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第三章 十一月の受難
再会2
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いつだって一定のリズムを崩さない佐山。
すごく、久しぶりに会ったみたい。
「皆さん、まとめてお迎えに上がりました」
佐山の背後から、きまり悪そうに冴子さんまで顔を出す。
何で──!?
***
「えぇっ? ここにいるんですか!?」
「ああ。ここが管轄だからな」
小山内は、にべもなく言う。
早朝に拘束されたという女は逮捕され、この警察署に連行された。
同じ建物の中に誘拐犯とは、何とも言えない気分である。
署の外は、話を嗅ぎつけた報道陣で大混乱だそうだ。
「上からのお達しだ。しばらく待て。
これで外へ出たら話がややこしくなるからな」
小山内は乳母車を一瞥し、部屋を出て行った。
監視役で林が残っている。
冴子さんが不満げにため息をついた。
「あーあ、もう。お肌ボロボロよぉ」
殺風景な会議室。
関係者の面々は、取り敢えず思い思いの場所に腰を落ち着けた。
ルナは乳母車の中だ。
「……どうして冴子さんがここに?」
私は、やっとのことで訊いた。
冴子さんによると。
事の発端は昨晩、アパートの大家・狭間道代が冴子さんのスナックに顔を出したことだった。
ご近所のおばさま方を従え、道代は上機嫌だったという。
酒とつまみを注文した後、彼女は得意げに語り始めた。
巷を騒がす誘拐犯逮捕に、一役買ったのだと。
私のことを通報したのは、やはり道代だったのである。
彼女は、報道から梨奈ちゃんとルナがよく似ていると気がついた。
情報を提供したら、本当に警察がやってきて私を連れて行った。
──どうして絵美ちゃんが?
冴子さんは動揺したが、何とか商売人の顔を保って道代たちに酒を出した。
道代は、自分の通報がきっかけで事件が解決したと言って鼻高々だ。
「あの娘、何かやらかすと思ったわ。
私、その辺の勘は鋭いの。
ずっと怪しいと思ってたら案の定……!」
酒の勢いも手伝い、道代の大言は止まることを知らなかった。
周りが盛り上げるものだから余計始末に負えない。
冴子さんは我慢ならなくなった。
「ちょっと大家さん、やめなさいよ。
こんな場所で話すことでもないでしょ」
「なぁに、あなた。お客に向かって」
自慢話に水を差された道代は、だらしなく赤らんだ鼻先にシワを寄せる。
「とにかく。
私の店でこれ以上無粋な話をするなら出てってくださいな」
「フン。こんな安っぽい店でお高くとまっちゃって。
いいでしょ、あの娘はそういう女なの。
犯罪者なん……」
道代の言葉は最後まで続かなかった。
頭上から冷たい液体が降ってきたのだ。
それがウイスキーの水割りだと理解したのは、むせ返るようなアルコールの匂いと、空のグラスを手にした冴子さんを視界に捉えた時だった──。
その後の惨劇は語るまでもない。
一方が髪を掴めば一方が顔を引っ掻き、一方が頭突きをかませば一方が腕に噛みつく。
あらゆる物が宙を舞い、店内は地獄絵図と化した。
その後、居合わせた別の客が警察に通報。
同席したおばさんたちは、道代の味方をした。
先に手を出した冴子さんの印象はすこぶる悪く、それでも反省の色が見られなかった彼女は、警察署内で一晩こってり絞られた──。
私は開いた口が塞がらなかった。
「何を考えているのです、辻島さん。
年長者たるあなたが」
「年長者って何よ。
佐山クンに歳の話なんてしたことないでしょう!?」
冴子さんが細い眉を吊り上げる。
私は思考がついていかない。
狭間道代。
彼女が警察に情報を流したことは予想していたが、まさか冴子さんの店で自慢してたなんて。
眠い。
眠すぎて腹も立たない。
そもそも、昨日は何があった?
疲労で凝り固まった脳を無理やり働かせてみれば、不快なことばかり思い出す。
木田とか。
私が容疑をかけられたこととは何ら関係のない人物だが、あれが災難の始まりだった。
チラリと、斜向かいに座る佐山を見遣る。
まぁ、助けてもらったし?
