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二章
レイビス様の元へ
しおりを挟む「あの日ね、お母さんと一緒に、お父さんにお弁当を届けたの。みんなで帰ろうってお母さんが言って、お父さんのお仕事が終わるのを待ってたの」
二年ほど前の出来事だそうだ。マリーちゃんは、五歳だった。
雪が降ってきたからと、ほかの人たちは先に帰っていった。マリーちゃんのお父さんは、後片付けをしてから採掘場から出てきたそうだ。
三人で山道を歩き始めると、鉱夫はみんな帰ったはずなのに上の方から話し声が聞こえてきた。誰か残っているのかもしれないと、マリーちゃんのお父さんは一人で様子を見に行った。
そのすぐ後、叫び声が聞こえてきた。
ローラさんは夫が心配になり、マリーちゃんに採掘場の中に隠れているように言い、叫び声が聞こえた方へと向かったのだ。
「お父さんもお母さんも戻って来なくて……だからマリーは、お迎えに行ったの。そしたら、お父さんとお母さんが血だらけで倒れてて……」
血まみれで倒れている二人のことを、剣を持った数人の男が見下ろしていたのだそうだ。マリーちゃんは恐怖からか、その場を動けなかった。
しかもその男たちは、二人の身体を何度も何度も剣で刺していたそうだ。獣に襲われたと見せかけるために、細工をしていたのだろう。
両親のそんな姿を見たら、ショックで記憶を失ってしまうのもわかる。私だってそんな光景を見てしまったら、正気でいられる自信はない。
つらいのを耐えながら、一生懸命話してくれているマリーちゃんが痛々しい。私は思わず、マリーちゃんをぎゅっと抱きしめていた。
「ごめんね……つらいことを、思い出させてしまって」
忘れたままの方が、幸せだったに違いない。
どうしてこんなに幼い子が、こんな思いをしなければならないのか……
「だからね、狼さんは悪くないの」
「そうだね。狼さんは悪くない」
男たちはマリーちゃんに気づくことなく立ち去ったけれど、マリーちゃんはあまりのショックに動くことも声を出すこともできなかった。
辺りが暗くなった頃、白い狼が現れた。狼は動くことのできないマリーちゃんの服を咥え、山の麓まで連れて行ってくれたんだそうだ。
そのまま意識を失ったマリーちゃんは、街の人に助けられて家に運ばれていた。目を覚ました時には、山で起きたことを忘れていたということのようだ。
男たちは、どうしてマリーちゃんのお父さんとお母さんを殺したのか。どうしてわざわざ狼の仕業に見せかける必要があったのか。
「あ! でんかって名前の人がいたよ! お顔は見えなかったけど、すごく偉そうにしてたの!」
「殿下……?」
まさか、ルドルフ殿下かカシム殿下が関わっているのだろうか……? だとしたら、なんのために?
なんのためなのかは、わからない。けれど、わざわざ守り神である白い狼の仕業に見せかけ、噂まで流して山に誰も近づかせないようにしたのなら、あの山にはなにかあるということだ。
「カタリーナ、山に行かなきゃ!」
「……わかった」
カタリーナは、反対しなかった。彼女も、レイビス様たちが危険だと判断したのだろう。
「女の子二人で山に行くのかい!?」
「カタリーナは、スフィリル帝国一の剣士です。心配はいりません」
「お姉ちゃん、おじいちゃんを助けて!」
マリーちゃんをもう一度抱きしめる。
「もうマリーちゃんにつらい思いはさせない。おばさんと、待っていて」
「うん!」
カタリーナと一緒に工房を出て、山に向かう。
レイビス様についているのは、みんな選りすぐりの護衛だ。けれど、レイビス様たちが警戒しているのは白い狼。人間の敵を警戒していない。
マリーちゃんが見たのがルドルフ殿下かカシム殿下のどちらかだったとしたら、あの山から人払いをして、兵を育てているのかもしれない。
もしもレイビス様たちが兵に遭遇していたらと、不安で胸が押しつぶされそうだ。
「急ごう!」
カタリーナも、いつになく焦っている。
「離れるべきじゃなかった……意地でもついて行けばよかった……」
思わず、本音が出てしまう。
レイビス様と出会ってから、こんな思いをしたことは一度もなかった。彼はいつも、私のそばにいてくれた。
どんなことがあっても、私たちなら乗り越えていけるという自信が持てた。
今は彼を失ってしまうのではないかと、怖くて怖くてたまらない。
「しっかりしろ! セリーナが信じないでどうする! 殿下はちょっと抜けていてセリーナしか見えてなくてどうしようもない方だけど、絶対にセリーナを一人になんてしない!」
「カタリーナ……」
それって、悪口じゃ? なんて、つっこむのはやめておこう。
カタリーナのおかげで、少し落ち着くことが出来た。
彼女の言う通り、レイビス様は私を一人になんてしない。
「ありがとう。しっかりしなくちゃね! 急ごう!」
たとえなにがあっても、レイビス様なら切り抜けられる。だって、私が愛した人だから。
もしも窮地に陥っているのなら、私が必ず助けてみせる。
レイビス様、待っていてください!
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