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第一部
第三十九話 マグノリアの竜騎士
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翌朝――少し目が腫れてしまっているようだが、俺は船内を歩き回っていた。
しばらく安静にしていろといわれたものの、じっとしているのが落ち着かなかったからだ。
通路ですれ違ったものたちからは心配されたが、傷自体は塞がっているし体力も一晩寝たおかげかだいぶ回復している。
しばらく進んでいくと、なんだか嗅いでいて落ち着く香りが漂ってきた。
どこから漂ってきているのかと周囲を探してみると、ある船室にフェイス様とアゲートがいた。二人は紅茶を楽しんでいるのか、ティーカップを手に談笑しているようだ。
「まあ、エリアス。お身体はもう大丈夫なのですか?」
「はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「いいえ。迷惑などとは思っておりません。よく生き残って下さいました」
「ありがたきお言葉」
船内に備え付けられている簡素な木の椅子から立ち上がりながら俺を迎えてくれたフェイス様は、思ったよりも元気そうだった。
立ち上がる前に置かれたカップの中身は薄い琥珀色という事は紅茶ではなくハーブティだったのだろう。ローレッタ聖王国ではあまりメジャーではないが、シスル王国では好んで飲まれていると聞くのでアゲートが持ち寄ったものだと推測できる。
戦いの後の落ち着かない感情は俺が寝ている間にメレディスたちが収めてくれたのだろう。少し疲れが見えたが憔悴しているなどといった様子は見えない。
俺はフェイス様の前に跪き戦場での失態を詫びるが、彼女は優しく微笑みながら俺の顔をあげた。
「ですが少し目が腫れているようですね。まだどこか痛むのですか?」
「あっ、いえ。その……これは、あの。えっとですね……」
「殿下。男に涙の理由は聞かないでやって下さいませ」
返事に困る俺にアゲートが何かを察してくれたのか、それとなくフェイス様を窘めてくれた。
己の情けなさで大泣きしたなんて恥ずかしくて言えないからな。
「そ、そうでした。このようなことを男性に言うべきではありませんでしたね」
彼女としては自身の護衛を心配し労ったつもりなのだが、男女間における感情の違いまでは気が回らなかったようである。
しかしフェイス様がお優しいことに変わりはない。それに女性のちょっとした失敗は笑顔で流してあげるのが一番だろう。
「失礼します。フェイス様、ルイス王子のもとから客人がいらしてます」
「お通ししてください」
ここでメレディスたちが誰かを連れてきたようで入り口付近に人の気配がする。
客人という表現に引っ掛かりを感じるものの、悪意や敵意などは感じられないので俺は部屋の端に立ちその様子を見守ることにした。
船室に姿を見せたのは少しくすんだ金髪をきっちりと結いまとめ、女性が身に着けるには重装備とも思える鎧を纏った女騎士だ。
この女性は原作にも登場するマグノリア王国の第一王女にして、天馬騎士団を束ねるイレーヌ王女だ。
「挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私はマグノリア王国第一王女のイレーヌ。わが天馬騎士団と共にローレッタ解放軍と共に戦うために馳せ参じました。この度は兄が取り返しのつかぬことに加担したことをお詫び申し上げます」
「お話は伺っております。どうか頭を上げてください」
女性にしては長身で男装の麗人といった容貌のイレーヌは竜騎士という兵種なのもあってか、フェイス様と並ぶと武骨に見える。
しかし武人とはいえマグノリア王家の人間なので、その所作一つ一つは非常に洗練されたものだ。
「マグノリア王国が二分しているというお話は伺っておりますが、いったい何故そのようなことに?」
