Joker

海子

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2.御者リック

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 「リック、もう少し何とかならなかったのか」
「変に期待させる方が、酷だろ。はっきり言ってやった方が、あいつらのためさ」 
「それは、そうかもしれないが」 
がっかりしているフランクを見て、リックはフランクも病気だな、と思った。 
それは、困ってる者は、誰でも助けてやらなければならない、という病だった。 
そして、力が及ばないと、少なからず自分を責める。 
もう出会ってから十年以上過ぎたが、その性分は変わらなかった。
リックにしてみれば、フランクは笑えるくらい真面目だったが、貧しい者、弱い者のために、自らを犠牲にして尽くそうとする姿には、神聖な気持ちにすらなった。 
フランクは、マクファーレンの御曹司だった。 
家業を手伝って普通に暮らしていれば、何不自由ない生活を送れたはずなのに、わざわざ自分から、重い荷物を背負いに行っていた。 
貧困地区の診療所は、まともに支払いのできない者も多かった。 
それでも、フランクは診てやった。 
祖母のセルマも、少しは援助してやるといいのに、家業を離れた者には、一切の援助をしなかった。 
セルマは、本人の希望が非常に強かったこともあり、フランクが医者になることに、特別反対はしなかったが、家業に就かない者の支援はせず、家には住まわせなかった。 
それで、フランクは、半年前に結婚した妻と、街中の手狭なアパートに、二人で住んでいた。
「もう忘れろよ」 
リックは、フランクの肩をぽんと叩いた。
フランクもようやく気を取り直したのか、 
「きれいな人だったね」 
と、後ろを振り返った。 
さすがに、もういなかった。 
「さっきの女か?まあ確かにな」 
リックも、美人だとは思ったが、違和感は拭えなかった。 
フォルティスの言葉を流暢に話し、召使いとは思えない品のある話し方、歩き方、どれをとっても不自然だった。
「アルカンスィエルの人じゃないらしいけど」 
「何だ、そんなことまで喋ってたのか」 
「話の流れでね。最初、ここへ来た時に、やっぱり、さっきみたいに私を見送りに来てくれたんだよ。その時に聞いたんだ。一年前まで、コルマノンで暮らしてた、田舎者だと言っていたけど、とてもそうは見えないね」 
「コルマノン・・・」
コルマノンは、ユースティティアの田舎町だ。 
コルマノンで、あんな上品な女が出来上がるとは、とても思えなかった。 
違和感は、さらに募ったが、まあ、俺にはどうでもいいことだ、と思い直した。
気の重い仕事を終えて、リックは腹の空いていることに気付いた。 
考えてみれば、昨日の夜から何も食べていなかった。 
早く、バッカスに戻って、アダムの作った揚げたてのフライでビールを飲もうと思った。
アダムは、バッカスの腕のいい料理人だった。 
リックがそんなことを考えていると、建物の陰に立つ、帽子を目深に被った男の姿が、眼に入った。
 目つきが鋭い。
そして、ホワイトローズの二階を見上げている。 
フランクも気付いた。 
「リック、もしかして・・・」 
「黙って、そのまま歩け」
「だけど、知らせてやらないと」 
「いいから、歩けよ」 
戻ろうとするフランクの袖を、リックは、強引に引っ張った。 
俺には、関係ない。 
俺は、今から、バッカスに戻って、ビールとうまいフライを食うんだ。
リックは心の中で、再度呟いた。 
そうだ、俺には関係ない・・・。 
脳裏に、さっきの優しい顔が甦った。
「どうぞ、お気をつけて。ごきげんよう」
ヘーゼルの瞳で、柔らかく微笑んでいた。 
俺に向かって。
「畜生・・・」 
「リック」
「そのまま歩け、フランク。ミルフェアストリートに出たら、急いでバッカスの馬屋へ行って、馬丁によく走る馬を六頭、角の古着屋の前に用意させろ。すぐにだ」 
「私も一緒に行くよ」 
「馬鹿言うな。生まれてくるガキはどうするんだ?父なし子にするのか。俺がケイティに殺される」 
フランクの妻は、二人の初めての子供を妊娠中だった。 
「俺は裏口から、ホワイトローズに戻る。じゃあな」 
リックはそのまま、素早く路地に入ると、ホワイトローズまで走った。 
そして、裏口からホワイトローズに駆け込むと、さきほど降りたばかりの階段を駆け上がり、ノックもせずに、部屋を開けた。 
 中の五人は・・・、アンヌ以外は、突然飛び込んできたリックに、一様に驚いた。 
