陰陽絵巻お伽草子

松本きねか

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陰陽の御霊と龍のパワー

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内裏から帰宅した忠保は直ぐに自室に足を運んだ。

部屋では相変わらずあやめが仮名の練習をしながら、文机でにらめっこをしている。

忠保の足音にさえ気が付かずに集中している様子に、妻戸の傍でしばし見とれてしまった。

「こほん」

軽く咳払いしてみると、

「あ、おかえりなさいませ」

と、筆を置いて振り返った。

「私が帰って来たのは、今日は何回目?」

「え? 今日は初めてですけど…」

あやめはキョトンと首をかしげる。

「いつもは?」

「先日お話した通り、2回ほど…でも、私が夢を見ていたのかもしれませんから」

「うん、そうだね。あやめ、因みに最初に帰って来た【私】は夢の中でどんな感じ?」

あやめは、一生懸命に思い出そうと眉間にシワを寄せて考えている。

「さっきみたいに帰ってこられるんです、でも何もおっしゃられなくて、
私が挨拶を返した後は…記憶が無いんです、気が付いたらまた忠保様が帰ってこられて…不思議ですよね、私、同じ夢ばかり見て」

「あやめ、それ、不思議じゃないから」

忠保は頭の中が段々冷静になっていくのを感じていた。
色々な考えが思い浮かんでくる。
頭とは真逆に目の奥には怒りの炎がメラメラとしていた。


忠保は着替えを済ませると、

「誰かある~」

と、使いの女房を呼び、光忠に伝言を頼んでから、あやめの方に向き直った。


「私はこれから弟の忠國の部屋に行きます、あなたはこの部屋で続きの勉強をしていてください、私は少しやることがあります」

「忠國様? ですか?」

「式神を通して声は聞いたことはあるだろうけれど、あやめには会わせたことは無いから、顔は分からないと思うけどね」

忠保の弟忠國は未だに独り身なので、同じ敷地内の離れに住んでいる。
年も一つしか違わないので、似ていると、子供の頃はよく間違えられたものだ。


忠保は母屋から渡殿を渡ってしばらく進み、弟の部屋の妻戸の前で立ち止まる。

部屋の中に気配はある。

一呼吸置いて、
妻戸をそっと開けていく。

「少しいいか?」

文机に向かって座っていた忠國は、ビクッとして、突然の兄の来訪に驚いて振り向いた。
本当にまるで鏡を見ているようだった。

「あ、兄上…」

「忠國、お前、私の部屋で何かしたろ?」

笑顔で忠保はじりじりと詰め寄る。

「だ、その、あの…」

「ん?」

もはや逃げ場は無い状況である。

「ご、ごめんなさい、兄上様…」

あっけなく告白して、忠國は深々とその場でひれ伏した。

忠保が忠國の頭にげんこつを落とすのと、
息子の光忠が忠國の部屋の妻戸を開けたのとは同じタイミングだった。


30分後。

忠國と光忠は、腕を組んだ忠保の前で正座させられて、うなだれている。

少しの沈黙の後、忠保が口を開いた。

「言い分は分かった」

2人とも、

『陰陽道の龍のパワーなら、在御門家のみんなに権利がある』

と主張してきたのだ。

忠保は、やっと雪明が悔しがっていた思いを理解することができた。

『確かに陰陽道を学ぶ者なら誰もが欲しがる宝物な訳だ』

その宝物を忠保は独り占めしているという事になる。

『あやめを引き取る時に、光忠が言っていた在御門家のバックアップの力とはこの事だったのか』

しかし、赤山大明神様とは、あやめが眠っている間しか会うことができない。
恐らくは、あやめが眠っている間、2人とも色々とメッセージをもらっているはずだ。

困ったなと忠保が思った時、光忠が口を開いた。

「父上が許可するだけでいいのです」

「簡単に言ってくれる…」

さらりと言ってのける光忠に対して、忠保はうーむ…と唸ってしまった。

「伯父上も私も父上が想像しているような行き過ぎた真似はしておりませんよ」

コクコクと頷く忠國。

「絶対に、絶対に、それ以上の事はしておりません、陰陽の龍様に誓ってやっておりません!」

半泣き状態でウルウルした目を向けてくる。

「わかった、わかったよ。それとだ、忠國、術は使うな」

「はいっ」

忠國は恐縮した様子になったが、光忠の方はしれっとしている。

あれ? と忠保は思う。
光忠が術を使っていないことは分かっていたのだ、だとすると…

「父上のお考え通りですよ、私とあやめはそういう仲ですから」

つまり、ちゅーまでの間柄。

「ちょっと待て、光忠、あやめは嫌がっていないのか?」

「私はちゃんと言い聞かせましたから」

「なにー!」


知らぬは亭主ばかりなり
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