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第三部
第19話 地下神殿
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長い石造りの階段を下り案内されたのは地下神殿だ。石柱も天井画も何処かで見たことがあるような作りの施設を、メテオライトに案内されるがまま進んでいくと、大きな祭壇のある部屋に辿り着く。
壁一面に描かれた宗教画は砂漠の向こうにある街でも見かけたものに雰囲気が似ているから、ここは神竜族の作った施設なのだろうと納得する。
「こんな所にも神殿があったんだな」
「つい最近見つかったばかりだからね。知らないのも無理ないさ」
「もう少し早くに知っていればサディアス殿にも教えてやれたのに……」
不思議と始めて来た気がしない神殿の内部を眺めながら、自然と口をついて出たのは先日たまたま居合わせた魔導士の男の名だった。あの様子だと巡礼の最中だったかもしれないし、なかなか辺鄙な場所だが神竜族の神殿となれば巡りたいだろう。
「えっ、サディアスに会ったの!? いつ? どこで? どこに向かうとか言ってなかった?」
「何だ、知り合いなのか? あの遠征よりも少し前だから、一ヶ月くらい前かな。王都から帰ってくる道中の乗合馬車で一緒だったんだ。シスル王国の神殿に向かっているところだって言ってたから、この情勢だし、まだこっちに居るんじゃないか?」
俺の発言が予想外だったのか、メテオライトは驚いた様子でサディアスと会ったときの様子などを聞いてくる。特に目立って変なところは見られなかったので、普通にありえそうな状況を返す。するとメテオライトは少し考えこんだ様子で口を閉ざした。
「……エリアス。シスル王国のあの神殿は基本、男子禁制だ。だから当代の国王と勇者以外の男は立ち入りを禁止されている」
「へっ?」
少しの間、何かを考えた後にメテオライトが伝えてきた言葉に、俺は思わず間抜けな返事をした。あの時サディアスは俺に、シスル王国の神殿へ参拝に向かうと言っていた。もちろんシスル王国内にも神殿は多数ある。なんならハール教の神殿もあるだろう。だが女神の信徒と名乗る人間が言うシスル王国の神殿というのは、間違いなくエルナが預かっている神殿を指すことが大半だ。
「前にマーリン様も見物に行ったけど、見ることが出来るのは外観だけだ。内部にはどんなに高位の神官でも入ることは出来ない。神殿関係者はほぼ女性。男も居るにはいるけれど、神殿近くにある修道院での奉公になる。言いたいことは解るね?」
メインとなっている神殿は、女神アストレアが処女神であるという理由から立ち入り制限がかかっているらしい。その他の神殿は所謂、分社みたいなものだそうだ。
俺たちが今いる神殿は神竜族が作った物の中でも女神アストレアよりも高位の存在――この世界の創造神ともいえるケイオスのために作られた場所なので、外見は似ていても少し違った様式になっているらしい。
「サディアス殿は入れもしない場所を目指していると言っていたってことか?」
そうなると彼の目的が判らない。もしかしたら他の小さな神殿に参拝している可能性もあるが、それでもメテオライトは何か引っかかりを覚えたようだ。もしかしたら彼の行動が何かのイレギュラーなのかもしれない。
「サディアスはもともと、アルカディアに住んでいた魔導士だ。僕がお師匠様に弟子入りしたばかりのころは向こうにいたけど、十年ちょっと前に理由は判らないけれど砂漠の向こうからこっちに移住してきている。とはいえ彼は向こうの神殿では高位の神官――吟遊詩人として布教活動を許可されていた。そんな彼が戒律を間違えるとは信じがたい」
お前そんなに偉い奴だったのかというツッコミは飲み込んだ。たしかに吟遊詩人は他の魔導士系の兵種に比べると特殊な立ち位置だ。それがハール教ではない別の宗教の神官だと言われれば納得できる。
「この祭壇の間は、僕が封印を解除するまでは開かずの間だった。そしてここにある筈の無かった『漆黒のレギンレイヴ』の最後のひと欠片が安置されていた。もしかしたら……いや。この話は一度置いておこう」
「ああ。そうだな。それに俺にはサディアス殿が何か悪だくみをするような人間には見えなかった」
