圏ガク!!

はなッぱち

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新学期!!

藪蛇

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「頼む……無事に残っていてくれ」

 点呼を終えると同時に、教師の後を追うよう二年フロアに突撃しようとして、オレはグッと首を絞められた。邪魔する奴はぶちのめすと、相手の顔を見れば、寝起きの不機嫌さの中に多少の心配を滲ませた皆元だった。皆元の太い腕にホールドされてしまい、オレはズルズルと部屋へと連れ戻される。

「何かあったのか?」

 その言葉は今のオレにとって毒だった。昨日の思考停止状態を思い出すと、何もかも話して、どうしたらいいか一緒に考えてくれと言ってしまいそうになる。

「ちょっとな……生徒会と揉めてる」

 誘惑を振り切り、事実だけを簡潔に告げると、皆元は少しだけ目を細めて「手伝うか?」と聞いてくれた。オレは黙って首を横に振る。

「金城先輩絡みか?」

 これにも一度、頷くだけで答えると皆元は「分かった」と言い「必要になったら呼べ」と薄く笑った。

 皆元のおかげで、カッとなっていた頭は冷静になった。部屋に戻って、どうするべきか考える。

 盗った張本人を問い詰めても、恐らく手帳は持っていない。手帳はまず間違いなく会長が持っているだろう。

 会長と先輩は同室。今すぐ会長の所へ突撃したら、先輩の前で手帳の口論をする羽目になる。それは避けたい。

「新館……いや、学校で待ち伏せるか」

 ならば、部屋から出た会長をとっ捕まえればいい。新館の出入り口で騒ぐと、先輩の部屋まで聞こえてしまうかもしれないので、潜伏する場所は校舎に決定だ。下駄箱で待ち構えていれば、必ず見つけられる。

「大丈夫だ。まだ手帳は無事、手帳は無事」

 一人ブツブツと呪文のように繰り返し、狭間や由々式に怪訝な顔をされながらも、オレは朝食をかっ込み、日直だとバレバレの嘘を吐いて一人先に学校へ向かった。

 いつも向かう教室棟側の廊下ではなく、生徒にとっては鬼門である職員室などがある特別棟側の廊下で身を隠す。

 生徒の遅刻には厳しい圏ガクだが、教師ならば多少は許されるらしく、毎度のように一限目の開始がズレる教科もある。要するに比較的早めの時間帯に、こちら側の廊下を利用する人間はいないのだ。

 下手に誰かに見つかると、途端に絡まれるので(日頃の行いが悪いせいかもしれないが)廊下の隅で身を屈め、チラチラと下駄箱を覗き見る。

「……もし、捨てられてたら……オレ、どうしたらいいんだ」

 けれど、待つだけの時間は毒でしかなかった。悪い考えばかりが大きくなる。あの手帳は、先輩にたった一つ残された城井老人の証なのに、オレが馬鹿なせいで、この世界から消えてしまうかもしれないなんて……クソッ……どう償ったらいいいのか分かんねぇよ。

「こんな所で何をしている」

 自分のやらかした事への罪悪感から小さく悪態を吐いていると、突然背後から声をかけられ飛び上がった。廊下を転がりながら振り返ると、会長と柏木が揃ってオレを見下ろしていた。

「あんたを待ってたんだ」

 立ち上がり二人に対峙する。会長は器用に片眉を上げて、理由が分からないと言いたげな顔を見せた。オレの表情が尋常でないと悟った柏木は、オレらの間に立とうとしたが、会長は片手でそれを制する。

「あんたに渡す気はないって言っただろ。手帳を返せ。あれはオレらが好き勝手していい代物じゃあない」

「何を言っている。手帳ならば昨日お前に返したはずだ」

 しれっと言いやがるので、冷静さを一瞬忘れて、自分の失態を棚の上に放り投げ、会長に向かって詰め寄る。

「メイドを使ってオレに一服盛った後、手帳を盗ませたのはあんただろ!」

 勢い余って会長の襟ぐりを掴みそうになったが、それは出来なかった。オレの言葉を聞き、会長は驚いた顔を見せたが、一呼吸の間にそれは怒りの表情へと一変する。

「夷川清春、お前は二つ失態を晒したな」

 詰め寄った足が自然と後ろへ下がる。声を荒げている訳ではないのに、怒りが全て声に吸い込まれているかのような濃度の怒声に身が竦んだ。

「一つは私に恥をかかせた。これほどの屈辱は久し振りだ。褒めてやるぞ」

 圏ガクに来て色んな奴に凄まれたが、抵抗しようという気さえ起こせない相手は初めてだった。オレはただ息を呑んで立ち尽くす。

「もう一つは理解しているな。貴様が『何』を紛失したのかを。貴様は金城の過去を、たった一日すらまともに守れなかったのだ」

 容赦なく断言され、オレは何一つ言い返せず奥歯を噛んだ。

「いや、すまない。少し声を荒げてしまったな。全ては私が悪い。金城の命運を貴様などに託すなど……実に馬鹿げていた」

 顔すら上げられず、廊下に視線を縫い付けられたオレの横を会長は通り過ぎた。いや、通り過ぎる前に、思い出したかのように立ち止まり、何故か柏木を呼んだ。

「その男は私を失望させた。お前の好きにするといい」

 それは死刑宣告にも似た響きで、柏木はさながら処刑人のように「畏まりました」と静かに返事をした。

 会長の足音が遠ざかるとソレはやって来た。首を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられる。目の前には予想を裏切らない処刑人が無慈悲にオレを見下ろしていた。

