45 / 68
二章
脱獄
しおりを挟む雪がしんしんと降り始めた真夜中の王宮の地下牢。
一番奥の地下牢の鍵が、静かに開けられた。
「遅い!」
開かれた牢から出てきたのは、ケリースト。ケリーストは、鍵を開けた男に腹を立てている。
「申し訳ありません。安全に救出出来る時間は、この時間しかなかったのです」
申し訳なさそうにそう答えた男は、牢の見張りの格好をしている。つまり、ガレスタ王国の兵士だ。
「それで? 人数はこれだけか?」
見張りの男の隣には、二人の男たち。
二人とも、兵士の格好をしている。
「私を含め、あの日休みを取っていた者たちです」
カシムが事を起こした日、彼らは休みを取っていた。王宮襲撃は、急に決まったこと。休みの者まで召集する余裕はなかった。
「……これっぽっちか」
明らかに落胆するケリースト。
「ですが、大丈夫です。カシム殿下の部屋の前に、見張りはおりませんでした。どうやら鍵をかけているだけのようです。すぐに殿下をお救いしましょう!」
兵士たちは、カシムを救い出すためにここに来ていた。
「なにを言っている? あんな使えないやつ、もうどうだっていい。おまえたちは、俺をここから逃がすことだけ考えていればいいんだ」
ケリーストの言葉に、見張りの兵士以外の二人は動揺を隠せない。
「なにをおっしゃっているのですか!?」
「我々は、カシム殿下のために立ち上がったはずです!」
セリーナが牢を去った数時間後、ケリーストは牢の見張りをしている味方に「今日、決行する」と告げた。
牢に捕らえられた日から、脱獄の計画を味方の兵士と共に立てていたのだ。見張りの兵士は、カシムではなくケリーストの部下。
ケリーストの部下は、「カシム殿下をお救いしよう」とそそのかし、まだ捕らえられていなかったカシムの味方の兵を集めた。
ほかの牢には、カシムの味方をした王宮の兵たちが入れられている。だが、皆眠らされていた。
騒がれると厄介だからと、ケリーストの部下が食事に眠り薬を入れていた。
もちろん、最初は彼らも誘った。だが彼らは、カシムの判断を尊重すると誘いを断っていた。
「あいつが怖気付いたせいで、計画が失敗した。それなのに、なぜあいつを救わなければならない? とっとと処刑されてしまえばいい」
「ケリースト、貴様!」
カシムへの暴言に、二人の兵士は剣を抜く。それに反応して、ケリーストの部下も剣を抜いた。
「俺がおまえたちの名を出さずにいたのは、この日のためだ。おまえたちも、いつ捕えられるかずっとビクビクしていたんだろ? 俺と一緒に逃げるか、ここで罪人として死ぬか選べ」
ケリーストの言う通りだった。
自分たちが参加出来なかった戦いで、カシムたちが捕らえられた。なにも出来なかったことに腹が立つと同時に、自分たちもいつ捕まることになるか怯えていた。
そんな時、ケリーストの部下から「カシム殿下をお救いしよう」と誘われ、自分たちが救われた気分だった。
「……一緒に行こう」
「……私も」
彼らはゆっくりと剣を下ろした。
カシムを救いたい気持ちは、本物だった。だが、それを誘われるまで自分たちで決行しようと考えなかったのは、カシムが自ら投降したからだった。
カシムは、救って欲しいとは思っていない。それが、わかっていた。
彼らは、なにかしたかっただけだ。国から逃げることも、自ら告白することも、自害することも出来なかった彼らには、ケリーストの誘いは救いの手だった。
四人は地下牢から出ると、見回りをしている兵に見つからないように慎重に出口へと向かう。
王宮全体を警備することができるほどの兵は、この王宮には残っていない。あの戦いで多くの兵を失っていた。
ケリーストが今日決行すると決めた理由は、国境から兵を呼び戻す話を聞いたからだ。
兵が戻って来るまでには、まだ日数はかかる。だが、セリーナの言葉がケリーストを焦らせた。その言葉が、真実になってしまうのではないかと。
彼女の言葉が、頭から離れない。
「兵は少ないな。これなら楽に出られそうだ」
ケリーストは、笑みを浮かべた。
王宮の外には、馬が用意されている。王宮を出ることさえ出来れば、ここから逃げられる。追ってこられるほどの兵もいないのだから、逃げ切るのは簡単だろう。
全てを失ってしまうことになったが、セリーナの思い通りにはならない。命さえあれば、またどこかの国で上を目指すこともできる。
頭の中は、未来への希望でいっぱいになっていた。
「お待ちください! 少し様子が変です!」
一人の兵が、違和感を感じた。
「見回り兵が少ないことか? それなら心配ない。今この国には、兵が少ないからな」
ケリーストは、早く王宮から出たい一心だった。
四人は見張りがいないのを確認し、王宮の入口へと走り出す。
「もう少しで、外に出られる!」
王宮の入口の扉の前で、四人は足を止める。この扉を開けたら、あとは城門まで一直線だ。距離は、二百メートルほどだろう。
兵が少ないと言っても、城門には警備兵がいる。ここからは、警備兵に気づかれないように慎重に進む必要がある。
「左側から、壁伝いに行きましょう」
ケリーストの部下がそう提案すると、ほかの三人は頷く。
「では、開きます」
入口の扉が、ゆっくりと開かれる……
「な……!?」
ケリーストは『なぜ』と言おうとしたが、それ以上言葉が出なかった。
「お待ちしていました」
目の前には、ホワイトとレイビスの護衛二十人、そしてカタリーナが立っている。その後ろから、レイビス、セリーナ、クリフ、ルドルフが姿を現した。
165
あなたにおすすめの小説
幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果
藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」
結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。
アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。
※ 他サイトにも投稿しています。
勝手に勘違いして、婚約破棄したあなたが悪い
猿喰 森繁
恋愛
「アリシア。婚約破棄をしてほしい」
「婚約破棄…ですか」
「君と僕とでは、やはり身分が違いすぎるんだ」
「やっぱり上流階級の人間は、上流階級同士でくっつくべきだと思うの。あなたもそう思わない?」
「はぁ…」
なんと返したら良いのか。
私の家は、一代貴族と言われている。いわゆる平民からの成り上がりである。
そんなわけで、没落貴族の息子と政略結婚ならぬ政略婚約をしていたが、その相手から婚約破棄をされてしまった。
理由は、私の家が事業に失敗して、莫大な借金を抱えてしまったからというものだった。
もちろん、そんなのは誰かが飛ばした噂でしかない。
それを律儀に信じてしまったというわけだ。
金の切れ目が縁の切れ目って、本当なのね。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。