【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

文字の大きさ
101 / 130
第五章 クリスマスの涙

衝突3

しおりを挟む
 出かかった言葉を飲み込んでかぶりを振った。

 「もういい、勝手にしなさい」

 感情のやり場がない。

 ルナは、もう何も言い返してこなかった。
 私も顔を背けた。




 「顔色がすぐれませんね」

 「……どっちのことですか」

 「あなたですよ」

 夜、佐山がやってきた。

 ルナとは、あれから言葉を交わしていない。
 無言で世話をした。
 抵抗されないし何も言い合わないから、すぐに終わる。

 余る時間。久しぶりに手に入った自分だけの時間。
 ちっとも落ち着かなかった。
 たまに、思い出したようにルナの顔色をチェックしながら。



 「少々、暖房が効きすぎではないですか?」

 ルナの傍に腰を下ろした佐山は、ダウンコートのチャックを胸元まで下ろした。
 エアコンの設定温度は高めにしてある。

 「これでいいんです。
 またルナの体が冷えたらいけないので」

 「今日はけっこう暖かいですよ」

 「今朝、またあの症状が出たんです。
 すごく寒がって」

 「しかしですね」

 佐山が困ったような顔をする。
 胸がチリッとした。


 朝の病院。
 待合室で浴びた視線。


 化粧もせず髪も整えず、赤ちゃんを寝具でぐるぐる巻きにして。
 鬼気迫る表情かおでやって来た女は、可愛らしい内装の待合室でさぞかし異様に映ったことだろう。

 遠巻きに奇異なものを見るようにしていた人たち。
 おばあさんは、何かを悟ったみたいに微笑んでいた。

 佐山の表情かおが、その人たちと同じに見えた。
 チリリと焼け付いた痛みは、やがて這うように胸全体に広がっていく。


 何も知らないくせに。


 「どうして、そんな目で見るんですか?」


 佐山が不思議そうに顔を上げた。

 駄目、止まらない。
 イライラする。

 「所詮は他人事ひとごとなんですね、佐山さんも」

 「え?」

 「佐山さん、見てないでしょ?
 実際にルナがどうなったのか。
 私がどんな気持ちでいたか、知らないでしょ!?」

 「宮原さん……」

 「全部終わってからやって来て、上から目線でダメ出しして楽しいですか!?
 どうせ、私のこと馬鹿にしてるんでしょ!」

 「……」


 だから、どうしてそんな顔ができるのよ。
 八つ当たりされてるのに表情ひとつ変えない。


 「……分かりました」

 佐山は、ルナの頭をひと撫でして立ち上がった。

 「もう失礼します。何かあったら呼んでください。
 それから。できれば、あなたもきちんと休んでください」

 目の端に、遠ざかる佐山の後ろ姿が捉えられる。
 行ってしまう。
 

 待って。


 今、追いかけてその腕を引けば。
 彼はきっと、私の手を振り払うような真似はしない。

 でも、私は一歩も動けなかった。
 ドアが音をたてて閉まる。

 完全に嫌われた。
 佐山は、もう二度とここへは来ないだろう。

 その場に座り込んだ。
 嗚咽がこみ上げる。

 声をあげて泣くのは、上京以来初めてだった。

 十二月の始め。
 大切な人が遠ざかる足音を聞いた。

 私が壊したんだ。
 何もかも。

 審判の日は、もうすぐそこに迫っているのに──。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい

葉方萌生
ライト文芸
淡路島で暮らす28歳の城島朝香は、友人からの情報で元恋人で俳優の天ヶ瀬翔が島に戻ってきたことを知る。 絶妙にすれ違いながら、再び近づいていく二人だったが、翔はとある秘密を抱えていた。 過去の後悔を拭いたい。 誰しもが抱える悩みにそっと寄り添える恋愛ファンタジーです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...