翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

文字の大きさ
135 / 140
第三部

第18話 祖父

しおりを挟む
「ひゃ~。まさかここで降って来るだなんて」

 シスル城につくと同時に天気が崩れ冷たい雨が降り注いだ。俺たちは急いで城内に入ると出迎えてくれた使用人からタオルを受け取り水気を拭きとる。そのまま案内されるがままに応接室へと歩いていると、向こうから歩いて来た老紳士が驚きの表情と共に引き留めてきた。

「お前が居なくなったすぐあと、セレスタイトが戦死し、他の息子たちも皆死んだ。リディアもまだ幼かったモーリス殿下と共に、事故でいなくなってしまった。儂にはもうお前しかおらんのじゃ!」

 どうか帰ってきてくれ――老紳士はそう言いながら俺に縋りついてくる。何度もなんども、すまなかった。ゆるしてくれ。と繰り返す姿からは病的ともいえる必死さが伝わってくる。

「ジャスパー殿。彼はメテオライト様の大事なご友人で客人です。幾ら貴殿でも無礼は許しません。手をお放しください」

 オブシディアン将軍に引きはがされるようにして老紳士の手は俺から離れた。ジャスパーと呼ばれたその老紳士は、戸惑うようにその手を彷徨わせる。そしてその上着の袖に見つけてしまった。

「アマリリスの紋章……?」

 本当に近くじゃなければ聞き取れないくらい小さな声で呟いた。間違いない。この老紳士こそが親父が言っていた俺の祖父なのだろう。よく眠れていないのか隈が酷く頬もこけているが、どことなく親父と似た雰囲気の顔立ちをしている。

「詳しいことは部屋で暖まりながら話そうか」

 メテオライトは近くにいた使用人に声を掛け、老紳士を従者のもとに送り届けるよう手配している。
 俺はそれを見送りながら部屋に案内されるがままに扉を潜った。戸が閉まる直前、寂しそうに、悲しそうに俺に手を伸ばそうとする老紳士の姿が目に映る。

「エリアスも気が付いているみたいだけど、さっきの老人がアマリリス侯爵――サフィルス卿の父親で、きみの祖父だね」
「随分やつれていたみたいだけど、いったい何が?」

 ルイス王子たちとともに邪竜ロキを封じてから一年余り――シスル王国はすっかりと平和になり、以前のような常に緊張感に包まれるような事態は無くなっていた。
 皆が安息を手に入れ、疲弊していた国力も回復してきているはずなのに、何かに怯えているかのような老人の姿は異様に見える。

「アマリリス侯爵の領地というのは、シスル王国でも最北端――帝国と面した最も危険で過酷な土地だ」

 書棚から地図を取り出し、机に広げながらメテオライトはアマリリス侯爵の領地を指でぐるりとなぞる。一目見て、そこはかつてのリンデン帝国との激戦区であることが分かる。

「アマリリス侯爵にも多数の子供が居たんだけど、さっきも本人が話していた通り出奔したサフィルス卿以外は戦死している。娘たちは他家に嫁いでいるけれど、アマリリス家に子供を返せるような余裕のある家は無かったからね。跡取りが自分のせいで居なくなってしまったことに責任を感じて……その結果、心を病んでしまったみたいだ」
「……そう、か」

 あの必死さは跡取りが居ないことに対する焦りなのか、はたまた親父とその恋人を引き離したことに対する呵責なのか。俺にはそのどちらなのか判別は出来なかったが、可哀そうな人だという事だけは判る。

「……エリアス。アマリリス家の相続問題に関して、僕は何も口出しするつもりはないよ」
「ああ」
「でも、まあ……侯爵と話がしたいんなら手配くらいはするからさ。気が向いたら教えてよ」
「わかった。ありがとうテオ」

 祖父と話がしたいか――そう聞かれたら、答えは「はい」だ。母親を早くに無くして、それからは長いこと親父と二人で暮らしていたせいか、他にも肉親が居たという事実に俺は少なからず喜びを覚えている。
 でも心を病んでしまったという祖父が、若いころの親父によく似ているという俺を前にして、はたしてまともに話せるのだろうか。家を継ぐ気も、その覚悟もない俺が、ただ血縁者だから話をしてみたいという理由だけで会いに行ったら、ぬか喜びさせるだけなのではないか。そう考えると気持ちは進まない。

「さてと。それじゃあ、さっそくだけど本題に入ろう。まずはこの後の予定の確認だ。僕たちはこれから、最近見つかった地下神殿へと向かう」
「そこに行けば、女神と対話できる可能性があるんだよな?」
「お師匠様の残した資料に香の作り方があったから、それを参考にして試してみるんだ。エルナの踊りもあれば、ちょっとくらいは話せるはず」

 メテオライトの師である古の魔女エリウはかつて、未踏の地ティルナノーグの神殿で儀式を執り行い、俺と女神アストレアを引き合わせた。香はその儀式の際に焚かれていたもので、たぶんちょっとしたトランス状態にしてくれるものだろう。

「それなら聞きたいことを纏めておいたほうが良さそうだ」
「そうだね。優先順位はしっかり決めておくといいよ。さてと、あとはもう一つ懸念があるのだけれど……マーリン様はどう思います?」

 前回の儀式のときは碌にしゃべることもできず、脳に直接情報を叩きこまれるような夢見心地の状態だったが、今回はこちらが用があって試みるチャネリングだ。

「師もかつては夫を持っていた時期がある。術者の純潔は問題にならないだろう」
「ええ、そうですけどね。媒介になる術者が男だったって前例ってありましたっけ?」
「……勇者が男なのだから、術者が男でも問題ないだろう。……たぶん。おそらくは」
「ええ~……どうしよう。心配になってきた」

 俺が女神に聞きたいことを脳内でまとめている間に、チャネリングの術に関する話し合いが行われる。女神アストレアは穢れなき処女神だ。彼女を祀る神殿は場所によっては男子禁制であったりすると聞いているから、彼らの心配は尤もなものだろう。

「でしたら私がその媒介となる術者をすることは可能ですか?」
「う~ん。ミシェルならほとんど全ての問題をクリアできるけど、いいの? 他宗教だよ?」
「何を今さら。今はエリアスと、この大陸の一大事なのです。細かいことを気にしていてはいられません。そうでしょう?」
「あ~、うん。そうだね。きみは研究者気質が強いからそう答えるよね。……うん。それじゃあチャネリングの術式のメインとなる部分はミシェルに任せるよ。資料はあとで渡そう」

 魔導に関しては素人の俺には口を出せることは無い。だがミシェルが言う通りだろう。ローレッタはもともと宗教に関しては寛容な土地だ。混乱した大陸の情勢を落ち着けるためにも、俺は女神と対話する必要がある。

「空模様からして今夜から明日は雨だろうし、神殿に向かうのは明後日になるね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ

猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。 当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。 それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。 そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。 美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。 「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」 『・・・・オメエの嫁だよ』 執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

処理中です...