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第二部
第05話 年代記【陽炎・慈愛の聖女】
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タマキに連れられてやってきた今日の任務地は年代記【陽炎】の一節だ。このマップでは出典作品が違う俺には何の補正もつかない。しかし何故だか出撃メンバーに加えられている。そこから考えられることは一つしか無い、好感度のアップ狙いだ。
リコレクションズでは一緒に出撃すると、プレイヤーとキャラクターの間で好感度が少しずつ上昇する。そして最大値になったときに、キャラクターごとの指定アイテムを渡すと結婚まで出来るシステムになっていた。
俺はミシェル以外と結婚する気は無いので、こちらの世界に召喚された衝撃で紛失した指輪はなんとしてでも自力で見つけなくてはならない。幸いなことにリコレクションズに通常実装されていた原作のエリアスとの好感度アイテムは『メレディスに貰った刺繍入りのハンカチ』なので心配はいらない。
だが、もしタマキが俺の指輪を拾ってしまった場合は、どうにかして取り戻す必要がある。しかし俺の友人たちの誰かのものだと主張して、「渡しておくよ」って言うくらいしか思い付かないので、そんな嘘をつかずに済むように一刻も早く見つけ出したいものだ。
シリーズ二作目である【陽炎のレギンレイヴ】は【月虹のレギンレイヴ】と同じハードで発売されたゲームなので、システム面も全く同じの作品だ。黒やんの話によると大陸同士の位置関係も、それぞれの造船技術的に自由な行き来は難しいが船で六か月ほどの距離にあるらしい。
今日攻略に訪れたのは年代記【陽炎・慈愛の聖女】だ。歪みの内容は僧侶イヴの説得に応じて仲間になるはずの剣士ダリウスの説得が出来ず戦闘になる。しかし友軍で戦っているのはイヴの護衛騎士であるジーンだけなので、俺たちはイヴの護衛とダリウスの撃破に別れる必要がある。ダリウスは所謂ゲールノート系の剣士だ。なので個人スキルとして、女子供に対して与えるダメージが半減するものを持っている。
「懐かしい戦場だな」
槍を携えたセシル王子は年代記の中に再現された街並みを見据えると、感慨深そうにつぶやく。
原作である【陽炎のレギンレイヴ】において、この街はセシル王子の祖国ホークとはすぐ隣に位置するフェゼントとの国境の街だ。国境の街らしく国籍を問わない様々な品が商店に並び、闘技場も賑わっているような栄えた街である。
ダリウスはイヴの師である司祭のもとに身を寄せていた時期があり、二人にはもともと面識がある。しかしこの年代記では、イヴだけが一方的にダリウスを知ってる状況なのだ。
「セシル様。今回はお一人で敵陣の中央を突破したり、敵をおびき寄せる囮役を買って出たりしないでくださいね? 撤退ついでに敵将の首を取ってくるのも禁止です」
心配気にセシル王子に話しかけるもとい、注意をしているのは婚約者であるアイビスの王女であるナタリアだ。
セシル王子はルイス王子に比べると好戦的な性格をしている。原作での行動も含めて、セシル王子には単騎で戦場を暴れまわる前科が複数ある。なのでナタリア王女からこうして注意を受けるのは、もはやお約束となっている。
「わかっている。まったく、ナタリアは心配性だな」
「セシル様は放っておくとすぐに無茶をなさいますから」
仲のいい同盟国同士というのもあり、幼いころから付き合いがあるらしいセシル王子とナタリア王女は、こんな感じで兄妹のように仲のいい恋人同士だ。
「セシルさんとナタリアさんは私と一緒にダリウスさんの撃破に。エリアスさんはラファエルさんと二人で敵の増援からイヴさんを護って下さい」
タマキの指示により俺たちは二手に分かれる。このマップは敵が弱いのだが、その代わりに毎ターン終わりに敵の増援が二~三体ほど出現してイヴを狙って移動をする。増援で出てくるのは歩行剣士系だけなので、俺のスキルがあれば防衛は問題ない。なので前線はタマキたち三人に任せれば大丈夫だろう。
