翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第一部

第六十七話 黒い宝珠

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 合成獣も含めて周囲の敵は片付いたものの、マーリンとキルケの戦いは続いている。
 さすがに魔防の高い賢者セージ同士の戦いとなると、如何に神器を使っていても長期戦は免れないようだ。

「タスケテ。……タスケテ」

 かろうじて聞こえるくらいの大きさの声を耳が拾う。こちらの兵で負傷したものたちは下がらせて治療を受けさせているので味方の声だという線は薄い。魔物化してしまった敵兵たちはまともに言葉を発することもできない状態だったので、声の主が気になり視線を動かし探すとマーリンが身に着けているものとよく似た飾り帯を身に纏った二十歳ほどの司祭を見つけた。飾り帯の模様からして女神の信徒だろう。
 その体の半分ほどは鱗のようなもので覆われてはいるが、人間としての面影を多く残している。薄紫色の髪の色はメテオライトを彷彿とさせた。

「まったく……哀れなものだね」
「テオ。もしかして、この僧侶は」
「僕の義弟だね。欲深い母親と馬鹿な父親のせいで割を食った可哀そうな子供だよ」

 そういうとメテオライトは魔法攻撃を仕掛け、既に虫の息であった義弟に止めを刺した。
 少しずつ砂になっていく義弟を見守り、その身がすべて溶け落ちるのを待つと体内に埋め込まれていた例の石――漆黒のレギンレイヴに関係がありそうな黒い石を回収していた。

「その石は一体何なんだ?」
「混沌の欠片……漆黒のレギンレイヴの破片だよ」

 メテオライトは以前に渡したものと一緒にしまい込むと、ヘリオドールとジェイドにそれぞれ何かを言いつける。
 命令を実行するためなのか二人は離れていくと、たいして時間もかかることなく戻ってくる。その手には幾つかの宝飾品が布に包まれ乗っていた。しっかり見ていたわけではないので余り自信は無いが、この宝飾品はヘレンが身に着けていたものだったと思う。だとすればシスル王国の資産でもあるのだろう。

「この飾り帯とブレスレットを、まとめて一緒に父上を幽閉している離宮に届けさせておいて。見せれば理解できるだろうから」
「リョーカイっす。ところで俺らもマーリン殿の援護に向かったほうが良いんすかね? できれば遠慮したいレベルの戦いなんですけど」
「いや、この部隊の指揮を任せるよ。マーリン様は僕とエリアスで援護するから一度下がって休ませておいてくれ」

 少し離れた場所では天にも届きそうなほどの炎と、闇で作られた無数の腕がぶつかり合っている。
 マーリンもキルケも兵種は共に賢者セージなので、ステータスの数値も似通っているのだろう。戦況は拮抗しているようだ。

「マーリンさまのステータスだとキルケの魔防をあまり抜けないから、エリアスが止めを刺すのが一番だろうね」
「そういえばテオ。そのフィンブルって追加効果とかあるのか?」

 月虹のレギンレイヴでは未登場の魔導書であるはずのフィンブルは、別シリーズではデバフをばらまく効果があったはずだ。今までこの魔導書が使用されている場面に遭遇しても、ミシェルの攻撃力で扱われていたので確認するまでもなく敵が倒れていた。

「移動力半減と命中率・回避率の減少ならついてるよ」
「俺の魔防8しかないから不安だが、多少でも付けば……まあ、大丈夫か」
「ああ、そういう心配か。それならエルナに良いものを持たせてあるよ」

 そういうとメテオライトは片手をあげ合図を出す。すると待ってましたと言わんばかりに、後方にいた筈のエルナが物凄い速さでこちらへと走り寄ってきた。

「何ですかメテオライト様。私の出番ですか? ヒールですかキュアですか? それともマジックシールドですか?」
「僕たちはこれからマーリン様の援護に向かうから、マジックシールドを掛けてもらえるかい」

 メテオライトに呼ばれてよっぽど嬉しかったのか、背負っていた杖を取り出しつつ動き回っている。ついでにいえば少し怪我をしているメテオライトの治療を済ませていた。
 それにしてもマジックシールドも後続のシリーズで登場したアイテムだ。なんかもう他にも作っているのではないだろうか。魔導士系ってこういうところ楽しそうでいいよな。

「は~い。それじゃあ勇者さまも、まずは怪我を治しますね~。あとデバフを解除して、マジックシールド~」

 先ほどまでの乱戦状態で、いつの間にかデバフを貰っていたらしい。キュアで治療してもらうと少し体が軽くなる。
 マジックシールドで魔防が付与されるのは5ターンのあいだだけだ。数値はプラス10。これが1ターンごとに2ずつ減少する。

