翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第二部おまけ

おまけ02

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※15話の蛇足。スピンオフとのリンクあり。

 気を紛らわすようにエリアスから剣の稽古をつけて貰ったラウルスは、汗を流すために再び温泉へと足を運んでいた。美肌の湯という事で女性陣の評判は良かったみたいだが、熱い湯に浸かるという文化圏ではないローレッタ大陸から来たラウルスには再び熱い湯に浸かるというのは辛いものがある。洗い場で簡単に身を清めると着替えを済ませエリアスと二人で茶会の場に向かう。
 本日の茶会の場である中庭のテーブルには既に女性陣が集まっていた。

「さっきとは別の浴衣になってるな」

 遠巻きに眺めながら近付いていくと、三人とも湯上りに着ていた浴衣とは別のものを身に付けていた。ラウルスから見ればガウンの類だと思っていたのだが、タマキの話によれば湯上り以外にも夏場の祭りに着ていく服装だという。
 先ほどの白地に青のストライプが湯上り用だとすれば、今彼女たちが身に付けている花や蝶の柄は祭り用なのだろうと一人納得する。

(先ほどエリアスが言っていた「控えめに言って最高」だったか。多少言葉は変だがなるほど、なかなかうまい表現かもしれん)

 ラウルスの主君であるフェイスは腰ほどまで長さのある真っすぐな若菜色の髪を降ろしていることが多い。しかし今はシニヨンが作られており、浴衣に合わせた髪飾りが付けられている。

(フェイス様は髪を結うのが苦手だからルーナが結ったのだろうな。高さも飾りの位置も絶妙だ。あの飾りから垂れている白いのは藤か? 馴染みがないから盲点だった。うちでも育てよう)

 一度立ち止まり思案する。王都にある屋敷であれば領地より気候が適しているし、植物を入れ替えようと思っていたスペースがある――そう結論付けると、元の世界に帰ってからの算段を立てた。

「お~い。ラウルス? どうしたんだ、ぼーっとして」
「ああ、すまん。藤棚を置けそうな場所があったか考えていた」
「あ~、うん。お前のやりたいことはなんとなくわかったぞ」

 藤棚でも作るつもりなんだろと図星を付かれ一瞬黙り込むが、意地を張るような相手でもないと肯定する。エリアスは嬉しそうに笑った。

「愛情表現はわかりやすくしたほうが良いぞ」
「生憎だが、俺はお前ほど素直じゃないんだ」

 ラウルスは人前でも惜しげもなく愛情表現が出来るエリアスを羨ましいと思っていた。

「まあ! エリアスもラウルスも折角用意してもらったのに、いつもの格好で来ましたの?」
「俺たちも浴衣のほうがよかったのか?」
「折角ですし二人にも着てほしかったですけど、今から着替えに行っては折角のお茶の準備が駄目になってしまいます」

 その代わりに暖かい時期が終わる前に再び浴衣パーティをする約束を取り付けルーナは席に着く。その隣で微笑む主君に挨拶をしたのちにラウルスたちも席に着いた。
 ここに居る皆が初めて体験した温泉の感想から始まり、ローレッタでも温泉はあるのだろうかと続く。そのまま女性陣は美容の話へと切り替わっていくのだが、エリアスもラウルスも静かに彼女たちの様子を眺めていた。

(こうして見ているとまるで姉妹のようだ)

 大公スヴェルの直系の子孫であるルーナはラウルスと同じように聖王家の傍系だ。生まれ育った世界線が別とはいえ、その事実は彼女の容姿が表している。瑠璃色の瞳は聖王家の血が色濃く出ている証拠であった。

 かつて秘めていた恋心――ラウルスにはそれがあったから打算も何も関係なく、主君に尽くすことが出来た。だがやはり性差はどうしようも無い。主君の友として振る舞い、姉妹のように親しくなったルーナのことが羨ましいとさえ思っていた。

(ああ、駄目だ。嫉妬だなんてらしくない)

 ラウルスは幼い頃に一度、主君に髪を結って貰ったことがある。まだ少女のように可憐だったころ、外見に頓着せず親に言われるがままだった時期のことだ。
 お世辞にも上手とは言えない仕上がりだったが、一目で心を奪われたあの時はそんなことは気にもとめることは無かった。主君の手から直接、髪紐を賜った――その事実だけで充分だったのである。

