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第二部
第13話 年代記【月虹・迷いの森】
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夏になって以来、ミシェルが俺の背中に顔を埋めていることが増えた。理由はなんとなく察しが付く。おそらくは一部の者たちが水着のままだからだ。
「ミシェルさん。夏なんですし、そんなにベタベタくっついてたらエリアスさんも暑くて倒れちゃいますよ?」
「こっちは半裸の殿方がそこかしこに居るせいで目のやり場に困っているのよ!」
タマキは俺とミシェルを引きはがそうとしてくるようなことはしなくなった。だが流石にこの状態は見た目が暑苦しかったのだろう。しかし実はタマキの言い分とは全くの逆で、ひんやり冷たくて快適なのが実情だ。
だが夏と言うだけあって猛烈に暑い。ローレッタ聖王国ではここまで気温と湿度が上がることがない。そのためミシェルも上着を脱いで薄着になっているのだ。ようするに役得。目の保養だ。
「しかしこうも気温が高いと仕事に差し障るんじゃないか?」
俺が周囲を軽く見回して確認しただけでも、中庭の噴水近くで涼を取るもの、日陰で部下に扇がせているものと様々居る。しかし王族や貴族の類は(一部を除いて)あまり隙のある服装が出来ないのか、この暑さに参っているようだ。
「ねえ、タマキ。なにかこう……氷菓子とか作れる環境はないかしら?」
「私の実家に帰ればかき氷機がありますけど、ミシェルさんは連れていけないですね」
「そう、そうよね……あちらのフェイス様になにか冷たいお菓子をって思ったのに」
風通しの良い日陰のベンチで休んでいるフェイス様は、ラウルスが扇いでいるが揃って倒れそうだ。先日も注意したがラウルスはまずあの見た目に暑苦しいスカーフを外すべきである。
「新しいガチャが夏祭りですし、かき氷屋さんが来てくれるかもしれないので回してきます」
現在、期間限定で開催されているガチャは、夏祭りの出店で見掛ける食べ物をモチーフにした武器が出てくるものだ。かき氷機のほかにはリンゴ飴とか綿菓子がある。
「夏祭り武器の『かき氷機』が来たので、装備できるかたお願いします!」
「私の出番ですわね! さあ、参りますわよ!」
今のこの暑い状況をどうにかしてくれそうな物を引き当てたことで、広間はちょっとしたお祭り騒ぎだ。中には厨房に向かいシロップの準備を手配している者もいる。
そんななか前に出たのはミシェルだ。『氷の魔女』の異名を持つ彼女は「氷といえば私」と言いながら、かき氷機のハンドルを握る。そして動かそうとしたところで、その首を小さく傾げた。
「あら? なんで装備出来ないのです? フェイス様に美味しいかき氷を召し上がって頂きたいですのに」
「え~? 氷ってつくんですから、氷魔の武器じゃ無いんですか?」
そう言いながらタマキは掲示板へと確認しに向かう。少し間をおいて「雷魔の武器って、何でそうなるんですか~!」っと叫んだ次の瞬間、タマキはハッとして「まさかこのかき氷機、電動なんですか?」と続けた。
「ぐう……こうなったらなけなしの召喚の札を全て使って、誰でも良いから雷魔を召喚するしかないです。皆さん、なにか雷魔を召喚できそうな供物とか似顔絵とか無いですか?」
描けば出る教には前世で何度か世話になった経験があるが、絵を描く趣味のあるキャラクターも雷魔導士に多いのがこのシリーズだ。しかし親しいものに雷魔導士が居る者は、ここぞとばかりに推薦していた。
そんな感じで散々みんなで騒いで画伯が爆誕したりもしたのだが、雷魔導士は誰一人として召喚されなかった。各シリーズ最低でも二人は居た筈なのに、こういう時に限って物欲センサーが邪魔をしてくる。
