【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

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第三章 十一月の受難

奈落3

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 私が一緒にいたのは誰だろう。
 梨奈ちゃん──?

 「認める気になったか」

 小山内が見下ろしてくる。
 私が一緒にいたのは梨奈ちゃんなのだろうか。

 「やったんだな?」

 粘っこい声が降ってくる。

 思い出せない。
 やったのかもしれない。

 早くしなければ怒鳴られる。
 恐怖の時間は、一度始まると長い。

 恐る恐る様子をうかがう。
 直視できず上目遣いになった。

 小山内は、爬虫類のようだと思った。
 電気スタンドの白熱球に照らされる皮膚も、その双眸も。
 およそ体温というものを感じない。

 そう時を置かず、彼はまた牙を剥くだろう。
 今は獲物に飛びかかる好機を見定める時間だ。

 節くれだった指が、事務机を軽く叩いた。

 「これが最後のチャンスだ。
 もう一度聞く……」

 蛇に睨まれたら、どんな獲物だって逃れるすべはない。
 これで認めなかったら更なる恐怖が降りかかる。

 「やったんだな」

 駄目押しのようにゆっくりと、小山内が繰り返す。

 やったのか。
 分からない。

 でも、頷けば辛い時間は終わる。
 それだけは確かだ──。


 「失礼します」


 首をもたげた時、声がかかった。
 署員が一人、開け放された取調室の戸口に立っている。



 「ちょっと」と手招きする署員に林が応じ、戸口の辺りでヒソヒソと言葉を交わし始める。

 ややあって、林が青い顔で小山内を呼んだ。

 「何だ」

 小山内は、すこぶる機嫌の悪い返事をしてこちらに背を向ける。
 取調室を出る直前、私を一瞥していった。

 取調室の向こうが別世界に思えた。
 ここは、捕獲された者を押し込める場所だ。

 殺伐とした空間に身を委ねていると、先程まで気に留める余裕のなかったカビ臭さがやけに鼻を突いた。

 
 「……は見つかったのか?
 ……の班は何をしている?」


 遠いさざめきの中に、小山内の声が混ざる。

 暗い部屋。
 湿気た空気。
 足元から這い上がる冷えと椅子の固さ。

 そこにある全てが、私から確実に体力と気力を奪っていく。

 いつまで待てばいい? 
 私はこのまま消えてしまうのか。
 誰にも気づかれず、まるで初めから存在しない者のように。


 ──私がやりました。


 そう叫べば助かるだろうか。
 
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