可哀そうだが、ラファエルはイヴの肉壁だ。弊セフィロトにはこのマップでステータスに補正を貰える陽炎キャラが少ないので、弓兵である彼も駆り出されたらしい。俺たちが陣取ることになる細い通路で敵が渋滞を起こしてくれれば、歩行の弓兵であるラファエルは三マス先の敵を射かけることができるだろう。なお俺たち二人の回復はそれぞれが持っている傷薬と、イヴが持つヒールの杖頼りである。
「オーフェリア様の盾になら、喜んでいくらでもやるのに……」
ラファエルは敵の攻撃を受けながら服ビリ状態になっては、イヴに治療され元通りになるのを繰り返している。どうやら彼は敬愛する主君がいないせいで、いまいちやる気が出ないらしい。
好きな人が一緒じゃないだけでやる気をなくしていいのなら俺もテンションだだ下がりだが、大図書館に戻れば愛しの彼女が出迎えてくれて『おかえりなさい』イベントが発生するのだと思えば美味しいので寧ろやる気が出る派だ。
「ラファエル殿。もう少し気合いを入れて戦えとは言わないが、真面目にやってくれ」
「ああ、すまん。……はぁ~」
駄目だコイツ。『亡国の王女』と一緒に登場する『イケメン貴族』の中では比較的きちんと求愛行動を取っていた男だが、その分なのか他の同じような立場の奴に比べると戦場に向いていない。ちなみに宰相の息子である。
「ラファエルさま、そのように戦場でぼうっとされていては危険です。貴方の身に何かあったら、オーフェリア様は誰が支えるのですか」
鶴の一声ならぬイヴの一声で、ラファエルがはっと顔を上げる。これではどっちが助けに来たのか判ったもんじゃない。ラファエルは愛しの主君の名を何度も反復しながら自らを鼓舞しているようだ。
「ダリウスはなぜ、私の話を聞いてくれないのでしょう……」
「あとで軍師から説明があると思うけど、悪い奴が彼に取り憑いているだけだから大丈夫さ」
「少し怪我はさせるだろうが、シスターが治療してあげてくれ」
俺がイヴを励ましていると、いつの間にか完全復活したラファエルは『花の貴公子』の異名に恥じない表情になっていた。しかしイヴには彼の色香は通じないので無意味である。
俺たちはマップの隅にあるL字型の場所に陣取っているので、イヴの防衛は問題無さそうだ。すぐそこにある民家の住民には悪いような気もするが、ここしか丁度良い防衛場所が無いのだから仕方が無い。
しかしラファエルは敵に攻撃されると、やはり被ダメージが多いようだ。服ビリ状態になっては直しての繰り返しである。
「なんでこの大陸には回避率の概念が無いんだ!」
弓を射ながらラファエルが叫ぶ。俺もラファエルも原作で回避率が特別高かったわけではないが、これは俺も言いたい。だって痛い。リコレクションズではHPがゼロになっても死亡ではなく、撤退扱いなシステムなのは嬉しい。でも切られたり刺されたりすると痛いのだ。ダメージは主に衣服が受けるのだが、それでも痛いものは痛い。
出現し続ける敵の増援に対処していると、ふと周囲が静まり返る。先ほどまでは遠くからも敵軍の怒号などが聞こえてきていたはずなのに、それすらも聞こえてこない。遠目にはセシル王子がダリウスを槍で貫いたのが見えた。
「えっ!? ええっ!? ラファエルさま! だっ、ダリウスの! ダリウスの口から、奇怪な化け物が!」
タマキたちは歪みの精を引き摺り出すことが出来たようで、それを見たイヴが慌てふためく。状況が上手く飲み込めないのだろう、ラファエルの上着の裾を勢いよく引っ張っている。
まあ普通に考えれば、知り合いの口から人間の赤ん坊程度の大きさをしたクリオネが出て来たら卒倒してもおかしくない。
このマップは壁や民家が多いので歪みの精を取り囲むのは容易いだろう。ダリウス撃破後は敵増援の出現が止まるので、既に出現済みだった分の敵を片付けながら俺たちもタマキたちに合流するため移動する。
さすがに一体だけだったのでセシル王子たちで倒せたようだ。俺たちが合流したころにはマップクリア後のイベントが始まっていた。イヴは倒れるダリウスに寄り添い治療を施しているようで、ヒールの杖が淡い光を放っている。
出撃メンバーに居なくても登場するドルフによるイヴたちへの説明も終えて帰還の途につこうとしたそのとき、俺たちは何者かによる魔法攻撃を受ける。咄嗟に防御して大事には至らなかったが、無防備なところに直撃していれば間違いなく戦闘不能になっていただろう。