「召喚の札の手持ちが全部無くなりました……」
そうこうしているうちにタマキから爆死の報告だ。わかりやすくうつ伏せに倒れて、ダイイングメッセージでも書いているかのように指を動かしているのが見えた。動きからして『ヘリオ』と書いているようだ。
「こうなったら未攻略のマップをクリアしてチケットの回収をするしか……」
「それはちょっと厳しいんじゃないか?」
「そうです。前回は三部隊全滅したでしょう?」
倒れたままのタマキに駆け寄り、俺とミシェルで声を掛けてやりながら扇いでやったり水を飲ませてやる。すると多少回復して復活したのか、ゆっくりと立ち上がると「これまでに貯めに溜めた強化アイテムを放出すれば、たぶん大丈夫です!」と叫び、出撃編成のために皆を呼び集めた。
*
そんなわけで今日の攻略先は年代記【月虹・迷いの森】だ。原作【月虹のレギンレイヴ】ではクリア後にマーリンが初登場するマップで、彼の師である古の魔女が残した術式により侵入者を拒む仕掛けがされている。
マップボスは言わずもがな――古の魔女の後継者マーリンである。他の敵はリコレクションズでは珍しい魔物系――魔導生物だ。原作ではメテオライトを仲間にしていると聞くことができる情報なのだが、マーリンが作り出した特殊なゴーレムなので少々面倒な性能をしている。
それにやりたい放題にバフとデバフのばら撒きをしてくるマーリンのスキルも厄介だ。だがその代わりと言ってはなんだが、このマップには好き勝手に動き回るゲストキャラクターが参戦しない。
「う~ん。サポートは男のミシェルさんにするか、王子様のメテオライトさんにするか……」
本来このマップで登場するのは一体のゴーレムと、ごく少数のブラックドッグやトレントといった魔物だけだ。マーリンはマップクリアまで登場しないのが原作でのシナリオなのである。
このマップを攻略するキモはいかに多くのデバフをばら撒き、いかに味方のステータスを盛りまくるかに掛かっている。
ボスであるマーリンは魔防が高く、ゴーレムは守備が高い。しかも高難易度マップという事で敵にはステータス補正が入っており、通常入手できるマーリンよりもステータス全般が高めに調整されているのだ。
しかもこのマップは毎ターン壁となる木々が移動するギミック付きなので、いつものように魔導士系が反撃できないよう距離を詰める作戦が使い辛い。なのでマーリンに殴り掛かるキャラクターは物理で高火力かつ、ある程度の魔防と追撃を受けない素早さが必要になる。
「ゴーレムはエリアスさんに壁役を頼みながら女の子のミシェルさんに殴ってもらうとして、問題はマーリンさんの攻撃を耐えられる物理キャラが……」
弓兵などだと魔防が高いのが居たりするが、近接系の物理職で魔防が高い奴は少ない。ルイス王子は魔防が結構高いほうだが、彼自身がサポート向けでアタッカーと言える性能ではないのだ。
リコレオリジナルキャラたちは支援を貰える相手が少ないせいで、手持ちのキャラが増えれば増えるほど影が薄くなる。
ドルフの武器は成長するというコンセプトがあるので本編中に必要になるシーンがあるだろうと皆そこそこ育成するのだが、アナベル隊長は少々癖のあるステータス配分とスキル持ちなので用途が限られるし、残りの二人に到っては『人手が足りないときに使うキャラ』と言われていたほどだ。
「う~ん。あっ、そうだ! アナベル隊長のスキル『悪魔の盾』でダメージを半分反射すればいいんです!」
「タマキ。私の兵種を忘れていないかしら?」
「あっ、そっか! 騎馬特攻ってあんまり見かけないから忘れてました」
確かにアナベル隊長のスキルは相手が魔導士だと強気に出ることができる。しかしこのマップでマーリンが装備しているのは、炎属性の上級魔法イラプションだ。この魔法には追加効果として騎馬特攻が付いているので、騎馬ユニットであるアナベル隊長だと反射する前に本人が倒れてしまう。
