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# 09 人型
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「あのー、生き残りの方ですかー? 私は……むぐっ」
雨に口を塞がれた。
「そちらは何人いるの?」
向こうの質問には答えず、視線の先、埃で霞む廊下の奥へ雨が声を掛けた。
「ここにいるのは、俺たち看護師2名だ。あんた達、救助に来てくれたのか?」
「いいえ、子どもの治療に来ただけ」
「んなっ! ふざけんな。そんな理由でドアを壊したっていうのか?」
「どこが悪いの? それより今の状況を理解してもらえるかしら?」
「──うっ、すまん、悪かった」
ようやく視界が晴れ、雨が銃を構えているのが見えた。男たちは慌てて両手を上げる。
「そう。お利口さんね。では、この子を診てちょうだい」
3階は化け物に荒らされていない。
医療器具も揃っていて、治療にはうってつけだった。
「いや、医師がいないから、原因がわからない以上、勝手に治療するわけには……」
「死にたいなら、そう言ってちょうだい!」
「わかった。頼む撃つな!」
カチャ、と銃身がスライドする音に、男たちは顔を引きつらせた。
歩茶を治療台に運ぶと、看護師たちが診察を始める。
「これは食中毒の症状に近い。なにか心当たりは?」
「歩茶ちゃん、答えられる?」
銃はずっと男性看護師に向けたまま、雨が歩茶に聞いた。
「ハァハァ、怖いおじいちゃんが、歩茶は川の水を飲めって……」
震える声。
村議が飲料水を節約するため、子どもは喉が渇いたら川の水を飲むよう強要してきたそうだ。
あの男。
どこまで自分勝手なんだ。
いくらなんでもこれはひどい。
帰ったら、必ず追い出す。
たとえ力づくでも。
「さっさと治療して。おかしな真似をしたら、どちらか三途の川を渡ると思って結構よ」
雨はなぜか彼らにどこまでも冷たい。
本当はこういう女性なのだろうか?
一連の雨の行動に、彼女のことがよく分からなくなってきた。
本当は看護師の人たちに強要なんてしたくないが、雨の鬼気迫る雰囲気に飲まれて何も言えなかった。
「これで大丈夫。あとは点滴で良くなっていくはず」
「まあ、ご親切にありがとうございます」
「──っ⁉ オバ様、その男から離れて」
「えっ? あうっ⁉」
歩茶の処置を終え、点滴をセットした直後、看護師が豹変した。
看護師の手が奥方の腕をねじり、首筋にメスを突きつけた。もう一人も、歩茶にハサミを当てている。
「その銃をよこせ。くそ女! さもないとババァとガキを殺す!」
「嫌よ。銃を渡したら、私達全員を殺すつもりでしょ?」
心臓が跳ね、足がすくんだ。
信じていた人間が、急に牙を剥いた。
なにが起きているのか、さっぱりわからず混乱していると雨が教えてくれた。
「3階は手術室のあるフロア。医療関係者がもっといていいはず。でも、いたのはこの二人だけ──つまり、他を見捨てたか、殺したってこと」
「へへっ、勘がいいな。くそ女。ああ、殺して窓から捨てたよ。外の化け物がきれいに片付けてくれて助かったぜ」
──歪んだ顔。テレビでしか見たことのない悪党の顔が、目の前にあった。
「あら、想像通りのクズね」
「ここはもう安全じゃねえ。とっとと銃をよこせ!」
「私達のせい? それは違うと思うけど……だってほら?」
──なっ。
看護師たちの背後、3階の窓枠に、外から人の手がかかった。
それからはあっという間だった。
夕方、遭遇した人間のような生き物。
それが3階の窓を破り、侵入すると一瞬で看護師二人の胸に穴を開けた。
両腕がドリルのような形になった⁉
すぐにドリルのような形状から人の腕に戻る。
看護師二人が崩れ落ちたのを気にも留めずにその視線がベッドに寝ている歩茶に注がれた。
「ひどい事なんてさせない!」
「オバ様、早く離れて!」
「だめよ、歩茶ちゃんを早く避難させ……ぶふっ‼」
村議の奥方が、窓から侵入した人型の化け物に体当たりして、押し返し、窓の外へと突き落とした。だが、直後、口から血を吐いて崩れ落ちた。
奥方に近づくと、腹に穴が開いていた。
貫通はしていないものの、両手で押さえているのに手の隙間からどんどん血があふれ出してきている。
「奥さん! ──早く血を止めなきゃ!」
「豆丸さん! ……お願い、私の話を聞いて」
頭が真っ白になった豆丸が、部屋にタオルがないか探していると、一瞬、子供を叱るように強く豆丸の名を呼んだ。
「主人が迷惑を掛けて申し訳ありませんでした」
涙と血が混じる顔で、微笑んだ。
「あの人の……ことは、どうぞ見捨……ててください」
だけど、と言葉を続けようとしたが、口からさらに血が出て大きく咳き込んだ。
「歩……茶ちゃんの……ことをどうか……お、願い……し……」
「くっ──!」
横向きに寝そべっていた奥方の瞳が、焦点を失い、虚空を見つめている。
奥方が亡くなった。
人の死に直面したのは、長い人生でも初めてだった。
彼女の手を握る。
その手はまだ温かく、まるで今にも握り返してくれそうだった。
「オジ様、ごめんなさい」
