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二章
元凶
しおりを挟む「ねえ、カタリーナ。狼さんたちは、無事に山に帰れたかな?」
騒動が収まった後、白い狼は残してきた子供たちが心配だとクリフ様に話し、山に戻って行った。私についてきたあの子以外に、山にはもう二匹いる。
お母さんがいなくて、お腹を空かせていただろう。
「あのとてつもなく強い白狼だからな。絶対に無事に帰っただろう。それにしても、凄かった。私も、まだまだなのだと思い知らされたよ。もっと鍛錬しなければ!」
白い狼が戦っていた姿のことを言っているようだ。狼と比べてしまうところが、カタリーナらしい。
「無理だけはしないでね」
「任せて! セリーナの、世界一強い護衛になってみせる」
スフィリル帝国の武術大会で優勝したのに、まだまだ強くなりたいと頑張るカタリーナ。カタリーナにとって、強くなることはなにより大切なこと。そんな彼女の、一番の理解者でありたい。
「クゥーンクゥーン……」
「空耳かな……ちび狼が、恋しいみたい」
「クゥーンクゥーンクゥーン」
「……空耳ではないようだ」
「え……!? どこ? どこにいるの!?」
カタリーナが指差す方を見ると、必死に窓枠にしがみついているちび狼を見つけた。
「どうしてここにいるの? 山に帰ったんじゃなかったの?」
ちび狼に駆け寄り、そっと抱き上げる。
ふわふわでもこもこな白い毛が、肌に当たってくすぐったい。
両手の平に乗るくらいの小さなちび狼が、必死に窓を飛び越えようとしていたと思うと、可愛すぎる。
あまりに可愛くて頬ずりをしていると、窓からお母さん狼が顔を出した。
「え? あなたもいたの? 山には、帰らなかったの?」
「ウォン!」
私には、白い狼の言葉はわからない。わからないけど、白い狼の背中から他のちび狼がひょっこりと顔を出した。
可愛すぎる光景に、思わず笑ってしまう。
「他の子も、連れてきたのね」
「クリフは、白狼の王宮への出入りを許可したそうだ。だから、いつでも自由に出入りできる」
後ろから声が聞こえて振り返ると、レイビス様が立っていた。
「レイビス様、いつからそちらに?」
「ついさっきだ。ちび狼を愛でるセリーナが可愛くて、声をかけそびれた。そのちび狼がセリーナに会いたいと鳴くから、全員で山を下りてきたとクリフに言ったそうだ」
さりげなく可愛いと言われて頬が熱くなったけれど、恥ずかしいから聞かなかったフリをしよう。
ちび狼が私に会いたがってくれたなんて、嬉しすぎる。
「私も、あなたに会えなくて寂しかったよ」
「クゥーン……」
ほかのちび狼も可愛いけれど、この子は特別な気がした。
「クリフから許可をもらった。ケリーストに会いに行こう」
「ありがとうございます。行きましょう」
ちび狼をお母さん狼の背中に戻すと、寂しそうに目を潤ませながら「クゥーン」と鳴いていた。一緒にいたいけれど、この子を牢に連れていくわけにはいかない。
「ごめんね。またあとで」
白い狼は、子供たちを乗せたまま走り去っていった。
レイビス様に案内されて、ケリーストがいる牢へと向かう。ランタンを持ち、地下への階段をおりる。
地下の通路にはロウソクが数本灯っているだけで、薄暗い。
「足元に気をつけろ」
「はい」
通路の一番奥が、ケリーストの投獄されている牢。
カシム殿下の私兵の大半はすぐに刑が決まり、強制労働のための炭鉱送りとなった。本来なら、処刑されてもおかしくない。戦いながらも私兵を心配していたカシム殿下の気持ちを考えた、クリフ様の優しさだろう。
レイビス様は甘いと言っていたけれど、私はそんなクリフ様が大好きだ。
今もまだ牢にいるのは、ケリーストとルドルフ殿下にケガを負わせたコール、そしてクリフ様を裏切った兵たちだ。
カシム殿下は、自室に軟禁されている。殿下が、これ以上なにかをしてくることはないだろう。
「ケリースト、あなたに聞きたいことがあってまいりました」
ケリーストが捕らえられている牢の前に立ち、ランタンで中を照らす。
「……おまえ!? おまえたちがいなければ、この計画は成功していたんだ! 今頃俺は、カシム陛下の右腕になっているはずだったんだぞ!」
わかっていたことだけれど、反省が全くない。
私たちの顔を見ると、牙をむき出しにして威嚇する狂犬のような顔になった。
「セリーナに向かっての暴言、許せない。手足を切り落とそう」
「カタリーナ、ダメよ! 大人しく見ていて」
剣を抜こうとしたカタリーナを止めて、後ろに下がってもらう。
「そうだぞ、カタリーナ。手足を切り落としたら、出血多量で死んでしまう。それはクリフに申し訳ないから、指一本で我慢しようじゃないか。さあ、指を出せ」
レイビス様まで剣をぬこうとする。
「レイビス様まで、やめてください!」
キッと睨みつけると、叱られた子犬のようにシュンとしている。そんなレイビス様を可愛いと思ってしまうから、私は甘いと思う。
改めて牢の中にいるケリーストを見ながら、話し始める。
「それは、残念でしたね。そんなに権力が欲しかったのですか?」
「当たり前だ! 俺はそのために手を汚して来たというのに、カシムのやつ……怖気付きやがって」
殿下は、怖気付いたのではない。本当に大切なものがなにかに気づいたから、戦いをやめた。そんな気持ち、この人には一生わからないだろう。
「カシム殿下をその気にさせるために、コールス侯爵令嬢を事故に見せかけて殺めたのですものね」
聞きたかったのは、このことだ。けれど、「俺はそのために手を汚して来た」という言葉で確信した。
コールス侯爵令嬢の死は、事故ではないだろう。ケリーストが殺したことを知っていたら、カシム殿下もこんな大それたことはしなかった。
全ては、この男が権力を欲したことが始まり。愛する人を失い、愛する兄弟に刃を向けてしまったカシム殿下が、不憫でならない。
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