「我が兄ウォルターはこの大陸の覇権を狙っております。非常に申し上げにくいのですが、建国以来マグノリア王国はローレッタ聖王国よりの圧力で苦しい生活を余儀なくされておりました」
かつてこのローレッタ大陸が竜族に支配されていたころ、人が住んでいたのは現在でいうリンデン帝国からシスル王国の近辺だけだった。
聖王リーヴが邪竜を封じた後はシスルよりも南方である現在のローレッタ聖王国の場所に多くの人が移り住み、そのうちの何割かが緑豊かなアイリスの地に流れたという。
マグノリア王国の歴史は左遷されたとある将軍に始まる。聖王リーヴ亡き後、数百年の時を経て貴族や王族が横柄な振る舞いを始めたころに、聖王国の騎士団内でも熾烈な権力争いが繰り広げられていた。
その権力争いに敗れ開拓地として目をつけられていたマグノリア地方に流されたのが、初代マグノリア王であるザカライア将軍だ。
少数の部下と奴隷を引き連れてマグノリアの地の開拓に乗り出したザカライア将軍が、まず最初に行ったのは拠点となる場所の整備なのだが、無秩序に連なる険しい山々に囲まれた熱帯地方――彼らが今までに遭遇したことの無い未知の生物が多くいる地に頭を悩ませることとなる。
ローレッタ聖王国やシスル王国には毒性生物がほとんどいない。いたとしても大して毒性の強くないものばかりだ。
しかしマグノリアの地には強い毒性を持った昆虫や爬虫類が多く生息していたのだ。開拓者としてこの地に向かったものたちは次々とその毒によって斃れ、ザカライア将軍も本国であるローレッタ聖王国に毒消しなどの物資を求めたのだが、当時の貴族たちはそれを握りつぶしたのだ。
ザカライア将軍をはじめとする開拓部隊の面々は当時でも聖王国から厄介者扱いされていた人々で、聖王国にとってマグノリアの地は流刑地のような扱いだったらしい。
そういった事情もあってかマグノリアが王国として独立したのは仕方がないのかもしれない。
聖王国からの援助が期待できないのであればと、彼らは自力で毒性生物への対抗手段を用意しなければならなくなったし、山岳には野生の飛竜がその生態系の頂点に君臨しているのだから。
飛竜の調教法に関してはマグノリアに縁もゆかりもない俺にはさっぱりだが、この技術こそがマグノリア王国を独立に進ませた一番の要因でもある。
あるとき魔物の異常発生が起こった際、聖王国はザカライアに一万の兵力を差し出すよう命じた。
もちろんこの時点でザカライアと共にマグノリアの地に居た人員ではまるで足りない人数である。
しかし人が足りないのであればと、ザカライアたちは人に代わる戦力――飛竜の調教に乗り出したのだ。
やっとのことで期日までに飛竜を調教し連れて行った騎士たちと共にザカライアは聖王国の要請に応え、マグノリアの竜騎士が誕生したのだ。
その後しばらくは傭兵のような扱いを受けていたのだが、徐々に立場を強めていき国家としての独立が認められたのが百五十年ほど前になる。
イレーヌの兄ウォルターが大陸の覇権を狙う理由は、この独立後の扱いが原因である。
マグノリア王国は独立した際に聖王家から神斧ランドグリーズを下賜されている。これはアイリス王国やシスル王国と同じく聖王家への忠誠を約束させるためのものだ。
しかし独立直後という立て込んだ状況につけ込み、一部の高官がマグノリア王国に『ご意見役』として送り込まれるのだ。この『ご意見役』は現在でも常駐はしていないが定期的に各国へと派遣されていて、場合によっては各国の王に頭を下げさせたり金品などを要求したりとやりたい放題しているというのが原作でも語られているし、その中でもウォルターやイレーヌの父親は特に扱いが酷かったとも記憶している。
「私はたとえ苦しい生活だったとしても、家族で助け合い日々を過ごす幸せを感じておりました。ですがどのような形であれ、父を殺したウォルターを許すわけにはまいりません」
「たとえそれが兄妹で殺し合うことになっても、ですか?」
「はい。覚悟の上です」
「……そうですか。本土まではこの船に?」
「いえ。わが隊の船がありますのでそちらで同行させていただくことになります」
