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第五章 クリスマスの涙
異変2
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決定的におかしいと思い始めたのは、数日後のことだった。
くしゃみの回数が多いとは思っていたのだ。
その日、ルナの顔がやけに白く見えた。
元々色白なので分かりにくいが、何だか血の気がないようだ。
頬に触れてみると、ハッとするほど冷たかった。
「嘘!」
慌てて身体を確かめてみると、手足も冷たい。
「ルナ。あんた、寒くない?」
「んー? 別に大丈夫だよ」
ルナは、けろりとしている。
部屋を暖めたりして様子を見ると五分ほどで冷えは解消されたのだが……。
それから二日。
夜になると、必ず一度は同じ症状が出る。
これまでにない異変だった。
「どう思う?」
いつものカップを麻由子に差し出した。
気まぐれな冴子さんは、今日はいない。
麻由子は「うーん」と言いながら湯気の香りを吸い込んだ。
今日は、麻由子の手土産のカモミールティーだ。
カップを置くと、麻由子はルナを抱き上げる。
「顔色は……今は特に気にならないわね。
機嫌も良いし」
彼女は、うーんと言いながらルナと顔の高さを合わせるようにした。
ルナは人の心配をよそに、きょとんとした顔で足をぶらぶらさせている。
「赤ちゃんの手足って意外と冷たいものよ。
寒い時期だから余計にそう思うんじゃない?」
「そっか……ありがと、麻由子」
症状が出る夜を迎えるのは心配だが、子育て経験のある麻由子から言ってもらえると安心感が違う。
後から調べてみると、彼女が言った通りであった。
赤ちゃんは手足で体温調節をしているとある。
しかし、あの血の気が引いたような顔色や冷たさはどうなんだろう。
一度思いつくと心配で、長時間スマホにかじりついてしまう。
しかし、どれだけ時間をかけても、ルナの症状にピンポイントで当てはまるものはない。
ルナの白い顔。胸騒ぎがする。
今夜は大丈夫だろうか。
気のせいであってほしい。
「少し顔色がすぐれませんね」
「佐山さんもそう思いますか」
「いや、あなたのことですよ」
夕刻。
仕事を終えてやって来た佐山にルナの症状を説明する。
「酒井さんが言うように、季節が関係しているかもしれませんね」
彼は、考えるようにゆっくりと言葉を継いだ。
「僕は直接その症状を見ていませんが」と付け加えた上で、
「他に異常は?
機嫌が悪いとか、ぐったりしているとか」
と質問してくる。
それはないなぁと思い首を横に振ると、佐山はうーんと唸ってルナを抱き上げた。
ちらっとその横顔を盗み見る。
やっぱり頼ってしまった。
本当は、言うのは止めておこうと思っていたのだ。
しかし、どうしても不安は募るのだった。
「様子を見ましょう。
どうしてもという時は病院へ行けばいい」
佐山と話すだけで落ち着いてきた。
結局、自分で判断できないんだよなぁ。
「もしや、ずっと考え込んでいたのですか?」
「はぁ」
なぜ分かる?
