29 / 130
第二章 十月の修羅場
青天の霹靂1
しおりを挟む
──あの子は……あんなところに!
──まさか、本当に行ってしまうとは!
カーテンを通して差し込む光で目が覚めた。
あくびを零しつつ首を巡らせると、ルナがサルの尻尾をつかんだままぐっすり眠っている。
大人の手に収まるほどの大きさの、サルのぬいぐるみ。
どこからか見つけ出したのか、ルナは年季の入ったサルをとても気に入っている。
私はそっとベッドから抜け出した。
ルナの寝床はベッドの傍、麻由子がくれた小さな布団の上だ。
毛布を掛け直してやると、カーテンを閉めたままの薄暗い部屋を忍び足で横切った。
ここ最近、同じ夢ばかり見る。
私はいつも濃い霧に囲まれた中にポツンと浮いていて。
どこからともなく不気味な声が聞こえるのだ。
不安に駆られて辺りを見回そうとすると、強烈な頭痛に襲われる。
そこで聞こえる声はいつも同じ、くぐもった深い声。
声がする度に耳元を撫でていく生温かい風は夢とは思えないほどリアルで、夢から覚めた後もしばらく感触が残っているくらいだ。
──あの子はどこだ。
誰かを探すような不気味な声がよみがえった。
不快感を打ち消すように、グラスの水を飲み干す。
どうしても例の誘拐事件を連想してしまう。
生後三ヶ月の赤ちゃんが、何者かに連れ去られた。
新しい情報はない。
布団の上でもぞもぞと動き始めたルナを見やる。
女の子で、似たような月齢。
ルナがやって来た日と事件が起こった日は、ほんの二日違いだ。
ルナがここへ来たのが九月二十五日、事件が二十七日。
あのニュースを見て以来、何だか心が重い。
ルナが、夜明けを告げるファンファーレのごとく凄まじい泣き声を上げた。
「普通に起きられないのかしら」
とにかく、騒がしい一日はこうして始まる。
午前中は、いつもダラダラと過ごす。
洗濯機を回しつつルナの世話をする合間に、私も何か適当に口に放り込んでおく。
気が向けば簡単に掃除機をかける。
佐山が来るのは夕方以降なので、いつもあまりやる気はない。
午後は買い物などにあてる。
「今日はヒマだし。また公園行くよ、ルナ」
「またぁ?」
ルナは少々苦い顔をした。
数日前、ある公園でユイカさんという人と友達になった。
ルナは、私がユイカさんに会いに行こうとすると何故か良い顔をしない。
「すごくイヤな予感がする」
と、ルナは言うのだが──。
ユイカさんは、とても気さくな人である。
彼女は来月出産を控える妊婦さんだ。
そのお腹に宿るのはベビー。
通常なら友達になるような行動は取らないのだが、体調を崩して困っている人を放っておくわけにはいかなかったのだ。
それが縁で、私たちはこれまでに数回、あの公園でお喋りしている。
会えれば、という程度だが。
前回会った時の話によると、ユイカさんは二十四歳とのこと。若い。
あの公園にはキリンとゾウ、二つの門がある。
ユイカさんの住まいは、ゾウの門の向こうに林立する高層マンション街。
この辺りではニュータウンと呼ばれ、セレブな方々が続々と越してきている一角である。
ため息が出てしまう。
そりゃあ、ユイカさんほどの女性だもの。旦那様だって超一流な方に違いない。
──まさか、本当に行ってしまうとは!
カーテンを通して差し込む光で目が覚めた。
あくびを零しつつ首を巡らせると、ルナがサルの尻尾をつかんだままぐっすり眠っている。
大人の手に収まるほどの大きさの、サルのぬいぐるみ。
どこからか見つけ出したのか、ルナは年季の入ったサルをとても気に入っている。
私はそっとベッドから抜け出した。
ルナの寝床はベッドの傍、麻由子がくれた小さな布団の上だ。
毛布を掛け直してやると、カーテンを閉めたままの薄暗い部屋を忍び足で横切った。
ここ最近、同じ夢ばかり見る。
私はいつも濃い霧に囲まれた中にポツンと浮いていて。
どこからともなく不気味な声が聞こえるのだ。
不安に駆られて辺りを見回そうとすると、強烈な頭痛に襲われる。
そこで聞こえる声はいつも同じ、くぐもった深い声。
声がする度に耳元を撫でていく生温かい風は夢とは思えないほどリアルで、夢から覚めた後もしばらく感触が残っているくらいだ。
──あの子はどこだ。
誰かを探すような不気味な声がよみがえった。
不快感を打ち消すように、グラスの水を飲み干す。
どうしても例の誘拐事件を連想してしまう。
生後三ヶ月の赤ちゃんが、何者かに連れ去られた。
新しい情報はない。
布団の上でもぞもぞと動き始めたルナを見やる。
女の子で、似たような月齢。
ルナがやって来た日と事件が起こった日は、ほんの二日違いだ。
ルナがここへ来たのが九月二十五日、事件が二十七日。
あのニュースを見て以来、何だか心が重い。
ルナが、夜明けを告げるファンファーレのごとく凄まじい泣き声を上げた。
「普通に起きられないのかしら」
とにかく、騒がしい一日はこうして始まる。
午前中は、いつもダラダラと過ごす。
洗濯機を回しつつルナの世話をする合間に、私も何か適当に口に放り込んでおく。
気が向けば簡単に掃除機をかける。
佐山が来るのは夕方以降なので、いつもあまりやる気はない。
午後は買い物などにあてる。
「今日はヒマだし。また公園行くよ、ルナ」
「またぁ?」
ルナは少々苦い顔をした。
数日前、ある公園でユイカさんという人と友達になった。
ルナは、私がユイカさんに会いに行こうとすると何故か良い顔をしない。
「すごくイヤな予感がする」
と、ルナは言うのだが──。
ユイカさんは、とても気さくな人である。
彼女は来月出産を控える妊婦さんだ。
そのお腹に宿るのはベビー。
通常なら友達になるような行動は取らないのだが、体調を崩して困っている人を放っておくわけにはいかなかったのだ。
それが縁で、私たちはこれまでに数回、あの公園でお喋りしている。
会えれば、という程度だが。
前回会った時の話によると、ユイカさんは二十四歳とのこと。若い。
あの公園にはキリンとゾウ、二つの門がある。
ユイカさんの住まいは、ゾウの門の向こうに林立する高層マンション街。
この辺りではニュータウンと呼ばれ、セレブな方々が続々と越してきている一角である。
ため息が出てしまう。
そりゃあ、ユイカさんほどの女性だもの。旦那様だって超一流な方に違いない。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」
masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。
世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。
しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。
入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。
彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。
香織は、八重の親友。
そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。
その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。
ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。
偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。
「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。
やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。
その中で、恋もまた静かに進んでいく。
「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。
それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。
一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。
現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。
本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる