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第二部おまけ
おまけ03
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※22話の前と後。
「ねえねえ、姉さま! この大陸には愛のお祭りっていう日があるんだって」
「そうなのか?」
「うん! それでね、わたしも贈り物を準備するんだ~。イレーヌ姉さまとジゼル姉さま、ウォルター兄さまにも渡すの!」
恋人同士だけじゃなく家族の愛を再確認する日なのだとシュゼットは無邪気に笑う。このセフィロトの地に来てからこの妹は心からの笑みを浮かべるようになった。そう感じたイレーヌは一つの決心をした。
大図書館の食堂のキッチンでお菓子作りに励んでいる女性陣に混ざって贈り物であるお菓子を準備しに行ったシュゼットを見送ると、イレーヌは今までに一度も寄り付いたことが無い部屋へと足を向けた。
ノックのあと返事を待つ。入室の許可がおり室内へと入ったイレーヌの姿を見た部屋の主は、あからさまに嫌そうな様子を見せると表情をゆがめる。
「ウォルター……いや。今はあえて兄上と呼ぼう。話がある」
イレーヌたち兄妹はウォルターが父親を手にかけて以降は敵対に転じていたために、まともに話をしたことは無かった。戦場で顔をあわせては刃を交え、幾度となく命のやり取りもしている。
「ふん。何だ今さら。俺はお前と話すことなどない」
「私も貴様と口など利きたくない。だがシュゼットが今度の祭りに参加したいと言っているのだ。協力しろ」
そういいながらイレーヌは一枚の紙をウォルターに手渡す。『愛の祭り・参加者募集要項』と書かれたそれには男性しか参加できない旨が記載されている。
「はっ! 自分が参加できんから俺に代わりに出ろと? 笑わせるな」
「私とて貴様に頼み事など不本意でしかない。だがシュゼットが眼を輝かせながらいうのだ。『セフィロトに居れば兄妹が争わずにずっと一緒に暮らせる』と」
先代のマグノリア王には複数の愛妾が居た。ウォルターは王妃の息子だが、イレーヌたち三人は妾の子である。それぞれが別々の母から生まれてきたという事で対立する構造が作られてしまった部分もあったが、それでも末娘であるシュゼットは真っすぐに育ち兄妹たちの緩衝になっていたのだ。
「…………ふん、良いだろう。今回だけは特別に手を貸してやる」
子供のころからウォルターはシュゼットに対して特に甘かった。身内などすべて敵だと思っていたウォルターにとって、この一回り以上年下の妹は、王の部屋係だったメイドの子というのもあって一番無害とも言える肉親だった。無邪気に笑いながら追い掛けてきては「兄様、にいさま」と懐いて来たのが嬉しかったというのもある。
ウォルターにはイレーヌの顔を立てる気など更々なかったが、可愛がっていた末の妹の為ならばと折れたところで腕を掴まれ部屋から引きずり出される。
「おい。何のつもりだ」
「衣装を仕立てに行くに決まっているだろう。予算はセフィロト持ちだそうだから気にする必要はない」
「まさかこの俺に馬鹿どものような浮かれた格好をしろと? ふざけ――」「祭りに参加するのであれば当然だろう。ドレスコードみたいなものだ、諦めるがいい」
イレーヌは引き摺ってきた兄を仕立て屋が来ている部屋に連れ込むと、さっそく衣装の相談を始める。ウォルター本人が自尊心と妹の喜ぶ顔を秤にかけている隙に次々に衣装に使う布地を選ぶ。
参加要項に書かれている条件には『祭りの衣装はチョコレートのような色を、最低でも全体の半分に使用すること』と書かれている。マグノリア王国では主に聖王国へ輸出するためにチョコレートを作っているので色を選ぶのは容易であった。
デザインのほうも仕立て屋と相談しながら普段の格好からあまり雰囲気が崩れないように調整しつつ、シュゼットが喜んでくれそうな装飾も取り入れることになった。そのまま採寸も済ませて仮縫いなどの日程のやり取りを終えると廊下へと出る。
「よし。次は鍛冶師のもとへ向かうぞ」
「武器まで拵えるのか。まったく、この国は随分と金が有り余っているのだな」
先ほどと同じようにイレーヌは兄の腕をぐいぐいと引き次の目的地へと向かう。場所は大図書館の隅になぜか存在している鍛冶場だ。普段はこの鍛冶場に人など居ないのだが月に数日だけ、それこそ片手で足りる程度の期間だけ鍛冶師が来るのだ。
「らっしゃい! よく来たな。武器が欲しいのはそっちの兄さんで良いのかい?」
「ああ、そうだ。これは我が兄であるマグノリア王ウォルター。竜騎士だ」
「マグノリアってことは木蓮か。モチーフはそれで決まりだな。銀の槍をベースにして追撃封じの効果でもつけておくぜ!」
不機嫌そうなウォルターに代わりイレーヌが鍛冶師に返事をする。
恰幅の良い壮年の鍛冶師は返事を聞くなり、室内にストックしてある材料をかき集め武器の錬成を始める。完成までは数時間かかるそうなので、翌日取りに来ることを約束しその場から辞する。
特に挨拶などはせずウォルターはイレーヌの歩くペースなど考えずに廊下を進んでいく。今は夕刻である。
祭りの準備だと連れ回され慣れない疲れ方をしたウォルターだが、愛竜の世話を人任せにするつもりは無く厩舎へと踏み入れる。
ここには古今東西の戦士たちの相棒ともいえる様々な騎馬や飛竜たちが住んでいる。餌である獣肉と飲み水を運びながら目的の場所に向かうと、愛竜――ルカが何かを口にくわえていることに気が付く。
「おい、ルカ。それはなんだ?」
ウォルターはルカが口にくわえているそれを取ろうと手を伸ばす。しかしプイっとそっぽを向かれてしまい取ることは叶わなかった。ルカは低く鳴き声を上げる。
「なに? ルシアへの贈り物を可愛く包んで貰っただと? フン。酔狂なことだ」
赤く大きな肉体を持つマグノリア随一の飛竜は、その厳めしい外見に似合わず愛妻家である。番である飛竜のルシアはイレーヌの飛竜なのだが、敵対した以降は共に過ごす時間が無くなっていたためにシュゼットと同じように寂しい思いをしていたのだろう。
「……愛する者への贈り物、か」
*
翌日、朝一番でウォルターは広間に顔を出していた。普段は他の者たちと交流することなどないのだが、この日はそうせざるを得なかった。
「おい。そこのお前」
まだ人もまばらな時間帯だったのもあり、目的の人物はすぐに見つかった。セフィロトの職員であり何度か共に戦ったこともあるドルフだ。ドルフは異境の英雄たちが困っている時に率先して助け船を出す男なので、ウォルターの目的を果たすには彼に聞けば解決できるだろう。
「ウォルター王。僕に何かご用でしょうか?」
「貴様であればここの市街にも詳しかろう。案内しろ」
「なにか入り用ですか?」
ウォルターの言い方は人にものを頼むとは思えない尊大な態度であったが、応対したドルフの態度はいつも通り丁寧なものであった。セフィロトでは結構な大貴族の侯弟なのだが、威張り散らしたり嫌味のない性格をしているのは環境にもよるものがあるのだろう。
少なくとも今までの人生でマグノリアを属国扱いしてくる聖王国の役人たちを見てきたウォルターからすれば、ドルフは貴族らしくない貴族であった。
「年頃の娘が喜びそうなものを置いている店だ」
「女の子が喜びそうなものとなると、僕よりもタマキのほうが詳しいですね。声を掛けてきます」
いうやいなやドルフは小走りにその場から去っていくと数分もかからずにして戻ってきた。隣にはセフィロトの軍師タマキがついて来ている。
