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第五章 クリスマスの涙
すれ違い2
しおりを挟むなのに。
「暖房が効きすぎでは」という指摘に対する私の答えはあまりにも意固地で、人に話を聞いてもらうような態度ではなかった。
ルナとケンカした直後で気が立って……本当に、ただの八つ当たりだったのだ。
そりゃ、嫌われるわ。
嫌われているであろうことを再認識した。
「だからね、旦那とは今もケンカばっか」
麻由子は頬杖をついて先を続ける。
嘘でしょ。
尻に敷かれるために生まれてきたような旦那様とケンカなんて。
「絵美が羨ましいよ。佐山さん、優しいし」
いや、付き合ってる訳じゃないし。
麻由子こそ、人が羨むような生活じゃないの。
「なに言ってんの、幸せな家庭持ちが」
「あぁ。独身に戻って恋したい」
何と、聞き捨てならない。
「今からだって恋くらいできるわ!」
冴子さんが身を乗り出す。
友人を焚きつけないでもらいたい。
麻由子は、家族は愛してるわよと前置きし、珍しくジトッとした目で私を見た。
「だけど。誰と別れたとかくっついたとか、すごい楽しそうなんだもの」
「はぁ?」
ガクンと力が抜けて脳天から声が出てしまう。
楽しそう? 私が?
「楽しいワケないよ。
こんなにキリキリするくらいなら早く身を固めたいわ」
麻由子の奴、アレルギーもなく幸せな母親やってるクセに。
嫌味に聞こえるわよ。
黙って聞いていた冴子さんがケラケラと笑う。
「幸せの形に正解なんてないよ。
二人、それぞれに幸せ!」
麻由子と二人、感心してしまう。
大人の女性は言うことが違う。
「私も……うん、幸せ。
色々あるけど気ままにやってる」
一瞬寂しそうに表情を翳らせた冴子さんは、口角を無理に上げて笑顔を作った。
「自分が幸せじゃなきゃ、他の誰かの幸せは願えないもんね。
私は、人の幸せを願えるババアになりたい」
強いなぁ。
私は、自分がそんな高みに到達するところを想像できない。
天辺が見えない。エベレストみたい。
冴子さんは、照れ隠しのようにルナとサルの引っ張り合いを始める。
「二人とも。夫婦喧嘩はできるうちが華よ」
彼女は、そう言って話をまとめた。
だから、私の方は夫婦じゃないってば。
「佐山さんのことだから、また普通に現れるんじゃない?」
項垂れる私を覗き込むようにして、麻由子は言った。
私とは逆に、冴子さんの話で元気をもらったようだ。
「……無理よ」
散々助けてもらっておいて。
そんな彼に暴言をぶつけてしまったのだ。
思い出したように胸がチクチクと痛み出す。
「分かったわ、絵美ちゃん。
私に任せなさい!」
高らかに宣言したのは冴子さんであった。胸
の前で固く拳を握っている。
「へ? 冴子さん?」
「本気で佐山クン狙うって言うなら私、マジ協力する」
冴子さんは今度は声を落とすと、密談でもするように顔を寄せてきた。
「あきゃっ」
ルナはくるりと寝返りを打つ。鼻息が荒いようだが地獄耳か?
冴子さんは不敵に口元を歪める。
「大丈夫よ。競争率は低いハズ」
確かに、職場では変人で通っているという話だったが。
「冬といえば。あれよね、冴子さん!」
「あぶーっ! きゃはははっ!」
麻由子がルナを抱き上げた。
えらく盛り上がってるな。
「そう、冬といえば! クリスマスよぉ!」
冴子さんが切れ長の目をムフフと弓なりにする。
クリスマス。
気分的にも状況的にも浮かれてる場合ではないのだが、みんなの明るさには元気をもらえた。
「そのためには。ね?」
冴子さんはそう言って私に目配せをし、帰っていった。
しばらくの間、高笑いが聞こえていた。
そう。
私、まず佐山に謝らなくちゃ。
しかし、期待に反して。
その夜、佐山はやって来なかった。
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