災難ばかりでもなかったんだけど。
何というか……濃すぎる時間だった。
あれから一晩しか経っていないのだ。
すごく、久しぶりに会ったみたい。
「皆さん、まとめてお迎えに上がりました」
佐山の背後から、きまり悪そうに冴子さんまで顔を出す。
何で──!?
***
「えぇっ? ここにいるんですか!?」
「ああ。ここが管轄だからな」
小山内は、にべもなく言う。
早朝に拘束されたという女は逮捕され、この警察署に連行された。
同じ建物の中に誘拐犯とは、何とも言えない気分である。
署の外は、話を嗅ぎつけた報道陣で大混乱だそうだ。
「上からのお達しだ。しばらく待て。
これで外へ出たら話がややこしくなるからな」
小山内は乳母車を一瞥し、部屋を出て行った。
監視役で林が残っている。
冴子さんが不満げにため息をついた。
「あーあ、もう。お肌ボロボロよぉ」
殺風景な会議室。
関係者の面々は、取り敢えず思い思いの場所に腰を落ち着けた。
ルナは乳母車の中だ。
「……どうして冴子さんがここに?」
私は、やっとのことで訊いた。
冴子さんによると。
事の発端は昨晩、アパートの大家・狭間道代が冴子さんのスナックに顔を出したことだった。
ご近所のおばさま方を従え、道代は上機嫌だったという。
酒とつまみを注文した後、彼女は得意げに語り始めた。
巷を騒がす誘拐犯逮捕に、一役買ったのだと。
私のことを通報したのは、やはり道代だったのである。
彼女は、報道から梨奈ちゃんとルナがよく似ていると気がついた。
情報を提供したら、本当に警察がやってきて私を連れて行った。
──どうして絵美ちゃんが?
冴子さんは動揺したが、何とか商売人の顔を保って道代たちに酒を出した。
道代は、自分の通報がきっかけで事件が解決したと言って鼻高々だ。
「あの娘、何かやらかすと思ったわ。
私、その辺の勘は鋭いの。
ずっと怪しいと思ってたら案の定……!」
酒の勢いも手伝い、道代の大言は止まることを知らなかった。
周りが盛り上げるものだから余計始末に負えない。
冴子さんは我慢ならなくなった。
「ちょっと大家さん、やめなさいよ。
こんな場所で話すことでもないでしょ」
「なぁに、あなた。お客に向かって」
自慢話に水を差された道代は、だらしなく赤らんだ鼻先にシワを寄せる。
「とにかく。
私の店でこれ以上無粋な話をするなら出てってくださいな」
「フン。こんな安っぽい店でお高くとまっちゃって。
いいでしょ、あの娘はそういう女なの。
犯罪者なん……」
道代の言葉は最後まで続かなかった。
頭上から冷たい液体が降ってきたのだ。
それがウイスキーの水割りだと理解したのは、むせ返るようなアルコールの匂いと、空のグラスを手にした冴子さんを視界に捉えた時だった──。
その後の惨劇は語るまでもない。
一方が髪を掴めば一方が顔を引っ掻き、一方が頭突きをかませば一方が腕に噛みつく。
あらゆる物が宙を舞い、店内は地獄絵図と化した。
その後、居合わせた別の客が警察に通報。
同席したおばさんたちは、道代の味方をした。
先に手を出した冴子さんの印象はすこぶる悪く、それでも反省の色が見られなかった彼女は、警察署内で一晩こってり絞られた──。
私は開いた口が塞がらなかった。
「何を考えているのです、辻島さん。
年長者たるあなたが」
「年長者って何よ。
佐山クンに歳の話なんてしたことないでしょう!?」
冴子さんが細い眉を吊り上げる。
私は思考がついていかない。
狭間道代。
彼女が警察に情報を流したことは予想していたが、まさか冴子さんの店で自慢してたなんて。
眠い。
眠すぎて腹も立たない。
そもそも、昨日は何があった?
疲労で凝り固まった脳を無理やり働かせてみれば、不快なことばかり思い出す。
木田とか。
私が容疑をかけられたこととは何ら関係のない人物だが、あれが災難の始まりだった。
チラリと、斜向かいに座る佐山を見遣る。
まぁ、助けてもらったし?
災難ばかりでもなかったんだけど。
何というか……濃すぎる時間だった。
あれから一晩しか経っていないのだ。
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