「ウォルターさんが今度のお祭りに参加して下さると聞いて!」
「いいから黙って案内しろ」
何故かご機嫌なタマキに連れられてウォルターは市街地へと出てきた。故郷で暮らしていた時も含めて普段であればこんな風に歩き回ることなどなかった。
マグノリア王たるウォルターは必要なものがあろうとなかろうと商人というのは城か屋敷に訪ねてくるものであったし、そもそも生活に必要のない余分なものを買うということ自体が経験のないことである。
しかし身分に関係なく自分のことは自分でやるというセフィロトの大図書館での生活はウォルターは嫌いではなかった。
「お菓子も良いですけど、この辺の小さいアクセサリーとかも可愛いですよ!」
タマキが手に取ってウォルターに見せてきたのは金属を動物の形に成型した首飾りだ。猫が石を抱いているようなデザインのもので、色違いが複数あるのが判る。
(シュゼットに渡すのは当然だが、ジゼルにも何か買ってやるか。あいつはこんな場所に来ても真面目過ぎるくらいだ。褒美の一つくらい……)
店内を見渡し二番目の妹が喜びそうなものを物色していると一点に視線が止まる。そこには一つの砂糖菓子が変わった作りのビンに詰められて陳列されていた。
「わ~。この金平糖、星型のビンに入ってます! かわいい~!」
ウォルターが見ていると脇から身を乗り出してタマキが小瓶を手に取り黄色い悲鳴を上げる。ウォルターにはタマキの年齢など判らなかったが、見た目がシュゼットと同じくらいだったので参考にするには丁度いいだろうと好きにさせている。
(菓子か。これくらいのであれば……まあ、いいだろう)
首飾りは戦場で無くしてしまいそうな華奢そうなチェーンのものばかりだったので、他のアクセサリー類から妹たちに似合いそうなデザインを探す。シュゼットには真珠と貝殻のピアスを、ジゼルには花をモチーフにしたブローチを選んだ。
(シュゼットとジゼルはこれで良い。だが問題はイレーヌだ)
イレーヌは戦時平時問わず男のような恰好を好んでいる。一応は髪を伸ばしてはいるが、邪魔にならないよう纏めるのに使っているのは洒落っ気の欠片もない髪紐とピンだ。女が喜びそうな装飾品を喜ぶとは到底思えなかった。
ウォルターは悩んだ。もう面倒だから菓子だけやればいいのではないかとも考えたが、プレゼントを選ぶ能力がないと思われるのは嫌だと思い至ると、再び並んでいる装飾品に視線を走らせた。
結局ウォルターが選んだのは、イレーヌが選びそうにない華奢なデザインの髪飾りだった。
(あの男女もこれで少しはマシになるだろう)
決まってからはあっという間に会計を済ませ、先ほど見つけた菓子と共にそれぞれ包ませると店を後にする。
ウォルターが早い時間を選んだのは訓練やら何やらで市街地に出てくる者が少ない時間帯だからだ。王たる自分が女子供の喜びそうなものを主に取り扱う店で買い物をしているところなど見られたくないのである。
「案内の褒美だ」
妹たちへの贈り物を買うついでに購入した先ほどの金平糖を渡すと、タマキはニコニコと笑顔を浮かべ礼を述べる。それを大切そうにカバンにしまうと、その代わりに一冊の書物を取り出しウォルターに手渡す。
「ウォルターさん、この奥義書をイベントが始まる前までに読んでおいてください」
タマキが渡したのは地属性の奥義『沃地』を覚えられる書だ。ウォルターのレアリティは☆4なので奥義を持っていないのだが、この書物を読めばたちまち奥義を身に付けることが出来る。
「ふん。良いだろう。マグノリア王である俺に、この程度の技能を身に付けるのは容易いことだ」
*
嗅覚が可笑しくなりそうなぐらい甘ったるい空間から帰ってきたウォルターは、衣装もそのままにシュゼットを探していた。
