【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

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第五章 クリスマスの涙

異変1

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 ──可哀想だが、そろそろ限界だ。
 ──しかし、どうやって連れ戻す?



 霧が引いて目が覚めた。
 
 思い返せば、ルナが現れた直後に始まった夢。
 “三ヶ月後の審判”への暗示のように思えなくもない。
 ひとたび生まれた小さな渦は、胸の中で次第に大きくなっていく。

 気を紛らすように外へ出る。
 首まですっぽり毛布をかぶったルナが、乳母車から呼びかけてきた。

 「今日もキリンの公園?」

 「そうよ。カイトくんに会いに」

 まだ眠っていることが多いカイトくんだが、ルナは彼に会うことが楽しいという。
 しかし気掛かりなこともあるようで、ルナは上目遣いになった。

 「ねぇ、絵美ぃ。
 アレルギー大丈夫なの?」

 「……」

 やはり、ルナにも分かっていたか。
 ベビー・アレルギー克服の度合いが、かんばしくないことを。


 世の中はクリスマスシーズン。
 夜には、駅前など至る所で電飾が輝くような時期になった。

 自分の胸の内と裏腹に、街は浮き足立っている。

 麻由子は子供たちへのプレゼント選びに余念がないし、冴子さんもご機嫌で店でのイベントを考えている。

 狭間道代を含めたご近所のおばさま方は、井戸端会議もそこそこといった感じだ。

 年の瀬は何かと忙しい。

 普段と変わらないのは佐山くらいである。




 「赤ちゃん同士って話せるの?
 カイトくんとか」

 アレルギーについて触れたくなくて話題を変える。

 「無理よ。
 カイトくんはまだ小さいもの」

 「……私から見れば、あんたも小さいよ」

 「どこがよぅ?」


 無駄話の間に公園へ到着する。
 ちょうど、ゾウの門からユイカさんが入ってきたところだ。

 今は特に夜泣きがひどい時期だと、ユイカさんは言った。
 さすがに顔に疲れが浮いているが、それでも充足感に溢れているように見える。

 ルナの時はどうだったっけ。

 何とか部屋に引き入れた後、突然泣き出した時の衝撃。
 夜中じゅう頭を抱えたこと。

 今は簡単にできることを、何度も失敗した。
 たった三ヶ月足らず前のことなのに。

 「カイトくーん、起きてーっ」

 さっきの話を確かめたくなったのか、ルナは乳母車のカゴの縁をぽかぽか叩く。
 縁を掴んでいれば、もう座っていられるくらいの安定感である。

 「こらぁ、ルナ。
 騒いだらカイトくんがびっくりするでしょ」

 転倒防止のため、ルナの後ろにクッションを置いてやる。
 
 「やっぱり通じないわ。
 まだまだコドモね」

 カイトくんは、どこ吹く風である。
 本当に何も分かっていないのか、あえて無視を決め込んでいるのかは定かでない。

 「なに姉さんぶってるの。
 あんたも赤ちゃんでしょ」

 「あたしに比べたら、カイトくんはコドモよ」

 「私から見たら二人とも赤ちゃんだよ」


 ルナが不服そうに口を尖らす。

 ルナがカイトくんを見る目は、どことなく上から目線だ。
 ベビー界にも先輩後輩の意識は存在するのだろうか。

 ルナ語がわからないユイカさんは笑っている。



 カイトくんは、パパ似なのだそうだ。
 昌也の要素を探してみるが、小さすぎてよく分からない。

 あまり直視もできない。

 小さな身体が呼吸している。
 本当に大丈夫か、いきなり呼吸が止まるんじゃ?
 そう思うとハラハラして見ていられなくなる。

 だからこそ、ベビーは守られるべき存在なのだろう。
 でも私は、その心許なさがとてつもなく恐ろしい。

 まだカイトくんが胎児だった頃には蕁麻疹まで出たのだった。
 不意打ちだったせいもあるけど。

 ああ。カイトくん。
 あなたは何も悪くないのに。


 守るべきものに恐怖を感じるなんて、どうして私はこんななんだろう。


 帰り道、こっそりとため息を漏らす。
 何とか誤魔化したが、アレルギー反応は今日も出ていた。

 アレルギー克服に、ここまで進展がない。
 予想だにしない結果だった。

 私が大丈夫なのは、今のところルナだけらしい。

 そういえば。
 ルナを預かった経緯は昌也に説明したが、ユイカさんには伝わっているだろうか。
 昌也はあれで意外と抜けているから、言っていない恐れもある。

 どちらにしろ、私の口からも伝えるべきなのだが。
 それをしようとすると、胸が塞がるように苦しくなるのだった。



 「しゅんっ……くしゅんっ」


 ルナが立て続けにくしゃみをした。

 季節は冬。
 お天気が良くても空気は冷たい。
 風邪でも引かれたら大変だ。

 小言を言う佐山を何となく脳裏に浮かべながら、毛布を掛け直してやると。


 「あれ?」


 ルナが、どこか違って見えた。


 「ルナって……こんなに色白だったっけ?」



 思えば、これが異変の始まりだった。
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