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第58話。
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58
八田がその日、代々木南署の朝礼で、幾分改まった態度を取った。尋常じゃいられないのだ。
「非常に残念なことだが、昨日の午後、本署の畑野可奈警部補が、オーストラリアシドニーにて殉職した」
八田の言葉に、刑事課フロアの皆が絶句する。
「畑野君を撃ったのは、おそらく君島次郎だ。だが、彼女以外にその場に居合わせた人間も撃たれて死亡してるし、彼女のダイイングメッセージは一切なかった。その上、ホシの目撃情報もゼロで、詳しい状況が何も分からん」
「君島は一体、どこに行ったんでしょう?」
刑事の山田孝仁が、真っ先に聞く。
「それも……分からん」
そう返事した八田が、しょうがないじゃないかと言った感じで、言葉を返したので、その場の雰囲気はますます悪くなった。もちろん彼にも、今後の捜査方針は、皆目、見当が付かない。
その時、署長の上野がフロアに入ってきた。
「おはようございます」
署員一同が一斉に挨拶すると、上野が、
「ああ、おはよう」
と返して、八田に耳打ちした。
「畑野君は残念だったね。これからを嘱望された刑事だったが……」
「仕方ありません。済んだことですから」
八田が返す。
その遣り取りの後、上野が改まり、署員全員に向かって、大声で言った。
「ところでさっき、オーストラリア警察から連絡が入った。シドニー空港国際線ターミナルで、女性客室乗務員の一人が、カウンターにおいて、成田行きのチケットを買う不審な日本人カップルを目撃したとのことだ。どうやら、君島と大島だと思われる」
「というと、日本に高跳びということでしょうか?」
田代秀樹巡査部長が、すかさず突っ込む。
「普通に考えればそうだな」
平然とそう言ってのける上野に、
「しかし、日本に帰れば、リスクが増すだけなんじゃないんですか?」
と八田が問い返した。上野が言う。
「いや、そうとも限らん。すでに一度整形してる彼らにとって、二度目、三度目の整形はほとんど躊躇いないことだろうからな。整形外科に駆け込むことぐらい、朝飯前だよ」
そして、結論付けるように、
「つまり、何もかもを考え併せても、日本にいるのは、早々危険でもないというわけだ」
と言って、正面の壁時計を見、〆の言葉を吐く。
「もう九時だ。朝礼は終わりだよ。みんな持ち場について、仕事頑張ってくれ!」
「はい」
全員が声を合わせて返事した。
「じゃあ、毎日成田張ろうか?」
八田の提案に、その場にいた人間は皆、ほぼ異議なしだった。
海外出張中の矢島は、七月末まで帰ってこないから、今はいない。
矢島に代わって、本庁サイバー犯罪対策課から、雇われ課長が来ていた。
黒岩健作は京大法学部卒で、国家公務員1種試験現役合格のキャリア組だ。しかも、矢島と同じく、まだ若い。しかしさすがの八田も、相手が課長というからには、頭が上がらない。
「適当にやっとけ!俺は、そのヤマには関わらんからな」
黒岩が言い放つ。
「ちょっと待ってくださいよ!」
刑事の長山巧が、八田に代わって黒岩に言った。そして、黒岩に駆け寄り、胸倉を掴んで、殴ろうとする。
「ほう?面白い。腹が立ったから、俺を殴るか?その手で、思いっきり殴ってみろ。この場にいられなくなるからな」
そう乱暴に返し、長山の手を軽く払いのけると、
「どけ!俺には仕事があるんだ」
と言い、自分のデスクへと向かった。
仕方なく、長山が手を放す。一同、しらけ切った感じだった。
*
捜査会議は、難航した。
論点は、二人が日本に帰る前に、もしくは帰ってからすぐに、もう一度整形するかもしれない、というところまで来ていた。
結局、成田から、監視の目を逸らさない、ということで、意見は一致を見た。
早速、その日の夕刻から、代々木南署署員が交代で成田を貼り始めた。しかし、思いもせぬところで、災難は訪れるものだ。まさに、事態は暗転した。