「わかりました。くれぐれも無理はなさらぬように天馬騎士団の方々にもお伝えくださいませ」
「ありがたきお言葉です。では私は、これにて失礼いたします」
しばらく安静にしていろといわれたものの、じっとしているのが落ち着かなかったからだ。
通路ですれ違ったものたちからは心配されたが、傷自体は塞がっているし体力も一晩寝たおかげかだいぶ回復している。
しばらく進んでいくと、なんだか嗅いでいて落ち着く香りが漂ってきた。
どこから漂ってきているのかと周囲を探してみると、ある船室にフェイス様とアゲートがいた。二人は紅茶を楽しんでいるのか、ティーカップを手に談笑しているようだ。
「まあ、エリアス。お身体はもう大丈夫なのですか?」
「はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「いいえ。迷惑などとは思っておりません。よく生き残って下さいました」
「ありがたきお言葉」
船内に備え付けられている簡素な木の椅子から立ち上がりながら俺を迎えてくれたフェイス様は、思ったよりも元気そうだった。
立ち上がる前に置かれたカップの中身は薄い琥珀色という事は紅茶ではなくハーブティだったのだろう。ローレッタ聖王国ではあまりメジャーではないが、シスル王国では好んで飲まれていると聞くのでアゲートが持ち寄ったものだと推測できる。
戦いの後の落ち着かない感情は俺が寝ている間にメレディスたちが収めてくれたのだろう。少し疲れが見えたが憔悴しているなどといった様子は見えない。
俺はフェイス様の前に跪き戦場での失態を詫びるが、彼女は優しく微笑みながら俺の顔をあげた。
「ですが少し目が腫れているようですね。まだどこか痛むのですか?」
「あっ、いえ。その……これは、あの。えっとですね……」
「殿下。男に涙の理由は聞かないでやって下さいませ」
返事に困る俺にアゲートが何かを察してくれたのか、それとなくフェイス様を窘めてくれた。
己の情けなさで大泣きしたなんて恥ずかしくて言えないからな。
「そ、そうでした。このようなことを男性に言うべきではありませんでしたね」
彼女としては自身の護衛を心配し労ったつもりなのだが、男女間における感情の違いまでは気が回らなかったようである。
しかしフェイス様がお優しいことに変わりはない。それに女性のちょっとした失敗は笑顔で流してあげるのが一番だろう。
「失礼します。フェイス様、ルイス王子のもとから客人がいらしてます」
「お通ししてください」
ここでメレディスたちが誰かを連れてきたようで入り口付近に人の気配がする。
客人という表現に引っ掛かりを感じるものの、悪意や敵意などは感じられないので俺は部屋の端に立ちその様子を見守ることにした。
船室に姿を見せたのは少しくすんだ金髪をきっちりと結いまとめ、女性が身に着けるには重装備とも思える鎧を纏った女騎士だ。
この女性は原作にも登場するマグノリア王国の第一王女にして、天馬騎士団を束ねるイレーヌ王女だ。
「挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私はマグノリア王国第一王女のイレーヌ。わが天馬騎士団と共にローレッタ解放軍と共に戦うために馳せ参じました。この度は兄が取り返しのつかぬことに加担したことをお詫び申し上げます」
「お話は伺っております。どうか頭を上げてください」
女性にしては長身で男装の麗人といった容貌のイレーヌは竜騎士という兵種なのもあってか、フェイス様と並ぶと武骨に見える。
しかし武人とはいえマグノリア王家の人間なので、その所作一つ一つは非常に洗練されたものだ。
「マグノリア王国が二分しているというお話は伺っておりますが、いったい何故そのようなことに?」
「我が兄ウォルターはこの大陸の覇権を狙っております。非常に申し上げにくいのですが、建国以来マグノリア王国はローレッタ聖王国よりの圧力で苦しい生活を余儀なくされておりました」
