圏ガク!!

はなッぱち

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学生の本分

夏休みの予定

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「これ書いた奴らは、もうこの学校にいないよ」

 先輩の何気ない一言に少しドキッとした。悟られてないといいなと思ったが、見上げた先で合った目が少しだけ悲しそうな色を帯びていて、自分の不用意さに打ちのめされる。自分の肝の小ささが悔しくて、手のひらで黒板の文字をゴシゴシと擦り落とす。

「こんなもん、いつまでも大事に置いとく必要ねぇだろ! 胸くそ悪い!」

「確かにそうだな。よし、全部消すか」

 自分の小ささを隠すために必死で文字を消していると、先輩は楽しそうに笑いながら、手にした雑巾で豪快に黒板を拭いてくれた。擦られて貼り付けられていた切り抜きがハラハラと床に落ちる。よほど不細工だったのか、顔がマジックで塗りつぶされた全裸の女が、オレの足の上に落ちてきた。なんとなく拾って見るが、久し振りに見るエロ写真なのに年代物のせいかエロイ気分にはならなかった。

「あ! 駄目だぞ、セイシュン。今から俺と自習するんだから、助平は禁止だ」

 手にした切り抜きをグシャッとオレの手ごと握られる。女の裸より先輩の手の感触の方が興奮するオレは、言い訳出来ないくらい、どうしようもなくホモなのかもしれない。

 すっかり黒板を消し終わると、先輩とオレは連れだって手洗い場に向かった。

 チョークの粉で真っ白になった手を洗う。横では先輩も手を洗い、雑巾に降格したタオルを階段の手摺りに干してから部屋に戻った。

 部屋のど真ん中に一組の勉強机がセットされていた。先輩の席がない、咄嗟にそう思ったが、ここは先輩の部屋だ。普段から使っている自前の勉強机があるので、わざわざ隣から借用する必要はない。部屋の壁に面して置かれた事務室にあるような大きめの机には、試験勉強をしていたのだろう、教科書が何冊も無造作に積まれていた。

「セイシュンは赤点一つもなかったんだよな」

 部屋の隅でゴソゴソと一年の教科書を探す先輩が聞いてくる。用意してくれた椅子に座りながら「うん」と返事すると、今度は間違えた問題を覚えているかと聞かれた。

「間違えた所って、別になかったけど」

 正直に答えると、先輩はピタッと手を止めて、肩越しに振り返る。

「え、それって、全教科満点って事か?」

 頷いて見せると、何故か先輩に嫌そうな顔をされてしまう。自習をサボりたいが為の嘘じゃないのかと言いたいのだろうか?

「殆ど中学の時の復習みたいな内容だったし、試験問題も授業中にしっかり出てたから、ちゃんと授業受けてたら赤点なんて取らないよ、普通」

 変な誤解をされたのでは面白くない。オレがその理由を説明すると、先輩は教科書探しを放棄して、オレの向かいに椅子を引っ張ってきて座った。

「別に疑ってないよ。お前や狭間は、なんか羽坂とか葛見と同じような雰囲気あるから、やっぱりそうかと思ってな」

 会長や寮長と同じような雰囲気? 意味が分からず首を傾げていると、先輩は困ったように笑って、少し言いにくそうに続けた。

「本当だったら、圏ガクにいるような奴じゃないって意味だよ」

 先輩の言葉は忘れたはずの痛みを思い出させた。オレがここにいる理由を聞かれたら、ちゃんと答えられるか自信がなかった。

「ちゃんと真面目に授業受けてるんだな、セイシュンは。えらいぞ」

 逃げたい、ここから逃げ出したい。そう思う寸前、頭を優しく撫でられた。すぐに離れてしまった手を目で追うと、優しい顔をした先輩と目が合う。

「ん、満点って事は、一学期の復習はもう十分済んでるって事だよな。なら……」

 壁にかかっていたカレンダーを外し、それを机の上にババーンと広げた先輩は、少しだけ悪そうな顔でニヤリと笑う。

「自習は中止だ。今から夏休みの作戦会議をするぞ」

 先輩から提案してくれた作戦会議。本当なら、すげぇ嬉しいはずなのに、その気持ちに思い切りブレーキを踏むのは、作戦会議の前に付いた憂鬱な単語だった。

 みんな大なり小なり楽しみにしている、あと二週間足らずで突入する長い長い休み。ぽとりと落ちた不快な滴が、心の中を濁すみたいに一瞬で広がった。

「セイシュン?」

 黙ったままのオレを先輩が心配そうに覗き込んでくる。先輩に心配をかけたくなくて、纏わり付いてくる気持ちを振り払おうと、無理矢理テンションを上げようとしたが、演技なんて器用な真似オレに出来るはずもなく、中途半端で終わってしまう。

「……ごめん、先輩。オレ、夏休み、あんまり家の外、出られないと思う」

 繕えなくて、心配してくれと言わんばかりに気落ちした声が出てしまった。先輩の声も少しだけ固くなる。

「セイシュン……その理由、聞いてもいいか?」

 拒絶するように体のどこかがビクッと震えた気がした。適当に誤魔化そうと思い顔を上げると、先輩の真剣な表情がそんな考えを丸ごと受け止めてくれる。誤魔化す必要なんてないんだと、頭じゃなくて気持ちが理解してしまった。

