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第六章 最終章の、その先
最後のピース3
しおりを挟む「無事に生まれたって」
十年前の、クリスマスの朝。
母子共に健康だという報告に、緊張の糸が一気に解けて座り込んだ。
何度も何度も安堵の溜め息が出て、知らないうち涙が頬を濡らしていた。
分からなかった。
大恩人の娘さんの出産とはいえ、何故ここまで泣けるのか。
ルナの誕生日が近づくと、絵美はいつもあの時の感覚を思い出す。
「はじめまして。ルナです」
若い母親が言った。
きらきら輝く命が、大事そうに抱かれていた。
十年前。これが、絵美とルナの出会い。
あ……全部揃った。
あの時、何故かそう思った。
心の隙間が埋まったような、パズルの最後のピースがきれいに嵌まったような。
自分は、この子を待っていたのかもしれない。
この瞬間のために生きていたのかもしれない──。
分からなかった。
ずっと苦手だったベビー。
自分が生んだわけでもないベビーに、何故こんなに心を揺さぶられるのか。
ルナはすくすくと大きくなった。
パパ・ママの言葉の次に絵美のことを覚え、たどたどしい口調ながら「エミィ」と発した時は、本当に嬉しかった。
ルナは、人と人を繋げる子だ。
結果、みんな幸せになる。
ルナの母親と冴子さんは、再会後すぐに良好な関係を築けたわけではない。
冴子さんは、赤ちゃんだった彼女を置いて出て行ってしまった人だ。
彼女の方から歩み寄ったとはいえ、わだかまりは残る。
冴子さんの関係者である絵美に対しても、初めはどこか身構えているようなところがあった。
でも。そこにルナが加わっただけで、絡まった糸は自然と解れた。
ほどなくして、冴子さんは「喫茶店のマダムになる!」と宣言。
見事に転身してしまった。
いつか、母娘で来てもらえるように。
ルナ一人でも、ふらりと立ち寄ることができるように──。
今や、コーヒーが美味しいと評判の喫茶店だ。
麻由子がスタッフとして働いている。
子どもたちはすっかり大きくなり、もう手はかからない。
きっかけは、すべてルナ。
ルナは、そこに居るだけでみんなを結びつけてしまう。
母親の身体が弱いことで影響が出ないか心配されたが、小学生になった今も元気に育っている。
ルナのベビー期は、怒涛のように過ぎた。
正解が分からず、母親と一緒になって途方に暮れたこともある。
それでも、傍にはいつも笑いがあった。
仕事用の鞄の中で、スマホが震えているのに気がついた。
佐山からの着信だった。
『これといった用はなかったのですが。
明日、予定通り帰りますよ。吹雪でなければ』
「あら。そっちも? ホワイトクリスマスですね」
『クリスマスに雪だから何だと言うのです? 不便なだけですよ』
絵美は、スマホを耳から離して笑ってしまった。
『何です?』
「いいえ。どこかで聞いた言葉だと思って。
忘れてると思いますけど」
『……覚えていますよ。忘れるはずかない』
佐山はたまに、不意打ちで絵美をドキッとさせる。
結婚から十年以上経った今も。
「それは嬉しいですね」
『今日は仕事ですか?』
「ええ。その後ルナたちとパーティーを」
『明日でもう十歳ですか』
「あなたに会いたがってましたよ」
『それは嬉しいな』
おやすみを言って通話を切った。
寝支度を済ませてベッドに入る。
ルナの寝顔を思った。
また明日、ね。
ちなみに。ベビーは今でも苦手だ。
絵美にとって、ルナは娘であり孫であり、親友であり。
たまに、戦友みたいに思えることがある。
サイドボードのランプを消そうとした時、鳩時計が十二時を知らせた。
絵美は、そっと呟いた。
「お誕生日おめでとう。ルナ」
《了》
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