翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第一部

第六十二話 彼女が抱える孤独と愛情

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 恋というものは正気じゃないから出来るらしい。正気を失っているから相手に夢中になり、何よりも誰よりも優先してしまう。

「恋とは何か、か……難しい質問だな」

 思いの丈を言葉に出すというのはなかなかに難しいものだ。言葉が多すぎれば上手く伝わらず、少ないと誤解が残る。人は恋をすると詩人になると言うが、これに関しては人それぞれだろう。

「エリアスの好きって、どのような感じですの?」
「俺の? ……俺の好きは――」

 夜空を落とし込んだかのような瑠璃色の、意志の強い瞳が好き。
 金糸を編み込んだように美しく、絹よりもしなやかな輝く金色の髪が好き。
 磁器のように白く滑らかな肌に、イチゴのように赤い唇が三日月を描くのが好き。
 ひんやりと冷たい手は不思議と心地よく、いつまでも握っていたいし離したくない。

 ミシェルは俺の運命、他の男になんて渡したくない。

 そう伝えると気が付けば俺は彼女の手を取り、掌に口付けていた。唇からは音こそ出さなかったが『愛してる』の形が作られる。

「このままずっと友達のままだなんて、俺には耐えられない」

 そのまま抱き寄せると、瞼に口付けたあと頬にも数度場所を変えつつ口付ける。そして頬を手で包み親指でミシェルの唇をなぞったところで、彼女が涙目になっていることに気が付いた。

「あの、待って。待って下さいまし」
「どうしたんだい?」
「その、ええっと……」

 怖がらせてしまったわけではなさそうだが、驚かせてしまったようだ。息が吹きかかる程密着している今、ミシェルの顔はリンゴのように真っ赤に染まっている。

「こ、このような気持ちは初めてで混乱しておりますの」

 かつてないほどに取り乱した彼女は、いつもの堂々とした態度とは打って変わって、まるで落ち着きを見せない。
 大丈夫――嫌われてはいない。そう確信し、俺は再び彼女の手を取ると緩く指を絡めた。

「俺はミシェルと、こうしてずっと手をつないでいたいし、たくさんキスもしたい。二人で色んなところに出かけたり――」
「でっ、ですから待って!」

 少し攻め過ぎただろうか。恥ずかしさを隠すためなのか、ミシェルは俺の胸に顔をうずめて隠してしまった。上着を掴む手が僅かに震えているのを感じる。
 こんなに密着されてしまうと、俺の心臓が煩いほどにその鼓動を速めていることを知られてしまうのではないかと気が気じゃないが、この鼓動も含めて俺のすべてを知って欲しいと思ってしまうのだ。

「あ、あのですね。わたくし前世で三番目くらいに好きだったのがエリアスでして、あの、その……えっと、どっちの好きなのかよく判らないの!」

 口ごもる部分が多くてうまく聞き取れなかったところもあるが、ミシェルはそっと顔をあげて俺のほうを向いてくれた。眼には大粒の涙が滲んでいる。

「今まで私の世界にはフェイス様とメレディスくらいしか居なくて、二人が居れば寂しくなんてないって思っていて……だから最近の状況はどうすればいいのか解りませんの」

 俺の腕の中にすっぽりと納まっているミシェルの眼には僅かながら孤独が浮かんでいる。しかしどこか安心しているかのように体を預けてくれている。

「こうして俺に触れられて嫌って思う?」
「ううん。嫌ではないです。でも、こう……雷魔法の基本術サンダーを受けたみたいな変な感じが」
「バチバチ?」
「ビリリですわ」

 滲んだ涙を指でそっと拭ってやる。ミシェルは少し擽ったそうに身を捩ると上目遣いにちらりとこちらに視線を寄こした。

「安心するけど、なんだか落ち着かなくて……心臓が破裂しそうですのですからその、あの」

 そう言いながら両手で顔を覆ってしまった。凭れるように体を預けてきたという事は、拒絶はされていないのだろう。もう少しくらいなら調子に乗っても良いだろうか?
 涙をぬぐった時に解いた手を再び握り、愛の言葉を続けようと耳元に唇を近づけたところで、ミシェルの唇が動く気配を感じ聞く動作に移る。彼女の赤くぷっくりとした形の良い唇が小さく動き――

「鈴木ボイスで囁くのはやめてくださいまし……み、耳が」

 唐突にこの世界では聞き慣れない人名が飛び出してきたことに、俺は思わず噴き出した。なるほど。確かにエリアスの担当声優といえば一部ファンの間で『(低めの落ち着いたトーンのボイスは)耳がセクハラを受けている』と評判だった。なお別のゲームの話なので俺はそっちは詳しく知らない。

「そんなに笑わないでくださいまし」
「いや、ごめん。ふふっ、でもなんかこのほうが俺たちっぽいな」
「もう! ずっと一人で考え込んでいたのが馬鹿みたいですわ」

 ミシェルは頬を膨らせながら俺の胸をポカポカと叩いてくるが、それすらも愛おしくて、抱き寄せて腕の中に閉じ込める。
 しかし笑ってしまったことで少し怒ったように俺を突き飛ばしてくるが、繋いだ手はそのままだった。

「俺のことずっと考えていてくれたんだ。いつから?」
「エリアスと仲直りする少し前……私が言い過ぎてしまったあたりから、ずっと」

 手を繋いだまま隣に立ち肩を寄せ合う。
 あの頃の俺たちはお互いに意思の疎通が足りていなかった。そのせいでミシェルを傷付けてしまった。
 その後は仲直りできたとはいえ、ずっと友達として過ごしてきたのに、俺は今こうしてその関係を変えようとしている。

「手が届くくらいの距離でしたら私の完璧なポーカーフェイスで誤魔化せますのに、エリアスったらこんなにくっついてくるのですもの。しかもあんな言葉を恥ずかしげもなく……おかげで私は顔が熱いです」
「事実だから仕方がないさ。俺は君を愛するために、ここに存在しているんだから」
「またそういうことを――」

 いつもの調子を取り戻しつつあるミシェルが何か言おうとしたところで言葉を飲み込む。
 なんだか視界が急に眩しくなって、なにが起こっているのだろうかと確認すると、俺の襟元からエメラルドグリーンの光が溢れ出ていた。
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