圏ガク!!

はなッぱち

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圏ガクの夏休み!!

性癖暴露の恐怖

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「……ッ! 先輩ちょっと待った!」

 視線の先にあるモノを見つけてしまい、慌てて先輩の腕を掴んで引き止める。「どうした?」という言葉に視界に映るモノを冷静に見極め、言葉を選びながらも口にすると、動揺が広がった。

「金魚すくい、してる、小吉さん……の横に、誰かいる」

「ん、あぁ本当だ。仲良さそうだな。彼女かな?」

 先輩の核心を突く言葉に自分でも驚くほどに衝撃を受けた。あの小吉さんに彼女! なんでだろ、すげぇショックだ。

「おいセイシュン、どこ行く気だ?」

 さっきはオレが先輩を引き止めたが、今度は先輩がオレの腕を掴んだ。

「小吉さんの所。変な女に引っかかってるかもしれないから、助けに行くッ!? 痛えだろ! なんで叩くんだよ!」

「小吉の邪魔をしたら駄目だ。ほら、金魚は後にして次に行くぞセイシュン」

 そのままズルズルと連行されながらも気になり、肩越しに金魚すくいの屋台を見ていると、小吉さんはビニールに入った金魚を彼女に手渡して照れ臭そうに笑っていた。小吉さんの微笑ましい姿を見て、少しショックが和らいだオレは、大人しく先輩の横に並んで歩き出したが、一度気付いてしまうと次々にソレは視界に入り込んだ。

 圏ガクの生徒は殆どが女連れだった。中には男ばっかりで騒いでる奴らもいるが、夏休み早々に人のケツを掘ろうとしやがった阿呆共が、地元の女子生徒らしい子と普通のカップルになって夏祭りを謳歌しているのだ! 山セン主催のハーレムの常連になっていた歯抜け共はもとより、香月こそ見当たらないが生徒会の連中すら何人か混じっている。

 本当になんなんだ、この異様な空間は。夏祭りの呪いなのか! それともこれが普通なのか……兎にも角にもオレは……オレは、そんな奴らが羨ましくて仕方なかった。

「どうした、セイシュン?」

 不意に立ち止まったオレを不思議そうな顔して見つめてくる先輩。先輩の手は既にオレの腕から離されている。こんな異様な空間の中でも、男二人が手を繋いで歩いていたら目立つからだ。

 分かってはいる……けれど分かっていても、周りで当たり前のように手を繋いだり、大胆な奴らが腕を組んだりしているのを目の当たりにすると、羨ましくなってしまう。

 オレも阿呆みたいに先輩と手を繋いで歩きたいと

「先輩、あのさ……オレ、手、つ」

喉元まで出かかった言葉は、

「……つ、次は甘い物が食べたい」

人目という圧倒的な抑止力の前では無力で、当然のように必死で飲み込んだ。

 男同士が手を繋いで歩く事のハードルの高さを改めて知ったオレは、単なるやっかみだが、見せつけるように歩くバカップルに歯軋りしながらも、夏祭りを全力で楽しむべく屋台をはしごしていた。

 先輩の持つベビーカステラをポンポン口に放り込み、匂いに釣られるまま屋台に片っ端から並ぶ。その結果、お好み焼きにカレーライス、焼き鳥におでん、瓶に入ったサイダーを二人で両手に抱え、再びベンチに舞い戻ってきた。

 昼を抜いたとは言え、祭りの雰囲気は恐ろしく食欲をそそり、先輩と分けながら食べたとは言え、全てをペロリと腹におさめても、まだ次は何を食おうかと考えてしまう。

 腹が膨れた事でまったりしている中、瓶の中にあるビー玉をカラカラと鳴らしながら、先輩に金魚が欲しいのかと聞こうとした時、ふと視線を広場の方に戻すと、真っ直ぐにこちらへ歩いてくる一人の女子がいた。

 年格好は中学生だろうか、浴衣ではなく動きやすそうな私服で、どうしてか少し表情が固かった。楽しげな祭りの背景に馴染まない、その表情が気になりジッと観察すると、不思議な事にどこかで会ったような気がしてきた。

 けれど、圏ガクに来て以来、面識のある女子は一人もいない。あるのは、女子と呼ぶには首を傾げる……ではなく、失礼に当たる大人の女性ばかりだ。だと言うのに、その子は迷う素振りも見せず、むしろ堂々とオレらの前に立ち止まった。

「夷川さんですよね。少しお時間よろしいですか」

 まさか先輩目当てのナンパなのではと、一瞬身構えたが、オレの予想は外れ、自分が名指しされてしまう。

「……そうだけど、何?」

 先輩との時間を邪魔されてなるものかと、意図して威圧的な、年下の女子相手に大人げない声を出してしまった。

「すぐに終わるか?」

 そんなオレを察してか、先輩が口を開いた。オレにも先輩にも態度を変えない、見知らぬはずの女子は「はい」と短く答える。

「なら、俺は少し席を外すよ」

 先輩は女子の返事を聞くと、さっきオレが恥ずかしがって買わなかった綿菓子の屋台を指さしながら「アレを買ってくる。後でセイシュンにも分けてやるから安心しろ」と言って、内心戸惑っているオレを置いて席を立ってしまった。

