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第一部
第六十一話 リンゴとおまじない
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シスル城で行われている決戦前の決起集会ともいえるパーティ。グレアム王子やルイス王子たちの挨拶が済むと酒宴が始まったのだが、そこで俺は多くのシスル騎士たちに取り囲まれ質問攻めにあっていた。
ただでさえ慣れない礼服姿で困っているというのに、そのうえミシェルとゆっくり話が出来そうにないのはご遠慮願いたい。せめてベルトラムたち傭兵隊のみんなの輪に混ざれればと思ったが、彼らは少し離れた場所で、今ではすっかり打ち解けたアイリス騎士たちと酒を楽しんでいる。数人と目が合うも揶揄うかのような視線と共に「がんばれ」と動く唇が見えるくらいだ。
礼服自体は騎士団に入って間もなく仕立てることとなり、アイリス王国を目指し旅を始めた時も謁見に同席する可能性を考慮して荷物の中に入れっぱなしになっていたものだ。礼服と言っても騎士の正装なので軍服と称したほうが良いのだろが、こういった場でもないと袖を通す機会が無い。
そんな状態だったので勿論だが皴になっていたのを取り急ぎ綺麗に直してくれたのが、この城の使用人たちだ。本来であればこちらが礼を言うべきなのに、あちらから先に礼を言われてしまいそのままお礼合戦と化したのだが、彼ら曰く『翠緑の勇者さまのお役に立てることが栄誉なこと』だという。
「はいはい、通してください。通してくださーい。メテオライト様からの伝令なので通してくださ~い」
しかしこうも放してもらえないと嫌になってくるのだが、好意的な者たちを無碍にするのもどうしたものかと思っていると、騎士たちのあいだを縫って近づいてくる若い男の声が聞こえてきた。
「エリアス殿。メテオライト様が紹介したいものが居るとのことでお呼びです。こちらへ」
「わかった。わざわざありがとう。え~っと」
「俺は従騎士のスピネルっていいます。まだまだ見習いなんで戦場にはいかせてもらえないんですけど、かの有名な翠緑の勇者殿にお会いできて光栄です。……田舎のじいちゃんに自慢しようっと」
最後はかろうじて聞き取れる程度の声量だったが、思わず口元が緩んだ。まだ少年と言えそうな年頃の見習い騎士はお爺ちゃん子らしい。
しかし彼とはどこかで会ったことがあるのだろうか、彼の容貌に既視感のようなものを覚える。この大陸では珍しいが、前世では見慣れた黒髪黒目だからだろうか?
「メテオライト様。エリアス殿をお連れいたしました」
「ご苦労様。下がってくれていいよ」
若き従騎士に連れられメテオライトのもとに辿り着くと、彼の近くに侍っていたオブシディアンに会釈をされた。
まだ直接の面識はないが、彼のことは一方的に知っているので今さら紹介されてもと思ったが、メテオライトにもいろいろと事情があるのだろう。長い期間、国を空けていた彼には自国での知名度や人気が無い。
しかしこうして人前で俺と親しげに話すことで、次期シスル王と翠緑の勇者は友人関係にあるという話に持っていきたいのだろう。少々口の悪いところはあるが、なんだかんだ俺の助けになってくれることも多い彼の助けになるのならこれくらいは安いものだ。
「俺に紹介したい人って言ってたけど、誰だ?」
「いや、別に居ないけど。うちの騎士たちに囲まれて困っていたみたいだから……ああ、そうだ。ジェイドの実家から送られてきたっていうリンゴでも紹介するよ。甘くておいしいよ」
そういって出されたのは綺麗に盛り付けられたリンゴのケーキだ。リンゴを丸ごと一つを焼いたものにクリームをあわせたもののようで、ナッツを砕いたものがトッピングとして乗っている。
メテオライトの後ろではオブシディアンが静かにショックを受けている。どう考えてもこれは俺に紹介して貰えるかもって流れが消し飛んでいるからだ。
「甘いって……それだけクリームが付いていれば、そりゃあ甘いだろう」
「さっき何人かがシェア食いしようって話してたから、これ持ってテラスにでも逃げてなよ」