八田がその日、代々木南署の朝礼で、幾分改まった態度を取った。尋常じゃいられないのだ。
「非常に残念なことだが、昨日の午後、本署の畑野可奈警部補が、オーストラリアシドニーにて殉職した」
八田の言葉に、刑事課フロアの皆が絶句する。
「畑野君を撃ったのは、おそらく君島次郎だ。だが、彼女以外にその場に居合わせた人間も撃たれて死亡してるし、彼女のダイイングメッセージは一切なかった。その上、ホシの目撃情報もゼロで、詳しい状況が何も分からん」
「君島は一体、どこに行ったんでしょう?」
刑事の山田孝仁が、真っ先に聞く。
「それも……分からん」
そう返事した八田が、しょうがないじゃないかと言った感じで、言葉を返したので、その場の雰囲気はますます悪くなった。もちろん彼にも、今後の捜査方針は、皆目、見当が付かない。
その時、署長の上野がフロアに入ってきた。
「おはようございます」
署員一同が一斉に挨拶すると、上野が、
「ああ、おはよう」
と返して、八田に耳打ちした。
「畑野君は残念だったね。これからを嘱望された刑事だったが……」
「仕方ありません。済んだことですから」
八田が返す。
その遣り取りの後、上野が改まり、署員全員に向かって、大声で言った。
「ところでさっき、オーストラリア警察から連絡が入った。シドニー空港国際線ターミナルで、女性客室乗務員の一人が、カウンターにおいて、成田行きのチケットを買う不審な日本人カップルを目撃したとのことだ。どうやら、君島と大島だと思われる」
「というと、日本に高跳びということでしょうか?」
田代秀樹巡査部長が、すかさず突っ込む。
「普通に考えればそうだな」
平然とそう言ってのける上野に、
「しかし、日本に帰れば、リスクが増すだけなんじゃないんですか?」
と八田が問い返した。上野が言う。
「いや、そうとも限らん。すでに一度整形してる彼らにとって、二度目、三度目の整形はほとんど躊躇いないことだろうからな。整形外科に駆け込むことぐらい、朝飯前だよ」
そして、結論付けるように、
「つまり、何もかもを考え併せても、日本にいるのは、早々危険でもないというわけだ」
と言って、正面の壁時計を見、〆の言葉を吐く。
「もう九時だ。朝礼は終わりだよ。みんな持ち場について、仕事頑張ってくれ!」
「はい」
全員が声を合わせて返事した。
「じゃあ、毎日成田張ろうか?」
八田の提案に、その場にいた人間は皆、ほぼ異議なしだった。
海外出張中の矢島は、七月末まで帰ってこないから、今はいない。
矢島に代わって、本庁サイバー犯罪対策課から、雇われ課長が来ていた。
黒岩健作は京大法学部卒で、国家公務員1種試験現役合格のキャリア組だ。しかも、矢島と同じく、まだ若い。しかしさすがの八田も、相手が課長というからには、頭が上がらない。
「適当にやっとけ!俺は、そのヤマには関わらんからな」
黒岩が言い放つ。
「ちょっと待ってくださいよ!」
刑事の長山巧が、八田に代わって黒岩に言った。そして、黒岩に駆け寄り、胸倉を掴んで、殴ろうとする。
「ほう?面白い。腹が立ったから、俺を殴るか?その手で、思いっきり殴ってみろ。この場にいられなくなるからな」
そう乱暴に返し、長山の手を軽く払いのけると、
「どけ!俺には仕事があるんだ」
と言い、自分のデスクへと向かった。
仕方なく、長山が手を放す。一同、しらけ切った感じだった。
*
捜査会議は、難航した。
論点は、二人が日本に帰る前に、もしくは帰ってからすぐに、もう一度整形するかもしれない、というところまで来ていた。
結局、成田から、監視の目を逸らさない、ということで、意見は一致を見た。
早速、その日の夕刻から、代々木南署署員が交代で成田を貼り始めた。しかし、思いもせぬところで、災難は訪れるものだ。まさに、事態は暗転した。
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