セフィロトの大図書館へ来て以来、顔をあわせることはあっても昔のようにのんびりと話をする機会を作ることを避けていたのもあり躊躇するところもあったが、祭りに参加した以上は避けることが出来ないイベントが残っている。
「シュゼット」
「なあに兄さま?」
「やる」
そう言いながらウォルターは綺麗にラッピングされた箱を渡す。中身は先日購入した耳飾りと小瓶に入ったお菓子だ。
「わあ! 兄さまありがとう! 今日の兄さま、マントにビスケットが付いてる、可愛いな~!」
「今日でこの衣装は役を終えるから、気に入ったのならブローチくらいくれてやる」
「え~、ダメだよ~。あっ、そうだ! わたしもね、兄さまに贈り物を用意したの! みんなに教えて貰いながら作ったんだ」
シュゼットも可愛らしくラッピングされたお菓子をウォルターに渡す。中身は香草を混ぜたクッキーだ。つい先ほどまで甘い香りに巻かれ続けていたウォルターだが、このクッキーは小麦の香りが鼻腔をくすぐる。
「あとね。これ、姉さまたちから兄さまにって」
そういってシュゼットが差し出したのは几帳面に包装された箱だ。ラッピングのリボンに挟み込むようにメッセージカードが添えられている。その内容を読んでウォルターは思わず目頭を押さえた。あんなに憎しみあい殺し合った兄に対して『生まれてきてくれてありがとう』と書いてくれていたのだ。
「シュゼット。これをイレーヌとジゼルに渡しておけ」
「やだ。兄さまが自分で渡して」
「……合わせる顔がない」
「私も一緒に行ってあげるから。ねっ?」
手を引かれウォルターはゆっくりと足を進める。彼が用意したプレゼントにはこれといってメッセージカードなどは付けていなかったが、差出人名だけ書いておけば十分だと思っていただけに更に気まずかったのだ。
「せっかくお祭りの準備もしたんだもん! 姉様たちにも衣装を見せよう? ねっ?」
だがその懸念を拭い去るような明るい笑顔に手を引かれ、久方ぶりに兄妹四人が揃う場へと足を踏み入れたのだった。
「ねえねえ、姉さま! この大陸には愛のお祭りっていう日があるんだって」
「そうなのか?」
「うん! それでね、わたしも贈り物を準備するんだ~。イレーヌ姉さまとジゼル姉さま、ウォルター兄さまにも渡すの!」
恋人同士だけじゃなく家族の愛を再確認する日なのだとシュゼットは無邪気に笑う。このセフィロトの地に来てからこの妹は心からの笑みを浮かべるようになった。そう感じたイレーヌは一つの決心をした。
大図書館の食堂のキッチンでお菓子作りに励んでいる女性陣に混ざって贈り物であるお菓子を準備しに行ったシュゼットを見送ると、イレーヌは今までに一度も寄り付いたことが無い部屋へと足を向けた。
ノックのあと返事を待つ。入室の許可がおり室内へと入ったイレーヌの姿を見た部屋の主は、あからさまに嫌そうな様子を見せると表情をゆがめる。
「ウォルター……いや。今はあえて兄上と呼ぼう。話がある」
イレーヌたち兄妹はウォルターが父親を手にかけて以降は敵対に転じていたために、まともに話をしたことは無かった。戦場で顔をあわせては刃を交え、幾度となく命のやり取りもしている。
「ふん。何だ今さら。俺はお前と話すことなどない」
「私も貴様と口など利きたくない。だがシュゼットが今度の祭りに参加したいと言っているのだ。協力しろ」
そういいながらイレーヌは一枚の紙をウォルターに手渡す。『愛の祭り・参加者募集要項』と書かれたそれには男性しか参加できない旨が記載されている。
「はっ! 自分が参加できんから俺に代わりに出ろと? 笑わせるな」
「私とて貴様に頼み事など不本意でしかない。だがシュゼットが眼を輝かせながらいうのだ。『セフィロトに居れば兄妹が争わずにずっと一緒に暮らせる』と」