「魔導士系を盾にして弓兵で安全に殴るのも手だと思うぞ?」
「うちに居る弓兵の皆さんだと火力が足りないんですよね。レアリティ的な意味で」
一斉に弓兵たちがタマキから目を背ける。このセフィロトに居る弓兵は原作で『亡国の王女』とセットで出てくる『イケメン貴族』ばかりだ。しかも全員☆4なので火力はお察しである。
歩兵の弓より射程は短くなるが弓騎兵の一人でもいれば一撃離脱でサンドバッグにできるのだが、居ないものは仕方がない。
「第一部隊でゴーレムだけ倒して、第二部隊でマーリンを倒すとかどうだ? 出撃メンバーを高火力物理で固めて一気に畳みかければ行けると思うぞ?」
「森の動きが読めればそうしたいんですけど、完全にランダムですよね?」
「今までこの森に住んでいたテオに進むコツとか聞いてみればいいんじゃないか」
俺は前世でリコレクションズでのこのマップは未攻略だが、出典元である【月虹のレギンレイヴ】では何度も攻略済みだ。道が判らなければ現地の人に聞くのが一番である。
「う~ん。いつもだと曲がり角に咲いている花の咲き具合で通れるか見分けていたけど、ここなんか術式変わってるね」
「えっ、そうなのか?」
「お師匠様が掛けたのは幻術の類なんだけど、術に掛かっているのは侵入者じゃなく木々なんだ。僕やキルケもここにきて暫くのあいだは迷子になっていたくらいだから、現在地が判らなくなったら下手に動かないで大人しくしているのが一番かな。たまに乱数がデレて屋敷までの道作ってくれるし」
*
全滅してもいいやというノリで年代記【月虹・迷いの森】の攻略を開始する。まず一回目は森の動きになれるのが目的である。
俺たち第一部隊はお互いの声が届く範囲で散開し、ゴーレムと戦闘をしながら森の動くパターンの検証を開始した。
現在地から見える範囲だと今のところは右の道は奇数ターン、左の道は偶数ターンに道が開く。正面の道は三の倍数のターンに開閉が行われるようだ。さらに先の道はまた違うパターンで開閉が行われている。
「これはなかなか難しそうだな」
「そうですわね。なんだかワープの杖が欲しくなってきます」
「マーリンの居る座標は分かるんだもんな」
「ええ、そうです。古の魔女様のお屋敷は散々お邪魔いたしましたので、お師匠様がお屋敷の前に立っているのならワープで送り込んでしまいたいです」
そういいながらミシェルは氷魔法でゴーレムを粉砕する。それはもう見事なまでに粉々だ。
俺がマーリンと旅を始めたばかりのころに初めてゴーレムと戦った時は、師である親父から物理攻撃での倒し方を聞いてその手段は知ってはいたが実力が伴わなくて苦労したほどだ。
隣の道を進んでいるベルトラムとブリジットも順調にゴーレムを倒し、残る敵はマーリンとその近くにいるゴーレム一体である。
第一部隊がタマキ以外全滅すれば敵の状態はそのままに第二部隊が出撃できるので、俺たちの役割は物理に極振りした第二部隊のためにゴーレムだけでも倒してしまいたいところである。
「はあ~、ったく。お嬢たちがいつも通り杖も使えりゃあ、俺らでゴリ押しできるんだがな」
そうぼやきながらベルトラムは傷薬で怪我の治療をする。ローレッタ大陸に居た頃であればミシェルは当たり前に杖を使っていたし、ブリジットも魔導士から賢者に昇格していれば杖が装備できるようになる。
俺もベルトラムもスキル『後の先』の効果で受け身の戦い方をすれば被害は少なく済むが、ゴーレムのようなデカブツが出てくると流石に身構える。
俺は一度ゴーレムの攻撃をやり過ごして反撃をしたところで、先日習得したばかりの奥義『雷霆』を使用するためのゲージが溜まりきる。