 女の子だと思っていた――始まりはそんな勘違いだった。用意されていたのは主君と同じように汚れのない真っ白なリボン。数年前、帝国との戦争が始まる少し前までは長く伸ばしてしていたから髪を結う機会もあったが、短くするようになってからは箱に入れてしまいっぱなしになっていた。
 たまに眺めては思い出に浸ることもあったが、捨て去ったはずの感情を呼び起こしてしまうのでは無いかと気が気でなかった。しかし有るべき所にきちんと存在するのか、それが心配で定期的に確認していたときに引っ張られるようにして連れてこられたのが、このセフィロトの大図書館であった。

 ラウルスには過去にたった一度だけ、主君に思いを伝えようと思っていた時期が有った。素性を隠し、仮面越しに愛を囁いたこともある。派手だった女遊びをきっぱりと止め、手段を問わずに複数持っていた女性関係の清算もした。あとは覚悟を決めるだけだった。
 ひとえに云えば恐らくタイミングが悪かったのだろう。平時であれば見誤るはずのない攻勢に出るべき機を見誤ったのだ、あの時の自分は酷く正気と冷静さからかけ離れていたのだろう。

 紛失してしまったリボンは未だに見つかっていない。しかし、どんな財宝よりも大切にしていた物だというのに不思議と焦りは無かった。
 タイミングさえ噛み合えば必ず見つかる――余り当てにはしていないが召喚者である軍師や隊長の証言だ。実際に何人かはこれで見つけているのだから事実なのだろう。

「ルーナはとても可愛らしいですね」

 茶会もお開きとなりラウルスは主君を部屋まで送るために追従していた。不意に足を止め振り返ると、フェイスは小さく口を開く。 
 言葉の意図が読めずに困惑していると、主君は更に言葉を紡ぐ。

「覚えていますか? 私たちが初めてお会いしたときに、ミシェルを女の子だと間違えてしまったこと」
「はい。あの時は髪結い用のリボンを賜りました」

 ラウルスは主君とのことであれば一言一句違えずに覚えている。お茶会の席で人見知りをする主君のために誰よりも熱心に話し相手をしたことや、歌のお稽古が皆への披露も含めて苦手だと話してくれたこと。初めてダンスの相手を務めたときに向けられた視線。滅亡する聖王国から落ち延び、次々に護衛が減っていって二人だけになってしまったときの絶望。全て記憶していた。

 この数年はまさに激動だったと話す主君に頷く。この先の人生をラウルスは聖王国の軍師として、聖王となったフェイスを支えていくのだ。その重荷を共に背負う覚悟は出来ている。

「あの時の傷は、まだ痛みますか?」

 白くか細い主君の手が、そっとラウルスの胸元に触れる。ここに有るのはかつて、ラウルスが自らの命を無駄にしようとして残った傷だ。そのとき主君は沢山の涙を流していた。使い方は知っていても傷薬や包帯など初めて使うものだったというのに、戦場の恐怖に震えた手で慣れない手当てをしてくれた。

「私などに触れては、手が汚れてしまいますよ?」

 この手は人殺しの手だ。言葉ひとつで何人もの人生を台無しにした。フェイスが聖王になってからは政敵を葬る機会も増えた。
 ラウルスの本心とは裏腹に感情の中のどす黒い部分が優しく美しい主君にはお前など相応しくないと待ったをかける。

「構いません。ミシェルは私の騎士ですから」

 治療の杖も使えるようになったのですよと続ける主君の顔は少しだが曇っていた。きっと彼女は全てを知ったうえでラウルスの罪を見逃しているのだろう。政治など何もわからなかった少女が王となり嫌でも策謀渦巻く場所の中心に立たざるを得なくなったのだから、仕方のないことなのかもしれない。

「陛下の命であれば、どこまでも共に参ります」

 いつか仮面などなくとも想いを告げられるような、そんな勇気を持てる日が来るのだろうか。それとも、この想いを胸に秘めたまま最期の時を迎えるのだろうか。
 勝算のない戦いなどしたくはないのが平時のラウルスだが、フェイスのこととなるとそうもいかなくなる。
 しかし今はまだ主従という壁が必要だと自らに言い聞かせ、ラウルスは主君の手の甲へと口づけたのであった。
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