先代のマグノリア王には複数の愛妾が居た。ウォルターは王妃の息子だが、イレーヌたち三人は妾の子である。それぞれが別々の母から生まれてきたという事で対立する構造が作られてしまった部分もあったが、それでも末娘であるシュゼットは真っすぐに育ち兄妹たちの緩衝になっていたのだ。
「…………ふん、良いだろう。今回だけは特別に手を貸してやる」
子供のころからウォルターはシュゼットに対して特に甘かった。身内などすべて敵だと思っていたウォルターにとって、この一回り以上年下の妹は、王の部屋係だったメイドの子というのもあって一番無害とも言える肉親だった。無邪気に笑いながら追い掛けてきては「兄様、にいさま」と懐いて来たのが嬉しかったというのもある。
ウォルターにはイレーヌの顔を立てる気など更々なかったが、可愛がっていた末の妹の為ならばと折れたところで腕を掴まれ部屋から引きずり出される。
「おい。何のつもりだ」
「衣装を仕立てに行くに決まっているだろう。予算はセフィロト持ちだそうだから気にする必要はない」
「まさかこの俺に馬鹿どものような浮かれた格好をしろと? ふざけ――」「祭りに参加するのであれば当然だろう。ドレスコードみたいなものだ、諦めるがいい」
イレーヌは引き摺ってきた兄を仕立て屋が来ている部屋に連れ込むと、さっそく衣装の相談を始める。ウォルター本人が自尊心と妹の喜ぶ顔を秤にかけている隙に次々に衣装に使う布地を選ぶ。
参加要項に書かれている条件には『祭りの衣装はチョコレートのような色を、最低でも全体の半分に使用すること』と書かれている。マグノリア王国では主に聖王国へ輸出するためにチョコレートを作っているので色を選ぶのは容易であった。
デザインのほうも仕立て屋と相談しながら普段の格好からあまり雰囲気が崩れないように調整しつつ、シュゼットが喜んでくれそうな装飾も取り入れることになった。そのまま採寸も済ませて仮縫いなどの日程のやり取りを終えると廊下へと出る。
「よし。次は鍛冶師のもとへ向かうぞ」
「武器まで拵えるのか。まったく、この国は随分と金が有り余っているのだな」
先ほどと同じようにイレーヌは兄の腕をぐいぐいと引き次の目的地へと向かう。場所は大図書館の隅になぜか存在している鍛冶場だ。普段はこの鍛冶場に人など居ないのだが月に数日だけ、それこそ片手で足りる程度の期間だけ鍛冶師が来るのだ。
「らっしゃい! よく来たな。武器が欲しいのはそっちの兄さんで良いのかい?」
「ああ、そうだ。これは我が兄であるマグノリア王ウォルター。竜騎士だ」
「マグノリアってことは木蓮か。モチーフはそれで決まりだな。銀の槍をベースにして追撃封じの効果でもつけておくぜ!」
不機嫌そうなウォルターに代わりイレーヌが鍛冶師に返事をする。
恰幅の良い壮年の鍛冶師は返事を聞くなり、室内にストックしてある材料をかき集め武器の錬成を始める。完成までは数時間かかるそうなので、翌日取りに来ることを約束しその場から辞する。
特に挨拶などはせずウォルターはイレーヌの歩くペースなど考えずに廊下を進んでいく。今は夕刻である。
祭りの準備だと連れ回され慣れない疲れ方をしたウォルターだが、愛竜の世話を人任せにするつもりは無く厩舎へと踏み入れる。
ここには古今東西の戦士たちの相棒ともいえる様々な騎馬や飛竜たちが住んでいる。餌である獣肉と飲み水を運びながら目的の場所に向かうと、愛竜――ルカが何かを口にくわえていることに気が付く。
「おい、ルカ。それはなんだ?」
ウォルターはルカが口にくわえているそれを取ろうと手を伸ばす。しかしプイっとそっぽを向かれてしまい取ることは叶わなかった。ルカは低く鳴き声を上げる。
「なに? ルシアへの贈り物を可愛く包んで貰っただと? フン。酔狂なことだ」