そして次ターン自軍フェイズ。森が動き出し道が開く。ゴーレムさえ居なくなれば殴りに行けるところにマーリンの姿が見えた。
「エリアスさんの奥義ゲージが溜まった今がチャンスです! ブリジットさんでゴーレムを撃破! 支援効果のためにミシェルさんが前進したらできるだけ削って、止めはエリアスさん、やっちゃってください!」
自身の守備力を攻撃力に加算する奥義『雷霆』が発動すれば、さすがに難易度補正でステータスが高くなっているマーリンでもひとたまりもないだろう。
一息で距離を詰め勢いよく切り上げるとマーリンは倒れこみ、その口からは槍を携えた黒い歪みの精が姿を現す。
そして登場と同時に条件を満たしていたのか、広範囲に固定ダメージをばら撒く例の奥義が飛んでくる。
「えっ、えっ? なんで今このタイミングでクリオネの奥義発動しちゃうんですか? こないだのバランス調整でなんかありましたっけ?」
杖を振りながら一番近くにいるブリジットを回復しつつタマキが慌てふためく。
文字しか書かれていないバランス調整の貼り出しを見ているのは怪しまれるだろうと避けていたせいで内容は知らないが、おそらく『登場したターンのうちに倒してしまえば範囲攻撃も固定ダメージも怖くない』というプレイヤー対策なのだろう。もしくは高難易度マップ限定の仕様だ。
それなりの難易度を求めるプレイヤーにとっては以前の仕様はヌルゲーだっただろうから、こればかりは仕方がない。
「おいおい。森が一斉に開いたぞ」
このターン自軍で未行動なのはベルトラムだけだ。四方の道が開くのは移動がしやすくなるので歓迎したいところだが、今回ばかりは嫌な予感しかない。
タマキの指示でベルトラムは十字路の真ん中に立って歪みの精の進路を塞ぐように立つ。
敵のターンに切り替わった次の瞬間、遠くから複数と思われる竜の咆哮が聞こえた。
視認できる範囲には火竜、氷竜、屍竜が二体ずつ。三方向から俺たちを取り囲むように現れた。当たり前だが相手は竜族なのでステータスが高い。そしてこちらは人間と魔物を相手に戦う気満々だったので、控え部隊も含めて神器ではなく通常の武器しか持ってきていない。
「てっ、てっしゅ~!」
タマキが叫ぶと同時に、俺たちはこの年代記を脱出したのだった。
「ミシェルさん。夏なんですし、そんなにベタベタくっついてたらエリアスさんも暑くて倒れちゃいますよ?」
「こっちは半裸の殿方がそこかしこに居るせいで目のやり場に困っているのよ!」
タマキは俺とミシェルを引きはがそうとしてくるようなことはしなくなった。だが流石にこの状態は見た目が暑苦しかったのだろう。しかし実はタマキの言い分とは全くの逆で、ひんやり冷たくて快適なのが実情だ。
だが夏と言うだけあって猛烈に暑い。ローレッタ聖王国ではここまで気温と湿度が上がることがない。そのためミシェルも上着を脱いで薄着になっているのだ。ようするに役得。目の保養だ。
「しかしこうも気温が高いと仕事に差し障るんじゃないか?」
俺が周囲を軽く見回して確認しただけでも、中庭の噴水近くで涼を取るもの、日陰で部下に扇がせているものと様々居る。しかし王族や貴族の類は(一部を除いて)あまり隙のある服装が出来ないのか、この暑さに参っているようだ。
「ねえ、タマキ。なにかこう……氷菓子とか作れる環境はないかしら?」
「私の実家に帰ればかき氷機がありますけど、ミシェルさんは連れていけないですね」
「そう、そうよね……あちらのフェイス様になにか冷たいお菓子をって思ったのに」
風通しの良い日陰のベンチで休んでいるフェイス様は、ラウルスが扇いでいるが揃って倒れそうだ。先日も注意したがラウルスはまずあの見た目に暑苦しいスカーフを外すべきである。
「新しいガチャが夏祭りですし、かき氷屋さんが来てくれるかもしれないので回してきます」