「はははっ! さすがにこの程度は避けるか」
攻撃してきた相手が誰なのかは前世の記憶で知っていた。敵勢力の幹部である闇の司祭アディシェスだ。美しい容姿をあえて崩しているかのような派手な外見をしていて、僧侶系だと思われるのに攻撃魔法を操ってはプレイヤーたちの前に何度も立ち塞がる。
「また貴方ですか。いったい何の用です!」
「この物語を取り返したのを褒めに来てやったのだ。素直に受け取るがよい」
このイベントはアディシェスとの二度目の遭遇にあたるので、警戒心をあらわにしたタマキが叫ぶ。するとアディシェスは高く笑いながら何かを投げつけてくる。しかしそれをドルフが剣で弾き飛ばす。投げつけられたのは『爆雷の玉』と呼ばれるアイテムだ。範囲内の敵全員に固定ダメージを与えるものなのだが、ドルフの持つ剣の特別性を見せるためのイベントなので爆雷の玉が破裂することはない。
「大きな音がしましたが、大丈夫ですか?」
最初に受けた魔法攻撃による大きな音を聞きつけたイヴたちが追い掛けてきてくれたようだ。持っている杖を握りしめながら俺たちの無事を確認すると、胸をなでおろしているのが判る。しかしアディシェスの存在を確認したところで、その邪気に気が付いたのか表情を強張らせた。
「貴方がダリウスをこんな目に合わせたのですか?」
イヴは先ほどドルフに説明された話もあってなのか、アディシェスをきつく睨みつける。
「これはこれは慈愛の聖女さま。お優しい貴女には似つかわしくない険しいお顔ですね」
「私だって大切な方を傷付けられれば怒りもします」
先ほどの説明の途中でダリウスは意識を取り戻した。勿論だが、大神殿に居るはずのイヴがこの街に居ることに驚いていた。状況からして彼は歪みの精に『イヴと過ごした記憶』を封じられていたらしい。
そんなこともあってダリウスの表情にも怒りが滲んでいる。『剣鬼』の異名を持つだけあり、その威圧はなかなかのものだ。
一触即発の雰囲気が漂い、どちらが先に仕掛けるかといった状況になったとき。もう一人、敵勢力の人間が姿を現した。
「アディシェス殿、勝手な行動は慎みたまえよ」
「軍師殿か。いやはや、このような場所までご苦労なことだ。なに、ちょっと遊んでいただけだよ」
黒いローブに身を包んだフードの男。彼こそが敵勢力の軍師である。キャラクター名は不明で、ゲーム中では『???』や『フードの男』と表示される。男が来ているローブの見た目はアバターの初期衣装、つまりタマキが着ているローブと色違いのデザインのものを身に着けている。この衣装に関してはいろいろと考察が捗るようで、大まかに分けて『敵軍師はプレイヤーの影』派と『この大陸の軍師の衣装』派に別れていた。
「今回は見逃してやるからさっさと大図書館へ帰るがいい」
「人数の上ではこちらが有利ですよ」
「タマキとかいったな。まだまだ未熟なお前が知恵比べの化かし合いで俺に勝てると思っているのか?」
「そんなのやってみないと判んないですよ!」
ローブの男は見下すようにタマキに向かって言葉を吐き捨てる。俺たち異大陸の英雄には、見向きもしていないようだ。フードの裾からちらりと見えた金色の瞳が怪しく光るのを察した。
恐らくだがフードの男は竜族だろう。俺が過去にマーリンと旅をしていた時に相対した悪竜たちや、フギンたち双子と同じ不思議な形の瞳孔をしているのが遠目でも判る。
「止めるんだタマキ」
「何で止めるんですかドルフさん!」
「少し冷静になってくれ。彼らは歪みの精を自在に操ることができる。年代記の中にいる今、存在する生物はすべて汚染される可能性がある」
ドルフはタマキの肩を掴むと撤退を薦めるように動くも、タマキには引くつもりがないようだ。
このイベントはゲーム内ではドルフに言われるまでもなく大図書館へと逃げ帰ることになる筈なのだが、どうやらこの世界では違ったらしい。
「ケテル家の侯弟は賢明だな。そちらのほうがよほど軍師に向いている」
フードの男が魔導書を構え術式を構築すると、いくつかの光の砲弾が飛んでくる。俺たちは手分けしてそれを防ぎ攻撃をしのいでいると、ドルフの持つ剣が魔法を吸収するように輝く。