「親から、言われてるから……学校行く以外、家から出るなって」

 先輩は相槌すら打たず、黙って机に広げられたカレンダーに視線を落とした。

 口の中が苦い。嫌な汗が噴き出してくる。続く言葉が浮かばなかった。

「学校に行く以外って事は、学校は大丈夫なんだよな?」

 ただ頷くだけで答えると、先輩はオレの目を真っ直ぐ見つめて「大丈夫だ」と言ってくれた。唐突に席を立った先輩は、机から太めのペンを持ってくると、七月のページを勢いよく破り床に捨て、八月の二十日に大きく丸を付ける。

「八月の二十日にここに戻って来よう。帰省申請の時、帰校希望日に八月二十日って書いてくれ」

 オレが頷くのを見届けると、先輩は二十二日に二重丸を付け「この日に出発」そう呟きながらキャンプと書き込んだ。

「戻ってすぐは疲れが残ってるかもしれないから、一日休んで、その翌日からキャンプの準備をしよう。まあ、夏休み前に一通り済ませておくつもりだから、食べる物とか飲み水の準備になるかな」

 先輩はガラクタの山へ視線をやって苦笑した後、もう少し完成度を高めようと呻ってみせた。

「さすがに一週間ぶっ通しで雨なんて事はないだろ。絶対に夏休み中にキャンプ決行するぞ」

 何も口を挟まない挟めないオレに、先輩は小指をグッと突きつけて来た。声は有無を言わせぬくらい勇ましいのに、表情は柔らかくて、そんな先輩の全部が、オレの中のわだかまりを丸ごと包み込んでしまう。

 先輩とキャンプ。すげぇ楽しみだ。ずっとお預け食らってた分、その気持ちは更に大きく膨らむ。自分の中にあった不要なモノ全部を押し出す勢い。

 何度も交わした、指を絡める約束。指切りとは違う気がする。一度も切った事がないからだ。それでいい。出来ない場合が必要な約束なんていらない。きっと、先輩はそういう人だ。出来ない約束はしない、そんな人だ。

「約束な」

 先輩の指の感触。この約束があるなら平気だ。ここに戻って来られると思えば、夏休みもあっと言う間に終わるに違いない。沈み込んだ気持ちを先輩に救われ、強ばっていた顔や体が柔らかくなった。

 憂鬱なだけだった夏休みが、少しだけ待ち遠しくなった。

 先輩の所から戻り、気乗りせずほったらかしにしていた帰省申請書を引っぱり出し、しっかり約束の日付を記入して、担任へ提出した。もう少し早めに戻って来たら、地元の夏祭りがあるぞと言われたが、先輩と一緒じゃないと意味がないので軽く流すと、チッと舌打ちされた。どうやら、夏祭りを楽しませようという心遣いではなく、夏祭りを手伝わせようという算段だったらしい。

 部屋に戻る前に先輩の所へ寄って、夏祭りの事を一応相談したのだが、先輩はそんなに早く帰校は出来そうにないとの事だった。なんでも、長期休暇は住み込みで働かせてもらっている所があるらしく、夏祭りがある時期はそっちも忙しいのだとか。ちょっと残念に思いつつも、テントを整備中の先輩と話せた事でテンションは全く下がらず、夕食までの時間、オレもガラクタ修理を少しだけ手伝った。

 翌日は皆元の補習に向かう背中を三人で見送った。気にしているのはオレばかりだが、由々式が居るおかげで狭間にもいつも通り接する事が出来て助かった。まあ、本当に狭間は普段通りで、オレが勝手に自己嫌悪に陥っているだけなのだが。

「夷川、ちょっといいか」

 部屋に戻ってゴロゴロするという由々式に倣い、食堂を出ようとした時、玄関で待ち構えていたらしい担任に呼び止められた。二人には先に部屋に戻ってもらい、それに答えると、担任は事務室へと足を向けた。

 狭間が片付けた、ピカピカの事務所を見て、一瞬怯んだ担任は、きれいな場所に慣れていないのか、少しぎこちなく椅子を引っぱり出して座るとデカイ溜め息を吐いた。

 補習は今日もあるだろうに、なかなか用件を言い出さない担任が口を開くのをジッと待っていると、何度目かの溜め息の後、どこか言いにくそうに、けれど次第に淡々と、オレの帰省申請が下りなかった事を告げた。

「ご両親共に多忙の為、夏休み中のお前の身元を保証出来んとさ。悪いが帰省はさせられん。夏休みはこのまま学校に残留してもらう」

「はい、分かりました。話ってそれだけですか?」

「……あぁ、もう行っていい」

 なんでそんな情けない顔をするんだろう。オレを見る担任は同情のせいだろうか、いつもの厳つさを何処かに忘れてしまったようだった。

 予想出来ていた訳ではないが、心のどこかで予感はあったのかもしれない。だから、すんなり受け入れてしまった。きっとこのまま、卒業するまで、ずっと、ここで生活するしかないんだという事を。
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