「さて……久し振りに腕の一本でも斬り落としたい気分です。場所を移しましょうか」

 冗談の混じらない目に、声に、態度に、オレは恐怖した。意識するより先に体が動き、柏木から逃げようと足掻くが、覚えのある痛みがみぞおちを襲い、オレは生徒会室まで引きずられてしまった。

 オレを放り込むや、柏木は生徒会室の扉を厳重に施錠し始めた。体が自由になった一瞬を逃さず窓へと駆け寄るが、魔改装された生徒会の窓は開き方が全く分からず、なんとか脱出する為、手近にあったソファーを持ち上げようと試みる。

「お止めなさい。ソファーをぶつけようと窓は割れませんよ。少し落ち着いて下さい」

 呆れた表情で言う柏木は、さっきまでのおっかない雰囲気は微塵もなくなっていた。

「少々手荒になりましたが野次馬が集まっていましたのでね。二人きりになれる場所にご同行願いたかっただけです。そんな化け物でも見るような目を向けないで頂きたいですね」

 抱えようとしていたソファーを勧められてしまった。オレはソファーの影に隠れながら、柏木の様子を覗う。

「……会長の命令はいいのかよ」

 オレが激怒させてしまった会長から、直々に命令されているんじゃあないのかと問えば、柏木は軽く息を吐いて答えた。

「別に会長は君にお仕置きしろとは仰っていませんよ」

 会長は確か、お前の好きにしろとか何とか言ったはずだ。それで、腕を……斬り落とすとか、そんな物騒な事を言いながらオレを連れて来た奴の言う事は信用出来ない。

「そうですねぇ、会長が君を懲らしめろと命じていたなら、君の態度次第では、あり得たかもしれませんね」

 一人可笑しそうに笑う柏木は、向かいの席に座りながら続ける。

「けれど、会長は『お前の好きにするといい』と仰いました。ですから、僕は君と話をしようとしているんです」

 腹を擦りながら、ソファー越しに柏木を見ると、裏のありそうな胡散臭い笑みを浮かべていた。

「話ってなんだよ。昨日、刑事のオッサンから聞いた話をしろってんなら無駄だぞ」

「いえ、そうではなく……先ほど言っていた件について詳しく教えて下さい。君は言いましたね、六岡君に手帳を盗られたと」

 改めて夕べの件を問われ、ようやくオレは何も隔てず柏木の前に立った。何よりも先に確認しなければいけない事があるのに気付いたのだ。

「会長の言っていた事は本当なのか? オレから手帳を盗んだのはメイドじゃなく、違う誰かって事か?」

「会長は君を信じて手帳を託されました。それをご自分で覆すような方ではありません。君の話は会長にとっても、もちろん僕にとっても寝耳に水でしたよ」

 手帳を完全に紛失してしまった事を再確認して、オレはソファーに倒れ込むように座り、昨日の新館であった事、柏木たちと別れてからの経緯を覚えている限り説明した。

 先輩に会って何を話せばいいのか分からず、新館最上階で蹲っている所へメイドがやって来て、先輩の食事を運ぶついでに手紙を渡してくれると言われ、ありがたく頼んだら去り際に睡眠薬入りのシチューをご馳走になった事を包み隠さず喋ると、柏木は苦笑しながら「なるほど」と頷く。

「新館で一夜を明かしましたか、寝心地は如何でした?」

 鈍臭いと言うか危機感のないオレに対する嫌味だろう、柏木がそう聞いてくるので、しっかりとオチまで話してやる。性悪メイドにその辺に捨てられた後、執事モドキに拾われ自室に運んでもらい朝まで爆睡した事を教えると、何故か柏木は少し表情を和らげた。

「君が前後不覚に陥った状態で放置されていたら、まず無事では済まないでしょう。山野辺君が見つけたのは偶然ではなく、六岡君の配慮だと思います」

 まあ、他の奴に見つかっていたら、かなりの高確率で無抵抗の体をボコられていただろう。

「そういう意味ではないですよ。高嶺の花が道端に咲いていたら、手折りたくなるものでしょう」

 柏木が意味不明な事を言うので、思わず怪訝な顔をしてしまった。

「金城先輩が過保護にしているせいで、危機感が薄いですね。良い機会です、覚えておきなさい」

 真面目くさった顔の柏木は、脅すような口調で続けた。

「君が何度、夜会のゲストとして指名されたか教えましょう。君が入学してから、ずっとですよ。毎回必ず、一番最初に名前が上がります」

「夜会ってなんだ?」

 聞き覚えがあるような気もするが思い出せず、きっとロクでもない会なんだろうと思いつつ、つい聞き返してしまった。「生徒会の恒例行事ですよ」と前置きされた時点で、聞いてしまった事を後悔したが、オレが止める間もなく答えが返って来てしまった。
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