幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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エンカウント:ミノタウロス

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 想像した通り、店内はなかなかの広さ。外観に劣らず、インテリアもクラシックなヨーロッパ風で、梁や柱、カウンター、それにテーブルも深い色合いのウォールナット。しぶい。
 採光は悪くないが、窓は開放的すぎもせず、どことなく秘密めかした雰囲気もある。
(はあー。叔母さん、しゃれたお店作ったなあ)
 テーブル配置はゆったりした贅沢なレイアウトだが、それでも席数はかなりある。繁忙時間にはおれ一人では回せないだろうなこれは。バイトは何人いるんだろう。
 征矢は早くも働く人間の視点で店内を見ていた。
 いや、ていうかだな。
 店の中に、誰もいないわけだが。
 客もいないし、カウンターの中にも店員がいない。どうなっているんだこの店。
「あのー。ごめんください」
 声をかけてみる。
 カウンターの奥にあるドアが開いた。パントリーからいそいそと女の子が一人出てくる
 黒を基調にしたメイドドレス姿。丈の短いスカートが愛らしい。
 おっとりした、やさしい顔立ちの女の子だった。お下げにした髪型もよく似合う。征矢を見て、すぐににっこりする。
「いらっしゃいませ、だなも」
 だなも?
 ちょっと気になったけれどそこは敢えてスルー。
 征矢には、もっと気になる部分があったからだ。
 女の子の頭の左右から、にゅっと生えているものが。
(角……!?)
 大きく湾曲した白い角が、一対。間違いなく。
 さらに言うと、耳は細長い木の葉型で、ときたまぱたぱた動く。
 ついさっき、自称マンティコアから襲われたばかりだが、ここにもまた人外系の女子が。
 征矢は緊張の面持ちで、角のあるウエイトレスさんをじっと見つめた。
 ウエイトレスさんは銀色のトレイとメニューを手にカウンターから出てくる。
 巨乳というにもほどがある重そうなバストが、制服の中で一歩ごとにゆっさゆっさしている。
 通常ならば征矢の視線はそのゆっさゆっさする巨大質量へ釘付けだろうが、今はそれどころではなかった。
 角だけでなく、ミニスカのお尻からは、先が毛の房になったしなやかなしっぽまで生えているからだ。
 しっぽは明らかに生物のそれらしく、ふりっ、ふりっと不規則に左右に動いていた。さっきのマンティコア同様、どう見てもコスプレ用品のたぐいではない。
 曲がった角。木の葉型の耳。房のあるしっぽ。巨乳。
 なんというか、全体的に……牛だ。
 唖然として突っ立っている征矢に、角のあるウエイトレスさんは笑顔を向ける。
「あの、よろしかったらこちらのお席へどうぞだなも」
 どうにか、征矢は応える。視線は角と耳としっぽを何度も往復。
「いや……おれ、客じゃないんで……」
「んも? お客さまと違うんだなも?」
 ようやく征矢は、言うべき言葉を思い出した。
「あの、椿さん……ここのオーナーはいますか?」
「はー、ごめんなさい。オーナーさん、ちょっとお出かけ中だなも。じきに戻ってくると思うで、そちらに座って待つといいだなも」
「え? はあ……」
「オーナーさんのお知り合いなんだなも?」
「はい。そうなんですが……」
 じーっ。征矢の凝視は続く。
 ぽっと頬を染めて、牛っぽい美少女はトレイで顔を半分隠す。
「な、なんだなも? なんでさっきからじろじろ見つめるんだなも?」
「いや、それ、本物かなあと思って」
 ウエイトレスさんはますます顔を赤くする。
「ほ、本物だなも……やっぱり、目障りだなも?」
「い、いや、目障りってことはないけど……よかったらちょっと触ってみてもいいですか?」
 角のあるウエイトレスさんは、ひどく困った顔になった。
「さ、触るのはダメだなも。当店タッチはお断りなんだなも」
「ああなるほど。それはそうですよね。失礼なこと言ってすみませんでした。少し気になったもので。作り物なのかなあと」
 征矢は軽く頭を下げ、とりあえずさっき勧められた席に腰を下ろす。
 落ち着かない気分ではあるが、とにかく叔母さんに会わないことには始まらない。当面、ここに座って待つしかないのである。
 カウンターへ駆け戻った牛っぽい少女は、床の片隅に置いてあるミネラルウォーターの箱をじっと見おろしていた。
 ガラス瓶が一ダース詰まった、かなり重い箱だ。それが五つ積んである。女の子が簡単に運べる量ではない。
「あの、よければ……」
 どうせこれからここで働く身だ。手伝ってやろうと征矢が腰を上げかけたその矢先。
「よいしょだなも」
 ウエイトレスさんはそれを軽々と抱え上げた。しかも、五つまとめて。全部で五十キロ近い重量のはずだ。
 それを、牛少女はふらつきもせず、奥のパントリーまで楽々と運び込んでしまう。
(怪力!)
 もう角に触ってみなくてもわかった。あの子も間違いなく、さっき征矢を襲い、空へと飛んで逃げた人間ならざるものの同類だ。
 とはいえ見たところ、あのマンティコアみたいな厄介な手合ではなさそうだ。彼女の角と耳としっぽについては、叔母さんが帰ってきてからゆっくりと聞こう。
 ウエイトレスさんはすぐにお冷を持って、また征矢のところへやってきた。
「あの……」
「はい?」
 恥じらいにもじもじしながら、ウエイトレスさんは小声で言う。
「そのう、タッチはダメだけど……えと、近くで見るだけ、ならいいだなも」
「え。いや、別に無理はしてもらわなくても……」
「つ、作り物って思われるのはちょっと心外なんだなも……」
「はあ、じゃあせっかくなんで拝見します」
 牛少女は、店内に誰もいないことをあらためて確認すると、いきなりメイドドレスの胸のボタンをぷちぷちと外しだした。
「は!?」
 日ごろ平熱の低い征矢も、さすがに仰天する。その征矢の眼前に身をかがめ、ウエイトレスさんはブラウスの胸元を大きくはだけた。
 どたっぷん。
 白いブラジャーにかろうじて支えられた巨大な二つのふくらみが、重力に引っ張られてこぼれ出す。
 ウエイトレスさんは、羞恥に耐えるようにぎゅーっと目を閉じている。
「ど、どうぞ見るといいだなも。ほ、本物ってわかったんだなも……?」
「いやそっちじゃないです。おれが触りたかったのは、その頭に生えてる角です」
 片手で自分に目隠しした征矢は、普段より早口で説明する。
 ウエイトレスさんのまぶたが、ばちんと開いた。
「角……?」
「そうです。初対面の女性に胸を触らせろとか言うわけないでしょう」
 今にも爆発するんじゃないかと思うほど牛少女の顔から湯気があがる。
 はだけた胸を両腕で抱えるようにして、牛っぽいウエイトレスさんは転がるようにカウンターの中へ走り込んでしまった。
「うわーーーーん、うち、またしくじったんだなもぉーーーーーっ! は、恥ずかしいーーーーー!」
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