「さてと。それじゃあ行こうか」
「ああ」

 メテオライトと二人でマーリンたちが戦っている場所を目指し進む。神器の威力を恐れてか敵も味方も近くにはおらず、不自然に空間が開いている。
 少しずつ距離を詰めていったところで魔法の射程範囲に入り、メテオライトがキルケに向かいフィンブルを放つ。大したダメージは与えられないようだが、命中したことによってデバフは与えられたのだろう。キルケの動きが僅かにだが鈍くなる。

「このクソガキ!? 邪魔するんじゃないわよ!」
「エリアス、今だよ!」

 キルケの注意がメテオライトに移る。攻撃の手が彼に移ったこの隙にマーリンも体勢を立て直し、行動を俺の援護に切り替えたようだ。

「はあぁぁっ!」

 目くらましのようにくり出された神炎の隙間を縫い、俺は聖剣でキルケを切り付ける。たしかな手ごたえがあった。
 致命傷を与えることができたのだろう、しかし口からも血を吐きつつ満身創痍のキルケが放った闇魔法に俺の身が包まれる。
 無数の黒い腕が全身に纏わりつき、不快感と嫌悪感が精神を蝕もうとする。そのままズルズルと地面に引きずり込もうとするも、すんでのところで持ちこたえ足に纏わりついていた影を振り切る。

「なによ! なんでいつもマーリンばっかり!?」

 死を目前に半狂乱になったのか、キルケは懐から黒い宝珠を取り出すと自らの傷口に捻じ込む。その身を瘴気が包み始めると少しずつ身体が魔物へと変化していく。
 頭にはヤギのような角を生やし、右腕は両刃の剣。左腕は肩から先が猛禽の翼と化し、偶蹄類の下半身を持っている。魔典ラグナロクも体内に取り込んだのか、キルケの足元から延びる影が這いうねるように周囲へ伸びている。

「憎い……憎い……」

 完全に異形と化したキルケは、瘴気を纏った剣を高く掲げると勢いよく振り下ろした。すると地面は大きく抉り取られ二つに割れる。

「えっ? なにこれ聞いてないんだけど」

 メテオライトの額に冷や汗が滲んでいるのが見える。さすがに俺もこれは不味いと思う。
 魔法攻撃しかしてこないと思っていた敵が突然、高火力の物理攻撃まで繰り出してくるなんて冗談ではない。

「テオ。キルケのステータスはどうなってるんだ?」
「待って、今見るから……火力ばっかりで守備・魔防は元とたいして変わらないね」
「流石に当たると痛いじゃすまないだろうな。マーリンと合流して近くで支援を貰ったほうが良さそうだな」

 マーリンから貰えるバフは彼の近くに陣取っているほうが多く貰える。ゲームでは隣接で100パーセント、2マス離れて80パーセントといった感じだったはずだ。流石にゲーム画面のように地面にマス目が無いのでこればかりは経験でどうにかするしかない。

「あー、うん。マーリン様は僕と同じで守備は15しかないし、エリアスに壁になって貰えれば必殺封じの効果で大きいのは来ないだろうね」
「テオは下がれるようなら、ヘリオドール殿たちに合流したほうが良い」
「そうしたいところだけどキルケが取り込んだ宝珠の処理が必要になった場合、僕が近くに居ないわけにはいかないんだ。なに、無理はしないさ」

 そういって再びフィンブルでキルケの足を止める。マーリンはこちらとの合流を優先してくれたみたいで、攻撃はせずに隙を見て移動してきたようだ。

「これもお前たちの知る物語に出て来たのか?」
「いや。出てないな。俺も初めて見る」

 マーリンを優先して狙うみたいで追掛けてきたのか、俺は入れ替わるようにキルケと対峙する。振り下ろられた剣を受けながらマーリンの問いに答えるが、思った以上に異形とかしたキルケの一撃は重い。
 押し返そうとしたところで、またも足元にはあの腕が纏わりつく。どうやら俺は回避率減少のデバフばかり貰うようだ。

「伏せなさい!」

 聞き慣れた声と共に周囲を強い冷気が包むと、圧縮された固体が一気に爆ぜキルケに襲い掛かった。無数の氷の針が突き刺さり地面に縫い留められ身動きが取れないのか、逃げようともがく異形の身体からは泥のような液体が漏れ出ている。

「ラーグさんが私はこちらの援護に向かったほうが良いとおっしゃっていたので来てみれば……この生物はなんですの」
「キルケが黒い宝珠を体内に取り込んだらこんな姿になったんだ」
「なんですって?」

 原作ゲームに未実装だった神氷の威力を見るのは初めてだが、今は感動している場合ではない。キルケが動けなくなっている今のうちに止めを刺すしかない。俺は聖剣を振り上げる。

「わたしだって……師匠に、認め……れ…………た」

 途切れ途切れになりながらも最後にそう言い残したキルケは、彼女が作り出した合成獣キメラや先ほど斃した兵たちと同じように砂となり黒い宝珠だけがその場に残された。
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