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第五章 クリスマスの涙
作戦決行!?
しおりを挟む「おや、辻島さん。おはようございます」
佐山はルナにミルクをやりながら、いつもの調子で言った。
「じ、実は夜中にルナの具合が悪くなってですね……」
「あーぃー」
私がしどろもどろに説明する傍から、ルナが元気の良い声を上げる。
「とりあえず中へどうぞ」と促した時には、冴子さんは猫のように目を細め、口元はにんまりと笑っていた。
すれ違いざま、肘で軽く小突かれる。
ルナが来て以来、佐山がこの部屋にいること自体は別に不自然ではないのだが。
佐山は上下スウェット、私は着古したジャージで両手にマグカップを持っている。
時間は午前九時前と、微妙に早い……。
一夜を共にしたんだなと思うだろう。
大人なら誰でも。
冴子さんも誤解してるなぁ。
半分は誤解じゃないんだけれども。
佐山はまだ部屋に残っていた。
ルナの世話をしてくれていたのだ。遅番だし。ただ、
「ピーコの様子も気になるので早めに出ます」
と言われた。
ああ、そうですか。すみませんね、長いことお引き止めして。
黙ってロールパンとコーヒーを差し出す。
時間稼ぎである。
不純な動機である。
そのタイミングで冴子さんはやって来たのだ。
「後で色々聞くから」
と私に釘を刺した上で、冴子さんはスパッと切り出した。
「やるわよ! クリスマスパーティー!」
「まぁ、止めはしませんがね。あまり騒がないでくださいよ」
黙って聞いていた佐山が、ルナの背中をトントンしながら言った。
「何言ってるの、佐山クン! あんたも来るの!」
「強制するのですか」
「相変わらず鈍いわね。あんたが来なきゃ意味ないんだってば!」
「どんな意味です?」
「とにかく! 私は店が終わった後で合流するから、先に二人で始めててよ」
冴子さんは強引に佐山をパーティーに引き込むと、私に向かってウインクしてみせた。
「ごめんなさいね。二人の朝を邪魔しちゃって」
「あぃー」
意味が分からないような表情で出ていく佐山を、冴子さんはニヤニヤしながら見送った。
ルナも機嫌良く彼を見送り、サルを振り回して遊び始める。
もうすっかり元気だ。
何があったのかと話を急かしてくる冴子さんに、経緯を説明する。
「で? 最後まで行った? 聞くだけ野暮かしら」
結局知りたいのはそれか。
「何もありませんよ」
私が答えると冴子さんは憮然とする。
「二人きりで一晩過ごしたのにぃ?」
一晩、というワードであれやこれや思い出して顔が熱い。
「そのぉ……悪い雰囲気ではなかったですけど、ね」
「ぎっ」
ルナが冴子さんの膝に手をかけ、「二人じゃない。三人だ」と抗議する。
冴子さんはちょっと笑ってルナを抱き上げると、手近なクッションにもたれた。
「佐山クンらしいよねー、そういうの。
でも良かったじゃん。付き合ってく感じ?」
「そそそんな……話は……」
してない。
ピーコの方が大事みたいだし。
つい、手をモジモジと動かしてしまう。
冴子さんは、ヒュッと息を吸い込んだまま絶句した。
「っかー! 焦れったいわね、まったく!」
「っくわあぁ」
ルナが可笑しそうに冴子さんの口真似をする。
「パーティー、セッティングしといて良かったわ」
冴子さんは嘆息し、ルナの頭を撫でた。
確かに、あれくらい強引に誘わなければ断られていただろう。
佐山がクリスマスを楽しむ姿など想像できない。
だけど、やっぱりクリスマスは特別。
彼女のご提案はありがたい。
パーティーはオードブルやワインを持ち寄って、イブの夜から行うことにした。
場所は私の部屋。
家庭のある麻由子は、今回は欠席だ。
子どもたちもそろそろ冬休みか。
最近姿を見せていない。
「ああ、あのね」
冴子さんが思い出したように声を上げた。
「佐山クンには遅れてくって言ったけど、私、来ないから」
そう言って、掌をピラピラと振ってみせる。
「はい!?」
「今度こそ、上手くやんなさい」
冴子さんは、カラリと笑った。
「見て、ルナ。きれいだね」
またルナと二人きりになった。
部屋の中は、冬の僅かな陽光と先程までいた人の温もりが混じり合っている。
抱っこして外を見せてやると、ルナは窓に小さな掌と額をくっつけて一面白の世界に見入った。
昨晩からの雪が、しっかりと積もったのだ。
地面は所々に通行人の足跡がポコポコと続き、生垣や住宅の屋根は粉砂糖を振りかけたようになっている。
「こんな賑やかな年になるなんてね」
ポツッと呟くと、ルナが私を見上げた。
「ふふ。何でもないよ」
新しくできた知り合いとクリスマスパーティーなんて。
気持ちも生活もギスギスしていた九月には想像もできなかったことだ。
不思議なベビー。
柔らかそうな頭を見下ろす。
結びつけたのは、全部ルナだった。冴子さんも、佐山も。
何か、作ってみようかな。クリスマス料理。頑張ってみようかな。
スマホを開く。私は、こういうレシピをじっくり読み込む根気がない。
オムツの手触りが怪しくなってきた。
ルナの世話に追われ始めた頃、私は既に「見た目を寄せれば何とかなる」という気分になっていたのだった──。
十二月二十五日。
パーティーが終わったその時、審判は下される。
逃れられない審判への恐れを振り払うように、私の意識はパーティーの準備へ向かっていた。
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