翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第一部おまけ

オニキス02.リリエンソール渓谷の戦い・下

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※前回の続き(20話以降21話あたり)

 ようやく見つけた彼女――氷の魔女ミシェルは、まるで絵画の中から飛び出してきたのではないかと思えるほど美しい女性であった。
 氷の破片が周囲に散らばり光を反射することでキラキラと輝くさまは、なんとも神秘的ではないか。さながら氷の女神といったところだろうか。私は周囲の敵を薙ぎ払いながら氷の魔女との距離を一気に詰める。

「リリエンソール家のミシェル嬢だね? 悪いがご同行願おう」

 首筋に槍先を突きつけながらとなってしまったが、普通はこうなるであろうことはなんとなく予想していた。この状況で唐突に口説きはじめれば相手も驚いてくれるかもしれないが、急に話題を変えられるほど私は器用ではなかった。

「はい喜んで!」
(……ヘリオドールの案がまさかの成功だと? いったいどうなっている?)
「それで本日は、どのようなご用件で私に会いに来てくださったのかしら?」
「全く警戒されていないというのは有り難いが、少しは警戒してくれないか。私はローレッタ聖王国に敵対するものだぞ?」

 何故だ。何故こんなにもあっさり彼女は降ってきたのだ? そうか罠か。罠なのだな。私の幸運は3しかない。運の悪さはそれなりに自信がある。
 もしこの距離で彼女からの魔法攻撃を受けたなら間違いなく即死圏内だ。スキルで必殺の一撃は防ぐことが出来ても、被ダメージは減らすことが出来ない。流石は権謀術数を得意とするリリエンソール公爵家、油断すれば即座に首を取られる。

「愛の前ではそんなもの無意味よ。諦めて婿に来なさい」

 そう言い切ったミシェルの表情はどこかで見た表情だった。あれは忘れもしない――前世で兄と一緒にジャンルの沼に引きずり込んだ妹だ。オニキスに一目ぼれした小百合さゆりは、こんな感じの表情でニコニコ笑うようになったのだ。

「君が嫁いで来るのは駄目なのか?」

 だがシミュレーションRPG【月虹のレギンレイヴ】に登場する敵国の騎士オニキスは、前世でも女性人気が高かったキャラクターだ。妹と似たような嗜好の転生者という可能性もある。しかしであれば妹が書いていた夢小説のネタが役に立つのではなかろうか?

 妹とは共有のパソコンだったので履歴などを辿れば、どういったサイトを見ていたかは解る。その中にあった二次創作などの投稿サイトに掲載していたのを、出かけた時にコッソリ読んでいたから内容はバッチリである。
 出来る限り甘い声音でミシェルの頬に手を添える。私の装備している小手は指先が鋭い爪のようになっているので、彼女の柔肌を傷付けないよう慎重を期した。

「やだ、オニキス様ったら大胆」

 私の対応にミシェルは赤らめた頬を手で包むようにして隠した。年相応にはしゃぐ姿は可愛らしいものだが、その表情には何か打算が見え隠れした。
 恐らく私は、この場にまんまと誘い込まれたのだろう。一国の正規軍――それも名の知れた指揮官である人物の周辺が、こんなに手薄なわけがないのだ。

「冗談はさておき、私にはある目的がある。その為に神器と、それを扱える優秀な戦士を集めているのだ」
「神器を?」

 一つ咳払いをしたのちに少し屈み、私よりも遥かに小柄な彼女の耳元で囁くように話を続ける。先ほどのやり取りであれば周りから見ればふざけているようにしか見えないだろう。
 だがその片割れが打算に生きるリリエンソール公爵家の人間となれば話は別だ。こちらを手玉に取るなどして、この絶望的な状況を打開してくれるのではないか――そう期待する視線をミシェルに向けている者が少なからず存在している。兵種クラスに関わらず騎士団に所属しているのであれば立派な騎士だ。それが何とも情けない。

「私に扱えるのは神槍ゲイレルルのみ。このリリエンソール領に封じされているはずの【神弓シグルドリーヴァ】を扱えそうな者は、先日どうにか協力を漕ぎ着けたのだがな」
「魔導士の類が見つかってないから私を誘ったのね?」
「そうだ、貴女の力が欲しい。この大陸において神器を扱える魔導士は、氷の魔女と呼ばれるミシェル嬢。それから会えるとも判らぬ古の魔女の後継者くらいなものだろう」