赤く大きな肉体を持つマグノリア随一の飛竜は、その厳めしい外見に似合わず愛妻家である。番である飛竜のルシアはイレーヌの飛竜なのだが、敵対した以降は共に過ごす時間が無くなっていたためにシュゼットと同じように寂しい思いをしていたのだろう。
「……愛する者への贈り物、か」
*
翌日、朝一番でウォルターは広間に顔を出していた。普段は他の者たちと交流することなどないのだが、この日はそうせざるを得なかった。
「おい。そこのお前」
まだ人もまばらな時間帯だったのもあり、目的の人物はすぐに見つかった。セフィロトの職員であり何度か共に戦ったこともあるドルフだ。ドルフは異境の英雄たちが困っている時に率先して助け船を出す男なので、ウォルターの目的を果たすには彼に聞けば解決できるだろう。
「ウォルター王。僕に何かご用でしょうか?」
「貴様であればここの市街にも詳しかろう。案内しろ」
「なにか入り用ですか?」
ウォルターの言い方は人にものを頼むとは思えない尊大な態度であったが、応対したドルフの態度はいつも通り丁寧なものであった。セフィロトでは結構な大貴族の侯弟なのだが、威張り散らしたり嫌味のない性格をしているのは環境にもよるものがあるのだろう。
少なくとも今までの人生でマグノリアを属国扱いしてくる聖王国の役人たちを見てきたウォルターからすれば、ドルフは貴族らしくない貴族であった。
「年頃の娘が喜びそうなものを置いている店だ」
「女の子が喜びそうなものとなると、僕よりもタマキのほうが詳しいですね。声を掛けてきます」
いうやいなやドルフは小走りにその場から去っていくと数分もかからずにして戻ってきた。隣にはセフィロトの軍師タマキがついて来ている。
「ウォルターさんが今度のお祭りに参加して下さると聞いて!」
「いいから黙って案内しろ」
何故かご機嫌なタマキに連れられてウォルターは市街地へと出てきた。故郷で暮らしていた時も含めて普段であればこんな風に歩き回ることなどなかった。
マグノリア王たるウォルターは必要なものがあろうとなかろうと商人というのは城か屋敷に訪ねてくるものであったし、そもそも生活に必要のない余分なものを買うということ自体が経験のないことである。
しかし身分に関係なく自分のことは自分でやるというセフィロトの大図書館での生活はウォルターは嫌いではなかった。
「お菓子も良いですけど、この辺の小さいアクセサリーとかも可愛いですよ!」
タマキが手に取ってウォルターに見せてきたのは金属を動物の形に成型した首飾りだ。猫が石を抱いているようなデザインのもので、色違いが複数あるのが判る。
(シュゼットに渡すのは当然だが、ジゼルにも何か買ってやるか。あいつはこんな場所に来ても真面目過ぎるくらいだ。褒美の一つくらい……)
店内を見渡し二番目の妹が喜びそうなものを物色していると一点に視線が止まる。そこには一つの砂糖菓子が変わった作りのビンに詰められて陳列されていた。
「わ~。この金平糖、星型のビンに入ってます! かわいい~!」
ウォルターが見ていると脇から身を乗り出してタマキが小瓶を手に取り黄色い悲鳴を上げる。ウォルターにはタマキの年齢など判らなかったが、見た目がシュゼットと同じくらいだったので参考にするには丁度いいだろうと好きにさせている。
(菓子か。これくらいのであれば……まあ、いいだろう)
首飾りは戦場で無くしてしまいそうな華奢そうなチェーンのものばかりだったので、他のアクセサリー類から妹たちに似合いそうなデザインを探す。シュゼットには真珠と貝殻のピアスを、ジゼルには花をモチーフにしたブローチを選んだ。
(シュゼットとジゼルはこれで良い。だが問題はイレーヌだ)
イレーヌは戦時平時問わず男のような恰好を好んでいる。一応は髪を伸ばしてはいるが、邪魔にならないよう纏めるのに使っているのは洒落っ気の欠片もない髪紐とピンだ。女が喜びそうな装飾品を喜ぶとは到底思えなかった。
