翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第三部

第17話 ちょっとした解釈違い

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 ゆっくりとした足取りでケイオスに近付いたオブシディアン将軍は、握りこぶしを作るとそれを勢いよく振りかぶった。ケイオスには回避する気が無かったのか、綺麗に頬へと命中するとその身体が軽く吹き飛びソファーから落ちる。

「ちょっとオブシディアン様! 何やってんすか!?」

 すぐさまヘリオドールが駆け寄り抱き起こすと、殴られた箇所が見えたのもあって俺にも状態を確認できた。
 見た目には頬が腫れるなどのダメージは無さそうだが、視線が先ほどのものに比べて眠たげになっている。赤みのあった瞳の色も元通りの琥珀色に戻っていた。

「あ~、うん? 交代かい? えっ、なに。……叔父上が不機嫌なの? ……駄目だ、眠くて頭まわんない…………」

 それだけ言うと、床に膝を付いたままメテオライトはソファーのクッションに顔を埋める。先ほどケイオスが話していた通り、魔力の回復が済んでいないのか、なかなか顔を上げようとしない。

「メテオライト様、眠気覚ましにこちらをどうぞ」
「う~……むぅ~」
「メテオライトさま~、甘いお菓子っすよ~。これで糖分補給しましょうね~」

 ジェイドとヘリオドールの連携で起こそうとしてくれているが、それでもあの状態は厳しいだろう。一度しっかりと休ませてそれから話を聞いたほうが良いんじゃないか。そう思い口を開こうとしたところで、首だけ寝返りを打ったメテオライトと眼が合う。するとそれは一度眠たげに閉じられると、一拍置いてカッと見開かれる。

「エリアス! 無事だったんだね!?」
「ああ。みんなのおかげで何とかな。ところでその頭はこっちで流行りの髪型なのか?」
「は? 髪型……って、なんで!?」

 視界の端にずっとチラついていただろうに、余程眠かったらしいメテオライトは自身のヘアスタイルが愉快なことになっていることにようやく気が付いたらしい。脇でヘリオドールが「ケイオス様が楽しそうっした」などと、簡単に経緯を説明している。

「待って。このヘアスタイルは僕が考えた最強に可愛いエルナであって、僕がするのは解釈違い――って、違う。今はそれどころじゃない!」

 髪を結いなおす暇すらないといわんばかりに、メテオライトは眠気と戦いながら頭を動かしているようだ。

「えっと、あれだ。まず僕は何日くらい寝てた? それと聖王国を始めとした諸国の状況を教えて貰えるかい」
「だいたい一週間くらいっすね。オブシディアン様あてに手紙書いてる途中で寝ちまって」

 彼らの話によると、俺とミシェルがミスルトー家に案内されたときに見せて貰った手紙は出す予定だった手紙のほんの一部だったらしい。メテオライトが使役するシルフ鳥は他の魔導士では使役出来ないので、伝書鳩に運ばせるにはリスクの多い情報は結局出せないままになっていたらしい。ひとまずは俺たちのここ最近の状況を説明し、情報の共有を行う。

「ふんふん。なるほど。とりあえずエリアスの闇落ちフラグは折ることに成功したわけだね。よかったよかった」
「それなんだけどさ。もしかしなくても邪悪の樹の中で遭遇したアイオライト卿って、闇落ちした俺ってことで良いのか?」
「うん。僕もケイオスの封印を解除して肉体を共有し始めてから、黒谷累だった頃の記憶が幾つか戻ったんだけど、あれはルート3のエリアスだね」
「ルート3? 一つは菫青の勇者だと思うけど、もう一つあるのか?」
「あ~。そっちは行方不明ルートだから気にしないほうが良いかな」

 キャラクターによっては幾つかの分岐があるとか説明しつつ、俺はメテオライトからの情報を飲み込んだ。

「さてと。それで叔父上。僕の留守中の様子を……叔父上? どうしたの?」

 先ほどメテオライトのことを殴るだけ殴って、その後はずっと無言だったオブシディアン将軍はひとり、なんとも言えない表情をしていた。

「あ~。オブシディアン様が面倒くさい状態になってる感じっすね」
「自己嫌悪に陥るくらいでしたら、あのようなことなさらないでください」

 ヘリオドールとジェイドが呆れたような様子でオブシディアン将軍へと言う。上司相手でも遠慮が無いなと感心しつつ、この状況に置いて行かれつつあるオブシディアン将軍にも同情する。

「えっ。何かあったの?」
「オブシディアン様がメテオライト様のこと――っつか、ケイオス様のこと思いっきりぶん殴ったんすよ」
「わー、さすが叔父上、始原の竜族相手に勇ましい」

 互いの近況を把握して落ち着いたという事で、メテオライトもあの愉快な髪型を直そうと思ったのか髪を解く。手櫛で適当に整えて纏めようとしているのか、高い位置での結わき癖がついているせいなのか苦戦している。

