翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第一部

第三十八話 歪み

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 気がつけば俺は船室で横になっていた。血だらけになった服は着替えさせられており、脇腹の傷は船に配置されていた僧侶プリーストが杖で治療してくれたようだが、出血量が多かったという事でしばらくは船室での安静を義務づけられることとなった。
 癒しの杖は傷こそ塞ぐことはできるが失った血液までは戻せないのだから仕方がないことなのだが、抉られた脇腹の皮膚が引きつっているような感覚がある。まぁ、俺は男なので傷が残ったところで気にもしないし、戦士としての勲章のようなものだ。

 むしろ今の状況で気になることといえばフェイスさまの様子と、俺が船酔いしないかの二つだ。
 何か気を紛らわせることができればいいのだろうけど、あいにく今の俺は安静にしていないといけないので大人しく寝ている以外の選択肢が存在しない。
 う~ん。実に困った。フェイスさまの様子は誰か来た時に聞けばいいとしても、船酔いで更に体力を消耗するのはよろしくない。

「意識が戻ったって聞いたから様子を見に来たんだけど……大丈夫なの?」

 船室の入り口から顔を出して来たのはメレディスだった。手には食事の載ったトレーを持っている。

「あぁ。傷のほうは塞いでもらってみたいだし、体力さえ戻れば動けそうだ」
「そう。ならしっかり食べることね!」

 トレーをサイドボードに置き載っていた木皿とスプーンを差し出される。
 皿の中身はリゾットのようで少々だが薬草臭い。たぶん滋養とか貧血に効くブレンドなのだろう。
 体を起こし食器を受け取ろうと思ったのだが、思っていたよりも体が重く寝台の上に倒れこんでしまった。

「ぜんぜん大丈夫じゃないじゃない。もう、仕方ないわね」

 メレディスは一度食器をトレーに置くと俺の体を支えて食事を取りやすい体勢にしてくれる。
 さりげなく丸めた毛布でクッションを作り、腰のところに当ててくれるとか実にありがたい。

「ほら、冷めないうちに食べなさいよ」

 これは所謂『あ~ん』というやつではなかろうか。彼女は手に持ったスプーンで皿の中身を掬うと俺の口元に持ってくる。
 変にメレディスに期待させるのはよくないという気持ちに反して、俺の口は勝手に開きリゾットを咀嚼していた。

「……味はどうかしら?」
「少し不思議な味だけど嫌いじゃない」
「そ、そう! だいぶ前に人から教えてもらったレシピで、たまたま材料を持っていたから作ってみたんだけど口に合ったみたいでよかったわ!」

 そうか、たまたまか。偶然にも食材を……って、そんなわけあるか!
 大きな部隊でも個人的に食料を持ち歩くやつはいるが、そういうのは大抵もっと簡単に口にできる干し肉なんかがメジャーだ。
 ぐっ……まさかメレディスとのフラグが立ったままだったとは思っていなかった。
 しかも先ほどの行動は俺の意識に反しての行動だ。思ってみればレックス殿の訃報を聞いた時の俺もどうかしていたかもしれない。
 あの時は自分に言い訳をして誤魔化していたが、今となっては無意識に彼女への好意を表していたのかもしれない。

 前世の記憶が戻ってからの俺の人格は少々特殊なことになっている。
 悪竜を切り伏せるあの時まではエリアスとしての記憶だけだったのにもかかわらず、突如として前世わたしの記憶が蓋を開けたかのように飛び出してきたのだ。
 原作ゲームにおける俺とミシェルの関係は親友で、俺とメレディスの関係は恋人。この設定を捻じ曲げないために抑止力でも働いているのだろうか?
 しかしそうなると、ますます氷の魔女ミシェルの存在が謎になる。前世で手に入れたシミュレーションRPG月虹のレギンレイヴの情報の中には『氷の貴公子ミシェルは実は女でした』などという都合のいいものは存在しない。
 この世界が原作の設定を歪めることを許さないのであれば、彼女の存在こそが一番の歪みなのではないだろうか?

「全部食べられたみたいね。よかった」
「ごちそうさま。俺はもう少し横になっているからフェイス様のことを頼む」
「えぇ。今はロビンたちに任せてあるけど、まだ気持ちが落ち着かないだろうし戻ることにするわ」

 考え事をしているうちにリゾットを完食していたようで、彼女の手にある皿は空になっていた。
 ひと先ずは一人で考え事をしたいので、それらしい理由をつけて彼女には退室してもらうことにした。
 戦闘後それなりに時間は経っていそうなので周囲は落ち着いているようだが、要人であるフェイス様の身がこの船では第一なのに変わりはない。
 空になった食器をもち船室から去っていくメレディスを見送ると俺は寝台に横になった。

 俺はこの歪に混じり合った人格の感情の整理をするべきなのだろう。
 ミシェルに対する『好き』とメレディスに対する『好き』。この二つの違いは何だろう?

 前世の記憶が戻ったときのミシェルに対する感情は『憧憬』や『信仰』としての『好き』だった。しかし実際に出会ったミシェルは『氷の貴公子』ではなく『氷の魔女』で、男性ではなく女性だったのだ。
 おそらく、この辺りから俺の感情は少しおかしな方向に進んでいたのだろう。前世においては男女が一緒に居るだけで色恋沙汰を持ち出す輩が少なからず存在した。

 前世わたしは女にしては珍しく男が好むようなゲームで遊んでいたのもあって男友達がそれなりに居たのだが、周囲の女子からは「男を侍らせている」などと謎のやっかみを受けたりもした。とうの男どもには女扱いされたことが無いのにもかかわらずだ。
 もしかしたらミシェルに対する恋愛感情のようなものは勘違いなのかもしれない。しかしだからといってメレディスを好いているのかというと、これも違う気がするのだ。

 恋愛感情を抜きにして俺はメレディスのことが好きだ。これは仲間や友人としての『好き』になる。
 ではミシェルは? 俺は彼女のことをどれくらい知っているのだろうか?

 ローレッタ聖王国の王家の傍系――リリエンソール公爵家の令嬢で、公爵の一人娘。
 金色に輝く長髪に宝石のように美しい瑠璃色の瞳をもつ美貌の持ち主。
 氷の魔女と恐れられる賢者で、魔導の研究が趣味で実験が上手くいったときの笑顔が可愛い人。
 主君であるフェイス様に絶対の忠誠を誓い、誰よりも大切に思っている優しい子。

 あぁ。俺が知っている氷の魔女ミシェルはこれだけだったのか。
 これらの約半分は原作の『設定』と変わりないものだ。
 令嬢のところを令息に。一人娘のところを一人息子に。魔女のところを貴公子に替え賢者ではなく狙撃手にし魔導の部分を弓の扱いに長ける、と直すだけで原作通りの『氷の貴公子ミシェル』が出来てしまうではないか。

 地位や立場など関係なく俺はミシェルという一人の人物を見るつもりだったのに、これでは他の連中と同じじゃないか。
 そんな自分が情けなくて、悔しくて、俺は誰にも気付かれないようにと毛布で顔を隠して泣いた。
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