かつてこのローレッタ大陸が竜族に支配されていたころ、人が住んでいたのは現在でいうリンデン帝国からシスル王国の近辺だけだった。
聖王リーヴが邪竜を封じた後はシスルよりも南方である現在のローレッタ聖王国の場所に多くの人が移り住み、そのうちの何割かが緑豊かなアイリスの地に流れたという。
マグノリア王国の歴史は左遷されたとある将軍に始まる。聖王リーヴ亡き後、数百年の時を経て貴族や王族が横柄な振る舞いを始めたころに、聖王国の騎士団内でも熾烈な権力争いが繰り広げられていた。
その権力争いに敗れ開拓地として目をつけられていたマグノリア地方に流されたのが、初代マグノリア王であるザカライア将軍だ。
少数の部下と奴隷を引き連れてマグノリアの地の開拓に乗り出したザカライア将軍が、まず最初に行ったのは拠点となる場所の整備なのだが、無秩序に連なる険しい山々に囲まれた熱帯地方――彼らが今までに遭遇したことの無い未知の生物が多くいる地に頭を悩ませることとなる。
ローレッタ聖王国やシスル王国には毒性生物がほとんどいない。いたとしても大して毒性の強くないものばかりだ。
しかしマグノリアの地には強い毒性を持った昆虫や爬虫類が多く生息していたのだ。開拓者としてこの地に向かったものたちは次々とその毒によって斃れ、ザカライア将軍も本国であるローレッタ聖王国に毒消しなどの物資を求めたのだが、当時の貴族たちはそれを握りつぶしたのだ。
ザカライア将軍をはじめとする開拓部隊の面々は当時でも聖王国から厄介者扱いされていた人々で、聖王国にとってマグノリアの地は流刑地のような扱いだったらしい。
そういった事情もあってかマグノリアが王国として独立したのは仕方がないのかもしれない。
聖王国からの援助が期待できないのであればと、彼らは自力で毒性生物への対抗手段を用意しなければならなくなったし、山岳には野生の飛竜がその生態系の頂点に君臨しているのだから。
飛竜の調教法に関してはマグノリアに縁もゆかりもない俺にはさっぱりだが、この技術こそがマグノリア王国を独立に進ませた一番の要因でもある。
あるとき魔物の異常発生が起こった際、聖王国はザカライアに一万の兵力を差し出すよう命じた。
もちろんこの時点でザカライアと共にマグノリアの地に居た人員ではまるで足りない人数である。
しかし人が足りないのであればと、ザカライアたちは人に代わる戦力――飛竜の調教に乗り出したのだ。
やっとのことで期日までに飛竜を調教し連れて行った騎士たちと共にザカライアは聖王国の要請に応え、マグノリアの竜騎士が誕生したのだ。
その後しばらくは傭兵のような扱いを受けていたのだが、徐々に立場を強めていき国家としての独立が認められたのが百五十年ほど前になる。
イレーヌの兄ウォルターが大陸の覇権を狙う理由は、この独立後の扱いが原因である。
マグノリア王国は独立した際に聖王家から神斧ランドグリーズを下賜されている。これはアイリス王国やシスル王国と同じく聖王家への忠誠を約束させるためのものだ。
しかし独立直後という立て込んだ状況につけ込み、一部の高官がマグノリア王国に『ご意見役』として送り込まれるのだ。この『ご意見役』は現在でも常駐はしていないが定期的に各国へと派遣されていて、場合によっては各国の王に頭を下げさせたり金品などを要求したりとやりたい放題しているというのが原作でも語られているし、その中でもウォルターやイレーヌの父親は特に扱いが酷かったとも記憶している。
「私はたとえ苦しい生活だったとしても、家族で助け合い日々を過ごす幸せを感じておりました。ですがどのような形であれ、父を殺したウォルターを許すわけにはまいりません」
「たとえそれが兄妹で殺し合うことになっても、ですか?」
「はい。覚悟の上です」
「……そうですか。本土まではこの船に?」
「いえ。わが隊の船がありますのでそちらで同行させていただくことになります」
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