「まあまあ。オブシディアン殿も謎のテンションかつ、あの髪型のテオが帰ってきたらびっくりもするだろ。なあ?」

 オブシディアン殿が余りにもな状態なので助け舟を出そうと俺は声を掛ける。床に両膝を付き項垂れた状態のオブシディアン将軍は、ゆっくりを顔を上げる。この世の終わりのような表情をしていた。

「耳の高さでのポニーテールが至高だというのに、なんかよく解らんツインテールになっていたせいで混乱しておりました。しかし主君を殴るなどもっての外。然るべき罰を」
「え~。そんなこと言われてもケイオスが表に出ている時は物理攻撃効かないし、僕ノーダメージだし。気にしなくても……」

 許しを請うつもりはないらしく、オブシディアン将軍は素直に罰せられることを望んだ。しかし肝心の被害者がノーダメージだ。そもそも殴られたのはケイオスの自業自得である。
 だがメテオライトからの放免に対し、そんなこと言わずにって顔のオブシディアン将軍は謝罪のあて先が不明状態なのが落ち着かないようだ。

「あ~、じゃあ髪の毛結いなおして。リボン込みで編み込みって苦手なんだ」

 メテオライトは解いた髪紐と女神の信徒が髪に編み込んでいる飾り緒をオブシディアン将軍に渡すと、ソファーへと座りなおす。そして仕舞ってあったモンタギュー殿からの手紙を確認すると俺たちのほうを見て「あ~」という。いったい何が書いてあるというのか。

「うわあ。モンタギュー殿ったら、僕に今すぐにでもシスル王国に即位するように言ってきたんだけど」

 その内容で何で俺たち二人を見て「あ~」といったのか理解できない。

「まあ、リリエンソール公爵領が一国として聖王国から完全に独立するっていうんなら、他所の承認は欲しいだろうね。で、手っ取り早いのがシスル王国うちってわけだ」

 これもメテオライトの言う通りだろう。場所的にも手頃だろうし。

「シスル王国がリリエンソール公爵領の独立を承認すれば、関係性はそのまま同盟国になって後顧の憂いも無くなる。双方と同盟関係になるシスル王国は、どちらにも攻撃できないから中立を貫くしかなくなるからね。今現在はミシェルを匿っているから、それが人質代わりになるんだろうけど、エリアスも含めて僕の大事な友人であるから悪いようにはされない。そんなところだろうね」

 なるほど。だからさっきの「あ~」なのか。さすがはモンタギュー殿、急な予定変更でもこれとは抜かりないな。

「この文面からして急いで書いたみたいだし、数日中には正式な使者がやって来るだろうから、国境のほうに連絡入れておいて」

 その言葉にオブシディアン将軍は、櫛を持ってきた使用人に手配するよう指示すると、手慣れた様子で黙々と髪を結い始める。

「さてと……エリアス。きみ今、武器って何を持ってる?」
「元々の装備は持ち出せなかったし、聖剣も折れちまったから道中で調達した鉄の剣と、親父がゼノンに持たせてくれていたこの短剣くらいだな」

 最低限の荷物で移動していたので、そこまでしっかりした装備は準備できていない。この短剣だって投擲して、ほんの一瞬だけ相手の気を逸らせれば良いくらいのものだ。

「なるほど。騎士の嗜みか。サフィルス卿らしい」

 確かに今時では珍しい。ここ数年、騎士の装備といえば剣と槍だ。多くの経験を積んだものであれば斧や魔法にも手を出すが、武器としての短剣を持ち歩く騎士は殆ど見かけない。

「地下神殿が見つかったことについては聞いたかい? 話したいことは他にもあるけど、ここよりも城のほうが神殿に近いし、まずは場所を移そうか」
「その地下神殿に何かあるのか?」

 地下神殿といえば、この屋敷に着いてから教えて貰った施設だ。奥にあった部屋に、黒い宝珠の欠片があったとかいう神竜族の神殿のことだろう。何か企んでいるかのような表情のメテオライトは不敵に笑うと、懐から一つ香炉を取り出す。その香炉には見覚えがあった。俺が古の魔女によって女神と引き合わされたときに使った香炉だ。

「神話の時代に作られた神竜族の遺跡だからね。奥の祭壇にはまだ強い力場があるから、きみとエルナが居れば女神と交信が出来るかもしれない。試してみる価値くらいはあるだろう?」
「ああ。俺も女神アストレアに聞きたいことがある」

 どうしてグレアム陛下を撃った矢に女神の紋章が刻まれていたのかとか、草原で戦ったあの剣士は誰なのかとか聞きたいことは幾つもある。
 今日はもう移動し始めるには遅い時間なのと、メテオライトたちが疲れていることを考慮して出発は明朝になった。
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