「これを一人で……クリームが重そうだな。まあいいや。テラスってどっちだ?」
「向こうの。ヘルゲが立ってるでしょ。そこ」
ヘルゲと言われて一瞬誰だっけと思ったが、だいぶ前に一度だけ会ったことがあるリリエンソール家の密偵のことだと思い出す。
さすが諜報活動を本職としているだけあって完璧な変装をしている彼は、今はどこからどう見ても聖騎士にしか見えない。
「ああ、そうだ。そのケーキはオブシディアンの家の菓子職人が作ったものだから、あとで感想を聞かせてやってよ」
大型の猟犬のような迫力のあるオブシディアンの家で菓子職人とはギャップを感じるが、こういった場ではいい自慢になるのだろう。
シェアしようっていうのは体形が気になる女性陣の話なのだろう。現にメテオライトは一皿を誰の助けを受けることもなく食べ切ろうとしている。
俺はメテオライトから受け取った皿のケーキを落とさないように持ち歩くと、やっとのことでテラスに来ることができた。ヘルゲには少し睨まれたが、気にしたら負けだ。
「あら、エリアスじゃない。貴方がそんな可愛らしいお菓子に手を出すなんて意外ね」
シナモンのいい香りにつられてきたのか、テラスで一人グラスを傾けていたミシェルが近づいて来た。
自分の分も取りに行こうと思ったのか場所を聞かれるも、「でも、やっぱりこの量を一人で食べるのは……」と難色を示している。
「テオに押し付けられたんだけど俺一人じゃ食べ切れそうにないし、半分こにしないか?」
俺の故郷には一つのリンゴを異性と分けあい食すと、その二人は結ばれるというお呪いがあるのだ。せっかくリンゴが丸ごと一個あるのだから、それをやらない手はない。
俺の申し出を難なく受け入れてくれたミシェルはフォークを受け取ると、ケーキを口に運び幸せそうに笑みを浮かべる。彼女のこの表情を見られただけでも、オブシディアンの家の菓子職人にグッジョブと親指を立てたいくらいだ。
ケーキを食べ終わりお互いに味の感想などを言い合っていると、そういえばとミシェルが口を開いた。
「最近、メレディスが遊んでくれませんの」
「メレディスは最近、好きな人が出来たそうだよ。大丈夫、彼との関係が落ち着けばまた元通り話せるさ」
行軍中の娯楽というのは種類が限られ、定番はカードゲームだ。女性陣が集まってカードで時間を潰しているところを何度か見たことがあるのだが、そういえば最近はメレディスが混ざっているのを見かけない。
「フェイス様も、最近はいつもオニキス様と一緒に居て、私が入り込む隙間がどこにもありませんの。それに……」
「それに……?」
「グレアム殿下がね。フェイス様の婚姻について、お父様やテオに相談しているのをお見掛けしましたの。お父様はグレアム殿下の後見人になりましたので相談を受けるのは当然ですけど、テオは関係ありませんわよね?」
これはまだ彼女はあの二人の関係に気が付いていない、或いは認めたくなくて目を背けているようだ。俺を見つめてくる瞳には不安の色が滲んでいる。
「ミシェル。落ち着いて、冷静に聞いてほしい」
食べ終わって空になった皿を近くのテーブルに置き、ミシェルの両肩に手を乗せると華奢な身体が僅かに震えた。
「フェイス様とオニキス殿が婚約することになったんだ。これはテオも了承済みだ」
「フェイス様とオニキス様が……」
入ってきた情報を咀嚼するように反復しながら、ミシェルは俯き何か考え込むかのように黙り込む。そしてしばらく思考をめぐらせ、考えが纏まったのか顔をあげた。
「この世界に存在する男女でそれぞれ一番好きな二人が結ばれましたのよね?」
よくよく考えてみれば、あの二人はそれぞれミシェルが好きな相手男女各一位だ。なるほど、これは予想外の反応だが、思っていたほどダメージは無さそうだ。
「でも何故かしら? フェイス様にオニキス様を取られたことには全く怒りが起こらないのに、オニキス様にフェイス様を取られたのは非常に腹が立ちますの」
軽く握りこぶしを作り、ホールで歓談中のオニキスを見ながら「一発ぶん殴って差し上げようかしら?」などと物騒な発言をしている。
敬愛する主君であり、幼いころから姉妹のように接してきていたフェイス様を取られて少しむくれているミシェルは年齢より少し幼く見える可愛らしさだ。しかしその表情も少しずつ曇っていく。