 これだけ言えば彼女も私が転生者だと気付くだろう。それに神弓の話題を振った時の反応からして、やはり彼女も転生者で間違いなさそうだ。そうでなければ、ここまで順調に話は進まないだろう。

「まあ! 随分と情熱的ね。でも魔導士といえば貴方の国の王子さまは? 国外追放された身だと聞いてはいるけど、彼も魔道の才能があるでしょう」
「メテオライト様は私もずっと探している。しかしいくら心当たりを探しても、全く見つからなくて困っているのだ」

 ゲームで仲間になったキャラクターの動向であれば彼女も気になるだろう。ローレッタ聖王国内で見掛けたり、噂程度でも聞いているかもしれない。ヘリオドールたち一部の騎士だけではなく、シスル王国軍がルイス王子たちと共に忌まわしき邪竜ロキと戦うには時間との勝負なのだ。

「ふ~ん。ねえ……私ね、メテオライト王子に会える心当たりがあるのだけど……」
「随分とあっさり付いてきたから、何かあるとは思ってはいたが……そちらの要求は?」

 相手が相手なだけに返事が怖い。だがこうなった以上は引くことができないのはお互い様だ。いざとなれば武力行使でどうにでもできる。私は彼女に悟られない範囲で槍を握りなおした。

「フェイス様の護衛への手伝いを出して頂けませんこと? 王族を国外へ逃がさなきゃいけないのに、一部のアホどもが『聖王国軍は優秀だから王都まで敵は攻め込んでこない』とか寝言をぬかしやがりましたの。そのせいで私の大事な大事なフェイス様が、まだ戦乱真っただ中のローレッタ国内におりますの」
「ミシェル嬢、言葉遣いがよろしくありませんよ」
「あら、ごめんあそばせ。ここ数百年はさほど大きな戦いもなく、兵の質も実戦をよく知ってる貴国から見れば子供の遊びみたいな騎士しか居ない国なもので。その情けなさを思い出したらつい」

 彼女からの依頼もとい協力関係になるにあたっての交換条件が『フェイス王女の護衛強化』であれば、こちらとしても特に問題はない。現在の聖王であるエルドレッド陛下は腐敗の原因ともいえる存在だが、聞き及んでいる評判からして長子であるグレアム王子と並び保護すべき対象に違いないのだ。
 動かせる人材は限られるが、できることであれば信頼のおける人物が良いだろう。ヘリオドールとジェイドをやることが出来れば一番なのだが、この二人は良くも悪くも目立つ。なのでこれに関しては落ち着き次第、オブシディアンと相談して決めるしかないだろう。

「それでオニキス様は神器と勇士を集めて何をなさりたいのかしら?」

 捕らえたという体のミシェルを私の愛馬に乗せ、敵本陣を目指す道中――その質問は飛んできた。

「リンデン帝国と彼の国で崇められている邪竜……それを滅ぼす」

 シスル王国は建国以来、常に帝国の脅威に晒されてきた地だ。作物が育ちにくい過酷な環境と極寒の気候、度重なる帝国軍との戦いに多くの戦死者――そのせいで兵も民も疲弊していた。
 そんなときに追い打ちをかけるように宗主国であったローレッタ聖王国の役人たちからの無理難題に、ついに我慢の限界が来たのだろう。魔女キルケにそそのかされたマーティン陛下は自らの妻子を人質として差し出した挙句に、多くの民まで生贄として帝国に差し出したのだ。

 これに怒りを覚えるもの、嘆き悲しむものと様々居た。だが一番は私を慕いついて来てくれる騎士たちと同じように『神話のように邪竜ロキを打ち倒し、大陸に平和をもたらしたい』といったものが多かった。
 実際に過去の日記や記録などを漁ると、初代聖王リーヴ達が封印した直後から二百年弱は邪竜も帝国軍も大人しいものだったそうだ。その期間は帝国と交易などもしていたらしい。

 暫しの平穏でしかないのかもしれないが、疲れ切った故郷の皆の為にも私は進むしかないのだ。
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