現在、期間限定で開催されているガチャは、夏祭りの出店で見掛ける食べ物をモチーフにした武器が出てくるものだ。かき氷機のほかにはリンゴ飴とか綿菓子がある。
「夏祭り武器の『かき氷機』が来たので、装備できるかたお願いします!」
「私の出番ですわね! さあ、参りますわよ!」
今のこの暑い状況をどうにかしてくれそうな物を引き当てたことで、広間はちょっとしたお祭り騒ぎだ。中には厨房に向かいシロップの準備を手配している者もいる。
そんななか前に出たのはミシェルだ。『氷の魔女』の異名を持つ彼女は「氷といえば私」と言いながら、かき氷機のハンドルを握る。そして動かそうとしたところで、その首を小さく傾げた。
「あら? なんで装備出来ないのです? フェイス様に美味しいかき氷を召し上がって頂きたいですのに」
「え~? 氷ってつくんですから、氷魔の武器じゃ無いんですか?」
そう言いながらタマキは掲示板へと確認しに向かう。少し間をおいて「雷魔の武器って、何でそうなるんですか~!」っと叫んだ次の瞬間、タマキはハッとして「まさかこのかき氷機、電動なんですか?」と続けた。
「ぐう……こうなったらなけなしの召喚の札を全て使って、誰でも良いから雷魔を召喚するしかないです。皆さん、なにか雷魔を召喚できそうな供物とか似顔絵とか無いですか?」
描けば出る教には前世で何度か世話になった経験があるが、絵を描く趣味のあるキャラクターも雷魔導士に多いのがこのシリーズだ。しかし親しいものに雷魔導士が居る者は、ここぞとばかりに推薦していた。
そんな感じで散々みんなで騒いで画伯が爆誕したりもしたのだが、雷魔導士は誰一人として召喚されなかった。各シリーズ最低でも二人は居た筈なのに、こういう時に限って物欲センサーが邪魔をしてくる。
「召喚の札の手持ちが全部無くなりました……」
そうこうしているうちにタマキから爆死の報告だ。わかりやすくうつ伏せに倒れて、ダイイングメッセージでも書いているかのように指を動かしているのが見えた。動きからして『ヘリオ』と書いているようだ。
「こうなったら未攻略のマップをクリアしてチケットの回収をするしか……」
「それはちょっと厳しいんじゃないか?」
「そうです。前回は三部隊全滅したでしょう?」
倒れたままのタマキに駆け寄り、俺とミシェルで声を掛けてやりながら扇いでやったり水を飲ませてやる。すると多少回復して復活したのか、ゆっくりと立ち上がると「これまでに貯めに溜めた強化アイテムを放出すれば、たぶん大丈夫です!」と叫び、出撃編成のために皆を呼び集めた。
*
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それにやりたい放題にバフとデバフのばら撒きをしてくるマーリンのスキルも厄介だ。だがその代わりと言ってはなんだが、このマップには好き勝手に動き回るゲストキャラクターが参戦しない。
「う~ん。サポートは男のミシェルさんにするか、王子様のメテオライトさんにするか……」
本来このマップで登場するのは一体のゴーレムと、ごく少数のブラックドッグやトレントといった魔物だけだ。マーリンはマップクリアまで登場しないのが原作でのシナリオなのである。
このマップを攻略するキモはいかに多くのデバフをばら撒き、いかに味方のステータスを盛りまくるかに掛かっている。
ボスであるマーリンは魔防が高く、ゴーレムは守備が高い。しかも高難易度マップという事で敵にはステータス補正が入っており、通常入手できるマーリンよりもステータス全般が高めに調整されているのだ。
しかもこのマップは毎ターン壁となる木々が移動するギミック付きなので、いつものように魔導士系が反撃できないよう距離を詰める作戦が使い辛い。なのでマーリンに殴り掛かるキャラクターは物理で高火力かつ、ある程度の魔防と追撃を受けない素早さが必要になる。