「刺客がいる。話は後だ。すぐ、裏口から出る。荷物はいらない。金目のものだけ、腹に括りつけろ」 
みな、顔色が変わった。 
「さっさとしろよ。時間はないぜ」 
その言葉で、みな我に返った。 
フォルティスの言葉がわからないピエールには、レティシアが通訳してやっていた。 
「みんな、馬には乗れるのか」 
「私は、士官学校の騎兵科の生徒だ。アンジェラは、あまり得意ではないけれど、私が手ほどきしているので何とか。アンヌと、ピエールも。レティシアは・・・」
「大丈夫です」 
用意をする手を止めずに、レティシアが言った。 
リックは、ベッドの端に腰をかけていたアンジェラの前に立つと、 
「騒ぐなよ」 
と、その身体を担ぎあげた。 
リックは、椅子を持ち上げるよりも軽いように感じた。 
きゃっ、とアンジェラは声を上げて、荷物のようにリックの肩に、担ぎあげられた。 
取るものもとりあえず、皆、階段から降りる。 
裏口から、そっと抜け出すと、ミルフェアストリートの古着屋を目指した。
フィリップを狙っているのだとすれば、刺客が、さっきの男ひとりとは思えなかった。
ちょうど、仲間を呼び寄せていたのだろう、とリックは踏んだ。
六人は黙って、路地を足早に進む。 
誰も何も話さない分、本当に狙われているのだという緊張感が増した。
わめき声が、聞こえた。 
先頭を行くリックが振り返ると、先ほど、ホワイトローズの二階を見上げていた男が、ひとりの若者の襟を掴んで、こちらを指さして、なにやらわめいている。 
フォルティスの言葉ではなかった。
「走れっ!」 
 一行は、全速力で走って、ミルフェアストリートに出た。
ミルフェアストリートを行き交う大勢の人々は、大人が全速力で走っているのを、驚いた様子で振り返った。
角の古着屋を見て、リックはしめた、と思った。
鞍のついた馬が、六頭用意されていた。 
リックは、アンジェラを抱えたまま古着屋まで走ると、まずアンジェラを馬に乗せて、手綱を握らせた。
リックが馬に行けっ、と命じて、背中を軽く叩いただけで、馬は走りだした。
そして、振り返ると、既に馬上にいたフィリップの胸倉を掴んで頭を下げさせ、 
「ノックスのタヴァン、サニーだ。行けっ!」 
と、耳元で呟いた。 
そして、ちょうど馬に上がろうとしていたアンヌを、抱え上げた。 
アンヌは、それが当然のごとく、礼を言うでもなく、フィリップの後を追った。
後は、レティシアと、ピエールだった。
振り返ると、レティシアは、転んだピエールの傍らで、その腕を取って、立ちあがらせようとしていた。
後には、先ほどの男と襟首を掴まれた若者と、さらには、もうひとり男がいて、大声を上げながら、こちらに銃を向けて来る。 
リックは、レティシアの腕を掴むと、 
「いいから、お前は先に行け」 
と、アンヌの後を追わせた。
ピエールも、ようやく立ちあがって走り出したが、どこかを痛めたのか、片足を引きずっていた。 
銃声が響く。
混雑するミルフェアストリートに、悲鳴が上がる。
撃ってきやがった、こんなところで! 
リックがそう思ったその時、ピエールが、その場に崩れ落ちた。
「おいっ!」 
胸を撃ち抜かれていた。 
ピエールの身体が、地面へと崩れ落ちる。 
「しっかりしろ!」 
けれども、ピエールは、もう立ちあがることが出来なかった。 
何か、言おうとしているのか、唇が震えている。 
じっと、懇願するような眼で、リックを見つめて、頼み込むように腕を掴んだ。 
ユースティティアの言葉はわからなかったが、ピエールがフィリップ、と言ったのだけは分かった。 
けれども、そのあとは続かなかった。
ピエールの身体から、力が抜けた。
「おいっ!」 
ピエールの身体をゆするリックに、再び、銃弾が飛んでくる。
銃弾は、頭をかすめた。 
何て腕のいい奴らだ。 
グラディウスの王の執念が、リックにも分かった。 
リックは、諦めて、古着屋の前へ走った。 
後方からの怒鳴り声が、大きくなる。 
止まれ、とでも、撃つぞ、とでも言っているのか。
それには、振り返らずに、一気に馬に上がる。
男がひとり、追いついて来て、馬にしがみついた。
驚いた馬が、いななきを上げる。 
リックは振り向きざま、その男の肩を蹴り下ろした。 
男は、肩を押さえて、地面に尻もちをついた。
一瞬、そのキツネ目の男と眼があった。 
強い、憤りの籠もった眼をしていた。 
リックは、振り返らずに、一目散に駆けた。
夕暮れ近づくブリストンは、街が茜色に染まろうとしていた。 

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