不確定要素が多すぎることと、本来の目的を果たすのが優先であることを考慮して、この話は打ち切られる。
「う~んと……この辺りなら魔法陣を書けるかな」
メテオライトは祭壇の近くに道具を置くと儀式の準備を始める。ミシェルも術式の最終確認をしているみたいなので、話しかけるのは憚られた。なので俺はジェイド達と共に邪魔にならない場所で待つことにした。
「前にもちらっと見たけど、こんなん壁一面に描くなんて一種の狂気っすよ」
「確かに……どれだけ時間かけて書いたんだろうな」
脇で見ているくらいしかやることのない俺たちは、祭壇の周囲をぐるりと見渡す。人と亜人種が共に暮らしていると思われる図柄や、竜族を崇める人間たちの絵などが壁一面に刻まれているとなると、確かに狂気に近いものを感じる。
頭の後ろで手を組んで暇を持て余している様子のヘリオドールは、あまり敬虔な信徒ではないらしく興味も薄めだが、両親も敬虔な信徒だというジェイドは両眼を輝かせて壁画を眺めている。
「魔法陣はこれでよし。ミシェル、準備はいいかい?」
「ええ。万事問題ありません」
準備が整ったのか、それぞれが配置につく。俺も促されるままに中央に座ると香が焚かれた。そしてミシェルがチャネリングの呪文を唱え始めると同時に、メテオライトの演奏に合わせてエルナが踊り出す。普段の彼女とは違った雰囲気に驚くが、俺も集中しなくてはならない。
目を閉じて精神を儀式に集中させる。香の効果もあって以前と同じように意識が彼方へ向かい始めようとした、その瞬間、射抜くような鋭い視線を感じた。そして同時に何かに弾かれるようにして吹き飛ばされる。
「エリアス!?」
「大丈夫かい!?」
吹き飛ばされた距離が大したことなかったお陰か、俺は特に怪我もなくすぐに立ち上がることが出来た。心配して駆け寄ってきてくれたみんなに大丈夫だと伝えると周囲を確認する。先ほどの視線の正体が気になった。
石造りの床の隙間から泥があふれ出し、それは見る見るうちに人の形を作っていくと次々に襲い掛かってきた。そして入り口付近の空間が異様に歪む。この気配はあの男だ。
「ふむ。女神の気配を辿ってきてみれば、これは思わぬ収穫だ」
男は大剣を構えることなく、顎に手を当てながら感慨深げに頷いた。俺たちは現れた泥人形たちの相手で、男にかまっている暇はない。儀式のためにある程度ばらけた位置に立っていたせいで、俺たち四人とジェイドやマーリンたち三人とは離れた位置取りだ。まずは合流するのが望ましいだろう。
「こいつらはケイオスの加護が乗った武器じゃないと倒せない。ジェイドとヘリオドールにそれぞれ持たせてあるから、対抗するにしても逃げるにしても合流するのが優先だ。足元を壊せば多少の足止めになるだろうけど、あまり当てにならないかな」
「わかった。前衛は任せろ」
俺は剣を構えると比較的守りの弱そうな場所へ攻撃する。崩れたタイミングを見計らいミシェルが氷魔法で追撃してくれたので、そのまま一気に駆け抜ける。ジェイド達も俺たちと同じようにその場を切り抜けて合流してきた。メテオライトが言っていた通り、彼ら二人が持つ武器はこの泥人形たちに効いているようで敵の数は確実に減っていた。
「メテオライトさま~、大丈夫っすかあ?」
「エリアス殿もご無事なようでよかった。ここは俺たち二人に任せて下がっていてください」
ヘリオドールとジェイドは武器を構えると慣れた様子で泥人形たちを倒していく。俺たちは時折すり抜けてくる泥人形に対応しながら、壁を背後に状況を打開する策を考えていた。逃げるにしても戦うにしても、あの男の脇をすり抜けなくては神殿の外に出られない。
「泥人形だけならまだしも、アレが出てくるだなんてついてない……」
「なんだ? あの剣士のことを知っているのか?」
「ああ、エリアスも会ってたんだっけ。あれは神竜テミスの眷属だよ。それも規格外に強い」
少し遠い位置で戦う様子を観察する。ヘリオドールが持つ炎を纏った剣を武器も使わずに軽く受け流し、ジェイドが突き出した槍も同じように素手で叩き軌道をずらしていた。
「おいおいジェイド、今の見たか? やっぱりこのオッサン素手で炎剣とめて無傷だぞ」
「ああ、そのようだ。一筋縄ではいかなさそうだな」
