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二章
山へ
しおりを挟むレイビス様の行きたいところというのは、街にある小さな工房だった。
「……お兄ちゃんたち、誰?」
中から姿を現したのは、小さな女の子。
「頼んでいたものを取りに来たんだが、親方はいるか?」
レイビス様は、この工房に来たことがあるようだ。数日前に、別々に行動した時だろうか。
とても大切なものなのか、どこか嬉しそうなレイビス様。いったいなにを頼んだのだろう。
「あの……」
女の子の様子がおかしい。今にも泣き出してしまいそうだ。
「なにかあったの?」
女の子の目線に合わせてかがみながら話しかけると、「うわーーんっ!」と大きな声で泣き出してしまった。
「なにがあったか話してみて?」
女の子は泣きながら何度も頷く。落ち着くように背中を優しくさすってあげると、ぽつりぽつりと話をし始めた。
親方は女の子のお祖父さんで、どうしても必要な鉱石があるからと、三日前に採掘場に行ったきり戻って来ないのだそうだ。採掘場は、先程聞いた白い狼のいる山にある。
「少しは落ち着いた?」
ようやく泣き止んだ女の子が、コクンと頷く。
「マリーちゃん、お客さんかい?」
隣の家に住む夫婦が、女の子を心配して顔を出した。女の子一人で心配だったのだろう。「親方が帰ってくるまで家においで」と誘ったけれど、女の子はここを離れなかったそうだ。
「捜索隊は、出さないのですか?」
「……みんな、山に行きたくはないんだよ」
白い狼の噂があるからだろう。採掘場までは、五時間ほど歩けば行けるそうだ。それが三日も帰って来ないなんて、なにかあったに違いない。助けを待っているかもしれないのに、見殺しになんてできない。
「……俺のせいかもしれない」
「レイビス様?」
「俺が頼んだ物を作るために、親方はきっと採掘場に向かったんだ」
こんなレイビス様、初めて見るかもしれない。少し、震えている。彼の震える手を両手で取り、にっこり微笑む。
「それなら、迎えに行きましょう」
「セリー……ナ?」
「誰も行けないのですから、私たちが行きましょう。親方は、きっと大丈夫です」
根拠は何もないけれど、親方はきっと生きている。それにやっぱり、白い狼が人を襲うという話を信じられない。
「セリーナは、ここで待っていてくれ」
「え……?」
「白い狼に会いたかったんだろうけど、セリーナを危険なところに連れてはいけない」
「私も行きます! 危険だというのなら尚更です! レイビス様が危険なところに向かうのに、私一人で待っていることなんて出来ません!」
白い狼のことがなくても、レイビス様を危険なところに行かせて、私だけ安全な場所にいるなんて嫌だ。
「俺のために、ここにいてくれ」
私の両腕を掴み、懇願するようにそう言った。彼の手も声も、震えている。私を危険な目に遭わせたくないのだ。
「……わかりました」
納得はしていない。けれど、これ以上彼を苦しめたくはない。
私の返事に、心底安心した表情を見せるレイビス様。これでよかったのだと、自分に言い聞かせる。
「案内は、俺がする」
私たちのやり取りを見て、先程山には行きたくないと言っていた隣のおじさんが心を決めてくれたようだ。
カタリーナは私の護衛として残り、レイビス様と護衛六人、そしておじさんが親方を捜索するために山に登ることになった。
「行ってくる」
「レイビス様、お気を付けて」
なにか言いたいのに、他に言葉が出てこない。
心配でたまらないし、なにも出来ない自分が情けない。
レイビス様の姿が見えなくなるまで、その場から動くことが出来なかった。
「セリーナ、風邪をひく。中に入ろう」
カタリーナに促され、工房の中に入る。工房の隅にあるイスに、おばさんと女の子が座っていた。
二人も、私と同じだ。お祖父さんとおじさんが、心配で仕方がないのだろう。
「大丈夫! みんな無事に戻ってきます!」
それは、自分にも言い聞かせている。私が暗くなっていたら、二人が不安になってしまう。
「ねえ、マリーちゃん。お肉は好き?」
先程のレストランで、お持ち帰りで買ってきたものをマリーちゃんに見せる。包みをあけると、美味しそうな匂いが工房中に充満する。
「これ……あの有名なお店の?」
「そう! さっき行ってきたの。すごく美味しかったから、お持ち帰りで包んでもらったの。食べる?」
「食べたい!」
おばさんがお皿とフォークを用意してくれて、小さなテーブルにお肉料理の入った包みを広げる。お皿に取り分けてマリーちゃんに手渡すと、マリーちゃんはお肉をじっと見つめた。
「このお店、お父さんとお母さんがたまに連れて行ってくれたんだ」
思い出の料理だったのか、マリーちゃんは嬉しそうに話し始める。
「マリーちゃんの父親は鉱夫をしていてね、給料日にはマリーちゃんが大好きな肉料理を食べさせるんだって頑張っていたんだよ。ある日弁当を忘れたからと、マリーちゃんとローラさんが二人で届けに行ったんだ……」
マリーちゃんを見ながら、とてもつらそうに話すおばさん。
「二人は白い狼に……。マリーちゃんは無事だったけれど、記憶を失ってしまってね……」
その日から白い狼が人間を襲うという噂が流れ、採掘場に鉱石を採りに行くことも山に登ることも出来なくなったそうだ。
「違うよ! 狼さんは、あたしを助けてくれたんだよ!」
記憶がないと聞いたばかりなのに、マリーちゃんははっきりとそう言った。
「マリーちゃん? 記憶が戻ったのかい?」
おばさんも驚いている。
何より、「狼さんは、あたしを助けてくれたんだよ」という言葉が気になる。
「マリーちゃん、なにがあったか話してくれる?」
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