に変わる。

「外から何時間も拝み倒そうが、金城先輩には何も伝わらないだろ。そんな不気味な事やるくらいなら、一言でもいいから手紙で気持ちを伝えてみればって、言ってんだけどお前には理解出来ないのかな?」

「でも、ポストとかないし」

「ほんっと馬鹿なのお前。ボクがお食事を運ぶ時に一緒に持って行ってやるって言ってんの。それぐらい分かれば?」

 予期せぬ助け船にオレは飛び付いた。今じゃなくてもいいだろうと言うメイドに、ちょっと待ってくれと頼み、紙とペンを探す。

 紙はすぐに見つかった。会長から死守した手帳には、白紙の部分がたくさんある。少しだけ迷ったが、オレは一枚だけ手帳を破った。

「あのさっ! なんか書く物、貸してくれないか」

 オレの勢いに驚いたのか、メイドは嫌味も文句も言わず、黙って高級そうなペンを貸してくれた。

『オレも一緒に考えるから 今日は飯食って寝ろ』

 本当は『好きだ』と書きたかったが、照れ臭かったので我慢した。書いたものをメイドに手渡すと、何が面白かったのか少しだけ笑われてしまった。

 手紙を台車に乗せて、先輩の部屋へと歩き出したメイドは、何を思ったのか足を止めて振り返る。

「まだ、ここにいるつもり?」

 しっかり頷くと、文句を言われるかと思ったが「あっそ」と素っ気なくメイドは答えた。

 それからメイドの背中が、先輩の部屋へと消えるのを見届ける。

 開いた扉から先輩の姿が見えないか少し期待したが、電気すら点いていない真っ暗な室内しか見えなかった。在室していないのかと一瞬思ったが、入室の許可をメイドが求めると小さく先輩の声が、元気のない声が聞こえて、オレは胸が痛くなった。

 扉が閉まってからは後悔の嵐だった。先輩の為に、何も言えなくともただ寄り添う事だって出来たはずだ。会長の提案じゃあないが、ヤルだけでも先輩を少しは元気付けられたかもしれない。次から次に『こうしておけば』という考えが溢れるのに、オレの体はケツがソファーに根を生やしたみたいに全く動こうとしなかった。

「……なあ、先輩のじいちゃん。オレはどうしたらいい?」

 先輩の事を単純に考えられなくなった原因を手に取り、破いてしまった事を謝罪するよう、くたびれた表紙を軽く撫でる。

 返事はしてくれなくとも、確かにあった城井老人の先輩への情、その証である手帳。しっかりとポケットにしまい込み、だらしなくソファーに沈みながら長い溜め息を吐いた。

 ズルズルと体を滑らせ、半分くらいソファーからずり落ちた所で、給仕が終わったのかメイドが先輩の部屋から出て来て、オレの気の抜けまくった姿を不覚にも目撃されてしまう。

「ここはお前の部屋か」

 即座に姿勢を正したが、メイドは吐き捨てるように言った。

「せ、先輩に、てがみ……ちゃんと渡してくれたんだろうな」

 素直に謝るのも癪で、誤魔化すように尋ねると、満面の笑みを浮かべたメイドに台車で足の甲を轢かれる。

「いちいちお前の相手するの面倒なんだけど、なんで黙れないの?」

 黙れと言われて、飛び出しそうになった文句を飲み込む。そして庇うように、ソファーの上で自分の足を抱え込んだ。

「お前の汚い字を見て、少し笑ってくれたよ。あの様子ならお食事も召し上がってくれそう……かな」

 オレが黙っていると、メイドは独り言みたいに先輩の様子を報告してくれた。ついでに何故か……予備の皿だろうか、それにシチューを盛りつけ始めた。漂ってくる匂いにおさまっていた腹の虫が騒ぎ出す。

「今、寮に帰っても食事は当たらないだろうから、これでも食べて戻れば? どうせ、すぐには帰る気ないんでしょ」

 そのまま皿を差し出してくれれば、涙を流して感謝する所だが、皿を床に直置きされると「オレは犬か?」と怒りが先に顔を出すので、素直にありがたいとは思えなかった。

「あれ、余計なお世話だったかな。不要なら片付けるけど、どうする?」

 ご丁寧にパンも付けてくれた。ほら餌だと言われているようで、自分の中の葛藤が凄まじかったがプライドをへし折り、皿に手を伸ばした。

「………………いただきます」

「食器はそこら辺に置いといてくれていいから」

 オレが皿を受け取ると、メイドはスプーンを手渡した後、エレベーターではなく仕事でもあるのか備品室だったか、違う部屋へと入って行った。

 メイドの姿が見えなくなると同時に、オレはシチューを一掬い。ぱくっと口に放り込んだ。腹が減っているのもあるが、旧館で出るシチューとは別次元の味覚に少々鼻息が荒くなった。パンもほんのり温かく、シチューに浸して食べると格別で、ものの数分でメイドの施しをペロリと平らげた。

「おかわりは……無理か……ん、あれ……」

 腹がいっぱいになったせいか、瞼が急に重くなった。ヤバイと思う寸前、オレの意識はなくなった。

 抗う事すら出来ず閉じてしまった瞼を開くと、見慣れた天井の下、大の字で横になっていた。

 カーテンのない窓からは、すでに朝日が差し込み、近くから狭間の身支度する音が僅かに聞こえてくる。熟睡している時は、皆元は鼾が、由々式は歯軋りがうるさいのだが、起床前には半覚醒状態なのか、静かに寝息を零す程度になるので、絶好の二度寝チャンスだ。

 心地の良い微睡みの中、オレは何故かそっとポケットに手を伸ばしていた。もちろん、中は空っぽだ。寝る時にポケットに何かを忍ばせる必要はないからな。

「てちょうがない」

 無意識に出た声にならない呟きで、眠る前に頭を占領していた悩みを思い出す。あぁ、そうか……手帳がないって事は、オッサンが話してくれた先輩の事情は、全て夢だったのか…………

「ッて、ンなワケねぇだろ! 馬鹿かオレは!!」

「わぁっ、驚いた! 寝ぼけてるのかな、変な夢でも見た?」

 叫びながら跳ね起きたせいで、一人で点呼前に起床してオレらを起こしてくれる狭間を飛び上がらせてしまった。

「狭間、なんでオレはここで寝てんだ!」

 驚かせついでに、疑問解消にも協力してもらう。

「えっと、山野辺先輩が、変な所で寝てたって抱えて連れて来てくれたんだよ。全く起きないから少し心配だったけど、うん、元気そうでよかった」

 山野辺って誰だ! 生徒会の奴らか。

「違うよ。執事の先輩って言った方が分かるかな。いつも寮長と一緒にいる、あの人だよ」

 執事モドキの事か。なんでそいつに拾われてんだ。性悪メイドの野郎、手帳盗った後でオレをその辺に捨てやがったのか。つーか、よく考えればメイドは会長の子分その二じゃあねぇか。クソッあの変態、最初から仕組んでやがったな。

 手帳の在処が分かり、オレはすぐにでも犯人の元へ走りたかったが、他の奴らに迷惑かける訳にはいかない。狭間に怪訝な顔をされつつも、なんとか点呼を終えるまで自室で待機した。

 あの会長の事だ、既に手帳は燃やされてしまっている可能性も高い。けれど、だからと言って黙って見ているなんて出来るはずがなかった。
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