島を出る日

おまつり

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第六章 秘密の逢瀬

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 東京から微笑島に戻った美月と樹を待ち受けていたのは、島民たちの容赦ない「尋問」だった。
​「どうだったんじゃ、東京は!」
「樹と美月先生、手ぇ繋いだか?」
「まさか、一晩、何かあったんじゃろう?」
 ​島民たちは、二人がくっついて帰ってくることを期待していたのだろう。美月と樹は、練習した通りの返答を、笑顔で繰り返した。
​「一緒にテーマパークへ行きましたが、それだけです」
​ 美月が答えると、島民たちは露骨に失望の表情を浮かべた。しかし、その失望はすぐに焦りに変わった。
「まぁ、都会っ子と田舎者が、そんなにすぐ交際するわけないか!」と、自分たちを納得させ、その後も二人が結ばれるよう、あの手この手で仲を取り持とうとし続けた。
 ​美月は、島民たちの期待に応えられなかったことに申し訳なさを感じつつも、内心では安堵していた。これで、自分たちの関係を公にしない自由が得られたのだ。
 
 ​二人は、人目を忍んで会うようになった。微笑島は、電波が悪くインターネットが使えないため、便利なメッセージアプリでの連絡は不可能だ。彼らの連絡手段は、行動と気配だけだった。
 ​樹は、早朝の農作業の前に「ジョギングをする」と両親に嘘をつき、職員寮の前に現れた。まだ夜の冷たさが残る早朝の静寂だけが、二人の逢瀬の共犯者だった。
 ​美月は、樹の足音を聞き分けるようになり、静かに寮の裏口から彼を迎える。
​「おはよう、美月さん」
 ​樹は、誰にも聞こえないよう、囁くように挨拶する。早朝の樹の体からは、清々しい土と、かすかな汗の匂いがした。二人は、数分の短い会話を交わし、確認するように抱き合い、そして、名残惜しいキスを交わした。
​「これで今日も頑張れる」
 ​それは、お互いの存在が、この閉塞的な島での生活を乗り切るための燃料であるという、二人の共通の認識だった。キスを終えると、樹は名残惜しそうに美月を離し、再び農場へと駆けていった。

 ​時には、深夜に逢瀬をすることもあった。誰も来ない、星空が圧倒的な存在感を放つ海辺。波の音と、宇宙的な静寂が、二人の吐露する言葉を優しく包んだ。彼らは、抱き合い、キスを交わし、島では決して得られない、二人だけの自由な世界を分かち合っていた。

 ​七月に入り、島では恒例の夏祭りが開かれた。島の小さな神社に集まった島民たちは、盆踊りを楽しむ。これだけの行事が、この島では一年で一番の事件だった。
​ 美月が、子どもたちの無邪気な盆踊りを眺めながらベンチに座っていると、隣に樹がやってきた。彼は、周囲にバレることを気にしているようで、少し落ち着きがなかった。
​「どうしたの? また噂されるよ」
 美月は、少し微笑みながら言う。
​「まぁ、話すくらいならいいかと思って」
 ​樹はそう言うと、持っていた瓶のラムネを、美月の方へ差し出した。美月は、そのラムネを受け取る手が、微かに熱を帯びるのを感じた。
​「……気が利くね、ありがとう」
​「どういたしまして」
 ​二人が囁くように会話していると、養護教諭の蒼井先生が、ニヤニヤとした笑顔を浮かべながら近づいてきた。
​「二人とも、本当に何もなかったの? 距離近いぞ~」
 ​美月は、このような冷やかしに慣れ、どうかわそうかと考えていると、樹がそっと立ち上がった。
​「あんまり噂すると、三枝先生に失礼ですよ。三枝先生は俺に興味ないみたいなんで」
 ​樹は、美月との関係を周囲から守るため、そして自分の立場を守るために、敢えて「美月の拒絶」を演じて見せ、その場を離れていった。
​ 美月は、樹のその意図的な否定の中に、彼の不器用な愛情と、この秘密の恋を守ろうとする決意を感じ、胸が熱くなった。

 ​蒼井先生は、樹と入れ替わるようにベンチに座ってきた。
「本当に興味ないの? 樹くん、ああ見えてなかなかイケメンじゃない? それとも、こういうタイプは苦手?」
 蒼井先生のその発言に、​美月はラムネを飲み干し、ビー玉をカチリと鳴らした。この質問には、肯定も否定もできない。真実を言えば、秘密が破れる。
​「……どうでしょうか。わかりません」
 ​美月は、曖昧な笑みを浮かべて、蒼井先生の追求をかわした。ラムネの甘さと、秘密の刺激が、美月の心を支配していた。

