『ヘブン』

第30話。

　　　　　３０
　もう一つ、付言しておくと、岩崎家の自宅二階の部屋は、居心地がいい。通りが静かな路地に面していて、夜間など、誰も通らない。俺は、夜起きている。うちの町の新聞配達員のバイクのお兄さんたちが、明け方、バイクで新聞を配達して回るので、そのバイクの走行音が聞こえるのだ。俺は、小説の原稿を書きながら、その音を聞く。あのお兄さんたちは、働き者だ。俺は好きなのである。あの、バイクを、ハンドルを切って走るカッコいい人たちが。香澄は、昼間、自動車のシート工場で頑張っている。俺が、ネットの創作サイトに小説を書いている時間帯は、妻は、狭い工場で、必死で働いている。俺はそれを思うと、涙が出るのだ。止めどなく。香澄は、真輔を産んだ時も、臨月まで、必死で働いて、病院で出産した。俺はそれを聞いて、女は強しと思った。実際、強い。俺には真似できない。俺の小説など、妻が経験した、壮絶な陣痛に比べたら、屁の河童みたいなものだ。実際、真輔は産まれたとき、十分な体重があって、ちゃんと育った。当時、池田家は、今のお家に、三世帯で身を寄せ合って、寄り添って、住んでいた。香澄の祖父が、その時の世帯主だったのである。香澄の父は、バスの運転手をやっていて、立派に、久実姉さんや香澄を養育した。