 空いた席を勧めた方がいいのか、オレが立ち上がるべきなのか掴めないまま、数秒が過ぎた。すると、唐突に女子は自分の背負っていた小さなリュックを下ろすと、中から何かを取りだし、こちらに差し出した。

「これ、夷川さんのですか?」

 それは無残に液晶画面が割れたスマホだった。色や機種、それに自分で踏み付けたソレは、間違いなくオレのポイ捨てした物で、その事実から決まり悪くもなったが素直に頷くと、女子はクルリと持つ手をひっくり返し

「じゃあ、これも貴方の物ですか?」

練乳に塗れ半泣きの半裸の幼女を突きつけて来た。

 思わずヒョッと妙な声を上げそうになる。それは見間違うはずもない、オレが公衆電話に飲み込ませたテレホンカードだった。

「公民館の自転車もタバコ屋さんの前に放置されていました」

 淡々と告げる女子の視線がグサグサと刺さってイタイ。確かに全てを放置して無責任に逃げ出したとは言え、この仕打ちは酷い。

 幼女が性的嗜好の対象に含まれる男として、女子に蔑まれるなんて思いもしなかった。言い訳やら弁明を探ろうとしても、ショックで思考が麻痺しているらしく、ダラダラと汗だけが流れる。

「自転車は元に戻しておきました。スマホは残念ですが、壊れているみたいです。一応言っておきますが、あたしが拾った時にはもう壊れていましたので」

「あ、いや……それ、オレが壊したんだ。だから、気にしないでくれ」

 幼女には触れず、話を進める女子は「そうですか」と少し不思議そうな顔をしながら、再びスマホを差し出す。きっと幼女の件はスルーしてくれたのだろうと安心したオレは、スマホを受け取ろうと手を伸ばして、おかしな事に気付いてしまう。

「なんで、コレがオレの物だって知ってるんだ?」

 自分で口に出して、サッと血の気が引いた。スマホにも幼女にも、オレは名前なんて書いていないのだ。

 まさか、公衆電話を使っている所を見られていたのか! 考えただけで、カッと血が沸騰するように熱くなった。周りを確認しなかったオレの落ち度だが、相手を威嚇するように無条件で睨み付けてしまう。

「こんなの……こんなキモイ物を持ってるのは、ここでは兄くらいなので」

 オレの威嚇など物ともせず、絞り出すように言った女子の顔は、怒りでオレと同じく真っ赤に染まっていた。

「お母さんが、兄の友だちがいるって言ってたから……もしかしたらと思っただけです」

 兄、お母さん、女子の言葉を聞いて、オレは頭の中で出た答えを口に出す。

「由々式の、妹?」

 言った途端、キッと射貫くような視線を向けられた。その迫力にビビって、思わす身構えてしまう。

「すいません……その通りです」

 ギリギリと奥歯を噛みながら、俯き憎悪の込められた声で肯定した妹は、それらを必死で飲み込んだらしく、元の冷静な表情に戻った顔を上げて「どうぞ」とオレにスマホと幼女を手渡した。

「あの、それ、キモイカードあるじゃないですか。それ、人目につく所で捨てないで下さい……あ、ごめんなさい。ご迷惑だったら、あたしが捨てておきます」

「いや、忘れてただけで捨てたんじゃないんだ。餞別で貰った物だし、大事に持っとくよ。公衆電話も使えるしさ」

 受け取ったスマホを裏返して、軽く笑いながら答えると、妹は真剣な顔でオレに詰め寄って来た。

「わざわざ兄に毒されなくてもいいんです! キモイのに合わせてたら、夷川さんまで変な目で見られますよ! て言うか、その、あんなのを友だち呼ばわりしてごめんなさい! お母さんもあたしも、本当に失礼なことを言ってしまって、本当にすいません!」

 鬼気迫る妹の謝罪は、身内だからと言うには大袈裟なくらい、兄である由々式を貶めているように思えて、ちょっと口を挟んでしまった。

「妹だからって、人のダチを『あんなの』呼ばわりすんなよ」

 言い方が悪かったかもしれないが、妹の言葉にはカチンときてしまったのだ。そりゃあ、半裸の幼女を人に送りつける感性を擁護する訳じゃあないが、由々式なりにオレを気遣ってくれた事には違いない。

「あー、由々式は祭りに来てねぇの? 見かけないけど」

 オレの反論に文字通り絶句した妹を放置も出来ず、かと言って共通の話題なんて由々式くらいなので、当たり障りなく尋ねてみると、あろう事か妹はハッと鼻で笑い飛ばした。

「アイツが人並みにお祭りとか、笑っちゃいますよ。来られる訳ないじゃないですか、ここにいる人たち全員に合わせる顔なんてないんですから!」

 妹が何を言っているのか分からなかったが、オレの頭の中ではカチンカチンと騒々しい音が鳴り響いて、つい挑まれるまま睨み合ってしまう。
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