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第五章 クリスマスの涙
クリスマス・イブ2
しおりを挟む「ホワイトクリスマスですね」
「都会で降っても交通が混乱するだけですよ」
「また夢のないことを。佐山さんらしいけど」
「きゃははっ」
無駄話をしながら出迎える。
佐山は、スーパーでオードブルと赤ワインを買ってきてくれた。
彼にしては気の利いた品なのか。
「まったく、辻島さんも妙なことを考えますね」
まだ身体に冷気をまとわせた状態の佐山は、ブルッと身震いしながら定位置に腰を下ろした。
「あぎっ」
「ま、まぁいいじゃないですか。ご近所なんだし」
実は来ないんだけどね……冴子さん。
内心ペロリと舌を出しつつ、佐山のジャケットをハンガーに掛ける。
「後で私が作った料理も出しますね」
「また作ったのですか」
「何です、そのイヤそうな顔? ちゃんと食べられますよ」
グラスにワインが注がれた。
ルナは佐山の膝の上だ。
途中でミルクを飲むと、そのまま佐山の腕の中でうとうとし始めた。
審判が始まるのではとハラハラする。
日付けが変わるのはまだまだ先。パーティーは始まったばかり。
自分に言い聞かせるように深めに呼吸する。
ゴオッと強風が吹き過ぎ、アパートが揺れた。
至る所がガタガタと音をたてている。
こんな小さなアパートなど簡単に吹き飛んでしまいそうだ。
「凄い風……」
窓は既に冷気で結露し始めている。
目を凝らすと、粒の大きな雪が強風に流されて斜めに降り注いでいた。
佐山が顔をしかめる。
「これは酷い。ホワイトクリスマスどころではないですね」
そこから何となく会話が途切れた。
お互い、黙々とオードブルを口へ運ぶ。
佐山は、グラスの中身も減りつつある。
「……あの。この前、何て言おうとしたんですか?」
会話を繋ぐために絞り出した問いの意味を測りかねるように、佐山はポカンと口を開けた。
「夜中に、ルナがおかしくなっちゃった時。佐山さん言いかけたでしょう?
私は、ベビー・アレルギーじゃなくて──」
彼は「ああ」と思い出したように頭を掻く。
「そういえば、あの後の記憶がないな」
「ちょ、ちょっと!」
「いやいや、言うべきことを忘れた訳ではありませんよ」
佐山はグラスを置いて居住まいを正した。
何かを伝える時、彼は真っ直ぐこちらを見るから、いつも心臓が跳ね上がる。
私は動揺を悟られまいと、添え物のプチトマトをギュッと噛み潰した。
佐山が口を開く。
「“怖い”の理由が、アレルギーとは違うのではないかと」
今度は、私の方が意味を測りかねて首を傾げる番だった。
佐山は、考えるようにゆっくり言葉を継いでいく。
「話を聞いた時、赤ん坊への嫌悪とは違うものを感じたのですよ。
壊してしまうことへの恐怖というか、戸惑いというか」
プチトマトを飲み下す。酸味が腹の中へ落ちていった。
「その恐怖は、むしろ愛情ではないですか」
呼吸の仕方を忘れた。愛情?
「あなたは何も悪くない。
強いて言えば、少し不器用なだけですよ」
でも。
──そういうのってどうなの、絵美。
──おかしくない?
──酷い女。
胸に刺さったたくさんの言葉が、私の中から消えない。
「ただ運悪く……本当に運悪く、周りに理解者がいなかったのです」
そうだ。理解されないから逃げた。
小さな命との接触を避けてきたのは、“そういう女”だと知られたくないからでもあった。
これ以上傷口を広げないために、逃げながら生きるしかないと思ってた。でも。
何でも解ってくれる人が、目の前にいる。
視界がぼやけていく。
「ありがとう……佐山さん」
涙が落ちた。
ルナは佐山の腕の中で眠っている。
夢でも見ているのか、もごもごと小さな口を動かした。
「もっと早く気づいたら良かったなぁ……ねえ? ルナ」
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