翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第一部

第七十話 復活の邪竜

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 アンデッドの相手を魔導士たちに任せながら俺たち物理攻撃勢は通常の魔物を倒しつつ屍竜ドラゴンゾンビへ迫る。
 屍竜のブレスは氷竜や火竜に比べると射程が短い。その代わりに毒を寄こしてくるのだが、毒を食らったとしてもアガーテがキュアの杖を持っているから問題ない
 流石に敵の数が多く、肩で息をしている者も数名見当たる。しかし、あと少しで最後の屍竜に攻撃が届く距離まで迫ったその時だった。
 歓喜とも憎悪ともとれる咆哮を上げながら、邪竜ロキは長い年月をかけ弱まった封印の呪縛を振り解き祭壇から降りてきたのだ。

 邪竜の力と自由を抑え込んでいた封印が完全に解けたのだ。それに伴い数人が恐怖に包まれたようで行動不能に陥っている。
 オニキスとアマンダは流石に素早い対応でそれぞれフェイス様とアガーテを連れ退避している。しかし竜の姿をとっていたフギンたちはその巨体のせいで回収のしようが無い。

「二人とも、大丈夫だ! 僕たちが一緒に居る!」
「歩けるようなら少しずつで構わない、皆のところまで退避するんだ!」

 フギンたちは俺たちと邪竜ロキの間に立つ形で立ち竦んでいる。このままではマズいと走り出したのは俺だけではなかったようで、隣には神剣スクルドを携えたルイス王子の姿があった。

「ハールどもの助けが無ければ、我らと渡り合うことも出来ぬくせに威勢だけはいい」

 フギンたちの前に庇うように躍り出た俺たち二人を一瞥すると、邪竜ロキは忌々し気な視線を寄こしてくる。
 特にルイス王子はアイリス王国の初代国王でもあるベオウルフの面影を残す少年だ。邪竜ロキがそういった視線を向けてくるのも無理はない。

「そういえば大昔にも貴様と似たような目をした小僧がいたな。さして強くも無いくせに、聖者と持て囃されておった狂人の隣に立っていた騎士などという下らぬ生き物……はて、名は何だったか。人間どもの名は覚えづらくて困る。まあ、取るに足らぬ存在であろう。近くに居た赤子ひとりも救えなかったような輩だからな」

 この挑発はルイス王子をピンポイントで煽る小芝居だ。恨みっぽい邪竜ロキが相手の顔と名を忘れるはずが無い。その証拠に神話に登場した邪竜ロキを退治する勇者たちの名は、終章で対応する神器持ちと戦闘になったときに邪竜ロキの口から聞くことが出来る。

「確かに僕たち人間は弱い。君たち竜族からみれば、ちっぽけな存在かもしれない」

 ルイス王子は神剣を構え直す。彼の剣技は下段に構えることが多いのだが、珍しく上段の構えだ。これはもしかして原作ゲームにあったルイス王子専用の必殺時モーションなのではないだろうか。呼吸を整えるように一つ瞼を閉じたあと、再びその眼を開き勢いよく邪竜ロキに切りかかる。

「それでも! 誰かのため精一杯に生きているのを、たった一つささやかな幸せを踏みにじろうとするお前は許すわけにはいかないんだ!」

 まだ後方の屍竜が残っている以上、二正面での戦闘は危険が伴う。ルイス王子は素早い動きが得意なので今更引き留めるのは不可能だろうし、逆に危険だろう。ならば一撃叩き込んだ直後に、邪竜ロキが怯んだ隙をついて首根っこを掴んででも退避させるしかない。
 怒りをパワーにすることは悪いことではない。しかしこの後の戦闘でも指揮官として冷静な判断を下してもらうためにも、ルイス王子には少し頭を冷やして貰ったほうが良い。

 ルイス王子の持つ神剣スクルドが邪竜ロキの足を切り裂くと、その拍子にバランスを崩したのか大きな体が派手に傾く。その巨体に押しつぶされる前にルイス王子の上着の襟首を掴み、マーリンたちが居るほうへと勢いよく放り投げる。俺自身もその場を離脱ようと足を動かす。
 しかしさすがの邪竜もただでは後退させてくれないようで、固い鱗に覆われた尾が勢いよく迫りくるのが見える。
 回避は不可能だと判断し防御の体制を取る。片腕が折れて使い物にならなくなるかもしれないが、守備動作に入らないよりはましだ。

「ぐっ!」

 貰っているバフが多いのもあったのか骨折は免れた。その代わりにそう何度も受けるのは危険そうだ。
 攻撃を受けた時に衝撃を受け流しながら聖剣テミスで切りつけたが、ローレッタの神器のようなダメージが出ないのは原作通りである。こればかりは補正比率の問題なので仕方ないのかもしれないが、こんな時ばかりは黒やんに恨み言の一つでも言ってやりたくなる。