帝国軍との度重なる戦いで鍛えられているシスル騎士でも、あの剣士の相手は手に余るようだ。押しも押されもしていないが、それでもあの男が実力の殆んどを出していないことが分かる。
「俺としては今回は穏便に済ませたいのだが……仕方ない」
男は徐に大剣を振り上げると、勢いよく地面へと突き刺す。その衝撃で俺たちは吹き飛ばされ壁に叩き付けられる。規格外だなんて言葉では足りない。人間とは思えない破壊力だった。
「これでやっと大人しく話を聞いてくれる気になったか。ああ、なに。大したことじゃあない。そこの少年、きみが持っているものを渡してくれれば、これ以上攻撃などはせず大人しく引き下がろう。ほら、土くれたちも、もう出てこないようにした」
大剣を鞘に戻すと男は両手を広げながら俺たちに話しかけてくる。俺もみんなも地面に伏した状態だ。とてもじゃないが、まともに話せるような状態じゃない。確かな恐怖がそこには存在する。手足は震え、身体は立ち上がることを拒否していた。
「黒い、宝珠のことかい? 悪いけど、あれに封印されている彼とは……契約履行中でね。はい、どうぞってわけには――」
「勘違いしないでもらおう。俺はケイオスの魂などいらん。欲しいのは神竜の骨だ」
「神竜の骨? 骨なんて幾つ発掘したかな。多すぎて、よく解らないや」
「はははっ。最近の子はとぼけるのが上手だな。俺が辿ってきた気配の出所は君の懐だぞ?」
メテオライトはどうにか体を起こすと、壁に凭れかかる。魔封じを掛けている状態の彼には現在、攻撃手段が殆んど無い。いざという時はケイオスと交代すれば大丈夫かもしれないが、それでも危険な相手だという事に変わりはない。
だがそれでもメテオライトは男から何か情報を引き出そうとしているのか話を続けている。もしかして奴の隙を作ろうと気を引いているのだろうか。地面に伏した今の俺が視認できる範囲で、意識がありそうなのはマーリンとヘリオドールだ。ならば今は、その時を待つしかない。
「気のせいじゃないかい? そんなもの、持っていたところで、この状況じゃ何の役にも――」
「渡す気が無いなら、君がその気になるまでお願いするしかないな」
男は片手で軽々とメテオライトを持ち上げると、もう片方の手で拳を作る。そしてそれを勢いよくメテオライトの腹部に叩き込む。骨が砕ける嫌な音がした。
「かはっ……!?」
「うん? 力加減を間違えたか。その泣き顔はなかなか俺好みだが、この程度で吐いてしまうなど、最近の子は脆くていけない」
「ひっ……!?」
加虐趣味でもあるのだろうか。男はメテオライトが意識を飛ばさないギリギリを攻めるように、部位を変え手を変え何度も暴行を加えている。息も絶え絶えな様子のメテオライトの顔は血と涙でぐちゃぐちゃだ。
助けなくては――そう思うも身体は思うように動かない。這うようにして進み、やっとのことで俺は男の足を掴む。鎧越しでも違和感を覚えた。この男は生身の人間じゃない――そう直感した。
「やめ、ろ……」
男は足首を掴む俺を見下ろすと満足そうに頷いた。
「きみは力こそ大したことは無いが、友達想いの良い奴だな」
そう言うと男は締めあげていたメテオライトから手を放し床に捨てる。小さい悲鳴と共に浅い呼吸が聞こえた。
「さて、優しいお友達のためにも、そろそろ素直にならないか?」
男は再び、地面に倒れ込んだメテオライトに問いかけた。これ以上、殴られたりしたら命が危険だ。俺は護るようにメテオライトに覆いかぶさる。いつの間にか同じように這ってきていたヘリオドールも、メテオライトを護ろうとその身を盾にしていた。
「う、ぎ……み、ぎ……ポ……」
「こっちのポケット、か?」
意識を飛ばしかけているメテオライトの言葉をどうにか聞き取る。彼の言葉通り衣服の中を探ると、布に包まれた手のひら大程の骨が出てきた。それを男に渡す。これで帰ってくれなければ困るが、彼はそういう種類の嘘はつかないタイプだと直感する。骨を受け取ると男は満足げに頷き、去ろうと踵を返した。
「きみは、一体何者だ? 軍師の眼をもってしても、何も見えぬ」
杖を支えに起き上がったマーリンが問う。他者のステータスを覗き見ることが出来る『軍師の眼』をもってしても計り知れない相手は、小さく笑った。