「……ねえ、エリアス。恋をするってどういうものなのかしら? 私には現実に誰かを愛するという事が、いまいちよく分かりませんの」
そう言ったミシェルの瞳には、どこか寂しさが滲んでいた。
ただでさえ慣れない礼服姿で困っているというのに、そのうえミシェルとゆっくり話が出来そうにないのはご遠慮願いたい。せめてベルトラムたち傭兵隊のみんなの輪に混ざれればと思ったが、彼らは少し離れた場所で、今ではすっかり打ち解けたアイリス騎士たちと酒を楽しんでいる。数人と目が合うも揶揄うかのような視線と共に「がんばれ」と動く唇が見えるくらいだ。
礼服自体は騎士団に入って間もなく仕立てることとなり、アイリス王国を目指し旅を始めた時も謁見に同席する可能性を考慮して荷物の中に入れっぱなしになっていたものだ。礼服と言っても騎士の正装なので軍服と称したほうが良いのだろが、こういった場でもないと袖を通す機会が無い。
そんな状態だったので勿論だが皴になっていたのを取り急ぎ綺麗に直してくれたのが、この城の使用人たちだ。本来であればこちらが礼を言うべきなのに、あちらから先に礼を言われてしまいそのままお礼合戦と化したのだが、彼ら曰く『翠緑の勇者さまのお役に立てることが栄誉なこと』だという。
「はいはい、通してください。通してくださーい。メテオライト様からの伝令なので通してくださ~い」
しかしこうも放してもらえないと嫌になってくるのだが、好意的な者たちを無碍にするのもどうしたものかと思っていると、騎士たちのあいだを縫って近づいてくる若い男の声が聞こえてきた。
「エリアス殿。メテオライト様が紹介したいものが居るとのことでお呼びです。こちらへ」
「わかった。わざわざありがとう。え~っと」
「俺は従騎士のスピネルっていいます。まだまだ見習いなんで戦場にはいかせてもらえないんですけど、かの有名な翠緑の勇者殿にお会いできて光栄です。……田舎のじいちゃんに自慢しようっと」
最後はかろうじて聞き取れる程度の声量だったが、思わず口元が緩んだ。まだ少年と言えそうな年頃の見習い騎士はお爺ちゃん子らしい。
しかし彼とはどこかで会ったことがあるのだろうか、彼の容貌に既視感のようなものを覚える。この大陸では珍しいが、前世では見慣れた黒髪黒目だからだろうか?
「メテオライト様。エリアス殿をお連れいたしました」
「ご苦労様。下がってくれていいよ」
若き従騎士に連れられメテオライトのもとに辿り着くと、彼の近くに侍っていたオブシディアンに会釈をされた。
まだ直接の面識はないが、彼のことは一方的に知っているので今さら紹介されてもと思ったが、メテオライトにもいろいろと事情があるのだろう。長い期間、国を空けていた彼には自国での知名度や人気が無い。
しかしこうして人前で俺と親しげに話すことで、次期シスル王と翠緑の勇者は友人関係にあるという話に持っていきたいのだろう。少々口の悪いところはあるが、なんだかんだ俺の助けになってくれることも多い彼の助けになるのならこれくらいは安いものだ。
「俺に紹介したい人って言ってたけど、誰だ?」
「いや、別に居ないけど。うちの騎士たちに囲まれて困っていたみたいだから……ああ、そうだ。ジェイドの実家から送られてきたっていうリンゴでも紹介するよ。甘くておいしいよ」
そういって出されたのは綺麗に盛り付けられたリンゴのケーキだ。リンゴを丸ごと一つを焼いたものにクリームをあわせたもののようで、ナッツを砕いたものがトッピングとして乗っている。
メテオライトの後ろではオブシディアンが静かにショックを受けている。どう考えてもこれは俺に紹介して貰えるかもって流れが消し飛んでいるからだ。
「甘いって……それだけクリームが付いていれば、そりゃあ甘いだろう」
「さっき何人かがシェア食いしようって話してたから、これ持ってテラスにでも逃げてなよ」
「これを一人で……クリームが重そうだな。まあいいや。テラスってどっちだ?」
「向こうの。ヘルゲが立ってるでしょ。そこ」
ヘルゲと言われて一瞬誰だっけと思ったが、だいぶ前に一度だけ会ったことがあるリリエンソール家の密偵のことだと思い出す。
