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第五章 クリスマスの涙

異変3

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 ──兆候が顕れ始めた。

 ──そろそろ限界だ。

 ──消えるまでに残された時間は多くないだろう。




 「やめて!」

 自分の声で目が覚める。
 身をよじって枕元のデジタル時計を確かめると、もう午前七時を回っていた。
 カーテンの隙間からは細く光が入り込んでいる。

 佐山の部屋から、バタンとドアの閉まる音がした。
 仕事、今日は早いんだな。

 霧の中の声を思い返す。
 その言葉は、どんどん不穏なものに変化していた。



 消える。



 審判の結果?
 まさか。

 慌ててベッドの隣を見遣る。
 ルナは、いつもの顔で微かに寝息をたてていた。

 夢なんて、理屈で説明できるような確実なものじゃない。
 ただの偶然だ。

 「絵美ぃ」

 ふいに声がかかった。
 私は務めて明るく応じる。

 「ルナ。起きちゃった?」

 「絵美ぃ、寒いよ」


 え──!?


 ルナの顔は、さっきとは打って変わって白くなっている。

 傍に寄り、血の気のない顔に手をやったところでルナが泣き出した。
 やはり、皮膚は氷のように冷たい。

 「うわあぁぁん」

 力なく泣いているだけで反応がない。
 普通のベビーに戻っているのだ。今までは、

 同じことがあっても平気な顔をしていたのに。
 悪化してる。

 「ルナ。ルナ……!」

 打ち消したつもりだった不安が黒雲のように胸を覆い始める。
 私はルナを抱き上げ、冷たい頬を温め続けることしかできなかった。
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