「ほう……それは光剣アインか。進化するところを見るのは、いつ以来だったか」
そういいながら小さく笑みを浮かべると、フードの男はアディシェスと共にワープで去っていった。
周囲は彼らに受けた攻撃でいくつかのクレーターが出来ている。比較的歩きやすい場所を選びながら集まると、怪我の治療を受ける。
「タマキさんたちは、あの者たちと戦っているのですよね? でしたらどうか私にもお手伝いをさせてください」
「えっと、それはガチャ運が……。いや、縁があればきっと大丈夫です」
治療を済ませ年代記の入り口である小径まで戻ってくると、見送りに来てくれたイヴたちに挨拶を済ませ門を潜る。大図書館に戻ると見張り役の職員に実働部隊の招集を頼む。先ほどのフードの男の存在を皆に知らせておくためだ。実働部隊の作戦室に主だった人員が集まると、先ほどの遭遇をドルフが簡潔に説明する。
「アディシェスのことは皆も既に知っての通りだが、黒いローブの軍師は今までに観測されていないイレギュラーだ」
「邪悪の樹から新たな悪魔が生まれたという事ですか?」
アディシェスたちが拠点としている塔『邪悪の樹』は、十体の悪魔を生み出しては歪みの精を指揮させている。そこへ更にもう一人追加されたとなると警戒もするのだろう。アナベル隊長をはじめとする大図書館の人員はその表情を険しくしている。
「それともう一つ重要な報告がある。僕が光竜から使用許可を貰い、現場で使用している光剣アインの形状が変化した。このあと司書には、この神器に関連する文献を集める手伝いを頼みたい」
「神器が進化したという事ね。それなら次の十侯会議で他の侯爵たちにも伝えておくわ」
「はい。お願いします」
ドルフの専用武器である『光剣アイン』はシリーズ初の進化型神器である。進化の条件はシナリオの進行度に依存するので、極端な話をすれば彼を育成しなくても武器だけは進化する。
先ほどのイベントも含めてこの説明が入ったということは、タマキは本当に最近遊び始めたのだろう。このイベントは年代記と邪悪の樹を三分の一ほどまでクリアしないと発生しないのだ。
会議が終わったあとは司書たちが調べ物で出払ったという事で、俺たち年代記の英雄たちは自由時間となり思い思い過ごすこととなった。
リコレクションズでは一緒に出撃すると、プレイヤーとキャラクターの間で好感度が少しずつ上昇する。そして最大値になったときに、キャラクターごとの指定アイテムを渡すと結婚まで出来るシステムになっていた。
俺はミシェル以外と結婚する気は無いので、こちらの世界に召喚された衝撃で紛失した指輪はなんとしてでも自力で見つけなくてはならない。幸いなことにリコレクションズに通常実装されていた原作のエリアスとの好感度アイテムは『メレディスに貰った刺繍入りのハンカチ』なので心配はいらない。
だが、もしタマキが俺の指輪を拾ってしまった場合は、どうにかして取り戻す必要がある。しかし俺の友人たちの誰かのものだと主張して、「渡しておくよ」って言うくらいしか思い付かないので、そんな嘘をつかずに済むように一刻も早く見つけ出したいものだ。
シリーズ二作目である【陽炎のレギンレイヴ】は【月虹のレギンレイヴ】と同じハードで発売されたゲームなので、システム面も全く同じの作品だ。黒やんの話によると大陸同士の位置関係も、それぞれの造船技術的に自由な行き来は難しいが船で六か月ほどの距離にあるらしい。
今日攻略に訪れたのは年代記【陽炎・慈愛の聖女】だ。歪みの内容は僧侶イヴの説得に応じて仲間になるはずの剣士ダリウスの説得が出来ず戦闘になる。しかし友軍で戦っているのはイヴの護衛騎士であるジーンだけなので、俺たちはイヴの護衛とダリウスの撃破に別れる必要がある。ダリウスは所謂ゲールノート系の剣士だ。なので個人スキルとして、女子供に対して与えるダメージが半減するものを持っている。
「懐かしい戦場だな」
槍を携えたセシル王子は年代記の中に再現された街並みを見据えると、感慨深そうにつぶやく。
原作である【陽炎のレギンレイヴ】において、この街はセシル王子の祖国ホークとはすぐ隣に位置するフェゼントとの国境の街だ。国境の街らしく国籍を問わない様々な品が商店に並び、闘技場も賑わっているような栄えた街である。