「そりゃあ、その目は生者を見るための眼だから仕方がない。なに、俺の正体などなんてことない。かつてテミスと契約したことがあるだけの、ただの死人だ。物質界に顕界したときに実態のようなものを得てはいるが、仮の容器みたいなものだからな。推し量れないのは無理もない。それじゃあ、また会おう」
壁一面に描かれた宗教画は砂漠の向こうにある街でも見かけたものに雰囲気が似ているから、ここは神竜族の作った施設なのだろうと納得する。
「こんな所にも神殿があったんだな」
「つい最近見つかったばかりだからね。知らないのも無理ないさ」
「もう少し早くに知っていればサディアス殿にも教えてやれたのに……」
不思議と始めて来た気がしない神殿の内部を眺めながら、自然と口をついて出たのは先日たまたま居合わせた魔導士の男の名だった。あの様子だと巡礼の最中だったかもしれないし、なかなか辺鄙な場所だが神竜族の神殿となれば巡りたいだろう。
「えっ、サディアスに会ったの!? いつ? どこで? どこに向かうとか言ってなかった?」
「何だ、知り合いなのか? あの遠征よりも少し前だから、一ヶ月くらい前かな。王都から帰ってくる道中の乗合馬車で一緒だったんだ。シスル王国の神殿に向かっているところだって言ってたから、この情勢だし、まだこっちに居るんじゃないか?」
俺の発言が予想外だったのか、メテオライトは驚いた様子でサディアスと会ったときの様子などを聞いてくる。特に目立って変なところは見られなかったので、普通にありえそうな状況を返す。するとメテオライトは少し考えこんだ様子で口を閉ざした。
「……エリアス。シスル王国のあの神殿は基本、男子禁制だ。だから当代の国王と勇者以外の男は立ち入りを禁止されている」
「へっ?」
少しの間、何かを考えた後にメテオライトが伝えてきた言葉に、俺は思わず間抜けな返事をした。あの時サディアスは俺に、シスル王国の神殿へ参拝に向かうと言っていた。もちろんシスル王国内にも神殿は多数ある。なんならハール教の神殿もあるだろう。だが女神の信徒と名乗る人間が言うシスル王国の神殿というのは、間違いなくエルナが預かっている神殿を指すことが大半だ。
「前にマーリン様も見物に行ったけど、見ることが出来るのは外観だけだ。内部にはどんなに高位の神官でも入ることは出来ない。神殿関係者はほぼ女性。男も居るにはいるけれど、神殿近くにある修道院での奉公になる。言いたいことは解るね?」
メインとなっている神殿は、女神アストレアが処女神であるという理由から立ち入り制限がかかっているらしい。その他の神殿は所謂、分社みたいなものだそうだ。
俺たちが今いる神殿は神竜族が作った物の中でも女神アストレアよりも高位の存在――この世界の創造神ともいえるケイオスのために作られた場所なので、外見は似ていても少し違った様式になっているらしい。
「サディアス殿は入れもしない場所を目指していると言っていたってことか?」
そうなると彼の目的が判らない。もしかしたら他の小さな神殿に参拝している可能性もあるが、それでもメテオライトは何か引っかかりを覚えたようだ。もしかしたら彼の行動が何かのイレギュラーなのかもしれない。
「サディアスはもともと、アルカディアに住んでいた魔導士だ。僕がお師匠様に弟子入りしたばかりのころは向こうにいたけど、十年ちょっと前に理由は判らないけれど砂漠の向こうからこっちに移住してきている。とはいえ彼は向こうの神殿では高位の神官――吟遊詩人として布教活動を許可されていた。そんな彼が戒律を間違えるとは信じがたい」
お前そんなに偉い奴だったのかというツッコミは飲み込んだ。たしかに吟遊詩人は他の魔導士系の兵種に比べると特殊な立ち位置だ。それがハール教ではない別の宗教の神官だと言われれば納得できる。
「この祭壇の間は、僕が封印を解除するまでは開かずの間だった。そしてここにある筈の無かった『漆黒のレギンレイヴ』の最後のひと欠片が安置されていた。もしかしたら……いや。この話は一度置いておこう」
「ああ。そうだな。それに俺にはサディアス殿が何か悪だくみをするような人間には見えなかった」
不確定要素が多すぎることと、本来の目的を果たすのが優先であることを考慮して、この話は打ち切られる。
「う~んと……この辺りなら魔法陣を書けるかな」
メテオライトは祭壇の近くに道具を置くと儀式の準備を始める。ミシェルも術式の最終確認をしているみたいなので、話しかけるのは憚られた。なので俺はジェイド達と共に邪魔にならない場所で待つことにした。