さすが諜報活動を本職としているだけあって完璧な変装をしている彼は、今はどこからどう見ても聖騎士にしか見えない。
「ああ、そうだ。そのケーキはオブシディアンの家の菓子職人が作ったものだから、あとで感想を聞かせてやってよ」
大型の猟犬のような迫力のあるオブシディアンの家で菓子職人とはギャップを感じるが、こういった場ではいい自慢になるのだろう。
シェアしようっていうのは体形が気になる女性陣の話なのだろう。現にメテオライトは一皿を誰の助けを受けることもなく食べ切ろうとしている。
俺はメテオライトから受け取った皿のケーキを落とさないように持ち歩くと、やっとのことでテラスに来ることができた。ヘルゲには少し睨まれたが、気にしたら負けだ。
「あら、エリアスじゃない。貴方がそんな可愛らしいお菓子に手を出すなんて意外ね」
シナモンのいい香りにつられてきたのか、テラスで一人グラスを傾けていたミシェルが近づいて来た。
自分の分も取りに行こうと思ったのか場所を聞かれるも、「でも、やっぱりこの量を一人で食べるのは……」と難色を示している。
「テオに押し付けられたんだけど俺一人じゃ食べ切れそうにないし、半分こにしないか?」
俺の故郷には一つのリンゴを異性と分けあい食すと、その二人は結ばれるというお呪いがあるのだ。せっかくリンゴが丸ごと一個あるのだから、それをやらない手はない。
俺の申し出を難なく受け入れてくれたミシェルはフォークを受け取ると、ケーキを口に運び幸せそうに笑みを浮かべる。彼女のこの表情を見られただけでも、オブシディアンの家の菓子職人にグッジョブと親指を立てたいくらいだ。
ケーキを食べ終わりお互いに味の感想などを言い合っていると、そういえばとミシェルが口を開いた。
「最近、メレディスが遊んでくれませんの」
「メレディスは最近、好きな人が出来たそうだよ。大丈夫、彼との関係が落ち着けばまた元通り話せるさ」
行軍中の娯楽というのは種類が限られ、定番はカードゲームだ。女性陣が集まってカードで時間を潰しているところを何度か見たことがあるのだが、そういえば最近はメレディスが混ざっているのを見かけない。
「フェイス様も、最近はいつもオニキス様と一緒に居て、私が入り込む隙間がどこにもありませんの。それに……」
「それに……?」
「グレアム殿下がね。フェイス様の婚姻について、お父様やテオに相談しているのをお見掛けしましたの。お父様はグレアム殿下の後見人になりましたので相談を受けるのは当然ですけど、テオは関係ありませんわよね?」
これはまだ彼女はあの二人の関係に気が付いていない、或いは認めたくなくて目を背けているようだ。俺を見つめてくる瞳には不安の色が滲んでいる。
「ミシェル。落ち着いて、冷静に聞いてほしい」
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「フェイス様とオニキス殿が婚約することになったんだ。これはテオも了承済みだ」
「フェイス様とオニキス様が……」
入ってきた情報を咀嚼するように反復しながら、ミシェルは俯き何か考え込むかのように黙り込む。そしてしばらく思考をめぐらせ、考えが纏まったのか顔をあげた。
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よくよく考えてみれば、あの二人はそれぞれミシェルが好きな相手男女各一位だ。なるほど、これは予想外の反応だが、思っていたほどダメージは無さそうだ。
「でも何故かしら? フェイス様にオニキス様を取られたことには全く怒りが起こらないのに、オニキス様にフェイス様を取られたのは非常に腹が立ちますの」
軽く握りこぶしを作り、ホールで歓談中のオニキスを見ながら「一発ぶん殴って差し上げようかしら?」などと物騒な発言をしている。
敬愛する主君であり、幼いころから姉妹のように接してきていたフェイス様を取られて少しむくれているミシェルは年齢より少し幼く見える可愛らしさだ。しかしその表情も少しずつ曇っていく。
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