ダリウスはイヴの師である司祭のもとに身を寄せていた時期があり、二人にはもともと面識がある。しかしこの年代記では、イヴだけが一方的にダリウスを知ってる状況なのだ。
「セシル様。今回はお一人で敵陣の中央を突破したり、敵をおびき寄せる囮役を買って出たりしないでくださいね? 撤退ついでに敵将の首を取ってくるのも禁止です」
心配気にセシル王子に話しかけるもとい、注意をしているのは婚約者であるアイビスの王女であるナタリアだ。
セシル王子はルイス王子に比べると好戦的な性格をしている。原作での行動も含めて、セシル王子には単騎で戦場を暴れまわる前科が複数ある。なのでナタリア王女からこうして注意を受けるのは、もはやお約束となっている。
「わかっている。まったく、ナタリアは心配性だな」
「セシル様は放っておくとすぐに無茶をなさいますから」
仲のいい同盟国同士というのもあり、幼いころから付き合いがあるらしいセシル王子とナタリア王女は、こんな感じで兄妹のように仲のいい恋人同士だ。
「セシルさんとナタリアさんは私と一緒にダリウスさんの撃破に。エリアスさんはラファエルさんと二人で敵の増援からイヴさんを護って下さい」
タマキの指示により俺たちは二手に分かれる。このマップは敵が弱いのだが、その代わりに毎ターン終わりに敵の増援が二~三体ほど出現してイヴを狙って移動をする。増援で出てくるのは歩行剣士系だけなので、俺のスキルがあれば防衛は問題ない。なので前線はタマキたち三人に任せれば大丈夫だろう。
可哀そうだが、ラファエルはイヴの肉壁だ。弊セフィロトにはこのマップでステータスに補正を貰える陽炎キャラが少ないので、弓兵である彼も駆り出されたらしい。俺たちが陣取ることになる細い通路で敵が渋滞を起こしてくれれば、歩行の弓兵であるラファエルは三マス先の敵を射かけることができるだろう。なお俺たち二人の回復はそれぞれが持っている傷薬と、イヴが持つヒールの杖頼りである。
「オーフェリア様の盾になら、喜んでいくらでもやるのに……」
ラファエルは敵の攻撃を受けながら服ビリ状態になっては、イヴに治療され元通りになるのを繰り返している。どうやら彼は敬愛する主君がいないせいで、いまいちやる気が出ないらしい。
好きな人が一緒じゃないだけでやる気をなくしていいのなら俺もテンションだだ下がりだが、大図書館に戻れば愛しの彼女が出迎えてくれて『おかえりなさい』イベントが発生するのだと思えば美味しいので寧ろやる気が出る派だ。
「ラファエル殿。もう少し気合いを入れて戦えとは言わないが、真面目にやってくれ」
「ああ、すまん。……はぁ~」
駄目だコイツ。『亡国の王女』と一緒に登場する『イケメン貴族』の中では比較的きちんと求愛行動を取っていた男だが、その分なのか他の同じような立場の奴に比べると戦場に向いていない。ちなみに宰相の息子である。
「ラファエルさま、そのように戦場でぼうっとされていては危険です。貴方の身に何かあったら、オーフェリア様は誰が支えるのですか」
鶴の一声ならぬイヴの一声で、ラファエルがはっと顔を上げる。これではどっちが助けに来たのか判ったもんじゃない。ラファエルは愛しの主君の名を何度も反復しながら自らを鼓舞しているようだ。
「ダリウスはなぜ、私の話を聞いてくれないのでしょう……」
「あとで軍師から説明があると思うけど、悪い奴が彼に取り憑いているだけだから大丈夫さ」
「少し怪我はさせるだろうが、シスターが治療してあげてくれ」
俺がイヴを励ましていると、いつの間にか完全復活したラファエルは『花の貴公子』の異名に恥じない表情になっていた。しかしイヴには彼の色香は通じないので無意味である。
俺たちはマップの隅にあるL字型の場所に陣取っているので、イヴの防衛は問題無さそうだ。すぐそこにある民家の住民には悪いような気もするが、ここしか丁度良い防衛場所が無いのだから仕方が無い。
しかしラファエルは敵に攻撃されると、やはり被ダメージが多いようだ。服ビリ状態になっては直しての繰り返しである。
「なんでこの大陸には回避率の概念が無いんだ!」
