翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第二部おまけ

おまけ04

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※26話の前と27話の後。

「ヴィオレット伯、少しお使いを頼めるか?」

 黒いローブの軍師は菫青の勇者が返事をするのを待つことなく一枚の羊皮紙を渡した。丸められたそれを開いて中身を確認すると勇者は首を傾げる。

「異界の軍師たちを迎えうつための陣形みたいだが、これをどうすればいいんだ?」
「その軍師たちに渡してきてくれ」

 黒いローブの軍師――ダアトは金色の瞳を輝かせながら笑う。単純に楽しそうに見えるその様子に菫青の勇者は一つ溜め息を吐く。

「隠密行動はあまり得意じゃないんだが」

 危惧しているのは邪悪の樹の主の存在だ。右上腕に刻まれた呪印の効果で菫青の勇者や共にこの不気味な地下施設に呼び出された仲間たちは自由を奪われている。仲間たちに到っては話しかけても反応は無く、本当に生きているのか不安になるほど虚ろな目で立っているだけだ。

 二柱の神格から加護を得た菫青の勇者には、この邪悪の樹の呪いは一部しか効力を発揮しなかった。だがもし万が一にも仲間たちの身に何かがあってはいけないと慎重にならざるを得ない。

「アティエルはアマリリス侯を気に入っているみたいでな。ほぼ操縦不能に近い君にはあまり興味を持っていない」
「それはそれで傷つくな。だがそれが利用できるのであれば任せてくれ」

 ダアトは菫青の勇者に異界の軍師がどんなに馬鹿でも、人材さえ揃っていれば攻略できるようになる策を与えた。

「超遠距離攻撃の魔法か……確かにそれだけ離れているのなら俺でも反撃は無理そうだ」

 必要な情報を抱えて菫青の勇者は邪悪の樹内部を移動し始める。周囲を徘徊している異境の英雄たちの虚構に見つからないように慎重に進むと開けたところに出る直前で身を屈めた。
 戦場となっているそこではセフィロトの大図書館から来た一団が目標地点への突破戦を行っていた。

(あれは確かアイオライトとかいうシスル騎士だったか。騎士というより獣みたいなやつだ)

 身を潜めセフィロトの大図書館からの一団を観察する。鬼神のごとく戦う黒騎士に押され気味だが統率は取れており、エリア移動の門へと最短ルートを走っているのが分かった。
 少しずつ減っていく彼らに助太刀したい気持ちを抑えながら菫青の勇者は再び移動を開始する。

(俺の役目は彼らが落ち着いたところを見計らって情報を渡すことだ。対局を見誤るわけにはいかない)

 一行が門を潜ったのを確認すると黒騎士の侵攻が一時停止する。その隙を見計らいエリアを移動すると、セフィロトの大図書館から来た軍師に接触を図る。
 軍師の周囲には見知った顔が幾つもあったが、菫青の勇者が知る友人たちとはどこか違い、懐かしい雰囲気もあったがダアトに渡された情報を与えるとその場を後にする。

「戻ったぞ」

 ダアトのお使いを済ませた菫青の勇者は、念の為にと他の者たちに見られないようにダアトとの密会場所へと足を踏み入れる。

「うむ、ご苦労。この後はアイオライト卿の首根っこも数分ほど掴んでいてくれると助かる」
「それは遠慮しておく」

 少し離れた場所に立つ薄気味悪い騎士――アイオライト卿を見やる。彼は戦いのとき以外は愛馬と静かに待機しているが、一たび戦場に立てば鬼神のごとき戦いぶりを見せる。

「そうか? お前が一番よく知っている相手だと思うのだが」
「言っている意味が解らん。たしかにアマリリス侯爵家とは縁があるが、無いも同然なものだ」
「ではそんなお前にはこのメモ書きをくれてやろう。大図書館の歴史書に記載されているアイオライト卿の略歴だ」
「はあ……まあ、何かの役に立つのなら読んでおくが」

 菫青の勇者は現在の立場上、情報収集もある程度はしておく必要があった。他国の、それも自分の世界では取り潰しになった侯爵家の情報がどこで役に立つかは判らなかったが、ダアトが渡してきた以上は必要な情報なのだと思ったのだ。だが渡されたメモを読み終えると菫青の勇者は読んだことを後悔した。

「……嘘だろ?」



 大図書館の一行との戦闘が終了し、菫青の勇者を始めとする仲間たちは呪印も消えて自由の身となった。元の世界へと戻るための門が開くまでの時間を前に思い出した『大事な落とし物』を届け終え急いで戻ってくると、アイオライト卿は変わらず樹にもたれ掛かったまま眠っていた。
 かつての名と身分を捨て、親友ミシェル義兄サミュエルすらも信じることが出来なくなったというこの男には心安らぐ時間が無かったのだろう。限界まで酷使された肉体が休息を求めていた証拠である。

「お前は可哀そうな奴だな」

 菫青の勇者はアイオライト卿の正体を知っている。菫青の勇者の父親の生家がシスル王国の名家――アマリリス侯爵家だからだ。少し考えれば答えなど初めから判ったというのに、ダアトに教えて貰うまではその可能性を考えることすらしていなかった。

 ダアトから話を聞いてアイオライト卿も自身と同じように思考の自由を有したまま、ここで過ごしていたことを菫青の勇者は知っていた。
 しかし何度か話しかけようとしたものの、どうにも避けられていたようでアイオライト卿と話をすることが無かった。だが今回は逃げ場を奪ったも同然なので、ゆっくりと話が出来るだろう。
 アイオライト卿が目を覚ますまでは同じように眠る他の仲間たちの様子を気にかけながら過ごす。