「ゴーレムはエリアスさんに壁役を頼みながら女の子のミシェルさんに殴ってもらうとして、問題はマーリンさんの攻撃を耐えられる物理キャラが……」
弓兵などだと魔防が高いのが居たりするが、近接系の物理職で魔防が高い奴は少ない。ルイス王子は魔防が結構高いほうだが、彼自身がサポート向けでアタッカーと言える性能ではないのだ。
リコレオリジナルキャラたちは支援を貰える相手が少ないせいで、手持ちのキャラが増えれば増えるほど影が薄くなる。
ドルフの武器は成長するというコンセプトがあるので本編中に必要になるシーンがあるだろうと皆そこそこ育成するのだが、アナベル隊長は少々癖のあるステータス配分とスキル持ちなので用途が限られるし、残りの二人に到っては『人手が足りないときに使うキャラ』と言われていたほどだ。
「う~ん。あっ、そうだ! アナベル隊長のスキル『悪魔の盾』でダメージを半分反射すればいいんです!」
「タマキ。私の兵種を忘れていないかしら?」
「あっ、そっか! 騎馬特攻ってあんまり見かけないから忘れてました」
確かにアナベル隊長のスキルは相手が魔導士だと強気に出ることができる。しかしこのマップでマーリンが装備しているのは、炎属性の上級魔法イラプションだ。この魔法には追加効果として騎馬特攻が付いているので、騎馬ユニットであるアナベル隊長だと反射する前に本人が倒れてしまう。
「魔導士系を盾にして弓兵で安全に殴るのも手だと思うぞ?」
「うちに居る弓兵の皆さんだと火力が足りないんですよね。レアリティ的な意味で」
一斉に弓兵たちがタマキから目を背ける。このセフィロトに居る弓兵は原作で『亡国の王女』とセットで出てくる『イケメン貴族』ばかりだ。しかも全員☆4なので火力はお察しである。
歩兵の弓より射程は短くなるが弓騎兵の一人でもいれば一撃離脱でサンドバッグにできるのだが、居ないものは仕方がない。
「第一部隊でゴーレムだけ倒して、第二部隊でマーリンを倒すとかどうだ? 出撃メンバーを高火力物理で固めて一気に畳みかければ行けると思うぞ?」
「森の動きが読めればそうしたいんですけど、完全にランダムですよね?」
「今までこの森に住んでいたテオに進むコツとか聞いてみればいいんじゃないか」
俺は前世でリコレクションズでのこのマップは未攻略だが、出典元である【月虹のレギンレイヴ】では何度も攻略済みだ。道が判らなければ現地の人に聞くのが一番である。
「う~ん。いつもだと曲がり角に咲いている花の咲き具合で通れるか見分けていたけど、ここなんか術式変わってるね」
「えっ、そうなのか?」
「お師匠様が掛けたのは幻術の類なんだけど、術に掛かっているのは侵入者じゃなく木々なんだ。僕やキルケもここにきて暫くのあいだは迷子になっていたくらいだから、現在地が判らなくなったら下手に動かないで大人しくしているのが一番かな。たまに乱数がデレて屋敷までの道作ってくれるし」
*
全滅してもいいやというノリで年代記【月虹・迷いの森】の攻略を開始する。まず一回目は森の動きになれるのが目的である。
俺たち第一部隊はお互いの声が届く範囲で散開し、ゴーレムと戦闘をしながら森の動くパターンの検証を開始した。
現在地から見える範囲だと今のところは右の道は奇数ターン、左の道は偶数ターンに道が開く。正面の道は三の倍数のターンに開閉が行われるようだ。さらに先の道はまた違うパターンで開閉が行われている。
「これはなかなか難しそうだな」
「そうですわね。なんだかワープの杖が欲しくなってきます」
「マーリンの居る座標は分かるんだもんな」
