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蜜月
わがまま一丁
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それが杞憂にはならなかった。翌日も先輩に会いに行くと、ぼんやりと窓の外を眺める背中がオレを出迎えてくれた。ストーブもコタツも使われた形跡がなく、部屋の空気は外と変わりない温度だった。
「先輩」
扉を思い切り開いたのに振り返りもしてくれない奴に呼びかけると、先輩は驚いたようにこちらを向き、目元を少し腫らした顔を見せてくれる。
「セイシュン、どうかしたか?」
どうかしているのは明らかに先輩の方だが、オレは努めて普段通りに図々しく嘘を吐く。
「昼飯一緒に食べる約束してただろ。腹減った、なんか食いに行こ」
「そうか……すまん、待たせちまったな」
無理矢理に笑おうとする先輩は見事に失敗していたが、気付かない振りをして先輩の手を握った。すまんを重ねさせたくなくて強引に部屋から連れ出すと、先輩はいつもの調子を少しだけ取り戻し、やんわりオレの手を離して歩いた。
昼飯を新館の食堂で調達してもらい、二人で先輩の部屋に戻る。今日は思い切り甘えてやろうと気合いを入れ、オムライスが食べたいと我儘を言ってやった。恐怖すら感じる格差だが、休日の三年は金を払わなくても食堂で好きな物が食べられるらしい。しかも、余分に作って欲しいとか多少(なのかは疑問だが)の融通がきく破格の待遇。
「ずっとそうだった訳じゃないぞ。今年に入ってからだ」
オレが恐れ慄いていると、先輩は小さく笑って補足する。今年に入ってからって事は、卒業が近いせいだろうか。そう思うと羨ましい気持ちに少し寂しさが滲む。とは言え、しんみりしてしまっては、せっかくの豪華弁当が冷める。オレは気持ちを切り替え、美味しい匂いを漂わす弁当の蓋を開けた。
「おぉー!」
きれいなラグビーボールのような形で真っ赤なケチャップが乗った王道のオムライス。
「おぉぉ!」
先輩の手元を覗き込めば、トロトロの卵に茶色い美味しそうなソースがたっぷりかかった別のオムライス。つい二度も声を上げてしまったが、まさか二種類もオムライスを用意してくるとは、夢にも思わなかった。新館の食堂、恐るべし!
「先輩、半分ずつにしよう! 両方食べてみたい!」
欲望のままに提案すると、先輩は少し嬉しそうな顔を見せてくれる。礼儀として軽く手を合わせ「いただきます」と言うと、先輩もオレに倣い「いただきます」と言った。まずは強請った時に思い描いていた通りの王道のオムライスにスプーンを突入させる。ちょっとやそっとの揺れでは全く型崩れしていなかったので、しっかり固められているのかと思ったが、卵も中のチキンライスも柔らかい。単純な味なのに(素朴と言うべきか)思い描いていた味を簡単に越えていく美味しさに一瞬で半分が消えてなくなる。
「あっぶねぇ! 危うく全部一人で食っちまうところだった」
オムライスを物理的に遠ざけるよう先輩の方へ押しやると、入れ替わりにもう一つのオムライスがオレの目の前に現れた。茶色い、なんだったか、デミグラスソース? とか言うソースの匂いが鼻先を漂う。まずは半熟の卵の部分だけを一口、卵か中の飯の味どちらか分からないが、濃いバターの風味が口いっぱいに広がった。それだけでも十分美味しいがソースがかかっている部分を食べると、とろける卵とソースの破壊力に思わず突っ伏しそうになる。
「こっちもマジですげぇって……先輩、なんで食べないの?」
オムライスの美味しさを共有したくて顔を上げると、先輩は穏やかな顔でこちらを眺めているだけで、一口食べるどころかスプーンさえ持っていなかった。
「ん、実はあんまり腹減ってないんだ。朝が遅かったからな。だから、よかったらセイシュン全部食ってくれるか?」