​ 七月中旬、夏休みに入った。美月は、職員寮で夕食の片付けをしていると、ドアがノックされた。そこに立っていたのは、いつものおせっかいおばちゃんだった。
​「別荘を借りたから、今夜は樹くんと二人で過ごしたら?」
​ 美月は、その言葉に、驚きよりも先に、「二人きりになれる」という抗いがたい誘惑を感じた。おばちゃんのしていることは、度が過ぎるプライベートへの介入だが、美月も樹も、この島で自由に過ごせる場所を切望していた。
 ​美月は、ためらいもなくおばちゃんの軽トラに乗り込んだ。
 ​この島には、金持ちの別荘がいくつかあり、使われていない時は島民が管理を任され、時折借りることができたのだという。おばちゃんは、その別荘を一晩借り上げ、二人の仲を取り持とうとしていた。
 ​別荘の前に到着すると、すでに樹が待っていた。樹も、美月と同じように、半ば強引に連れてこられたのだろう。おばちゃんは、二人が拒否しなかったことに大いに満足したようで、去り際に「また借りてあげるから仲良くするんだよ!」と言い残していった。
 
​「ありがたい、おせっかいもあるものだね」
 ​美月は、笑いながら言った。その皮肉な状況が、おかしくてたまらなかった。
 ​別荘の鍵を開け、二人きりになった瞬間、美月と樹は、言葉を交わすよりも先に、唇を重ねた。それは、抑えきれない情熱と、この密室を与えてくれた運命への感謝のキスだった。
 ​その夜、二人は激しく求め合った。東京のホテル以来の情事に、美月の心も体も熱く高揚した。樹は、この広い空間で、誰にも邪魔されず、美月を愛せることに、心の底から満たされていた。
 ​行為の後、美月は樹の逞しい胸に顔を埋め、くすっと笑いながら言った。
​「別荘で二人きりになっておきながら、何もなかったとは、言いづらいよね」
​ 樹は、美月の髪にキスをしながら、現実的な問題に直面する。
「……別々の部屋で寝た、としか言えなさそう」
​「そうだね」
 ​こんな秘密のやり取りさえも、二人の間では甘い会話だった。彼らは、島民のおせっかいという波に乗り、この上なく幸せだった。

 ​夏休みも中盤に差し掛かる頃。美月は、学校の職員室に顔を出すと、いつもあるはずの久保先生の席に、彼の姿がないことに気がついた。
​蒼井先生が、お茶を淹れながら教えてくれた。
「久保先生なら、不注意でケガをしてね。長期入院らしいよ」
​「え、そんな……。そしたら、四・五・六年の授業はどうなるんですか?」
​「新しい人がくるって。代替の先生よ。若い人が来るらしいわ」
 ​美月は、「若い先生」という響きに、単純に喜びを感じた。この島に、同世代の、話し相手になってくれる人間が増えることは、素直に嬉しかった。

 ​数日後、その代替の先生が、美月の住む職員寮の隣の空き部屋に住むことが決まった。美月の部屋と同様に、台風で屋根が吹き飛ばされていた部屋である。
​美月は、この知らせに、ある種の秘密の喜びを感じた。
​「樹くん、また修理に駆り出されるね」
 ​その予感通り、樹は再び修理に駆り出されることになった。これは、美月と樹にとって、公然と会える、最高の好条件だった。
 ​修理作業の昼休憩、あるいは仕事終わり。樹は、美月の部屋を訪れた。冷たい飲み物を飲んだり、ただ静かに会話をしたりする。この「秘密の共有スペース」が、美月の心を安堵させた。

 ​ある夕方、修理仕事終わりの樹の我慢が限界に達していた。美月も、久々の彼の衝動的な情熱に抗えなかった。美月の部屋で、二人は声を押し殺して行為に及んだ。美月は、農作業もこなしながら修理作業もして、その上、これほど情熱的な行為もできる樹の底知れぬ体力と、男としての魅力に、改めて驚き、深く愛した。

 ​夏休みが終わる頃、職員寮の修理は完了した。美月は、二学期からやってくる代替の先生が「黒崎翔也」という、二十代の若い先生だと知った。
 
​(若い先生……。よかった)

 ​美月は、この閉塞的な島に、新しい風が吹くことを、純粋に嬉しく思っていた。しかし、この新しい風が、二人の秘密の恋の炎をかき乱すことになるなどとは、まだ想像もしていなかった。
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