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二章
よからぬこと?
しおりを挟む勢いよく滑り降りていると、後ろからものすごく大きな叫び声が聞こえてきた。
「うわあああああああああああぁぁぁっ!」
レイビス様の叫び声だった。
私が滑り降りてすぐに、あとを追うように滑り出したのだろう。聞いたこともないレイビス様の声に、おかしくて笑ってしまう。
私のことが心配で怖いのを我慢して追いかけて来てくれているのに、申し訳ないなと思いながらもおかしくて笑いが止まらない。
あっという間に麓に着き、エプロンからおりて立ち上がる。
「セリーナ、大丈夫だった?」
「ええ、大丈夫。少し寒かったけれど、風が気持ちよかった」
私が到着して数秒後、レイビス様も到着する。
「レイビス様?」
到着してから一分ほど経ったけれど、レイビス様はエプロンの上に座ったまま固まって動かない。
「大丈夫ですか?」
レイビス様の顔の前で手をひらひらさせながらもう一度話しかけてみると、彼は大きく息を吸い込んで吐き出した。
「はあはあ……死ぬかと思った……。セリーナ! セリーナは無事か!?」
死ぬかと思うほど怖かったのに、私のことを一番に心配してくれる優しいレイビス様。笑ってしまったことは、内緒にしておこう。
護衛も全員揃い、おじさんも無事に合流。最後に白い狼も到着して、皆で工房へと急ぐ。
「親方、足は痛くありませんか?」
「ああ、なんてことはない。面倒をかけちまって悪いな」
護衛の一人が親方を背負う。
滑り降りた場所から工房まで、少し歩かなければならない。
「元はと言えば、俺が頼んだもののために危険を犯してくれたんだ。これくらいはさせて欲しい」
レイビス様が頼んだものがなんなのか気になるけれど、今は聞ける雰囲気ではない。彼は、とてもつらそうな表情で親方を見つめている。
一歩間違えれば、マリーちゃんから親方を奪っていたかもしれない。両親をあの山で失ってしまったマリーちゃんが、親方まで失っていたらと思うと怖かったのだろう。
工房まで行くのは親方を送り届けるという目的もあるけれど、置いたままの馬車が目的でもある。
一刻も早く王宮に向かい、クリフ様に危険をお知らせしなければと気持ちが焦ってしまう。
私たちが山で男たちと遭遇したのは、日が暮れる前だった。レイビス様と私たちが合流する頃には、山を下りられないほどの時間になっていると考えるだろう。つまり、私たちが王宮へ戻るのは、早くても明日だと思っているはずだ。
きっと山道には、見張りが置かれている。まさか、山道を通らずにあんな急斜面を滑り降りているとは考えないだろう。私たちが山を下りたことは、彼らには知られていない。
動くなら、今夜。皆が寝静まった頃だと考えられる。
「どうしてなのでしょう……」
私はまだ、信じられずにいる。
王座というものがどういうものか、頭ではわかっているつもりだ。けれど、兄弟で殺し合わなければならないことが納得できない。
ルドルフ殿下とクリフ様はあまり仲がいい兄弟だとはいえなかったけれど、王太后様の計画の一件で分かり合えたと思っていた。
カシム殿下はクリフ様にずっと優しく接していて、仲のいい兄弟だったのに……
お母様も私も、皇帝の座より大切なものを見つけることができた。叔父様は私に、皇帝の座を譲ろうとしていたし、レイビス様もお兄様であるシオン様のために無能を演じていた。
そんな人たちしか知らなかった私には、一生理解できないのかもしれない。
「セリーナは、そのままでいい。理解する必要なんてない」
レイビス様は、優しく頭を撫でてくれる。その手があたたかくて、ホッとする。
「クゥーン」
胸元から顔を出した赤ちゃん狼も、慰めてくれているみたいだ。必死によじ登り、私の頬をぺろぺろと舐める。
「本当にセリーナによく懐いているな」
レイビス様がなぜか羨ましそうに、赤ちゃん狼を見つめる。可愛いこの子を、触りたいのだろうか。
「触りたいですか?」
そう聞くと、なぜか顔を真っ赤に染めるレイビス様。
「そ、そ、それはまあ……」
変なレイビス様。どうして顔を赤く染めながら、私から目を逸らすのか。
「殿下、なにやらよからぬことを考えていますね」
カタリーナはレイビス様を睨みつけながら、私たちの間に身体を無理やり入れてくる。
よからぬこととは、いったいなんなのだろうか。
「ば、ば、バカなことを言うな! 俺はその小さな狼が羨ましいだなんて、これっぽっちも思っていないぞ!」
「レイビス様! 動揺し過ぎです!」
いつもは無言で見守っている護衛が、珍しく口を挟む。
「俺は動揺などしていない! 先を急ぐぞ!」
わけがわからないまま、歩くスピードを上げるレイビス様。彼の様子がいつもと違うのが気になったけれど、元気になってくれたみたいで安心した。
「あのう……」
ずっと黙って話を聞いていたおじさんが、申し訳なさそうにレイビス様を呼び止める。
「なんだ?」
「もしかして、グランディ王国のレイビス殿下ですか?」
護衛はグランディのレイビス殿下だと知られないように、ずっと『レイビス様』と呼んでいた。けれど、私が男たちと遭遇した話辺りから気付いていたようだ。
「ああ……隠していて、済まなかった」
「いえいえ! 他国の王子様がこの国のために必死になってくださり、感謝しております!」
おじさんの感謝の言葉が、胸に響く。
国は国王のものではないと、改めて思った。
「この国は、グランディ王国の友好国だ。俺たちにとっても大切な国に変わりはない」
レイビス様らしい。
彼を好きになって、本当によかったと思う。
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