 転がるようにその場を離脱し邪竜の攻撃範囲から離れる。邪竜ロキの攻撃手段の中でブレスだけは射程が弓と同じくらい長い。目測になってしまうが、これだけ離れれば問題ないはずだ。

「何かと思えばその剣。大昔にかの邪神を封じ込めた剣か」

 俺が聖剣で切り付けた場所を見ながら邪竜ロキは何かを企んでいる。間違いなく俺を煽るための言葉を出してくるのだろう。

「たかだか千数百年でここまで劣化するなど神竜族の聖剣も大した力が無いな。太古の勇者に比べたら貴様の攻撃など羽虫に刺された程度よ」

 アンティークだなんて言葉では言い表せないほどに古い聖剣に対して、これは寧ろ正論なのではと感心してしまうところだ。しかし後ろからマーリンとシスル王国騎士の二人が怒りを孕んだ視線を向けているのを感じる。
 なるほど。俺以外への有効な挑発だったか。前世の記憶があるのだからオニキスは引っかかるなよと思ったが、さすがにこの三人は感情に任せて切り込むようなことはしないようだ。
 マーリンに関しては下がらせたばかりのルイス王子を窘めている最中だったのもあって、いっそう冷静さを保とうとしているのだろう。

「そういうお前こそ、もう仲間の竜族がいなくなってるぞ?」

 背後から聞こえてくる最後の屍竜が倒れ伏す音を確認したところで、俺は邪竜ロキにそう切り返す。
 邪竜ロキには熱狂的な信者という存在がほとんど存在しない。原作ゲームからして皇帝家は彼の血をドーピングアイテム程度にしか見ていなかったし、魔女キルケもマーリンへの復讐に丁度いいと身を寄せていただけに過ぎない。
 そしてローレッタ軍は、ここに辿りつくまでに帝国に住まう全ての竜族を殺し尽くしたわけでもない。慎ましく平和に暮らすことを求めるものや、氷竜族や神竜族のようにこの大陸から去ることを考えているものも居たそうだと聞いている。

「我に仲間など不要ぞ。我はロキ。よこしまを司り、愚かな人間たちに絶望をもたらす竜」

 邪竜ロキは再び大きな咆哮をあげると、勢いよく辺りにブレスをまき散らす。尾撃ドラゴンテイルと違い、邪竜の息吹ブレスは直撃すればHPが最低でも半分は吹き飛ぶ威力がある。邪竜ロキは今までに登場したどんな敵よりもステータスが高いので、ルイス王子やマーリンからのバフと、ローレッタの神器による補正があってやっと倒せるくらいの敵だ。
 さて、これを俺の補正を貰って上がっているはずなのに、高ステータスの邪竜に殆ど打ち消されている回避率でやり過ごせるだろうか。

「エリアス殿!」

 俺を庇うようにオニキスが飛び込んでくる。おそらく聖騎士パラディンのスキル【護衛の心得】で俺と邪竜の戦闘に横入りし、代理で戦闘を行ったのだろう。邪竜の息吹による周囲への固定ダメージばら撒きの被害分しか俺のHPは減少しておらず、オニキスは満身創痍とまではいかないが結構なダメージを受けているように見える。

「オニキス殿!」

 流石に心配になり軽く膝をついたオニキスに手を貸しにいく。しかし俺の心配をよそに、オニキスは神槍を支えに立ち上がるとやる気に満ち溢れた表情を見せる。

「私の心配は無用だ。この痛みも含め、邪竜ロキにはしっかりと反省していただこうか」
「オニキス殿、地上で待つメテオライト様への手土産は邪竜ロキの首で良いだろうか?」

 彼らが信仰する女神を侮辱されたことにかなり腹を立てているようだ。オニキスより少し遅れてこちらに合流してきたオブシディアンが、ただでさえ怖い顔をさらに恐ろしくしている。

「あれが二度と口を開かぬよう焼き付けるのは任せて貰おう」

 もともと所属が一緒の騎士二人は当たり前として、同じく合流してきたマーリンまで見事な連携で邪竜ロキに攻撃を繰り出している。軍神であるハール神よりも正義と秩序の女神の信徒のほうが好戦的なのは如何なものかと思うが、それだけ彼らは熱狂的な信徒だという事なのだろう。

「あの程度の挑発に乗るだなんて馬鹿なことはしないと判っていたけれど、馬鹿にされっぱなしと言うのは気に入りませんわね。オニキス様たちだけで倒しきってしまわないうちに、もう二・三撃くらわせて差し上げなさいな」

 俺の怪我を治療しながらミシェルがいう。俺たちは二人とも原作では散々な言われようの性能だったが、なんやかんやで最後の戦いにまで参加している。ここでもうひと踏ん張りすれば、向こう数百年のあいだローレッタ大陸は平和になる。

「たしかに。信徒の三人があれだけ怒ってくれているのに、加護を貰っている俺が『ああ、そうですね』は良くないな」
「さあ、私たちも参りますわよ!」
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