翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第一部おまけ

メテオライト03.与えられた役割

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 霊峰ガリアから戻り早数日、帰ってきた瞬間に開始された仮縫いを経て作られた衣装が届けられた。さっそく着替えたはいいが正直いって、こういったデザインの服は何年も着ていなかったので襟元が窮屈で仕方が無い。

「取り急ぎ仕立てさせたものなので、ご満足頂けるかとうか……」
「十分でしょ。むしろこの短期間で、よくもまあ……こんなに手の込んだ刺繍ができたね。どこのご婦人の作品だい?」

 上着の見返し部分に施されたタイムの小枝とミツバチの刺繍は恐ろしく見事なものだ。羽織ってしまえば見えなくなってしまう部分に注ぎ込むには勿体ないほどである。
 刺繍が趣味の御夫人で思い当たるのは叔母上あたりだろうか。それともミスルトー侯爵家のメイドか。彼の家格であれば、それなりに良家の子女を行儀見習いとして預かっているかもしれない。

 シスル王国の騎士たちが身に着ける衣類には『勇気』を意味するタイムをあしらうのが慣例なのだが、これを施すのは女性というのが一般的だ。この刺繍は仕立て屋の仕事とは別である。専業の者はおらず、家事や仕事の合間に縫ってもらうのが常だ。なので一週間ほどしか時間が無かったのに、この出来上がりは驚嘆すべきである。

「我が全力を尽くしました」
「えっ……もしかしてこの刺繍、オブシディアンがしたの?」

 この国では雪深い冬を屋内で静かに過ごす。なので老若男女問わず、室内でできる趣味を一つ二つ持っているのが当たり前だ。僕もそれで楽器の演奏や歌唱を身に着けた。なのでオブシディアンの趣味が刺繍というのは特に違和感がない。無いのだが――

「お嫌でしたか……?」

 なんで僕のなんとも言えなくて困っている反応に、傷ついたような顔をするのかな? その猟犬みたいに怖い顔で残念そうにされても、こちらとしては反応に困るんだけど。

 まあ、それはさておき――役者も衣装も整った。あとは舞台へ上がるだけである。
 国境近くの砦に案内されると、駐屯していた騎士たちに出迎えられる。軽く挨拶を済ませたあとは予定通りに兵を分け、移動が開始された。

 前線で戦う兵たちは交代で休暇を取り、故郷や城に戻ってくることがある。なのでそういう設定の騎士たちに混ざりながら門をくぐる。シスル王国軍は人の入れ替わりが激しいので、隊長クラスの人間が居れば案外簡単に入り込めるのだ。

 城内へ悠然と足を踏み入れた僕の両脇にはジェイドとヘリオドールの二人、そして布に包まれた神槍ゲイレルルが控えている。オブシディアンには近隣諸侯の動きを見張ってもらっていて、僕と一緒に行動するといらない噂が立ちそうなミシェルにもそちらの手伝いを頼んである。
 僕たちが目的の場所へと真っすぐに進んでいくと、状況がまるで理解できていない使用人たちは道を開け、城内の警備をしている一部の騎士たちマラカイト将軍派はどうするべきか脳が処理しきれていないのだろう。あっけないほど簡単に父上が居ると思われる謁見の間に辿り着く。

 謁見の間の扉の前には、騎士が左右に一人ずつ立っている。しかしよく見知ったジェイドとヘリオドールが居るおかげか、さして警戒した様子は見られない。だが二人の間から姿を見せた僕の顔を見るなり、慌てて礼を取る。どうやら彼らは僕が誰なのかを理解できているようだ。様子からしてオニキス派の騎士かもしれない。

「帰還のご挨拶がしたいのだけど、父上はこちらであっているかい?」

 僕の問いかけに頷くと騎士たちは扉を開いてくれた。そのまま真っすぐと進むと、謁見の間に集まっていた文官たちがどよめき始める。
 集まっている文官たちの中には見覚えのある者たちも数人居た。そのうちの一人こそが、母上の実家であるラナンキュラス侯爵家の当主クォーツだ。僕にとっては伯父にあたる人物である。