「情報に惑わされてはいけません。
何事も……いたた」
ルナが佐山のヒゲを引っ張ったのである。
一度は布団の上に戻された彼女だが、くるりと回転してぺたぺたと床を這い、佐山の膝の上に舞い戻っていたのだ。
小さな手がヒゲに触れたのは偶然で、しっかり掴むほどの長さがないそれはすぐにすっぽ抜けてしまった。
が、ルナは獲物を狙う目になっている。
途切れた佐山の言葉。
大方、「冷静さが必要なのです」などと続けるつもりだったのだろう。
「何事も冷静さが必要なのです」
ほら。
「ほら」
「っへ!」
ふいに手首を掴まれ、引き寄せられた。
「僕の手だって冷たいでしょう」
髭に手を伸ばすルナから逃げることもなく、佐山は口の端を上げた。
外を歩いてきたためか、佐山の手は冷えている。
いつぞや、私を温めてくれた時と違って。
確かに気にしすぎなのかもしれない。
大人だって外気の影響を受けるのだ。
未発達なベビーなら尚更だろう。
けど、私は冷静でなんていられない。
そんな風に触れられたら。
佐山が帰った後、病院の場所を調べた。
歩いて行けそうな小児科だ。
その夜、例の症状は出なかった。
くしゃみの回数が多いとは思っていたのだ。
その日、ルナの顔がやけに白く見えた。
元々色白なので分かりにくいが、何だか血の気がないようだ。
頬に触れてみると、ハッとするほど冷たかった。
「嘘!」
慌てて身体を確かめてみると、手足も冷たい。
「ルナ。あんた、寒くない?」
「んー? 別に大丈夫だよ」
ルナは、けろりとしている。
部屋を暖めたりして様子を見ると五分ほどで冷えは解消されたのだが……。
それから二日。
夜になると、必ず一度は同じ症状が出る。
これまでにない異変だった。
「どう思う?」
いつものカップを麻由子に差し出した。
気まぐれな冴子さんは、今日はいない。
麻由子は「うーん」と言いながら湯気の香りを吸い込んだ。
今日は、麻由子の手土産のカモミールティーだ。
カップを置くと、麻由子はルナを抱き上げる。
「顔色は……今は特に気にならないわね。
機嫌も良いし」
彼女は、うーんと言いながらルナと顔の高さを合わせるようにした。
ルナは人の心配をよそに、きょとんとした顔で足をぶらぶらさせている。
「赤ちゃんの手足って意外と冷たいものよ。
寒い時期だから余計にそう思うんじゃない?」
「そっか……ありがと、麻由子」
症状が出る夜を迎えるのは心配だが、子育て経験のある麻由子から言ってもらえると安心感が違う。
後から調べてみると、彼女が言った通りであった。
赤ちゃんは手足で体温調節をしているとある。
しかし、あの血の気が引いたような顔色や冷たさはどうなんだろう。
一度思いつくと心配で、長時間スマホにかじりついてしまう。
しかし、どれだけ時間をかけても、ルナの症状にピンポイントで当てはまるものはない。
ルナの白い顔。胸騒ぎがする。
今夜は大丈夫だろうか。
気のせいであってほしい。
「少し顔色がすぐれませんね」
「佐山さんもそう思いますか」
「いや、あなたのことですよ」
夕刻。
仕事を終えてやって来た佐山にルナの症状を説明する。
「酒井さんが言うように、季節が関係しているかもしれませんね」
彼は、考えるようにゆっくりと言葉を継いだ。
「僕は直接その症状を見ていませんが」と付け加えた上で、
「他に異常は?
機嫌が悪いとか、ぐったりしているとか」
と質問してくる。
それはないなぁと思い首を横に振ると、佐山はうーんと唸ってルナを抱き上げた。
ちらっとその横顔を盗み見る。
やっぱり頼ってしまった。
本当は、言うのは止めておこうと思っていたのだ。
しかし、どうしても不安は募るのだった。
「様子を見ましょう。
どうしてもという時は病院へ行けばいい」
佐山と話すだけで落ち着いてきた。
結局、自分で判断できないんだよなぁ。
「もしや、ずっと考え込んでいたのですか?」
「はぁ」
なぜ分かる?
「情報に惑わされてはいけません。
何事も……いたた」
ルナが佐山のヒゲを引っ張ったのである。
一度は布団の上に戻された彼女だが、くるりと回転してぺたぺたと床を這い、佐山の膝の上に舞い戻っていたのだ。
小さな手がヒゲに触れたのは偶然で、しっかり掴むほどの長さがないそれはすぐにすっぽ抜けてしまった。
が、ルナは獲物を狙う目になっている。
途切れた佐山の言葉。
大方、「冷静さが必要なのです」などと続けるつもりだったのだろう。
「何事も冷静さが必要なのです」
ほら。
「ほら」
「っへ!」
ふいに手首を掴まれ、引き寄せられた。
「僕の手だって冷たいでしょう」
髭に手を伸ばすルナから逃げることもなく、佐山は口の端を上げた。
外を歩いてきたためか、佐山の手は冷えている。
いつぞや、私を温めてくれた時と違って。
確かに気にしすぎなのかもしれない。
大人だって外気の影響を受けるのだ。
未発達なベビーなら尚更だろう。
けど、私は冷静でなんていられない。
そんな風に触れられたら。
佐山が帰った後、病院の場所を調べた。
歩いて行けそうな小児科だ。
その夜、例の症状は出なかった。
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