弓を射ながらラファエルが叫ぶ。俺もラファエルも原作で回避率が特別高かったわけではないが、これは俺も言いたい。だって痛い。リコレクションズではHPがゼロになっても死亡ではなく、撤退扱いなシステムなのは嬉しい。でも切られたり刺されたりすると痛いのだ。ダメージは主に衣服が受けるのだが、それでも痛いものは痛い。
出現し続ける敵の増援に対処していると、ふと周囲が静まり返る。先ほどまでは遠くからも敵軍の怒号などが聞こえてきていたはずなのに、それすらも聞こえてこない。遠目にはセシル王子がダリウスを槍で貫いたのが見えた。
「えっ!? ええっ!? ラファエルさま! だっ、ダリウスの! ダリウスの口から、奇怪な化け物が!」
タマキたちは歪みの精を引き摺り出すことが出来たようで、それを見たイヴが慌てふためく。状況が上手く飲み込めないのだろう、ラファエルの上着の裾を勢いよく引っ張っている。
まあ普通に考えれば、知り合いの口から人間の赤ん坊程度の大きさをしたクリオネが出て来たら卒倒してもおかしくない。
このマップは壁や民家が多いので歪みの精を取り囲むのは容易いだろう。ダリウス撃破後は敵増援の出現が止まるので、既に出現済みだった分の敵を片付けながら俺たちもタマキたちに合流するため移動する。
さすがに一体だけだったのでセシル王子たちで倒せたようだ。俺たちが合流したころにはマップクリア後のイベントが始まっていた。イヴは倒れるダリウスに寄り添い治療を施しているようで、ヒールの杖が淡い光を放っている。
出撃メンバーに居なくても登場するドルフによるイヴたちへの説明も終えて帰還の途につこうとしたそのとき、俺たちは何者かによる魔法攻撃を受ける。咄嗟に防御して大事には至らなかったが、無防備なところに直撃していれば間違いなく戦闘不能になっていただろう。
「はははっ! さすがにこの程度は避けるか」
攻撃してきた相手が誰なのかは前世の記憶で知っていた。敵勢力の幹部である闇の司祭アディシェスだ。美しい容姿をあえて崩しているかのような派手な外見をしていて、僧侶系だと思われるのに攻撃魔法を操ってはプレイヤーたちの前に何度も立ち塞がる。
「また貴方ですか。いったい何の用です!」
「この物語を取り返したのを褒めに来てやったのだ。素直に受け取るがよい」
このイベントはアディシェスとの二度目の遭遇にあたるので、警戒心をあらわにしたタマキが叫ぶ。するとアディシェスは高く笑いながら何かを投げつけてくる。しかしそれをドルフが剣で弾き飛ばす。投げつけられたのは『爆雷の玉』と呼ばれるアイテムだ。範囲内の敵全員に固定ダメージを与えるものなのだが、ドルフの持つ剣の特別性を見せるためのイベントなので爆雷の玉が破裂することはない。
「大きな音がしましたが、大丈夫ですか?」
最初に受けた魔法攻撃による大きな音を聞きつけたイヴたちが追い掛けてきてくれたようだ。持っている杖を握りしめながら俺たちの無事を確認すると、胸をなでおろしているのが判る。しかしアディシェスの存在を確認したところで、その邪気に気が付いたのか表情を強張らせた。
「貴方がダリウスをこんな目に合わせたのですか?」
イヴは先ほどドルフに説明された話もあってなのか、アディシェスをきつく睨みつける。
「これはこれは慈愛の聖女さま。お優しい貴女には似つかわしくない険しいお顔ですね」
「私だって大切な方を傷付けられれば怒りもします」
先ほどの説明の途中でダリウスは意識を取り戻した。勿論だが、大神殿に居るはずのイヴがこの街に居ることに驚いていた。状況からして彼は歪みの精に『イヴと過ごした記憶』を封じられていたらしい。
そんなこともあってダリウスの表情にも怒りが滲んでいる。『剣鬼』の異名を持つだけあり、その威圧はなかなかのものだ。
一触即発の雰囲気が漂い、どちらが先に仕掛けるかといった状況になったとき。もう一人、敵勢力の人間が姿を現した。
「アディシェス殿、勝手な行動は慎みたまえよ」
「軍師殿か。いやはや、このような場所までご苦労なことだ。なに、ちょっと遊んでいただけだよ」