「ええ、そうです。古の魔女様のお屋敷は散々お邪魔いたしましたので、お師匠様がお屋敷の前に立っているのならワープで送り込んでしまいたいです」
そういいながらミシェルは氷魔法でゴーレムを粉砕する。それはもう見事なまでに粉々だ。
俺がマーリンと旅を始めたばかりのころに初めてゴーレムと戦った時は、師である親父から物理攻撃での倒し方を聞いてその手段は知ってはいたが実力が伴わなくて苦労したほどだ。
隣の道を進んでいるベルトラムとブリジットも順調にゴーレムを倒し、残る敵はマーリンとその近くにいるゴーレム一体である。
第一部隊がタマキ以外全滅すれば敵の状態はそのままに第二部隊が出撃できるので、俺たちの役割は物理に極振りした第二部隊のためにゴーレムだけでも倒してしまいたいところである。
「はあ~、ったく。お嬢たちがいつも通り杖も使えりゃあ、俺らでゴリ押しできるんだがな」
そうぼやきながらベルトラムは傷薬で怪我の治療をする。ローレッタ大陸に居た頃であればミシェルは当たり前に杖を使っていたし、ブリジットも魔導士から賢者に昇格していれば杖が装備できるようになる。
俺もベルトラムもスキル『後の先』の効果で受け身の戦い方をすれば被害は少なく済むが、ゴーレムのようなデカブツが出てくると流石に身構える。
俺は一度ゴーレムの攻撃をやり過ごして反撃をしたところで、先日習得したばかりの奥義『雷霆』を使用するためのゲージが溜まりきる。
そして次ターン自軍フェイズ。森が動き出し道が開く。ゴーレムさえ居なくなれば殴りに行けるところにマーリンの姿が見えた。
「エリアスさんの奥義ゲージが溜まった今がチャンスです! ブリジットさんでゴーレムを撃破! 支援効果のためにミシェルさんが前進したらできるだけ削って、止めはエリアスさん、やっちゃってください!」
自身の守備力を攻撃力に加算する奥義『雷霆』が発動すれば、さすがに難易度補正でステータスが高くなっているマーリンでもひとたまりもないだろう。
一息で距離を詰め勢いよく切り上げるとマーリンは倒れこみ、その口からは槍を携えた黒い歪みの精が姿を現す。
そして登場と同時に条件を満たしていたのか、広範囲に固定ダメージをばら撒く例の奥義が飛んでくる。
「えっ、えっ? なんで今このタイミングでクリオネの奥義発動しちゃうんですか? こないだのバランス調整でなんかありましたっけ?」
杖を振りながら一番近くにいるブリジットを回復しつつタマキが慌てふためく。
文字しか書かれていないバランス調整の貼り出しを見ているのは怪しまれるだろうと避けていたせいで内容は知らないが、おそらく『登場したターンのうちに倒してしまえば範囲攻撃も固定ダメージも怖くない』というプレイヤー対策なのだろう。もしくは高難易度マップ限定の仕様だ。
それなりの難易度を求めるプレイヤーにとっては以前の仕様はヌルゲーだっただろうから、こればかりは仕方がない。
「おいおい。森が一斉に開いたぞ」
このターン自軍で未行動なのはベルトラムだけだ。四方の道が開くのは移動がしやすくなるので歓迎したいところだが、今回ばかりは嫌な予感しかない。
タマキの指示でベルトラムは十字路の真ん中に立って歪みの精の進路を塞ぐように立つ。
敵のターンに切り替わった次の瞬間、遠くから複数と思われる竜の咆哮が聞こえた。
視認できる範囲には火竜、氷竜、屍竜が二体ずつ。三方向から俺たちを取り囲むように現れた。当たり前だが相手は竜族なのでステータスが高い。そしてこちらは人間と魔物を相手に戦う気満々だったので、控え部隊も含めて神器ではなく通常の武器しか持ってきていない。
「てっ、てっしゅ~!」
タマキが叫ぶと同時に、俺たちはこの年代記を脱出したのだった。
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