ウォルターは悩んだ。もう面倒だから菓子だけやればいいのではないかとも考えたが、プレゼントを選ぶ能力がないと思われるのは嫌だと思い至ると、再び並んでいる装飾品に視線を走らせた。
結局ウォルターが選んだのは、イレーヌが選びそうにない華奢なデザインの髪飾りだった。
(あの男女もこれで少しはマシになるだろう)
決まってからはあっという間に会計を済ませ、先ほど見つけた菓子と共にそれぞれ包ませると店を後にする。
ウォルターが早い時間を選んだのは訓練やら何やらで市街地に出てくる者が少ない時間帯だからだ。王たる自分が女子供の喜びそうなものを主に取り扱う店で買い物をしているところなど見られたくないのである。
「案内の褒美だ」
妹たちへの贈り物を買うついでに購入した先ほどの金平糖を渡すと、タマキはニコニコと笑顔を浮かべ礼を述べる。それを大切そうにカバンにしまうと、その代わりに一冊の書物を取り出しウォルターに手渡す。
「ウォルターさん、この奥義書をイベントが始まる前までに読んでおいてください」
タマキが渡したのは地属性の奥義『沃地』を覚えられる書だ。ウォルターのレアリティは☆4なので奥義を持っていないのだが、この書物を読めばたちまち奥義を身に付けることが出来る。
「ふん。良いだろう。マグノリア王である俺に、この程度の技能を身に付けるのは容易いことだ」
*
嗅覚が可笑しくなりそうなぐらい甘ったるい空間から帰ってきたウォルターは、衣装もそのままにシュゼットを探していた。
セフィロトの大図書館へ来て以来、顔をあわせることはあっても昔のようにのんびりと話をする機会を作ることを避けていたのもあり躊躇するところもあったが、祭りに参加した以上は避けることが出来ないイベントが残っている。
「シュゼット」
「なあに兄さま?」
「やる」
そう言いながらウォルターは綺麗にラッピングされた箱を渡す。中身は先日購入した耳飾りと小瓶に入ったお菓子だ。
「わあ! 兄さまありがとう! 今日の兄さま、マントにビスケットが付いてる、可愛いな~!」
「今日でこの衣装は役を終えるから、気に入ったのならブローチくらいくれてやる」
「え~、ダメだよ~。あっ、そうだ! わたしもね、兄さまに贈り物を用意したの! みんなに教えて貰いながら作ったんだ」
シュゼットも可愛らしくラッピングされたお菓子をウォルターに渡す。中身は香草を混ぜたクッキーだ。つい先ほどまで甘い香りに巻かれ続けていたウォルターだが、このクッキーは小麦の香りが鼻腔をくすぐる。
「あとね。これ、姉さまたちから兄さまにって」
そういってシュゼットが差し出したのは几帳面に包装された箱だ。ラッピングのリボンに挟み込むようにメッセージカードが添えられている。その内容を読んでウォルターは思わず目頭を押さえた。あんなに憎しみあい殺し合った兄に対して『生まれてきてくれてありがとう』と書いてくれていたのだ。
「シュゼット。これをイレーヌとジゼルに渡しておけ」
「やだ。兄さまが自分で渡して」
「……合わせる顔がない」
「私も一緒に行ってあげるから。ねっ?」
手を引かれウォルターはゆっくりと足を進める。彼が用意したプレゼントにはこれといってメッセージカードなどは付けていなかったが、差出人名だけ書いておけば十分だと思っていただけに更に気まずかったのだ。
「せっかくお祭りの準備もしたんだもん! 姉様たちにも衣装を見せよう? ねっ?」
だがその懸念を拭い去るような明るい笑顔に手を引かれ、久方ぶりに兄妹四人が揃う場へと足を踏み入れたのだった。
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