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二章
罠
しおりを挟むレイビス様と話そうと、続き部屋の扉をノックする。
「……はい」
扉のすぐそばから、レイビス様の声が聞こえた。私たちがお茶をしている間、彼はずっとそこにいたようだ。
「開けてもいいですか?」
「セリーナ!? もちろんだ!」
顔は見えないけれど、声で喜んでいるのがわかる。
扉を開けると、頭を下げたレイビス様が立っていた。
「レイビス様?」
「本当に、悪かった!」
「頭を上げてください。もう気にしないでください」
反省してくれたのは、伝わっている。カタリーナの説教にも、素直に「はい」とずっと返事をしていた。もう十分だ。
「セリーナ……俺に、愛想尽かしてない?」
ゆっくりと顔を上げた彼の表情は、不安でいっぱいだ。こんな怯えた子犬のような顔をされたら、クウを見ているみたいな気持ちになる。
「私の気持ちを疑うのですか? なにがあったとしても、レイビス様への気持ちが変わることはありません」
彼はわかっていない。今の私があるのは、レイビス様がいてくれたからだ。自分らしくいられるのも、恐れず前に進むことができるのも、彼の存在が私の中にあるから。
「俺の気持ちも、決して変わらない。セリーナ、愛して……」
「ゴホン」
レイビス様の言葉を遮り、私たちの間に入って咳払いをするカタリーナ。彼女はまだ、レイビス様を許していないようだ。
「愛の告白も結構ですが、これから大事な仕事があるのですよ。殿下には、しっかりしていただかなければ困ります」
「わかっている」
レイビス様の顔つきが変わった。いつもなら、邪魔をするなと言うところだけれど、今日はなにも言わない。
カタリーナの言う通り、これから大事な仕事がある。
仕事というのは、ケリーストのことだ。クリフ様が兵を呼び戻したことを、ケリーストが知るように仕向けた。
彼は今日、脱獄をするだろう。そうするように、挑発をした。なぜそのようなことをしたかというと、ほかの裏切り者を捕らえるためだ。
カシム殿下は、大切な部下の名前を出すことはなかった。投降はしたけれど、部下のことは守りたかったのだろう。
けれど一度裏切った人間を、クリフ様のおそばに仕えさせることはできない。
私たちはこの国にずっといることはできないから、やれることはやりたいと考えた。
この話をするために、もう一度クリフ様に会いにいく。
「どうされたのですか?」
クリフ様は私たちとの食事を終えたあと、書斎でずっと勉強をしていた。
私たちが訪ねると、嬉しそうな笑顔で迎えてくれる。
「クリフ、話がある」
嬉しそうなクリフ様に、真面目な顔でそう言うレイビス様。レイビス様の真剣さが伝わったのか、笑顔はすぐに消えてしまった。
カタリーナにルドルフ殿下を呼びに行ってもらい、二人揃ったところで話を始める。
ケリーストの話を聞いているクリフ様は、とても八歳とは思えないほど鋭い表情だ。私たちは、どうしてカシム殿下があのようなことをしたのかを隠すことなく全て話した。ケリーストが、コールス侯爵令嬢を殺めた話も含めて。
いつかは知ることになるのだから、ケリーストの口から聞くより私たちから話そうと決めた。この話を、カシム殿下に話すかは、クリフ様が決める。
「……兄上がどれほどつらかったか、僕にも大切な人がいるから想像はできる。ミリアナがいなくなったら、僕は耐えられない。あの男、許せない!」
クリフ様は小さな拳を力いっぱい握りしめ、悔しそうに唇を噛む。
「兄上は、とても優しい方だ。ケリーストは、そんな兄上を騙して利用したんだ……。そんな兄上の苦しみを知らずにいたなんて、僕はダメな弟だ」
決断したのは、カシム殿下だ。けれどケリーストがコールス侯爵令嬢を殺めなかったら、殿下はクリフ様を裏切ることもなかっただろう。
起きてしまったことは変えられない。なにも知らなかった自分を、クリフ様は責めているのかもしれない。
「クリフ、そんなに自分を責めるな。それを言ったら、兄である俺もなにも気づけなかった。俺の方こそ、ダメな兄だ」
ルドルフ殿下が、クリフ様の肩を抱く。厳しいと噂されていた殿下が、とても愛おしそうにクリフ様を見つめている。
カシム殿下は、二人に気づかれないようにしていたのだろう。クリフ様といる時は、本当に楽しかったと仰っていた。
「お二人とも、ご自分を責めている場合ではありません。元凶のケリーストが、脱獄を考えています」
私の発言に、一瞬だけ言葉を失う二人。
「だ、脱獄!?」
「逃げるつもりなのですか!?」
一瞬言葉を失った二人は、ほとんど同時に我に返った。さすが兄弟だと、感心する。
「私たちが、そう仕向けました」
また二人とも、言葉を失う。なんだかそっくりな二人が、可愛く見えてくる。
もう一度二人が我に返ったタイミングで、今日の計画を全て話す。
まだ捕らえられていない裏切り者は、確実にいる。ケリーストに会いに行った時、彼は全くやつれている様子がなかった。
誰かが、差し入れをしていたのだろう。ケリーストの牢を見張っていれば、その差し入れをしている人物はわかるかもしれない。けれど、ほかの裏切り者を捕らえることはできない。
だから、ケリーストが脱獄するように仕向けたのだ。
今残っている兵で、あの日王宮にいなかった兵は十人だそうだ。その十人にはなにも知らせず、ほかの兵だけを動かす。
「ケリーストを、罠にはめるのですね」
弟を苦しめた男に容赦はしないと、ルドルフ殿下はやる気満々だ。
「僕もがんばる!」
決行するのは、真夜中だろう。クリフ様は、眠気との戦いになりそうだ。
「ウォオーン!」
「そうだね、ホワイト。期待しているよ」
ホワイトも、協力してくれるようだ。ホワイトは、すっかりクリフ様の相棒になっている。その背中からたまに顔を出すスノーとクラウド。
スノーとクラウドは活発そうな子だけれど、クウはスースーと寝息を立てながら私の膝の上で眠っている。
こうして私たちは、王宮の入口が開くのをじっと待っていた。
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