黒いローブに身を包んだフードの男。彼こそが敵勢力の軍師である。キャラクター名は不明で、ゲーム中では『???』や『フードの男』と表示される。男が来ているローブの見た目はアバターの初期衣装、つまりタマキが着ているローブと色違いのデザインのものを身に着けている。この衣装に関してはいろいろと考察が捗るようで、大まかに分けて『敵軍師はプレイヤーの影』派と『この大陸の軍師の衣装』派に別れていた。
「今回は見逃してやるからさっさと大図書館へ帰るがいい」
「人数の上ではこちらが有利ですよ」
「タマキとかいったな。まだまだ未熟なお前が知恵比べの化かし合いで俺に勝てると思っているのか?」
「そんなのやってみないと判んないですよ!」
ローブの男は見下すようにタマキに向かって言葉を吐き捨てる。俺たち異大陸の英雄には、見向きもしていないようだ。フードの裾からちらりと見えた金色の瞳が怪しく光るのを察した。
恐らくだがフードの男は竜族だろう。俺が過去にマーリンと旅をしていた時に相対した悪竜たちや、フギンたち双子と同じ不思議な形の瞳孔をしているのが遠目でも判る。
「止めるんだタマキ」
「何で止めるんですかドルフさん!」
「少し冷静になってくれ。彼らは歪みの精を自在に操ることができる。年代記の中にいる今、存在する生物はすべて汚染される可能性がある」
ドルフはタマキの肩を掴むと撤退を薦めるように動くも、タマキには引くつもりがないようだ。
このイベントはゲーム内ではドルフに言われるまでもなく大図書館へと逃げ帰ることになる筈なのだが、どうやらこの世界では違ったらしい。
「ケテル家の侯弟は賢明だな。そちらのほうがよほど軍師に向いている」
フードの男が魔導書を構え術式を構築すると、いくつかの光の砲弾が飛んでくる。俺たちは手分けしてそれを防ぎ攻撃をしのいでいると、ドルフの持つ剣が魔法を吸収するように輝く。
「ほう……それは光剣アインか。進化するところを見るのは、いつ以来だったか」
そういいながら小さく笑みを浮かべると、フードの男はアディシェスと共にワープで去っていった。
周囲は彼らに受けた攻撃でいくつかのクレーターが出来ている。比較的歩きやすい場所を選びながら集まると、怪我の治療を受ける。
「タマキさんたちは、あの者たちと戦っているのですよね? でしたらどうか私にもお手伝いをさせてください」
「えっと、それはガチャ運が……。いや、縁があればきっと大丈夫です」
治療を済ませ年代記の入り口である小径まで戻ってくると、見送りに来てくれたイヴたちに挨拶を済ませ門を潜る。大図書館に戻ると見張り役の職員に実働部隊の招集を頼む。先ほどのフードの男の存在を皆に知らせておくためだ。実働部隊の作戦室に主だった人員が集まると、先ほどの遭遇をドルフが簡潔に説明する。
「アディシェスのことは皆も既に知っての通りだが、黒いローブの軍師は今までに観測されていないイレギュラーだ」
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「それともう一つ重要な報告がある。僕が光竜から使用許可を貰い、現場で使用している光剣アインの形状が変化した。このあと司書には、この神器に関連する文献を集める手伝いを頼みたい」
「神器が進化したという事ね。それなら次の十侯会議で他の侯爵たちにも伝えておくわ」
「はい。お願いします」
ドルフの専用武器である『光剣アイン』はシリーズ初の進化型神器である。進化の条件はシナリオの進行度に依存するので、極端な話をすれば彼を育成しなくても武器だけは進化する。
先ほどのイベントも含めてこの説明が入ったということは、タマキは本当に最近遊び始めたのだろう。このイベントは年代記と邪悪の樹を三分の一ほどまでクリアしないと発生しないのだ。
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アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
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以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
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