「父上。どうもお久しぶりです。貴方とヘレンたちに追い出されたメテオライトですが、覚えておいででしょうか?」
「い……いい、今さら何の用だ!?」

 僕は後ろに控えているジェイドに持たせていた神槍ゲイレルルを手に取り、父上の眼前に突き付ける。凄く重いけど、ここは気合で頑張らないと格好がつかない。でもこうなった原因でもあるオニキスには、合流したら少し遊ばせてもらおう。

「父上の判断は目に余るので引退していただこうかと思いまして、こうしてご挨拶に伺いました」

 国を追われたことを理由に責任から逃げ続けたのは僕だ。しかし追い出した本人が余りにも無責任すぎる。国王としても、父親としてもだ。僕は口元にだけ笑みを携え、周囲を睥睨する。

「シスル王国の国王は王であると同時に、古くより聖王家に仕える騎士の一族です。もちろんローレッタ聖王国の爵位――シスル辺境伯の地位を持つことは、幼少期に家庭教師から習いましたよね? 特に我が国は唯一、リンデン帝国に隣接している防衛の要所。辺境伯という立場としては、近隣との利害関係で手のひら返しがあっても可笑しくは無いのかも知れません。ですが聖王国の騎士としての誇りを捨てるとは、随分と落ちぶれたものですね」

 とうの昔に戦死した兄たちに比べれば武闘派とはいいがたいが、現在生存しているシスル王家の人間では僕は十分に武闘派なのだろう。伯父上ラナンキュラス侯やその他の知った顔たちの僕を見る目は晴れやかだ。聖王国の守護者たりえる強い王を欲している彼らには、この程度のパフォーマンスで十分なのかもしれない。

「ヘリオドール! ジェイド! 貴様らこんなことをして、ただで済むと思うなよ!」
「おのれ……、オニキスの仕業か!?」

 伯父上ラナンキュラス侯たちとは別の一団――マラカイト将軍とその仲間たちが口々に罵声をあげ、中には剣を抜く者もいた。一直線に僕へ向かってくるも直前でジェイドに阻まれ、ヘリオドールの魔法の餌食になる。

「俺は生まれたときからメテオライトさまの友人で、騎士になるって決まってましたからね。昔お助けできなかった分、味方をするのは当然ですよ。なあ、ジェイド?」
「私もシスル王国の騎士の家に生まれたからには、その役割を果たしたいのです」

 大きな声が聞こえたからか謁見の間の扉が開き、兵たちが雪崩れ込んでくる。彼らは鮮やかな手際でマラカイト将軍派の文官や、将軍たちを取り押さえた。中には恨みのこもった眼で彼らを見つめている騎士もいる。

「流石に命までは取りませんよ。余生は離宮で静かに過ごしてくだされば結構ですので」

 これでシスル王国はこれ以上、リンデン帝国へ与することは無くなった。しかし再び攻撃を受けるようになるのも時間の問題である。帝国との国境である北部の前線は、対応になれた叔父上オブシディアンに指揮を任せることとなった。僕は一度、シスル王国の王子としてローレッタ聖王国へと向かわなければならない。

「まったく……オニキスったら僕を働かせすぎだと思わない?」

 馬車に揺られながら一人ぼやく。本来のシナリオではメテオライトにこのような役割は無い。しかし、いつの間にか増えていた僕の仕事はローレッタ聖王国の王都まで行かなければ果たせない。
 上着のポケットから取り出した巾着袋――これまた見事な刺繍が施されている。この中身――聖王国の至宝『月虹のレギンレイヴ』をグレアム王子に渡すのが訪問目的の一つだ。今の僕にとっては胃痛の原因でもある。

 でもまあ……彼らを見ていると飽きないし、気になることも残っている。この世界は黒谷累くろやるいの手を離れた。何が起こるかわからない。でも僕はそれが楽しみでならないのだ。
 転生するときに一度だけ話をした『神さま』に楽しんでもらえるかは置いておくとしても、与えられた役割は果たそう。

 僕はそのまま瞳を閉じ、到着するまで疲れた脳を休ませるために一眠りすることにした。
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