「お前、ゼノンだよな?」

 菫青の勇者はアイオライト卿の愛馬を優しく撫でた。大陸の北部で生まれ育った体格の良いこの名馬は、子供のころから父と共に暮らしていた大切な家族であった。
 馬鎧を着けている姿は初めて見たが、度胸と落ち着きを持った優しい眼差しは変わらない。

 暫くしてアイオライト卿が意識を取り戻す。身に付けている不気味な鎧が陽炎のように揺れたが、その素顔は隠れたままだった。だが戦闘中のような激しい感情を向けられることは無かった。

「いちおう初めまして、と言っておこう。俺はローレッタ聖王国のエリアス・ステラ・ヴィオレット伯爵だ」
「……知ってる。彼女は? 彼女は無事なのか?」

 聖王に忠誠を誓い妻や親友たちとともに守ろうと誓っていたというのに、アイオライト卿が聖王国を捨てた理由――最愛の妻の死はそれだけ衝撃が強かったのだろう。同じ不幸に見舞われてしまうのではないかと、菫青の勇者の顔を心配そうに覗き込んでいる。

「大丈夫だ。俺の世界の彼女は生きている。今度な、子供も生まれるんだ」
「そうか。そうか……よかった。よかった――」

 アイオライト卿はその場に泣き崩れる。傍らに置いてあった魔槍は水のように流れ鎧兜と交わると更に形を変え黒い半球となった。
 鎧の下に隠れていた菫青の勇者と全く同じ姿が露わになったアイオライト卿には、まだ少々だが危うい雰囲気もあった。しかし別の世界線で生きる最愛の女性の無事を聞いて自分のことのように喜んでいる。

「さっきに比べたら、だいぶ落ち着いたみたいだな」
「当然だ! 彼女が生きている。それだけで俺は幸せなんだ」

 黒い鎧兜と槍を解いてから、アイオライト卿は表面上は穏やかであった。菫青の勇者もそれには気が付いているので、刺激しないように話を続ける。

「その剣。白いのは?」
「これは星剣アストレア。赦すものの剣だ」
「……そうか。そっちの黒いのはこの槍と同じものだな。雰囲気が似ている」

 アイオライト卿の防具と槍は、菫青の勇者が持つ黒い剣と同じく、どちらも黒い半球こと『漆黒のレギンレイヴ』から生まれた神器である。
 この黒い半球は聖王国を追われたアイオライト卿が新たな居場所を手に入れるに際して、主君となった相手から『信頼の証』として譲渡された宝珠の一部であった。

「さっきの……え~と、たぶん過去の俺だと思うんだが、随分と執拗に攻撃していたな。お前も呪印の効力はほとんどなかっただろ」
「メレディス以外の女性と一緒にいて腹が立った。だから殺してやろうと思った」
「あ~、なるほど。それなんだけどな。その女性の特徴って覚えてるか?」

 ここでようやく合点がいった。菫青の勇者はあまり気にしていなかったが、アイオライト卿が最愛の妻を亡くしたという境遇にあれば、この行動にも理由が付く。他の女にうつつを抜かしてんじゃねーよといったところか。

「金髪の魔導士」
「眼の色までは見えなかったか。瑠璃色だよ」
「なにが言いたい?」

 菫青の勇者が初見でちらりと見た時は綺麗な女性だなといった程度の印象を受けたが、アイオライト卿は勝手に浮気相手か何かだと勘違いしていたのだろう。今にも頭に血が上りそうなアイオライト卿を押さえながら菫青の勇者は一気に畳みかける。

「あの女性な。異聞のミシェルなんだと」
「は?」

 菫青の勇者の返答に対して帰ってきたのは、アイオライト卿の毒気を抜かれた表情だった。

「あいつ子供のころにフェイス様から女の子と間違われたとか話してただろ? どっかで歴史の記述がおかしくなったのか、そう言う世界が実際に存在するのかはよく解らんが、あれはミシェルだ。いいな?」
「よく判らんが分かった」

 異聞のミシェルの存在には菫青の勇者も驚いたのも事実だが、アイオライト卿のほうも驚いている様子だった。

(セフィロトの軍師にアイオライト卿の素顔を晒さないための条件みたいなものだったし、俺からもコイツに伝えておくか)

 前もって素性を知っていてよかった――そう感じた菫青の勇者はダアトに心の中で感謝した。あの場でその場の勢いに任せて彼の素顔を晒されて居たら色々な意味で辛かっただろう。

「そうだ……さっきの軍師の女の子。タマキという名前だそうだが、お前の素顔を見たがっていたぞ」
「向こうにはさっきの俺が居たし、お前とも話をしたのだろう? なぜ俺の素性を?」
「いちおう正体は伏せておいたよ。勝手にばらすようなものでもないしな。それに――翠緑の勇者向こうの俺はお前の正体に気が付いていなかったみたいだからな」
「……ゼノンの馬鎧姿なんて親父から譲り受ける瞬間まで見たことが無かったからな。お前だってそうだろう?」

 アイオライト卿は亡き父親から譲り受けた愛馬を撫でる。彼にとって唯一残された家族は終の棲家として戦場を選んだのだからとアイオライト卿は主人としてそれを労う。
 そのまましばらく沈黙が続くが、それもあまり長くは続かなかった。

「おっと。義兄上とミシェルが起きたみたいだ。鎧はいいのか?」
「……彼らと向き合うには、もう少し時間が欲しい」

 シスル王国の暗黒騎士ダークナイトアイオライト卿――かつては翠緑の勇者エリアスと呼ばれた存在は、再び黒い鎧を纏いその素顔を覆い隠したのだった。
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