「前にもちらっと見たけど、こんなん壁一面に描くなんて一種の狂気っすよ」
「確かに……どれだけ時間かけて書いたんだろうな」
脇で見ているくらいしかやることのない俺たちは、祭壇の周囲をぐるりと見渡す。人と亜人種が共に暮らしていると思われる図柄や、竜族を崇める人間たちの絵などが壁一面に刻まれているとなると、確かに狂気に近いものを感じる。
頭の後ろで手を組んで暇を持て余している様子のヘリオドールは、あまり敬虔な信徒ではないらしく興味も薄めだが、両親も敬虔な信徒だというジェイドは両眼を輝かせて壁画を眺めている。
「魔法陣はこれでよし。ミシェル、準備はいいかい?」
「ええ。万事問題ありません」
準備が整ったのか、それぞれが配置につく。俺も促されるままに中央に座ると香が焚かれた。そしてミシェルがチャネリングの呪文を唱え始めると同時に、メテオライトの演奏に合わせてエルナが踊り出す。普段の彼女とは違った雰囲気に驚くが、俺も集中しなくてはならない。
目を閉じて精神を儀式に集中させる。香の効果もあって以前と同じように意識が彼方へ向かい始めようとした、その瞬間、射抜くような鋭い視線を感じた。そして同時に何かに弾かれるようにして吹き飛ばされる。
「エリアス!?」
「大丈夫かい!?」
吹き飛ばされた距離が大したことなかったお陰か、俺は特に怪我もなくすぐに立ち上がることが出来た。心配して駆け寄ってきてくれたみんなに大丈夫だと伝えると周囲を確認する。先ほどの視線の正体が気になった。
石造りの床の隙間から泥があふれ出し、それは見る見るうちに人の形を作っていくと次々に襲い掛かってきた。そして入り口付近の空間が異様に歪む。この気配はあの男だ。
「ふむ。女神の気配を辿ってきてみれば、これは思わぬ収穫だ」
男は大剣を構えることなく、顎に手を当てながら感慨深げに頷いた。俺たちは現れた泥人形たちの相手で、男にかまっている暇はない。儀式のためにある程度ばらけた位置に立っていたせいで、俺たち四人とジェイドやマーリンたち三人とは離れた位置取りだ。まずは合流するのが望ましいだろう。
「こいつらはケイオスの加護が乗った武器じゃないと倒せない。ジェイドとヘリオドールにそれぞれ持たせてあるから、対抗するにしても逃げるにしても合流するのが優先だ。足元を壊せば多少の足止めになるだろうけど、あまり当てにならないかな」
「わかった。前衛は任せろ」
俺は剣を構えると比較的守りの弱そうな場所へ攻撃する。崩れたタイミングを見計らいミシェルが氷魔法で追撃してくれたので、そのまま一気に駆け抜ける。ジェイド達も俺たちと同じようにその場を切り抜けて合流してきた。メテオライトが言っていた通り、彼ら二人が持つ武器はこの泥人形たちに効いているようで敵の数は確実に減っていた。
「メテオライトさま~、大丈夫っすかあ?」
「エリアス殿もご無事なようでよかった。ここは俺たち二人に任せて下がっていてください」
ヘリオドールとジェイドは武器を構えると慣れた様子で泥人形たちを倒していく。俺たちは時折すり抜けてくる泥人形に対応しながら、壁を背後に状況を打開する策を考えていた。逃げるにしても戦うにしても、あの男の脇をすり抜けなくては神殿の外に出られない。
「泥人形だけならまだしも、アレが出てくるだなんてついてない……」
「なんだ? あの剣士のことを知っているのか?」
「ああ、エリアスも会ってたんだっけ。あれは神竜テミスの眷属だよ。それも規格外に強い」
少し遠い位置で戦う様子を観察する。ヘリオドールが持つ炎を纏った剣を武器も使わずに軽く受け流し、ジェイドが突き出した槍も同じように素手で叩き軌道をずらしていた。
「おいおいジェイド、今の見たか? やっぱりこのオッサン素手で炎剣とめて無傷だぞ」
「ああ、そのようだ。一筋縄ではいかなさそうだな」
帝国軍との度重なる戦いで鍛えられているシスル騎士でも、あの剣士の相手は手に余るようだ。押しも押されもしていないが、それでもあの男が実力の殆んどを出していないことが分かる。
「俺としては今回は穏便に済ませたいのだが……仕方ない」
男は徐に大剣を振り上げると、勢いよく地面へと突き刺す。その衝撃で俺たちは吹き飛ばされ壁に叩き付けられる。規格外だなんて言葉では足りない。人間とは思えない破壊力だった。