雨……。
なぜか、まだ声が険しく感じる。
「アレ、もう一度、這い上がってくるわよ」
雨に口を塞がれた。
「そちらは何人いるの?」
向こうの質問には答えず、視線の先、埃で霞む廊下の奥へ雨が声を掛けた。
「ここにいるのは、俺たち看護師2名だ。あんた達、救助に来てくれたのか?」
「いいえ、子どもの治療に来ただけ」
「んなっ! ふざけんな。そんな理由でドアを壊したっていうのか?」
「どこが悪いの? それより今の状況を理解してもらえるかしら?」
「──うっ、すまん、悪かった」
ようやく視界が晴れ、雨が銃を構えているのが見えた。男たちは慌てて両手を上げる。
「そう。お利口さんね。では、この子を診てちょうだい」
3階は化け物に荒らされていない。
医療器具も揃っていて、治療にはうってつけだった。
「いや、医師がいないから、原因がわからない以上、勝手に治療するわけには……」
「死にたいなら、そう言ってちょうだい!」
「わかった。頼む撃つな!」
カチャ、と銃身がスライドする音に、男たちは顔を引きつらせた。
歩茶を治療台に運ぶと、看護師たちが診察を始める。
「これは食中毒の症状に近い。なにか心当たりは?」
「歩茶ちゃん、答えられる?」
銃はずっと男性看護師に向けたまま、雨が歩茶に聞いた。
「ハァハァ、怖いおじいちゃんが、歩茶は川の水を飲めって……」
震える声。
村議が飲料水を節約するため、子どもは喉が渇いたら川の水を飲むよう強要してきたそうだ。
あの男。
どこまで自分勝手なんだ。
いくらなんでもこれはひどい。
帰ったら、必ず追い出す。
たとえ力づくでも。
「さっさと治療して。おかしな真似をしたら、どちらか三途の川を渡ると思って結構よ」
雨はなぜか彼らにどこまでも冷たい。
本当はこういう女性なのだろうか?
一連の雨の行動に、彼女のことがよく分からなくなってきた。
本当は看護師の人たちに強要なんてしたくないが、雨の鬼気迫る雰囲気に飲まれて何も言えなかった。
「これで大丈夫。あとは点滴で良くなっていくはず」
「まあ、ご親切にありがとうございます」
「──っ⁉ オバ様、その男から離れて」
「えっ? あうっ⁉」
歩茶の処置を終え、点滴をセットした直後、看護師が豹変した。
看護師の手が奥方の腕をねじり、首筋にメスを突きつけた。もう一人も、歩茶にハサミを当てている。
「その銃をよこせ。くそ女! さもないとババァとガキを殺す!」
「嫌よ。銃を渡したら、私達全員を殺すつもりでしょ?」
心臓が跳ね、足がすくんだ。
信じていた人間が、急に牙を剥いた。
なにが起きているのか、さっぱりわからず混乱していると雨が教えてくれた。
「3階は手術室のあるフロア。医療関係者がもっといていいはず。でも、いたのはこの二人だけ──つまり、他を見捨てたか、殺したってこと」
「へへっ、勘がいいな。くそ女。ああ、殺して窓から捨てたよ。外の化け物がきれいに片付けてくれて助かったぜ」
──歪んだ顔。テレビでしか見たことのない悪党の顔が、目の前にあった。
「あら、想像通りのクズね」
「ここはもう安全じゃねえ。とっとと銃をよこせ!」
「私達のせい? それは違うと思うけど……だってほら?」
──なっ。
看護師たちの背後、3階の窓枠に、外から人の手がかかった。
それからはあっという間だった。
夕方、遭遇した人間のような生き物。
それが3階の窓を破り、侵入すると一瞬で看護師二人の胸に穴を開けた。
両腕がドリルのような形になった⁉
すぐにドリルのような形状から人の腕に戻る。
看護師二人が崩れ落ちたのを気にも留めずにその視線がベッドに寝ている歩茶に注がれた。
「ひどい事なんてさせない!」
「オバ様、早く離れて!」
「だめよ、歩茶ちゃんを早く避難させ……ぶふっ‼」
村議の奥方が、窓から侵入した人型の化け物に体当たりして、押し返し、窓の外へと突き落とした。だが、直後、口から血を吐いて崩れ落ちた。
奥方に近づくと、腹に穴が開いていた。
貫通はしていないものの、両手で押さえているのに手の隙間からどんどん血があふれ出してきている。
「奥さん! ──早く血を止めなきゃ!」
「豆丸さん! ……お願い、私の話を聞いて」
頭が真っ白になった豆丸が、部屋にタオルがないか探していると、一瞬、子供を叱るように強く豆丸の名を呼んだ。
「主人が迷惑を掛けて申し訳ありませんでした」
涙と血が混じる顔で、微笑んだ。
「あの人の……ことは、どうぞ見捨……ててください」
だけど、と言葉を続けようとしたが、口からさらに血が出て大きく咳き込んだ。
「歩……茶ちゃんの……ことをどうか……お、願い……し……」
「くっ──!」
横向きに寝そべっていた奥方の瞳が、焦点を失い、虚空を見つめている。
奥方が亡くなった。
人の死に直面したのは、長い人生でも初めてだった。
彼女の手を握る。
その手はまだ温かく、まるで今にも握り返してくれそうだった。
「オジ様、ごめんなさい」
雨……。
なぜか、まだ声が険しく感じる。
「アレ、もう一度、這い上がってくるわよ」
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