返事も聞かず先輩は、オレが押しやったオムライスをこちらに寄越す。大喜びで受け取れたらよかったが、いくら食い意地が張ったオレでもそれは無理だった。
「先輩」
扉を思い切り開いたのに振り返りもしてくれない奴に呼びかけると、先輩は驚いたようにこちらを向き、目元を少し腫らした顔を見せてくれる。
「セイシュン、どうかしたか?」
どうかしているのは明らかに先輩の方だが、オレは努めて普段通りに図々しく嘘を吐く。
「昼飯一緒に食べる約束してただろ。腹減った、なんか食いに行こ」
「そうか……すまん、待たせちまったな」
無理矢理に笑おうとする先輩は見事に失敗していたが、気付かない振りをして先輩の手を握った。すまんを重ねさせたくなくて強引に部屋から連れ出すと、先輩はいつもの調子を少しだけ取り戻し、やんわりオレの手を離して歩いた。
昼飯を新館の食堂で調達してもらい、二人で先輩の部屋に戻る。今日は思い切り甘えてやろうと気合いを入れ、オムライスが食べたいと我儘を言ってやった。恐怖すら感じる格差だが、休日の三年は金を払わなくても食堂で好きな物が食べられるらしい。しかも、余分に作って欲しいとか多少(なのかは疑問だが)の融通がきく破格の待遇。
「ずっとそうだった訳じゃないぞ。今年に入ってからだ」
オレが恐れ慄いていると、先輩は小さく笑って補足する。今年に入ってからって事は、卒業が近いせいだろうか。そう思うと羨ましい気持ちに少し寂しさが滲む。とは言え、しんみりしてしまっては、せっかくの豪華弁当が冷める。オレは気持ちを切り替え、美味しい匂いを漂わす弁当の蓋を開けた。
「おぉー!」
きれいなラグビーボールのような形で真っ赤なケチャップが乗った王道のオムライス。
「おぉぉ!」
先輩の手元を覗き込めば、トロトロの卵に茶色い美味しそうなソースがたっぷりかかった別のオムライス。つい二度も声を上げてしまったが、まさか二種類もオムライスを用意してくるとは、夢にも思わなかった。新館の食堂、恐るべし!
「先輩、半分ずつにしよう! 両方食べてみたい!」
欲望のままに提案すると、先輩は少し嬉しそうな顔を見せてくれる。礼儀として軽く手を合わせ「いただきます」と言うと、先輩もオレに倣い「いただきます」と言った。まずは強請った時に思い描いていた通りの王道のオムライスにスプーンを突入させる。ちょっとやそっとの揺れでは全く型崩れしていなかったので、しっかり固められているのかと思ったが、卵も中のチキンライスも柔らかい。単純な味なのに(素朴と言うべきか)思い描いていた味を簡単に越えていく美味しさに一瞬で半分が消えてなくなる。
「あっぶねぇ! 危うく全部一人で食っちまうところだった」
オムライスを物理的に遠ざけるよう先輩の方へ押しやると、入れ替わりにもう一つのオムライスがオレの目の前に現れた。茶色い、なんだったか、デミグラスソース? とか言うソースの匂いが鼻先を漂う。まずは半熟の卵の部分だけを一口、卵か中の飯の味どちらか分からないが、濃いバターの風味が口いっぱいに広がった。それだけでも十分美味しいがソースがかかっている部分を食べると、とろける卵とソースの破壊力に思わず突っ伏しそうになる。
「こっちもマジですげぇって……先輩、なんで食べないの?」
オムライスの美味しさを共有したくて顔を上げると、先輩は穏やかな顔でこちらを眺めているだけで、一口食べるどころかスプーンさえ持っていなかった。
「ん、実はあんまり腹減ってないんだ。朝が遅かったからな。だから、よかったらセイシュン全部食ってくれるか?」
返事も聞かず先輩は、オレが押しやったオムライスをこちらに寄越す。大喜びで受け取れたらよかったが、いくら食い意地が張ったオレでもそれは無理だった。
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