幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな

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二章

あなたの名前は……

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 クリフ様はさっそく、必要最低限の兵以外を王都に呼び戻す手配をすることにした。これで、王太后様も安心するだろう。

「ウォン!」

 お茶をいただきながら談笑していると、白い狼が急に入ってきてクリフ様の座るイスの隣に腰を下ろした。

「申し訳ありません! 食堂には入らないようにと止めたのですが……」 

 メイドが白い狼を追いかけて、息を切らせながら慌てて入ってくる。あの大きさの狼を止めることなど、メイドには出来ないだろう。

「気にしなくていいよ。ホワイトを止めることなんて出来ないし。王宮を自由に行き来していいと言ったのは、僕だしね」
「ホワイト? その子の名前ですか?」
「名前をつけたんだ。お母さん狼がホワイトで、赤ちゃん狼のこっちがスノーでこっちがクラウド。それからセリーナのイスの隣にいる子は、セリーナに名前をつけて欲しい」

 下を見ると、いつの間にかちび狼がちょこんと座ってこちらを見上げていた。目が合うと、イスの脚を一生懸命よじ登ろうとしている。
 可愛すぎてずっと見ていたいけれど、可哀想だから抱き上げて膝の上に乗せる。

「私が、決めていいのですか?」
「その子も、セリーナに決めて欲しいって言ってる」

 嬉しくて顔の前まで抱き上げると、「クークー」と可愛らしい声で鳴いてくれる。

「決めました! この子の名前は、クウです! クウ、どうかな?」
「クーンクーン」
「気に入ったみたい。クウは、セリーナが大好きだって言ってる」

 クウに大好きだと言われて、嬉しくてぎゅっと抱きしめると、クウも嬉しいのか頬をぺろぺろと舐めてくれる。

「ちびのくせに、俺のセリーナとイチャイチャ……」

 レイビス様は、クウにヤキモチを焼いているようだ。動物に嫉妬するなんて、大人気ない。

「レイビス様も、抱っこしてみますか?」

 この子の目を見れば、きっとレイビス様も可愛さにデレデレになるに違いない。そう思ったのだけれど、レイビス様にクウを渡すとそのままジッと見つめあっている。

「ずいぶんと挑戦的だな」
「クークークー」
「おまえには負けないからな」
「クゥークゥー」

 なぜか、会話しているように見える。もしかして、レイビス様も狼の言葉がわかるのだろうか……

「レイビス様、クウはなんと言っているのですか?」
「……さあ。だが、絶対に負けないぞ!」

 なにに負けないつもりなのだろうか。

「クウはセリーナのところに行きたいと言ったあと、お腹空いたなーと言っていたよ」

 全然会話が成立していなかった。

「クウをいじめるなら返してください」

 レイビス様から取り返すと、膝の上に乗せる。すると、大きなあくびをしてそのまま寝てしまった。

「セリーナ、クウを連れて行って欲しい」
「お部屋にですか?」
「いや、グランディ王国に」

 考えもしなかった提案に驚く。

「クリフ、なにを言ってるんだ? まだクウはこんなに小さくて、母親が必要だ。それなのに、他国に連れていけとは……」

 レイビス様の言う通りだ。お母さんがいるのに、連れて帰るわけにはいかない。

「それが、ホワイトとクウの希望なんだ」

 ホワイトまで、そんなふうに考えていたとは思わなかった。

「セリーナお姉様がグランディに帰ってしまったら、クウはお姉様を追いかけます。おそらくクウだけでは、グランディに辿り着くことは出来ないでしょう」
「だから、ホワイトはクウを手放すと決めたんだ」

 それほどまで懐いてくれるのは嬉しいけれど、本当に良いのだろうか。愛する家族が、この国にいるというのに……

「私たちは、まだこの国に滞在する予定です。それまで、私がこの子を預かります。私たちがグランディに戻る時、ホワイトとクウの気持ちが変わっていなかったら一緒に連れて帰りたいと思います」

 ずっと私と一緒にいたら、家族が恋しくなるかもしれない。その時は、寂しいけれど笑顔でお別れをしよう。
 クウの寝顔を見ながら、ずっと一緒にいたいという気持ちが強くなっていた。

 食事を終えたあと、ルドルフ殿下のお見舞いに行く。
 メイドが殿下の部屋の中に通してくれて、ベッドの隣に置いてあるイスに腰を下ろす。

「今日もぐっすりお休みですね」

 寝顔がとても美しい。クリフ様もカシム殿下もルドルフ殿下もお父様似らしく、三人ともとてもよく似ている。
 あんなことがなかったら、お二人でクリフ様を支えられたのにと思うとやるせなくなる。
 カーテンが揺れて、窓が空いていることに気づく。空気の入れかえのためだろう。窓から冷たい風が吹き込み、殿下が風邪をひかないように窓をしめる。

「セリーナ嬢……?」

 窓をしめて振り返ると、ルドルフ殿下が身体を起こしてこちらを見ていた。

「お目覚めですか?」

 久しぶりに起きている殿下にお会いできた。もう一度、イスに腰をおろす。

「やっとお会いできた気がします」
「そうですね。いつもお休みになられていましたから」

 少し、嫌味っぽくなってしまっただろうか。

「俺のタイミングの悪さ……」
「寝ることはいいことです。きっとケガも早く治りますよ」
「そんなことより、あなたにお会いしたかった」

 なにか話でもあるのかと首を傾げると、潤んだ瞳でこちらを見てくる。

「あなたの強さに、惚れました」

 …………え?
 頭がついて行かず、なにも答えることができない。

「ルドルフ、それは俺への宣戦布告か?」

 部屋の入口に立っていたレイビス様が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。怒っているのか、敬語ではなくなっている。

「レイビス殿下、いらしたのですね」

 ルドルフ殿下は、はあ……とため息をつきながら、レイビス様を挑発する。

「俺がいることに気づいていたくせに、白々しい。セリーナは、俺の婚約者だ。さっきの発言は、国同士の争いになるかもしれないぞ?」
「レイビス殿下が、そのようなことをするとは思えません」
「そうだな。だが、俺とおまえの争いにはなる」

 なんだか二人の間に、バチバチと火花が散っているように見える。

「お二人とも、おやめください。ルドルフ殿下、私はレイビス殿下の婚約者です。これ以上、不適切な発言はご遠慮ください」

 少し怒り気味に言うと、ルドルフ殿下はなぜか笑顔になる。

「怒った顔も、素敵ですね!」
「セリーナの顔を見るな! 目をつぶれ! おまえには見せない!」
「それは束縛というのですよ!」

 どうしてこんなことになってしまったのか、二人のやり取りを見ながらわけがわからず頭を抱えるしかなかった。
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