「これでやっと大人しく話を聞いてくれる気になったか。ああ、なに。大したことじゃあない。そこの少年、きみが持っているものを渡してくれれば、これ以上攻撃などはせず大人しく引き下がろう。ほら、土くれたちも、もう出てこないようにした」
大剣を鞘に戻すと男は両手を広げながら俺たちに話しかけてくる。俺もみんなも地面に伏した状態だ。とてもじゃないが、まともに話せるような状態じゃない。確かな恐怖がそこには存在する。手足は震え、身体は立ち上がることを拒否していた。
「黒い、宝珠のことかい? 悪いけど、あれに封印されている彼とは……契約履行中でね。はい、どうぞってわけには――」
「勘違いしないでもらおう。俺はケイオスの魂などいらん。欲しいのは神竜の骨だ」
「神竜の骨? 骨なんて幾つ発掘したかな。多すぎて、よく解らないや」
「はははっ。最近の子はとぼけるのが上手だな。俺が辿ってきた気配の出所は君の懐だぞ?」
メテオライトはどうにか体を起こすと、壁に凭れかかる。魔封じを掛けている状態の彼には現在、攻撃手段が殆んど無い。いざという時はケイオスと交代すれば大丈夫かもしれないが、それでも危険な相手だという事に変わりはない。
だがそれでもメテオライトは男から何か情報を引き出そうとしているのか話を続けている。もしかして奴の隙を作ろうと気を引いているのだろうか。地面に伏した今の俺が視認できる範囲で、意識がありそうなのはマーリンとヘリオドールだ。ならば今は、その時を待つしかない。
「気のせいじゃないかい? そんなもの、持っていたところで、この状況じゃ何の役にも――」
「渡す気が無いなら、君がその気になるまでお願いするしかないな」
男は片手で軽々とメテオライトを持ち上げると、もう片方の手で拳を作る。そしてそれを勢いよくメテオライトの腹部に叩き込む。骨が砕ける嫌な音がした。
「かはっ……!?」
「うん? 力加減を間違えたか。その泣き顔はなかなか俺好みだが、この程度で吐いてしまうなど、最近の子は脆くていけない」
「ひっ……!?」
加虐趣味でもあるのだろうか。男はメテオライトが意識を飛ばさないギリギリを攻めるように、部位を変え手を変え何度も暴行を加えている。息も絶え絶えな様子のメテオライトの顔は血と涙でぐちゃぐちゃだ。
助けなくては――そう思うも身体は思うように動かない。這うようにして進み、やっとのことで俺は男の足を掴む。鎧越しでも違和感を覚えた。この男は生身の人間じゃない――そう直感した。
「やめ、ろ……」
男は足首を掴む俺を見下ろすと満足そうに頷いた。
「きみは力こそ大したことは無いが、友達想いの良い奴だな」
そう言うと男は締めあげていたメテオライトから手を放し床に捨てる。小さい悲鳴と共に浅い呼吸が聞こえた。
「さて、優しいお友達のためにも、そろそろ素直にならないか?」
男は再び、地面に倒れ込んだメテオライトに問いかけた。これ以上、殴られたりしたら命が危険だ。俺は護るようにメテオライトに覆いかぶさる。いつの間にか同じように這ってきていたヘリオドールも、メテオライトを護ろうとその身を盾にしていた。
「う、ぎ……み、ぎ……ポ……」
「こっちのポケット、か?」
意識を飛ばしかけているメテオライトの言葉をどうにか聞き取る。彼の言葉通り衣服の中を探ると、布に包まれた手のひら大程の骨が出てきた。それを男に渡す。これで帰ってくれなければ困るが、彼はそういう種類の嘘はつかないタイプだと直感する。骨を受け取ると男は満足げに頷き、去ろうと踵を返した。
「きみは、一体何者だ? 軍師の眼をもってしても、何も見えぬ」
杖を支えに起き上がったマーリンが問う。他者のステータスを覗き見ることが出来る『軍師の眼』をもってしても計り知れない相手は、小さく笑った。
「そりゃあ、その目は生者を見るための眼だから仕方がない。なに、俺の正体などなんてことない。かつてテミスと契約したことがあるだけの、ただの死人だ。物質界に顕界したときに実態のようなものを得てはいるが、仮の容器みたいなものだからな。推し量れないのは無理もない。それじゃあ、また会おう」
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